◆
ホームルーム終了を、担任の先生が告げる。クラスメイト達は伸びをしたり、仲良しで集まったり、部室や昇降口に向かったり。
少年「成海 蓮」も、そのうちの一人。早々に机を片付けて、席を立った。
「成海―!今日暇か?」
クラスメイトの一人が、蓮のふんわりとした猫毛の頭を撫で繰り回しながら、絡んでくる。
そんなクラスメイトの態度に嫌な顔せず、蓮は笑顔で手を合わせた。
「ごめん!今日は用事あんだよね!また今度でいい?」
「まじかー今やってるRPG、謎解きとかボス戦が難しくってさ、助けてくれよぉー」
「ああ、この前発売された騎士団が主役の?…誇り高き騎士様なら、自分でなんとかせい!」
やり返すように、クラスメイトに軽い肘鉄砲を食らわせ、蓮は言う。そして、スルリと拘束から逃れると、「じゃーねー!」と手を振って教室を出た。
そう、今日は用事がある。今日こそ、気になっていた古本屋に蓮は寄るのだ。
商店街の裏にある、まるで「ファンタジーの世界にある道具屋」みたいな外観のその店は、いつも蓮が通る時には閉まっていた。しかし、今日はファミリーレストランにもゲームセンターにも、クラスメイトの家にも寄らない。
開いている可能性は、ある。
幸か不幸か、寄り道をして怒る親が蓮にはいない。物心ついた時から施設で育ち、「星ノ塚高校」に入学後は学校の学生寮に入っている。学生寮の寮母さんは豪快な人で、喫煙や飲酒、朝帰りさえしなければ、大目に見てくれる人だ。
「良い本、あるかな~!」
商店街を走り抜け、裏路地へ。
蓮は所謂本の虫で、中でも海外児童書や童話、ファンタジーが大好物だった。
物語は素敵だ。
紙と文字だけで、自分を違う世界に連れて行ってくれる。勿論、RPGゲームだって面白いが、それ以上に本に魅力を感じていた。
裏路地を進み、目的地が見えてくる。まだ、明かりが漏れている、店は閉まっていないようだ。店の前で走るのを止め、蓮はドキドキとワクワクを抑えながら店のドアを開けた。
「おや、いらっしゃい。…お客さんはどんな本をお探しかね?」
「えーっと、童話とか、海外の児童書とかそんなの!」
「エルフとかが出てくる剣と魔法の世界かい?」
「うん!そんな感じの、ずっと読んでいられる飽きないやつ、ある?!」
カウンターに座っているのは、ヒトの良さそうな壮年の店主。咥えたパイプからは、アロマの香りの煙が漂い,
カウンターに置かれたシルクハットはアンティークな店にマッチしている。蓮の思った通り、この古本屋は「ファンタジーの世界にある道具屋」だった。
「そうさね、ドアから二列目の棚の方が、そんな感じの本でいっぱいだよ」
「二列目か、ありがと!」
「そうそう、本には気をつけなね?稀にとんでもないモノも混ざっとるからの」
「…とんでもないもの?」
「そうさ。一度開いたら、もう帰って来られない…まあ、本はヒトを選ぶからね、きみのような、他に楽しいことがいっぱいの年頃の子は、選ばれないだろうよ」
「またまた~…けど、本はヒトを選ぶ、か…なんか良いなぁ!そーいうの…」
店主と軽口を言いながら、蓮は言われた本棚を眺める。
そして、一点に目が留まった。背表紙に何か書いてあるが、掠れて何語かも分からない。これまた、古い本があったもんだ。しかし、不思議と惹かれる何かがあった。
「どんな内容なんだろ?表紙は…おお!」
本を手に取って、表紙を見る。
描かれていたのは、7つのシンボルと3つのエンブレム。たったそれだけの、そのシンプルさがまた、想像力をくすぐる。その本のタイトルは、やはり背表紙同様に掠れている。しかし、蓮の頭にはある一文が浮かんでいた。
七星の魔力に満ちる大陸、幾多の種族が息づく星。
その大陸を―
「シャニアス…?」
ふわり、と風が吹いた。
ベルは鳴らなかったが、誰かが店に入ったのだろうか。
はらり、重い筈の本がめくられた。
まるで学校のプリントの様に簡単に、その本は開かれた。
くらり、眩い光りが辺りを覆った。
蓮が居たのは、古本屋ではなかったか。目の前に広がるのは、不思議な木々や草花の森。
足元には、土と草。
遠く後ろの方で、店の店主の声が聞こえた気がした。
そうだ、本は?
