今は
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食事を終えた後の皿洗いを、今日はベルベットとキキョウの二人で請け負っていた。
ベルベットが泡を落とした皿をキキョウに渡し、テンポよく作業は進んでいく。
そんな中、ベルベットがふと、何でもないことのように口を開いた。
「あんた、兄弟とかはいなかったの?」
突然の脈絡のない問いに、キキョウは不思議そうに小首を傾げた。
「私は一人娘でしたので。どうして?」
「別に、皿洗いがてらの暇つぶしの雑談よ」
ベルベットは手元から視線を上げず、ただ淡々と次の皿に手を伸ばす。そのぶっきらぼうな物言いに、キキョウは短く「そうですか」と応じ、手元の皿を見つめた。
「兄弟はいませんでしたが、シグレ義兄様のことは本当の兄の様に思っていました」
不意に紡がれたその言葉には、普段の彼女の凪いだ空気とは違う、微かな熱と懐かしさが滲んでいた。
「そういえば、あいつがロクロウの兄なら、あんたにとっては義理の兄になるはずだったのね」
「はい。子供の頃、たまにお菓子を頂いたり、首根っこを掴まれたと思えば、肩車をされたり。
肩車は急に高いところに上げられて、びっくりして怖くて泣いてしまいましたけど、向こうも私が泣いたことに驚いたようで。
シグレ義兄様をあそこまで狼狽えさせたやつは私しかいない、よくやった、と当時はまだご存命だった他の義兄様達や、ロクロウ様に褒めてもらったのが私の密かな自慢です」
思い出すように目を細めるキキョウの口元に、自然と柔らかな笑みがこぼれる。
くすり、と静かに笑うキキョウを見て、ベルベットはわずかに目を丸くし、皿を洗う手を止めた。
「意外ね……あいつ、ロクロウと大して変わらない戦闘狂って感じだったけど。あんたにとっては良い義兄さんだったのね」
「そうですね……だからこそ、恨めしく思う気持ちがあります……」
直前まで浮かんでいた穏やかな笑みが、すっと温度を失って消えた。
キキョウの横顔に、濃い影が落ちる。あのカドニクス港での激突、そして彼女の心を縛り続ける母の死。その奥底にあるどす黒い感情を察知し、ベルベットの眼光が鋭さを増した。
「殺したいの?」
水を弾く音すら消えた厨房に、ベルベットの低い声が落ちる。
しかし、キキョウはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ……所詮、逆恨みで、八つ当たりですから。
今はもう、関わりたくない、と言う気持ちの方が強いです……。
対峙したらちゃんと戦いますからそこはご安心を」
強張っていた空気を解くように、キキョウは再びいつもの完璧な仮面を被り直した。
淡々と事務的に告げられたその言葉に、ベルベットは小さく息を吐き出す。
「別にそこは気にしてないわよ」
「ベルベットは……」
「なに?」
キキョウが何かを言いかけて、しかし、すぐに目を伏せて口をつぐむ。
ベルベットの過去、彼女が弟の仇として追うアルトリウスのこと。それに触れようとしたのかもしれないが、伏せられた長い睫毛がその真意を隠してしまう。
「いえ、やっぱりいいです」
「なんなのよ……」
煮え切らないキキョウの態度に、ベルベットは呆れたように肩をすくめた。
そして、最後の一枚の皿を乱暴にすすぎ終えると、ドンと音を立てて水切り籠に置く。
「まぁ、いいわ、さっさと終わらせるわよ。
あと、ロクロウのところ行くのはいいけど、もうライフィセットに変なもの見せないでよ」
背を向けながら放たれた、あまりにも容赦のない台詞。
その言葉の意味を理解した瞬間、完璧に感情を制御していたはずのキキョウの顔から、一気に余裕が吹き飛んだ。
「〜っ……!」
耳の先まで朱に染まり、布巾を握りしめたまま声にならない悲鳴を上げる。
「見せたつもりも、見せるつもりもありませんし今日は行きません……!」
いつもは凪いだ姿からは程遠い、キキョウの年相応で人間らしい狼狽えっぷり。
