引き込んだのは
夢主の名前
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食堂へ入ると、鍋から立ち上る湯気とともに、煮込まれた肉と野菜の香りが漂っていた。丁度いいタイミングで来たらしい。
ロクロウが声をかけると、火の番をしていたベルベットが振り返った。
「何か食べやすいものあるか?」
「起きたの?」
「ああ」
短い返答に、ベルベットはそれ以上深くは追求せず、手早く皿にシチューをよそい始めた。
パンを切り分け、盆に乗せてそばに来たその顔は、どこか値踏みするような冷徹さを帯びている。
「それで、あの女使えそうなわけ?」
シチューの皿をことり、と盆に置きながら、ベルベットが唐突に切り出した問いに、ロクロウは微かに眉をひそめた。
「あいつまで巻き込む気か……?」
「あんたが声かけなきゃあんな大怪我しなかったぐらい、シグレ相手にあそこまで戦えた女よ。戦力としては十分だわ」
淡々と事実だけを述べるベルベットの目に、迷いはない。彼女の言う通り、シグレの太刀筋を躱し、渡り合ってみせたキキョウの実力は、この先の苛烈な旅において間違いなく有用な手駒となる。
「出来ればほっといてやって欲しいんだがな」
ロクロウは首の後ろを掻きながら、自嘲気味に息を吐いた。
「あら、優しいこと言うのね」
意外そうなベルベットの反応に、ロクロウは少しだけ視線を落とし、過去の残滓を吐き捨てるように言った。
「そりゃ俺だって、許嫁だった女を気遣うぐらいはする」
「いっ……!?」
ロクロウの言葉に、器を手渡そうとしていたベルベットの手がピタリと止まり、目を見開いて絶句した。
無理もない。シグレに斬られた見知らぬ女が、まさか目の前の男の婚約者であったなど、誰が想像できただろうか。
そんなベルベットを他所に、ロクロウは、淡々と話を続ける。
「けど、俺が監獄に入れられた所為で、そんなのものもうとっくに解消されてる。
……言ったろ、業魔になって人間らしい感情がなくなったって。あいつのこともそうだ。悪いとは思うし、巻き込むのも良い気はしない。でも、それだけなんだよ」
それは、先ほどキキョウに突きつけた拒絶の言葉の反復だった。人間だった頃の未練も、情愛も、もう自分の中には残っていない。
あるのはシグレを斬るという執念と、ちっぽけな『罪悪感』だけ。だから、これ以上彼女に関わる資格はないのだと。
ベルベットは、目を細めてロクロウの顔をじっと見つめた。業魔としての業を抱え、復讐に生きる身として、彼の抱える空虚さを理解できないわけではない。
だが、だからこそ、彼女は容赦なくその隙を突いた。
「……なら、尚更あいつを巻き込んでも、あんたが気まずい以外は関係ないし、問題はないワケね」
冷ややかな声が、厨房に響く。
「あんたが使えなくても、まだクロガネがいる。逃げ場のない海賊船、身内が人質になればあいつも言うこと聞くでしょ」
悪びれもせず、残酷な算段を口にするベルベット。目的のためなら手段を選ばない強烈なエゴと凄みに、ロクロウは呆れたように、しかしどこか諦観を交えて深くため息をついた。
「お前なぁ……」
言葉を失うロクロウに渡すはずの盆を持ったまま、ベルベットが厨房の出口へと向かっていく。
そして、それを止める言葉を、ロクロウは見つけられなかった。
ロクロウが声をかけると、火の番をしていたベルベットが振り返った。
「何か食べやすいものあるか?」
「起きたの?」
「ああ」
短い返答に、ベルベットはそれ以上深くは追求せず、手早く皿にシチューをよそい始めた。
パンを切り分け、盆に乗せてそばに来たその顔は、どこか値踏みするような冷徹さを帯びている。
「それで、あの女使えそうなわけ?」
シチューの皿をことり、と盆に置きながら、ベルベットが唐突に切り出した問いに、ロクロウは微かに眉をひそめた。
「あいつまで巻き込む気か……?」
「あんたが声かけなきゃあんな大怪我しなかったぐらい、シグレ相手にあそこまで戦えた女よ。戦力としては十分だわ」
淡々と事実だけを述べるベルベットの目に、迷いはない。彼女の言う通り、シグレの太刀筋を躱し、渡り合ってみせたキキョウの実力は、この先の苛烈な旅において間違いなく有用な手駒となる。
「出来ればほっといてやって欲しいんだがな」
ロクロウは首の後ろを掻きながら、自嘲気味に息を吐いた。
「あら、優しいこと言うのね」
意外そうなベルベットの反応に、ロクロウは少しだけ視線を落とし、過去の残滓を吐き捨てるように言った。
「そりゃ俺だって、許嫁だった女を気遣うぐらいはする」
「いっ……!?」
ロクロウの言葉に、器を手渡そうとしていたベルベットの手がピタリと止まり、目を見開いて絶句した。
無理もない。シグレに斬られた見知らぬ女が、まさか目の前の男の婚約者であったなど、誰が想像できただろうか。
そんなベルベットを他所に、ロクロウは、淡々と話を続ける。
「けど、俺が監獄に入れられた所為で、そんなのものもうとっくに解消されてる。
……言ったろ、業魔になって人間らしい感情がなくなったって。あいつのこともそうだ。悪いとは思うし、巻き込むのも良い気はしない。でも、それだけなんだよ」
それは、先ほどキキョウに突きつけた拒絶の言葉の反復だった。人間だった頃の未練も、情愛も、もう自分の中には残っていない。
あるのはシグレを斬るという執念と、ちっぽけな『罪悪感』だけ。だから、これ以上彼女に関わる資格はないのだと。
ベルベットは、目を細めてロクロウの顔をじっと見つめた。業魔としての業を抱え、復讐に生きる身として、彼の抱える空虚さを理解できないわけではない。
だが、だからこそ、彼女は容赦なくその隙を突いた。
「……なら、尚更あいつを巻き込んでも、あんたが気まずい以外は関係ないし、問題はないワケね」
冷ややかな声が、厨房に響く。
「あんたが使えなくても、まだクロガネがいる。逃げ場のない海賊船、身内が人質になればあいつも言うこと聞くでしょ」
悪びれもせず、残酷な算段を口にするベルベット。目的のためなら手段を選ばない強烈なエゴと凄みに、ロクロウは呆れたように、しかしどこか諦観を交えて深くため息をついた。
「お前なぁ……」
言葉を失うロクロウに渡すはずの盆を持ったまま、ベルベットが厨房の出口へと向かっていく。
そして、それを止める言葉を、ロクロウは見つけられなかった。