「あ、あれ?無い!?」
本を手に取ったポーズのままの蓮の手には、微かな光りの粒がキラキラとするだけで、何もない。前後にあった本棚は、アンティーク調の店内は、古本屋のある裏路地は。きれいさっぱり、森になっていた。
否、蓮が森に移動したのだろうか。
「えーっと、これが異世界トリップってやつ?」
ゲームやアニメで、主人公が非現実的な世界…ファンタジーの世界に飛ばされる、そんな在り来たりなもの。しかし、一度は憧れる体験だ。かくいう蓮は、年がら年中憧れていたが。
とりあえず、辺りを見回す。まず不思議なのは、木々だ。エメラルドグリーンの光を脈打つように放っている。
次に、草花にも不思議があった。スズランに似た花は、ガラスのような儚い光りをキラキラと放って色はゼリービーンズみたいにカラフル。
「この花、食べたら美味しいかな?…いや待て、これは意外に猛毒だったり?!」
しゃがんでゼリービーンズのスズラン(仮)をまじまじと見る。その目は、非現実に放り出された絶望を紛らわせる空元気ではなく、完全に楽しんでいる目。スズラン顔負けに、キラキラと輝いていた。暫くスズランを見ていた蓮はスクッと立つ。
「夢か何なのかは分かんないけど、冒険しなきゃ損だ!RPGゲームだって、序盤は色んなとこの探索からが多いもんね!」
幸い、普段から持ち歩いているお菓子もある。
蓮は、目印に…と地面にバツ印を描いて、この不思議な森の探索に意気揚々と乗り出した。
―ハロー!不思議な世界!!―
少年「成海 蓮」も、そのうちの一人。早々に机を片付けて、席を立った。
「成海―!今日暇か?」
クラスメイトの一人が、蓮のふんわりとした猫毛の頭を撫で繰り回しながら、絡んでくる。
そんなクラスメイトの態度に嫌な顔せず、蓮は笑顔で手を合わせた。
「ごめん!今日は用事あんだよね!また今度でいい?」
「まじかー今やってるRPG、謎解きとかボス戦が難しくってさ、助けてくれよぉー」
「ああ、この前発売された騎士団が主役の?…誇り高き騎士様なら、自分でなんとかせい!」
やり返すように、クラスメイトに軽い肘鉄砲を食らわせ、蓮は言う。そして、スルリと拘束から逃れると、「じゃーねー!」と手を振って教室を出た。
そう、今日は用事がある。今日こそ、気になっていた古本屋に蓮は寄るのだ。
商店街の裏にある、まるで「ファンタジーの世界にある道具屋」みたいな外観のその店は、いつも蓮が通る時には閉まっていた。しかし、今日はファミリーレストランにもゲームセンターにも、クラスメイトの家にも寄らない。
開いている可能性は、ある。
幸か不幸か、寄り道をして怒る親が蓮にはいない。物心ついた時から施設で育ち、「星ノ塚高校」に入学後は学校の学生寮に入っている。学生寮の寮母さんは豪快な人で、喫煙や飲酒、朝帰りさえしなければ、大目に見てくれる人だ。
「良い本、あるかな~!」
商店街を走り抜け、裏路地へ。
蓮は所謂本の虫で、中でも海外児童書や童話、ファンタジーが大好物だった。
物語は素敵だ。
紙と文字だけで、自分を違う世界に連れて行ってくれる。勿論、RPGゲームだって面白いが、それ以上に本に魅力を感じていた。
裏路地を進み、目的地が見えてくる。まだ、明かりが漏れている、店は閉まっていないようだ。店の前で走るのを止め、蓮はドキドキとワクワクを抑えながら店のドアを開けた。
「おや、いらっしゃい。…お客さんはどんな本をお探しかね?」
「えーっと、童話とか、海外の児童書とかそんなの!」
「エルフとかが出てくる剣と魔法の世界かい?」
