羨望と喪失
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壊賊病の特効薬サレトーマを探しに、鬱蒼と生い茂るワァーグ樹林へ足を運んだベルベット達。
薄暗く湿った空気が立ち込めるその森は、ベルベットに協力することになったキキョウにとって、ある種の初陣とも言える舞台。
その結果は文句のつけようがないものだった。
襲い掛かる魔獣や業魔を前にしても、キキョウの足運びには一切の迷いがない。首元に巻かれた長い襟巻が、まるで意志を持った生き物のように宙を舞う。敵の鋭い一撃を柔く受け流したかと思えば、瞬時に死角へと潜り込み、体術と隠し持つ暗器で音もなく確実に急所を刺す。
血の匂いが漂う森の中で、彼女の戦いぶりは、危なげというものが全くない。
「キキョウの戦い方って、すごく綺麗だね」
戦闘が落ち着き、静かに息を整えるキキョウを見つめながら、ライフィセットが感嘆の声を漏らした。エレノアもまた、目を丸くしてキキョウの立ち回りを分析するように頷く。
「はい。ゆったりと動いているようで、突然目の前に現れるような……捉えどころのない動きです。それでいて、相手の武器を絡め取ったり、縛り上げたり、鞭のように打ったり……あんなに柔らかい布なのに、敵の攻撃もしっかりと弾いていますし」
「あと、伸びるよね。すっごく」
「ええ、伸びます。すっごく」
二人は顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げた。
「聖隷術、というわけではないですよね? 一体どうやって操っているんですか?」
興味津々に尋ねる二人に対し、キキョウは少し困ったように眉を下げた。
「えっと……ひゅっ、しゅっ、くるくるー、えいっ、みたいな……」
「「……」」
擬音ばかりで、全く論理的ではない説明に、ライフィセットとエレノアは揃って言葉を失ってしまった。
「ごめんなさい、ほとんど感覚でやっているので、上手く説明できないんです……」
気まずさと気恥ずかしさが混じった顔で、申し訳なさそうに身を縮めるキキョウの姿は、先ほどまで冷徹に敵を仕留めていた戦士とは結びつかないほど、温厚で控えめなものだった。
「さらっと言ってるけど、感覚だけであれだけの技を使いこなせるのね」
そのやり取りを、少し離れた場所からベルベットは、感心と値踏みの目で見る、、
その隣で、柄に手をかけたまま目を細めていたロクロウが、低く喉を鳴らす。
「ソウマ家も武人の家だからな。特にあいつの縮地は、俺よりずっと上手かった。……いや、今見ても俺より上手いな、ありゃ。
それが悔しくてなぁ、昔はよくムキになって、稽古に付き合わせたもんだ」
「悔しかったって……許嫁だったんでしょ」
ベルベットが、呆れを隠さない声色で言えば、ロクロウはひどく歪な笑みを浮かべた。
「だからこそだ」
ロクロウの視線の先には、ライフィセットたちと穏やかに言葉を交わすキキョウの姿がある。
「シグレと同じで天才なんだよ、あいつも。
だってのに、根っこがどうしようもなくお人好しで、鈍臭い」
突き放すような言葉とは裏腹に、その響きには泥のように重い執着が絡みついていた。
「才能と性格がまるで噛み合ってなくてな。仕事を、特に暗殺なんか命じられた時は、いつも青白い顔をして苦しそうだった。俺がどれだけ手を伸ばしても届かないもの、あのシグレすら一目置いて認めていたものを当然のように持っていたあいつが……たまらなく妬ましかった。
嫌いだったわけじゃないぞ?むしろ、大事に思ってた。……まぁ、結局大事にはしてやれなかったんだけどな」
突き放したように呟くロクロウに、ベルベットは鋭い視線を向けた。
「勝手ね……あんたが自分より弱くても、あんたを見下したり、憐れむようなやつじゃないでしょ」
「ああ」
ベルベットの非難めいた言葉を、ロクロウは否定しなかった。
「あいつが生き延びて、こうして再会できたことを喜ぶよりも、俺は、あいつがもう剣を持っていないことを残念に思ったし、思ってるぐらいだからな」
キキョウとの再会や、無事よりも、剣への執着が勝ってしまっている。
