懐かしき甘い香り
夢主の名前
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「……ル……ト……ベルベット」
「っ!」
「起こしてすみません。ひどく魘された声が聞こえていたので……」
「うるさくしたなら悪かったわ……」
「いえ。何か温かい飲み物もってきますね」
「いらない……どうせ味なんかわからないんだから」
「お腹に温かいものが入るだけでも違いますよ」
気弱そうな女だと思っていたけど、不思議とこういうときの押しは強い気がする。
しばらくして湯気の立つマグカップを持って帰ってきたキキョウから、それを受け取ると、林檎に似た甘い香りがふわりと漂って、ほっと肩の力が抜けるような心地を覚えた。
「カモミールティー?」
「こちらではカミツレをそう呼ぶのですね。この間の買い出しで少し多めに買っておいたんです。
神経の昂りを鎮める効果がありますから」
「よく知ってるわね」
「母があまり丈夫な人ではなかったので」
「そう……」
布団の中に篭りっぱなしだと、気分も沈みがちになる。
あの子も、ライフィセットもそういう時があったから、なんとか気を紛らわせてやりたくて、してあげられることは、あたしもしてあげようとしていた。
初めてこの女に親近感を覚えた気がする。
「ロクロウはあんななのに、あんたはちっとも業魔っぽくないわね」
「そうですか?人間だった頃の私が今の私を見たら、愕然とするような人でなしになった自覚はありますよ」
「そこはロクロウと同じこと言うのね」
「そうなんですか?」
「なんで嬉しそうなのよ……」
「嬉しいですよ、好きな人と共通したものやことがあるのは」
「……」
業魔になると何処かしら怪物じみた姿になるし、精神も人とは大きくかけ離れて歪んでしまう。
あたしやロクロウはまだ服や髪で誤魔化せるけど、それが表に出れば誰もが業魔と察せるぐらいには変わってしまっている。
でもキキョウは、何処を見ても業魔らしい変化が何も見当たらない。
出来れば荒事は起こさないように立ち回ろうとするし、スパイごっこが下手くそにも程がありすぎる涙目対魔士のことも本気で気遣って、よく話しかけている。
そこに関してはあの女がキキョウに絆されつつあるから、何かあった時に利用できそうでいいんだけど……。
「擬態ですよ」
「!」
どうやら見過ぎたらしい。
あたしの視線で意図を察したキキョウは、滔々と話し始めた。
「あなたやロクロウ様と違って、私は到底服や髪で誤魔化せない姿でしたので、擬態が出来るようになるまでは、坑道の奥で修練に明け暮れました。
もし、ロクロウ様と再会した時、変わり果ててしまった私に気づいてもらえなかったら、悲しいでしょう?」
「気づくぐらいは出来たんじゃない?あいつ変に勘が鋭い時あるし」
「そうかもしれませんね。
でも私、本当はとーっても怖い怪物なんですよ?」
「悪女にでもなったつもり?やめときなさいよ。
あんた、根っこのお人よしさと鈍臭さが隠れてないのよ」
「どん……!?あの、私、敏捷性はかなり高い方だと思うのですが!?」
「そうね。でもあんたと初めて会った時、鈍臭そうな女だと思ったわ」
「そんな、そんなに……!?」
「カップそこに置いといて、明日洗うから」
中身を飲み干したカップをテーブルに置いて、布団に潜り込んだ私のすぐそばで、マットが沈み込んだ。
とん、とん、とゆったりとした間隔と優しい力で、ベッドに腰掛けたキキョウがあたしの体を叩き出す。
子供を寝かしつけるように。
「なんのつもりよ……」
「子供の頃、今のベルベットのように怖い夢を見たり、悲しくて泣きたい時に母にこうしてもらったのが嬉しかったから私も誰かにそうしたいな、と思いまして。
私、ベルベットよりお姉さんですから」
「子供扱いしないでくれる。
まぁ、好意は受け取っておくわ……」
昔の夢を見たあとで、こんなことをされてしまったから、セリカ姉さんを思い出して鼻の奥がつんとした。
涙が滲みそうな目を隠したくて、肩ぐらいにあった布団を頭まで引き上げてもまだ、キキョウはあたしの体を優しく叩いてる。
セリカ姉さんとは違う、カモミールの匂いでもない、なんだか頭がくらり、と蕩けてしまいそうな甘い匂いを感じながら目を閉じる。
そのあとは夢を見る事なく眠れた