意図せぬ再会
夢主の名前
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キキョウが人の姿に擬態できるようになって、一年程経った頃。
キキョウはカドニクス港の倉庫で、人に紛れて働くようになっていた。
働いて得た金で丁子油を買い、クロガネの刀の手入れを手伝ったり、時にはクロガネ自身を磨くのに使っていた。
クロガネは、娘っ子らしく、たまには菓子とか買ってこいと言うが、キキョウにはそれが楽しかったのだ。
気がかりなのは、刀斬りの業魔として、クロガネの悪評がカドニクス港にも広がっていることだが、アイルガンドは辺境であり、対魔士もそう強い者も数もあまり配置されていない。
無心に仕事に集中して、働いている時は、悲しさや罪悪感を忘れていられる。
そうやって、少しずつ色んなことを、諦められかけていた頃だった。
今日はなんだか、町の空気が落ち着かないものだった。
やがて、その落ち着かなさが慌ただしさに変わった頃、階段の上から店の主人が叫ぶように声をかけて来た。
「業魔が出た!それもあの刀斬りが坑道から町に攻めてくる!
対魔士様達が制圧に行ったがここから出ない方がいいぞ!」
「!」
対魔士が坑道に行ったと知り、キキョウの顔が青ざめ、階段を駆け上がって窓の外を見る。
今日はずっと、店の地下倉庫で仕事をしていたから、港に聖寮の船がついているのに気付かず、キキョウは店を飛び出した。
「おい行くなって……!」
「祖父にも報せてきます!」
鎧の業魔なだけあり、頑丈なクロガネだが、もし万が一があったらとキキョウは人の流れに逆らい、坑道へと走る。
駆け込もうとした坑道の入り口手前で、キキョウは誰かの胸板に顔をぶつけてしまった。
「応。大丈夫かお前?今から業魔が出てくっから入らねぇ方がいいぞ」
「すみません……!でもっ……!?」
慌てて顔を上げ、そして視界に映る男の顔。
ひゅぅ、と掠れた笛のような音が喉から漏れて、キキョウの心臓が驚きと恐怖で跳ね上がった。
何故、何故よりによって……。
「シグレ、義兄様っ……!」
「お前キキョウか?こんなとこいやがったのかお前……」
義兄になるはずだった。
子供の頃は慕っていた。
けれど、出来ればもう、会いたくなかった男が目の前に現れ、キキョウは息をすることすらままならず、よろけるように後退してしまう。
「んな怯えんなよ。
お前を斬る気はねぇよ」
そう言うシグレだが、キキョウの耳にその言葉はひどく遠くて、聞こえづらい。
けれど、今、シグレは坑道から出て来た。
やっと絞り出せた声で、シグレを問いただす。
「お爺様は……!?」
とシグレに聞く。
「お爺様?……クロガネのことか?」
「!」
わかっている。
これが逆恨みで、八つ当たりでしかないことぐらいは。
クロガネとて業魔だ、これまでに後ろ指を刺されるようなことを、幾度もしてきただろう。
何より、刀斬りとして、自分の剣の切れ味を試す為に、山賊や兵士に挑んでいた。
だから、聖寮が、シグレが来てしまったのだろうことは、キキョウだってわかっている。
でも、そうだとわかっていても。
「また私から奪ったんですか……!?」
「!」
沸々と体の奥底から湧き上がる怒りが、言葉よりも先にキキョウの体を動かしていた。
袖に隠した暗器の小刀を、シグレの喉笛に突き入れようとしたが、シグレが後ろに一歩退いたことでそれは叶わなかった。
シグレは一瞬こそ驚きはしたが、次々とキキョウが繰り出す技をいなし、時には號嵐で防ぎながら、心底愉しげに笑っている。
「そうだよ、それだそれ!
やればできんじゃねぇか!
