血を吐くように
夢主の名前
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陽気な気候とは裏腹に、海中に建つパラミデス聖殿の空気はひんやりとして、海を通した青い光に満たされている。
サウスガンドの地脈点。
そこにいるかもしれない喰魔を、そしてハリア村で巫女の親子を探して欲しいと頼まれたことで、パラミデス聖殿へ訪れたが、母親のマヒナは業魔となってしまっていた。
襲いかかってきたので迎え討ったが、隙をついて逃げられた。
「……」
キキョウは、業魔になったマヒナがここにいた理由を考えつつも、エレノアの言葉を思い返していた。
『業魔に人の心などない』
『業魔になったら人らしい母性などなくなる』
聖寮の対魔士として教えを叩き込まれてきた彼女の言葉には、揺るぎない確信があった。
業魔になって、人らしい感覚、その多くのものが削ぎ落とされたキキョウ自身、その言葉が完全に間違っているとも言い切れないと思っている。
だが、もしそれが真実だというのなら。
「(……なら、どうして)」
『あなたがどんなに醜くても、怪物になってしまっても、生きててくれればそれでいい、それでいいの・・・!
だから、こんなことで死ぬなんて許さない・・・!生きなさい!』
“業魔に成り果てていたはずの母”は、あの日、自分を庇って死んだのだろうか。
人間の心を、娘を愛する母性をとうに失っていたはずなのに、自らの命を投げ打ってまで自分を守ろうとしたあの行動は、一体何だったというのか。
母の死を悔やみ自分の心も、人間だった頃の行動をなぞっているに過ぎない、とでも言うのだろうか。
エレノアの言葉が正しいのか、それとも、自分の記憶がすがりつきたいだけの都合のいい幻なのか。
いっそ、その方が辻褄は合うのかもしれない。
だって、昔あれだけ人を殺したくない、と泣いて嫌がっていた自分が信じられないぐらい、今は敵に対して非情でいられるようになった。
特に対魔士を相手にした時、相手に対して申し訳ない、という気持ちもなくはないが、行手を阻むのなら蹴散らさない理由にはならなくなっているのだから。
考えれば考えるほど、足元の影が濃く、深くなっていくようで、一歩ずつ踏み出す毎に足が重くなっていく。
「おい、大丈夫か?」
ふと、頭上から降ってきた聞き慣れた低い声に、キキョウはビクッと肩を震わせた。
顔を上げると、いつの間にか目の前にロクロウが立っている。普段は飄々としている彼だが、今はキキョウのひどく沈み込んだ顔色を、訝しげに、そして微かに案じるように覗き込んでいた。
「顔色が悪いぞ。やっぱり暑さに当てられたんじゃないのか?」
「……いえ」
胸の奥で渦巻いていた黒い泥を隠すように、キキョウは瞬きを一つして、いつもの凪いだ微笑みを貼り付ける。
「なんでもありません。少し、考え事をしていただけですから」
そう言って誤魔化す声は、自分でも驚くほど平坦で、ひどく嘘くさいものだった。
そして、聖殿の最奥で見た残酷にも程のある現実に、キキョウは“やっぱり自分がはあの日終わるべきだった”のだと身勝手な憐憫を抱いた。
サウスガンドの地脈点。
そこにいるかもしれない喰魔を、そしてハリア村で巫女の親子を探して欲しいと頼まれたことで、パラミデス聖殿へ訪れたが、母親のマヒナは業魔となってしまっていた。
襲いかかってきたので迎え討ったが、隙をついて逃げられた。
「……」
キキョウは、業魔になったマヒナがここにいた理由を考えつつも、エレノアの言葉を思い返していた。
『業魔に人の心などない』
『業魔になったら人らしい母性などなくなる』
聖寮の対魔士として教えを叩き込まれてきた彼女の言葉には、揺るぎない確信があった。
業魔になって、人らしい感覚、その多くのものが削ぎ落とされたキキョウ自身、その言葉が完全に間違っているとも言い切れないと思っている。
だが、もしそれが真実だというのなら。
「(……なら、どうして)」
『あなたがどんなに醜くても、怪物になってしまっても、生きててくれればそれでいい、それでいいの・・・!
だから、こんなことで死ぬなんて許さない・・・!生きなさい!』
“業魔に成り果てていたはずの母”は、あの日、自分を庇って死んだのだろうか。
人間の心を、娘を愛する母性をとうに失っていたはずなのに、自らの命を投げ打ってまで自分を守ろうとしたあの行動は、一体何だったというのか。
母の死を悔やみ自分の心も、人間だった頃の行動をなぞっているに過ぎない、とでも言うのだろうか。
エレノアの言葉が正しいのか、それとも、自分の記憶がすがりつきたいだけの都合のいい幻なのか。
いっそ、その方が辻褄は合うのかもしれない。
だって、昔あれだけ人を殺したくない、と泣いて嫌がっていた自分が信じられないぐらい、今は敵に対して非情でいられるようになった。
特に対魔士を相手にした時、相手に対して申し訳ない、という気持ちもなくはないが、行手を阻むのなら蹴散らさない理由にはならなくなっているのだから。
考えれば考えるほど、足元の影が濃く、深くなっていくようで、一歩ずつ踏み出す毎に足が重くなっていく。
「おい、大丈夫か?」
ふと、頭上から降ってきた聞き慣れた低い声に、キキョウはビクッと肩を震わせた。
顔を上げると、いつの間にか目の前にロクロウが立っている。普段は飄々としている彼だが、今はキキョウのひどく沈み込んだ顔色を、訝しげに、そして微かに案じるように覗き込んでいた。
「顔色が悪いぞ。やっぱり暑さに当てられたんじゃないのか?」
「……いえ」
胸の奥で渦巻いていた黒い泥を隠すように、キキョウは瞬きを一つして、いつもの凪いだ微笑みを貼り付ける。
「なんでもありません。少し、考え事をしていただけですから」
そう言って誤魔化す声は、自分でも驚くほど平坦で、ひどく嘘くさいものだった。
そして、聖殿の最奥で見た残酷にも程のある現実に、キキョウは“やっぱり自分がはあの日終わるべきだった”のだと身勝手な憐憫を抱いた。