ベルベットは振り返ることもなく、ただ小さく笑って厨房を後にした。
ベルベットが泡を落とした皿をキキョウに渡し、テンポよく作業は進んでいく。
そんな中、ベルベットがふと、何でもないことのように口を開いた。
「あんた、兄弟とかはいなかったの?」
突然の脈絡のない問いに、キキョウは不思議そうに小首を傾げた。
「私は一人娘でしたので。どうして?」
「別に、皿洗いがてらの暇つぶしの雑談よ」
ベルベットは手元から視線を上げず、ただ淡々と次の皿に手を伸ばす。そのぶっきらぼうな物言いに、キキョウは短く「そうですか」と応じ、手元の皿を見つめた。
「兄弟はいませんでしたが、シグレ義兄様のことは本当の兄の様に思っていました」
不意に紡がれたその言葉には、普段の彼女の凪いだ空気とは違う、微かな熱と懐かしさが滲んでいた。
「そういえば、あいつがロクロウの兄なら、あんたにとっては義理の兄になるはずだったのね」
「はい。子供の頃、たまにお菓子を頂いたり、首根っこを掴まれたと思えば、肩車をされたり。
肩車は急に高いところに上げられて、びっくりして怖くて泣いてしまいましたけど、向こうも私が泣いたことに驚いたようで。
シグレ義兄様をあそこまで狼狽えさせたやつは私しかいない、よくやった、と当時はまだご存命だった他の義兄様達や、ロクロウ様に褒めてもらったのが私の密かな自慢です」
思い出すように目を細めるキキョウの口元に、自然と柔らかな笑みがこぼれる。
くすり、と静かに笑うキキョウを見て、ベルベットはわずかに目を丸くし、皿を洗う手を止めた。
「意外ね……あいつ、ロクロウと大して変わらない戦闘狂って感じだったけど。あんたにとっては良い義兄さんだったのね」
「そうですね……だからこそ、恨めしく思う気持ちがあります……」
直前まで浮かんでいた穏やかな笑みが、すっと温度を失って消えた。
キキョウの横顔に、濃い影が落ちる。あのカドニクス港での激突、そして彼女の心を縛り続ける母の死。その奥底にあるどす黒い感情を察知し、ベルベットの眼光が鋭さを増した。
「殺したいの?」
水を弾く音すら消えた厨房に、ベルベットの低い声が落ちる。
しかし、キキョウはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ……所詮、逆恨みで、八つ当たりですから。
今はもう、関わりたくない、と言う気持ちの方が強いです……。
対峙したらちゃんと戦いますからそこはご安心を」
強張っていた空気を解くように、キキョウは再びいつもの完璧な仮面を被り直した。
淡々と事務的に告げられたその言葉に、ベルベットは小さく息を吐き出す。
「別にそこは気にしてないわよ」
「ベルベットは……」
「なに?」
キキョウが何かを言いかけて、しかし、すぐに目を伏せて口をつぐむ。
ベルベットの過去、彼女が弟の仇として追うアルトリウスのこと。それに触れようとしたのかもしれないが、伏せられた長い睫毛がその真意を隠してしまう。
「いえ、やっぱりいいです」
「なんなのよ……」
煮え切らないキキョウの態度に、ベルベットは呆れたように肩をすくめた。
そして、最後の一枚の皿を乱暴にすすぎ終えると、ドンと音を立てて水切り籠に置く。
「まぁ、いいわ、さっさと終わらせるわよ。
あと、ロクロウのところ行くのはいいけど、もうライフィセットに変なもの見せないでよ」
背を向けながら放たれた、あまりにも容赦のない台詞。
その言葉の意味を理解した瞬間、完璧に感情を制御していたはずのキキョウの顔から、一気に余裕が吹き飛んだ。
「〜っ……!」
耳の先まで朱に染まり、布巾を握りしめたまま声にならない悲鳴を上げる。
「見せたつもりも、見せるつもりもありませんし今日は行きません……!」
いつもは凪いだ姿からは程遠い、キキョウの年相応で人間らしい狼狽えっぷり。
ベルベットは振り返ることもなく、ただ小さく笑って厨房を後にした。