ますますいい女になったなお前!」
「シグレ様!貴様、なんのつもり……!」
「邪魔!」
「がっ……!」
「なっ、強い……!?」
「邪魔だ引っ込んどけ!てめぇらじゃ返り討ちが関の山だ!」
シグレに加勢しようとした対魔士の一人を、キキョウは、足払いで体勢を崩させ、強く頭から地面へと叩き投げて制圧し、もう一度シグレへと攻撃する。
首に巻いていた襟巻きを解き、自分目掛けて振り下ろされる號嵐の刃を弾いて、時に躱し、体術と暗器でシグレに猛攻する。
「ただの布っきれだってのに面白ぇ!けどそれじゃ俺には勝てねぇぞ!
“あれ”持ってんだろ!?どこやった!」
嬉々として迎え撃つシグレの問いに答えず、キキョウはひたすらシグレへの攻撃を止めない。
その時だった。
「キキョウ……!?」
「!」
それはここにいる筈のない人の声だった。
あまりにも懐かしくて、愛しくて、ずっと忘れようと、諦めようとして、やっと最近色褪せて来た筈の声。
「ロクロウ様……!っ!?」
咄嗟に後ろに全力で飛び退いたが、こうまで大きな隙をシグレが見逃してくれる筈もない。
深々と號嵐の刃が、キキョウの体を斬り裂いた。
「あ゛ぁっ……ぐぅ……!」
斬り裂かれた傷は熱いぐらい痛いのに、血が流れて、体を濡らしていくせいでひどく寒い。
『あなたがどんなに醜くても、怪物になってしまっても、生きててくれればそれでいい、それでいいの・・・!
だから、こんなことで死ぬなんて許さない・・・!生きなさい!』
母の最期の言葉が蘇る。
「だめ……!まだ、死ねない……!」
こんなことで、楽になることは許されないのに、視界は暗く、音が遠くなっていく。
「……死にたくない、じゃねぇのかよ」
子供の頃、頭を撫でてくれた時のような、憐れむようなシグレの声が聞こえた気がして、キキョウは意識を手放した。
キキョウはカドニクス港の倉庫で、人に紛れて働くようになっていた。
働いて得た金で丁子油を買い、クロガネの刀の手入れを手伝ったり、時にはクロガネ自身を磨くのに使っていた。
クロガネは、娘っ子らしく、たまには菓子とか買ってこいと言うが、キキョウにはそれが楽しかったのだ。
気がかりなのは、刀斬りの業魔として、クロガネの悪評がカドニクス港にも広がっていることだが、アイルガンドは辺境であり、対魔士もそう強い者も数もあまり配置されていない。
無心に仕事に集中して、働いている時は、悲しさや罪悪感を忘れていられる。
そうやって、少しずつ色んなことを、諦められかけていた頃だった。
今日はなんだか、町の空気が落ち着かないものだった。
やがて、その落ち着かなさが慌ただしさに変わった頃、階段の上から店の主人が叫ぶように声をかけて来た。
「業魔が出た!それもあの刀斬りが坑道から町に攻めてくる!
