貴方が忘れてしまっても 【リド監】
「…ふふ。なぜそんなに微笑んでいるんだい?」
「いいえ?何も?……ふふっ」
学生時代のように、二人で手を繋ぎながら歩く。
「新居はどこにしようか。ユウはどんな所に住みたい?」
「…緑で溢れている山の中でも、広大な青が広がる海の近くでも。どこでもいいですよ?」
“あなたと一緒に居られるならどこでも幸せだから”
なんて言葉を思い浮かべて彼女はまた微笑む。
二人はついさっき役所へ行って婚姻届を提出してきた。もう恋人ではなく夫婦になったのだ。
二人は海辺の街の一角に引っ越した。
夕方になり、潮が満ちてくると同時に波が大きい音を出す。ユウはその音が大好きだった。
時々、学生の時からの友人であるジェイドやフロイドが海底から遊びに来てくれた。その時にしか出さない彼の学生時代の面影を見るのがユウの楽しみでもあった。
そんな夢みたいに楽しくて幸せな日々が続いた。
ある日、彼の好きな果物のタルトを作ろうした時だった。冷蔵庫を開けた瞬間に頭の中がボーっとして一瞬だけ意識が遠のいた。
「…あれ、リドルが好きな果物って…?」
思い出せなかった。彼がとても好きな果物。
結局、その日にタルトは作らなかった。
また明くる日、彼の誕生日が近くなって来たのでバースデーカードを作ろうとした。
すると、また頭がボーっとして、ハッと気がついた時には窓の外は綺麗な夕焼けが広がっていた。
「…リドルの誕生日は…?」
また忘れてしまった。それも誰よりも大切な彼の誕生日を。
タイミング良く、リドルが家へ帰ってきた。
「ただいま、ユウ」
「おかえり、リドル」
リドルはユウの顔が少し暗いように見えた。
「ユウ、何かあったのかい?言ってごらん?」
スっとユウの暖かい頬を触り、ギュッと優しく抱きしめる。
「…なんかね、色んなことを忘れてるの。」
「え?」
「…なんて言ったら良いのか分からないけれど、最近色々なことが思い出せないの。」
「色々って?」
“あなたの好きな物”や“あなたの誕生日”まで。
全部忘れちゃってるんだよ、なんて言えるはずなかった。
「か、買おうとした物とかね…あとは……」
じわ、と涙が出てきてぽろぽろ、と零れる。
「…ユウ、明日病院へ行こうか。」
頭をポンポン、と撫でながら彼は言った。
その夜、彼は優しく抱きしめながら眠ってくれた。
ごめんね、迷惑かけて。
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「全て忘れてしまう病気ですね。」
医師から告げられた病気は残酷なものだった。
「……え?」
私は思わず声を出してしまった。
忘れる?全てを?
真っ先に浮かんだのは隣に座っているリドルの事だった。
私は愛する彼の顔も表情も優しさも思い出も。
何もかも全部忘れてしまうの?
その時、リドルは青ざめた顔をしていた。
「治ったりは…しないですよね」
少し震え気味の彼の言葉に、医者はゆっくりと頷いた。
「やだ、やだよ。ぜ、全部忘れるなんて…嘘ですよね?嘘って言ってください。」
体が震え、ポロポロと涙が零れてきた。
リドルは私が泣き止むまで体を抱きしめてくれていた。
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