それこそが、自分がすでに人間らしい愛情を失った夜叉であるという事実であり、彼女への「想いはない」という証左なのだと、誰よりも自分自身に言い聞かせるように、ロクロウの言葉は森の静寂へと溶けていった。
薄暗く湿った空気が立ち込めるその森は、ベルベットに協力することになったキキョウにとって、ある種の初陣とも言える舞台。
その結果は文句のつけようがないものだった。
襲い掛かる魔獣や業魔を前にしても、キキョウの足運びには一切の迷いがない。首元に巻かれた長い襟巻が、まるで意志を持った生き物のように宙を舞う。敵の鋭い一撃を柔く受け流したかと思えば、瞬時に死角へと潜り込み、体術と隠し持つ暗器で音もなく確実に急所を刺す。
血の匂いが漂う森の中で、彼女の戦いぶりは、危なげというものが全くない。
「キキョウの戦い方って、すごく綺麗だね」
戦闘が落ち着き、静かに息を整えるキキョウを見つめながら、ライフィセットが感嘆の声を漏らした。エレノアもまた、目を丸くしてキキョウの立ち回りを分析するように頷く。
「はい。ゆったりと動いているようで、突然目の前に現れるような……捉えどころのない動きです。それでいて、相手の武器を絡め取ったり、縛り上げたり、鞭のように打ったり……あんなに柔らかい布なのに、敵の攻撃もしっかりと弾いていますし」
「あと、伸びるよね。すっごく」
「ええ、伸びます。すっごく」
二人は顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げた。
「聖隷術、というわけではないですよね? 一体どうやって操っているんですか?」
興味津々に尋ねる二人に対し、キキョウは少し困ったように眉を下げた。
「えっと……ひゅっ、しゅっ、くるくるー、えいっ、みたいな……」
「「……」」
擬音ばかりで、全く論理的ではない説明に、ライフィセットとエレノアは揃って言葉を失ってしまった。
「ごめんなさい、ほとんど感覚でやっているので、上手く説明できないんです……」
気まずさと気恥ずかしさが混じった顔で、申し訳なさそうに身を縮めるキキョウの姿は、先ほどまで冷徹に敵を仕留めていた戦士とは結びつかないほど、温厚で控えめなものだった。
「さらっと言ってるけど、感覚だけであれだけの技を使いこなせるのね」
そのやり取りを、少し離れた場所からベルベットは、感心と値踏みの目で見る、、
その隣で、柄に手をかけたまま目を細めていたロクロウが、低く喉を鳴らす。
「ソウマ家も武人の家だからな。特にあいつの縮地は、俺よりずっと上手かった。……いや、今見ても俺より上手いな、ありゃ。
それが悔しくてなぁ、昔はよくムキになって、稽古に付き合わせたもんだ」
「悔しかったって……許嫁だったんでしょ」
ベルベットが、呆れを隠さない声色で言えば、ロクロウはひどく歪な笑みを浮かべた。
「だからこそだ」
ロクロウの視線の先には、ライフィセットたちと穏やかに言葉を交わすキキョウの姿がある。
「シグレと同じで天才なんだよ、あいつも。
だってのに、根っこがどうしようもなくお人好しで、鈍臭い」
突き放すような言葉とは裏腹に、その響きには泥のように重い執着が絡みついていた。
「才能と性格がまるで噛み合ってなくてな。仕事を、特に暗殺なんか命じられた時は、いつも青白い顔をして苦しそうだった。俺がどれだけ手を伸ばしても届かないもの、あのシグレすら一目置いて認めていたものを当然のように持っていたあいつが……たまらなく妬ましかった。
嫌いだったわけじゃないぞ?むしろ、大事に思ってた。……まぁ、結局大事にはしてやれなかったんだけどな」
突き放したように呟くロクロウに、ベルベットは鋭い視線を向けた。
「勝手ね……あんたが自分より弱くても、あんたを見下したり、憐れむようなやつじゃないでしょ」
「ああ」
ベルベットの非難めいた言葉を、ロクロウは否定しなかった。
「あいつが生き延びて、こうして再会できたことを喜ぶよりも、俺は、あいつがもう剣を持っていないことを残念に思ったし、思ってるぐらいだからな」
キキョウとの再会や、無事よりも、剣への執着が勝ってしまっている。
それこそが、自分がすでに人間らしい愛情を失った夜叉であるという事実であり、彼女への「想いはない」という証左なのだと、誰よりも自分自身に言い聞かせるように、ロクロウの言葉は森の静寂へと溶けていった。