「うん!そんな感じの、ずっと読んでいられる飽きないやつ、ある?!」
カウンターに座っているのは、ヒトの良さそうな壮年の店主。咥えたパイプからは、アロマの香りの煙が漂い,
カウンターに置かれたシルクハットはアンティークな店にマッチしている。蓮の思った通り、この古本屋は「ファンタジーの世界にある道具屋」だった。
「そうさね、ドアから二列目の棚の方が、そんな感じの本でいっぱいだよ」
「二列目か、ありがと!」
「そうそう、本には気をつけなね?稀にとんでもないモノも混ざっとるからの」
「…とんでもないもの?」
「そうさ。一度開いたら、もう帰って来られない…まあ、本はヒトを選ぶからね、きみのような、他に楽しいことがいっぱいの年頃の子は、選ばれないだろうよ」
「またまた~…けど、本はヒトを選ぶ、か…なんか良いなぁ!そーいうの…」
店主と軽口を言いながら、蓮は言われた本棚を眺める。
そして、一点に目が留まった。背表紙に何か書いてあるが、掠れて何語かも分からない。これまた、古い本があったもんだ。しかし、不思議と惹かれる何かがあった。
「どんな内容なんだろ?表紙は…おお!」
本を手に取って、表紙を見る。
描かれていたのは、7つのシンボルと3つのエンブレム。たったそれだけの、そのシンプルさがまた、想像力をくすぐる。その本のタイトルは、やはり背表紙同様に掠れている。しかし、蓮の頭にはある一文が浮かんでいた。
七星の魔力に満ちる大陸、幾多の種族が息づく星。
その大陸を―
「シャニアス…?」
ふわり、と風が吹いた。
ベルは鳴らなかったが、誰かが店に入ったのだろうか。
はらり、重い筈の本がめくられた。
まるで学校のプリントの様に簡単に、その本は開かれた。
くらり、眩い光りが辺りを覆った。
蓮が居たのは、古本屋ではなかったか。目の前に広がるのは、不思議な木々や草花の森。
足元には、土と草。
遠く後ろの方で、店の店主の声が聞こえた気がした。
そうだ、本は?
「あ、あれ?無い!?」
本を手に取ったポーズのままの蓮の手には、微かな光りの粒がキラキラとするだけで、何もない。前後にあった本棚は、アンティーク調の店内は、古本屋のある裏路地は。きれいさっぱり、森になっていた。
否、蓮が森に移動したのだろうか。
「えーっと、これが異世界トリップってやつ?」
ゲームやアニメで、主人公が非現実的な世界…ファンタジーの世界に飛ばされる、そんな在り来たりなもの。しかし、一度は憧れる体験だ。かくいう蓮は、年がら年中憧れていたが。
とりあえず、辺りを見回す。まず不思議なのは、木々だ。エメラルドグリーンの光を脈打つように放っている。
次に、草花にも不思議があった。スズランに似た花は、ガラスのような儚い光りをキラキラと放って色はゼリービーンズみたいにカラフル。
「この花、食べたら美味しいかな?…いや待て、これは意外に猛毒だったり?!」
しゃがんでゼリービーンズのスズラン(仮)をまじまじと見る。その目は、非現実に放り出された絶望を紛らわせる空元気ではなく、完全に楽しんでいる目。スズラン顔負けに、キラキラと輝いていた。暫くスズランを見ていた蓮はスクッと立つ。
「夢か何なのかは分かんないけど、冒険しなきゃ損だ!RPGゲームだって、序盤は色んなとこの探索からが多いもんね!」
幸い、普段から持ち歩いているお菓子もある。
蓮は、目印に…と地面にバツ印を描いて、この不思議な森の探索に意気揚々と乗り出した。
―ハロー!不思議な世界!!―
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