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アンティーク調の古本屋にで出会った本よって、不思議な森に来たファンタジーオタクの蓮。見るものすべてが輝いてみえる世界で、蓮を待っているものとは。
「おお!今の鳥!すっごく可愛かった!!青い羽根に鳴き声も…お腹にあった模様も可愛い!もっかい会えないかな~?ん?なんだこのキノコ!透き通ってる!!」
空を見ても、地面を見ても、何もかもが楽しい。完全に、探索というよりピクニック気分だ。さて、蓮を待っている次なるドキドキとワクワクとは、いったい何なのか。
ガサリ、茂みの一部が揺れる。ガサガサ、と他の茂みも揺れだした。
「なんだ、なんだ?ついにファンタジー王道の生き物とご対面?!」
四方の草むらが揺れたと思うと、一点…蓮の目の前の草むらから、何かが飛び出した。現れたのは、ロップイヤーラビットに小さなコウモリの翼が生えたファンシーな生き物。
「オマエ、此処で何をやってる?!」
「わわっ!?しゃべった!」
「ボクがしゃべるの、どうでもいい!それより、早く逃げる!!」
「逃げるって?何かくるの?オーク?ゴブリン?」
「そんな、低能と違う!もっと、怖いヤツだ!!」
ファンシーなロップイヤーはちまっこい手を精一杯振っては蓮に言う。しかし、ロップイヤーの可愛い動きに、蓮は夢中だ。
「聞いているか?ニンゲン!!」
「あ、ごめんごめん!えーっと、とりあえず逃げればいいの?」
蓮が問うと、ロップイヤーやコクコクと頷く。そして身体を光らせて宙に浮くと、ある方向を指差した。
「ついてこい!ボクが安全な場所、案内する!」
「良く分かんないけど、ありがとう!えーっと…」
「ラックラビィ!ボクの種族の名前!ニンゲンはよく幸運のウサギっていう!」
「幸運のウサギかぁ!じゃあ、うーちゃんでどう?」
ロップイヤーことラックラビィの後を走りながら、蓮は呑気にも「うーちゃん」とあだ名を考える。ラックラビィはと言うと、満更ではないようで。
「うーちゃん…!ボク、気に入ったぞ、少しだけな!」
くるんと一回転して、喜んでいた。「少しかよー」と不満げに言う蓮だが、顔は笑顔だ。
そして1人と1羽は森の中、高い崖の下に出た。
「おお!ロッククライムか!アスレチック系は得意だよ!」
「のんびり上ってたら、ヤツが来る!ボクがオマエ、乗せて飛ぶんだ!」
「乗せるって…うーちゃん、潰れない?」
「任せろ!ラックラビィは、大きくなれる!」
うーちゃんは地面に四つん這いになると、再び身体に光を纏った。すると、うーちゃんの足元に魔法陣のようなものが現れる。
ちまっこい手足や身体はライオンのようにしっかりとした大きなものに、小さな翼はドラゴン翼の様に大きく。
顔はロップイヤーの面影を残して、たてがみが立派な風貌。魔法陣は徐々に消えて、うーちゃんは蓮を見て得意げに笑った。
「すごいよ!うーちゃん、かっこいい!!」
「かっこいいか?ボク、初めて言われ…ッ!?」
うーちゃんの照れた声は、「ギャオオ」という、獣特有の鳴き声で途切れた。蓮の目の前には、飛んできた槍によって後ろ脚を深く突き刺された、うーちゃんの姿。
槍が突き刺さった脚からは、ドクドクと血が流れている。
「うーちゃん!ど、どうしよう…!!」
「ボクはいい!オマエ、逃げる早く!!この槍…ヤツのだ…死兵のもの!!」
「死兵…?」
蓮は崩れる様に地面に座り込むうーちゃんの側で、オロオロするばかり。そして、うーちゃんから聞いた「死兵」という言葉を反復する。