対魔士様達が制圧に行ったがここから出ない方がいいぞ!」
「!」
対魔士が坑道に行ったと知り、キキョウの顔が青ざめ、階段を駆け上がって窓の外を見る。
今日はずっと、店の地下倉庫で仕事をしていたから、港に聖寮の船がついているのに気付かず、キキョウは店を飛び出した。
「おい行くなって……!」
「祖父にも報せてきます!」
鎧の業魔なだけあり、頑丈なクロガネだが、もし万が一があったらとキキョウは人の流れに逆らい、坑道へと走る。
駆け込もうとした坑道の入り口手前で、キキョウは誰かの胸板に顔をぶつけてしまった。
「応。大丈夫かお前?今から業魔が出てくっから入らねぇ方がいいぞ」
「すみません……!でもっ……!?」
慌てて顔を上げ、そして視界に映る男の顔。
ひゅぅ、と掠れた笛のような音が喉から漏れて、キキョウの心臓が驚きと恐怖で跳ね上がった。
何故、何故よりによって……。
「シグレ、義兄様っ……!」
「お前キキョウか?こんなとこいやがったのかお前……」
義兄になるはずだった。
子供の頃は慕っていた。
けれど、出来ればもう、会いたくなかった男が目の前に現れ、キキョウは息をすることすらままならず、よろけるように後退してしまう。
「んな怯えんなよ。
お前を斬る気はねぇよ」
そう言うシグレだが、キキョウの耳にその言葉はひどく遠くて、聞こえづらい。
けれど、今、シグレは坑道から出て来た。
やっと絞り出せた声で、シグレを問いただす。
「お爺様は……!?」
とシグレに聞く。
「お爺様?……クロガネのことか?」
「!」
わかっている。
これが逆恨みで、八つ当たりでしかないことぐらいは。
クロガネとて業魔だ、これまでに後ろ指を刺されるようなことを、幾度もしてきただろう。
何より、刀斬りとして、自分の剣の切れ味を試す為に、山賊や兵士に挑んでいた。
だから、聖寮が、シグレが来てしまったのだろうことは、キキョウだってわかっている。
でも、そうだとわかっていても。
「また私から奪ったんですか……!?」
「!」
沸々と体の奥底から湧き上がる怒りが、言葉よりも先にキキョウの体を動かしていた。
袖に隠した暗器の小刀を、シグレの喉笛に突き入れようとしたが、シグレが後ろに一歩退いたことでそれは叶わなかった。
シグレは一瞬こそ驚きはしたが、次々とキキョウが繰り出す技をいなし、時には號嵐で防ぎながら、心底愉しげに笑っている。
「そうだよ、それだそれ!
やればできんじゃねぇか!
ますますいい女になったなお前!」
「シグレ様!貴様、なんのつもり……!」
「邪魔!」
「がっ……!」
「なっ、強い……!?」
「邪魔だ引っ込んどけ!てめぇらじゃ返り討ちが関の山だ!」
シグレに加勢しようとした対魔士の一人を、キキョウは、足払いで体勢を崩させ、強く頭から地面へと叩き投げて制圧し、もう一度シグレへと攻撃する。
首に巻いていた襟巻きを解き、自分目掛けて振り下ろされる號嵐の刃を弾いて、時に躱し、体術と暗器でシグレに猛攻する。
「ただの布っきれだってのに面白ぇ!けどそれじゃ俺には勝てねぇぞ!
“あれ”持ってんだろ!?どこやった!」
嬉々として迎え撃つシグレの問いに答えず、キキョウはひたすらシグレへの攻撃を止めない。
その時だった。
「キキョウ……!?」
「!」
それはここにいる筈のない人の声だった。
あまりにも懐かしくて、愛しくて、ずっと忘れようと、諦めようとして、やっと最近色褪せて来た筈の声。
「ロクロウ様……!っ!?」
咄嗟に後ろに全力で飛び退いたが、こうまで大きな隙をシグレが見逃してくれる筈もない。
深々と號嵐の刃が、キキョウの体を斬り裂いた。
「あ゛ぁっ……ぐぅ……!」
斬り裂かれた傷は熱いぐらい痛いのに、血が流れて、体を濡らしていくせいでひどく寒い。
『あなたがどんなに醜くても、怪物になってしまっても、生きててくれればそれでいい、それでいいの・・・!
だから、こんなことで死ぬなんて許さない・・・!生きなさい!』
母の最期の言葉が蘇る。
「だめ……!まだ、死ねない……!」
こんなことで、楽になることは許されないのに、視界は暗く、音が遠くなっていく。
「……死にたくない、じゃねぇのかよ」
子供の頃、頭を撫でてくれた時のような、憐れむようなシグレの声が聞こえた気がして、キキョウは意識を手放した。