憐憫
夢主の名前
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モアナを連れ出した後、村人全てが業魔と化したハリア村から脱出し、今はタバサからの依頼を受けるべく、ローグレスへと向かう途中の夜。
何となく眠れずにいるロクロウは、パラミデス聖殿でのキキョウとエレノアのやり取りを思い返して、微かに顔を歪ませていた。
『私は……業魔になった私を斬ろうとしたシグレ義兄様から、私を庇って死んだ、業魔になった母と一緒に終わりたかった……』
キキョウが母親を置いて、一人で家を出るわけがない。薄々、キキョウの母親は死んだのだろうとは、思ってはいた。
まさか業魔になったことでシグレに斬られたからとは思わなかったが、キキョウがカドニクス港でシグレに挑んだ理由に納得もした。
正直、陰気臭くて苦手な女だった。
キキョウの母親でなければ、会うことすらあまりしたくない、と思っていたぐらいだ。
それでも、キキョウにとっては大切な家族だった。
自分がいなくなったあとのキキョウが、自分が思っていた以上の地獄を一人で歩んできたのかを、あの瞬間、ロクロウはまざまざと突きつけられた。
そして、アイゼンから語られた業魔病の真実。
キキョウが業魔になってしまったのは、間違いなく自分の所為だろう。
つくづく、キキョウに不利益しか与えないものだ、と自嘲しながら無理矢理にでも目を閉じる。
しばらくして、寝台の軋む音が響いた。
「……おい、よせ」
ロクロウは、低い声で制止をかける。
目を開ければ、自分の上に跨り、胸板に手を這わせるキキョウがいて、ロクロウはそれを下から掴んで押し返そうとした。
当然だ。今の自分たちは単なる旅の連れ合いでしかない関係だ。
こんな、昔のような、いや、昔以上に深い泥沼に足を踏み入れるような真似、許されるはずがない。
「どけ。……力尽くでやらせるな」
脅しを含んだ言葉。
だが、キキョウは動かない。
それどころか、押し返そうとしたロクロウの手を、逆に上から己の手で押さえつけてきた。
ふわり、と、鼻先をくすぐる濃い甘い香りが漂ってくる。
「(なんだ、この匂い……?)」
押さえつけられた手首にかかる力は、驚くほど弱い。
ロクロウが本気で腕を振るえば、彼女ごと払い除けてしまえるほどの、頼りない力。
だというのに、まるで腕が鉛にでもなったように、抵抗らしい抵抗が出来ない。
「……っ」
思考が鈍る一瞬の隙をついて、キキョウの顔が落ちてくる。
重なる唇。
柔らかく、湿った感触と共に、甘い香りが脳髄まで流れ込んでくるようだ。
“そういうもの”はなくしたはずだ。
なのに、身体の芯が、燃えるように熱い。
もっと深く、もっと強く彼女を求めろと叫んでいる。
シグレに勝ちたい、そればかり考えて残らなくて、業魔になったあの日になくしたはずなのに。
だが、身体中が火照って、下腹部に熱が溜まる。
興る筈のない劣情に混乱しているロクロウの唇を離し、キキョウは濡れた瞳で、けれど、どこか冷めた声で告げた。
「全部、わかった上です」
その言葉は、免罪符だった。
体だけでもいい、というあまりにも愚かで、哀れな女の懇願。
そう言われてしまえば、もうロクロウに拒む理屈は残っていなかった。
彼女の細い指が、ロクロウの手首から離れ、胸元へと這い降りる。 いつでも振り払える手。
だがロクロウは、その手を払う代わりに、彼女の腰へと自らの腕を回していた。
「……わかったよ」
それは、諦めとも、契約の了承とも取れる短い返答。
ロクロウが受け入れた瞬間、キキョウの顔に、花の咲くような、けれど泣き出しそうな笑みが浮かんだのを、ロクロウは、熱に浮かされてぼんやりと見ていた。
何となく眠れずにいるロクロウは、パラミデス聖殿でのキキョウとエレノアのやり取りを思い返して、微かに顔を歪ませていた。
『私は……業魔になった私を斬ろうとしたシグレ義兄様から、私を庇って死んだ、業魔になった母と一緒に終わりたかった……』
キキョウが母親を置いて、一人で家を出るわけがない。薄々、キキョウの母親は死んだのだろうとは、思ってはいた。
まさか業魔になったことでシグレに斬られたからとは思わなかったが、キキョウがカドニクス港でシグレに挑んだ理由に納得もした。
正直、陰気臭くて苦手な女だった。
キキョウの母親でなければ、会うことすらあまりしたくない、と思っていたぐらいだ。
それでも、キキョウにとっては大切な家族だった。
自分がいなくなったあとのキキョウが、自分が思っていた以上の地獄を一人で歩んできたのかを、あの瞬間、ロクロウはまざまざと突きつけられた。
そして、アイゼンから語られた業魔病の真実。
キキョウが業魔になってしまったのは、間違いなく自分の所為だろう。
つくづく、キキョウに不利益しか与えないものだ、と自嘲しながら無理矢理にでも目を閉じる。
しばらくして、寝台の軋む音が響いた。
「……おい、よせ」
ロクロウは、低い声で制止をかける。
目を開ければ、自分の上に跨り、胸板に手を這わせるキキョウがいて、ロクロウはそれを下から掴んで押し返そうとした。
当然だ。今の自分たちは単なる旅の連れ合いでしかない関係だ。
こんな、昔のような、いや、昔以上に深い泥沼に足を踏み入れるような真似、許されるはずがない。
「どけ。……力尽くでやらせるな」
脅しを含んだ言葉。
だが、キキョウは動かない。
それどころか、押し返そうとしたロクロウの手を、逆に上から己の手で押さえつけてきた。
ふわり、と、鼻先をくすぐる濃い甘い香りが漂ってくる。
「(なんだ、この匂い……?)」
押さえつけられた手首にかかる力は、驚くほど弱い。
ロクロウが本気で腕を振るえば、彼女ごと払い除けてしまえるほどの、頼りない力。
だというのに、まるで腕が鉛にでもなったように、抵抗らしい抵抗が出来ない。
「……っ」
思考が鈍る一瞬の隙をついて、キキョウの顔が落ちてくる。
重なる唇。
柔らかく、湿った感触と共に、甘い香りが脳髄まで流れ込んでくるようだ。
“そういうもの”はなくしたはずだ。
なのに、身体の芯が、燃えるように熱い。
もっと深く、もっと強く彼女を求めろと叫んでいる。
シグレに勝ちたい、そればかり考えて残らなくて、業魔になったあの日になくしたはずなのに。
だが、身体中が火照って、下腹部に熱が溜まる。
興る筈のない劣情に混乱しているロクロウの唇を離し、キキョウは濡れた瞳で、けれど、どこか冷めた声で告げた。
「全部、わかった上です」
その言葉は、免罪符だった。
体だけでもいい、というあまりにも愚かで、哀れな女の懇願。
そう言われてしまえば、もうロクロウに拒む理屈は残っていなかった。
彼女の細い指が、ロクロウの手首から離れ、胸元へと這い降りる。 いつでも振り払える手。
だがロクロウは、その手を払う代わりに、彼女の腰へと自らの腕を回していた。
「……わかったよ」
それは、諦めとも、契約の了承とも取れる短い返答。
ロクロウが受け入れた瞬間、キキョウの顔に、花の咲くような、けれど泣き出しそうな笑みが浮かんだのを、ロクロウは、熱に浮かされてぼんやりと見ていた。