死兵…そいつが、うーちゃんが言っていた、ゴブリンやオークより怖いものなのか。そいつが、うーちゃんを傷付けたのか。
もし、逃げている時…もっと、うーちゃんの忠告を聞いていれば。
「…オレの、せいだ…オレが!!」
「ニンゲン!早く逃げろ!!」
「嫌だよ!!オレのせいで、うーちゃんは怪我したんだ…なのに!!」
蓮とうーちゃんが言い合っていた時。
ぶわり、と黒い霧のようなものが、気付いたら足元に漂っているではないか。そして蓮が顔を上げると、まるで血に飢えた殺人鬼のようなぎょろりとした眼が6個、こちらを見つめていた。彼らは古ぼけた包帯をぐるぐると巻いた身体に、錆びた防具をつけている。
口と思われる場所からは、べちゃっとした黒い涎のようなものを垂らして。目の前の獲物である、うーちゃんと蓮を狙うようにじりじりと近づいてくる。
「く、来るならこい!けど、うーちゃんには手をだすな!!」
近くにあった石を掴み、蓮は震える声で叫んだ。そして、石を投げようとした、その時。
蓮たちの背後…崖の上から駆ける足音が聞こえ、誰かがふわりと舞い降りてきた。
フードの付いたケープの纏っている為、顔は分からない。だが、小柄な身長と、聞こえてきた呪文を唱える声で、女の子だと分かる。少女は、手に持った二対の鉄扇を広げる。踊るようにトントンッと地面をつま先で蹴ると、魔法陣が現れた。
「光の舞!」
鉄扇をひらりと扇がせると、死兵の集団の真ん中に小さな光の球体が現れた。そして、少女が鉄扇をもうひと振りすると、綺麗な虹色を放ちながら、無数の光の剣が球体から現れ、死兵を一斉に貫く。
貫かれた死兵は、砂になって消えて行った。
「す、すごい…!」
思わず、見惚れてしまう、綺麗な攻撃だった。蓮の声に、少女は鉄扇を仕舞ってから振り向く。
「危ないところだったわね、怪我をしているのは…そこのラックラビィだけかな?」
「あ…う、うん!」
「そう。…じゃあ、まずはラックラビィの治療からしましょうね」
少女は被っていたフードを脱いで、蓮とうーちゃんに微笑んだ。ふわりとしたコーラルピンクのボブヘアに、澄んだ水色の瞳の可憐な容姿は、見つめずにはいられない。そして、長めの尖った耳は、王道ファンタジーに欠かせない、エルフの耳のよう。
「オマエ、敵、違うか…?」
「私はあなたの敵ではないわ。七星の魔力、光の加護に誓って…敵ではない」
「分かっ…た…任せる」
弱弱しく息をするうーちゃんは、少し笑って目を閉じた。少女はまた呪文を唱えると、うーちゃんの脚に手をかかざした。シャリン、と音を立てて、うーちゃんを突き刺していた槍は光の粉になって、風に踊り消える。
そして、別の呪文を唱えると、うーちゃんの脚の痛々しい傷は綺麗に塞がった。
「すごい、エルフといえど光の加護…ここまで使いこなす、中々いない!」
「お褒めに与り光栄よ」
「ニンゲン!ボクは治った、安心しろ!」
蓮に笑顔を見せるうーちゃんは、耳をぴょこんと動かして。
そんな様子に、蓮は堪らずうーちゃんに抱きついた。
「よかった!よかったよぉ…ごめんね、うーちゃん…!」
「まだ言うか!安心しろ!」
「うん、うん…よかった~っ!!」
蓮は涙を零して「よかった」と繰り返す。
そして、涙が落ち着いたところで、エルフの少女の存在を思い出した。
「そうだ、さっきは…ありがとね!きみのおかげで助かったよ」
「いえ!困っている人を助けるのは星屑の騎士団員として、当然だもの」
慌ててお礼を言う蓮。
そんな蓮に、エルフの少女はふわりと微笑んだ。
―ある日、不思議な森の中―
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