初花染め
夢主の名前
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「初めまして、キキョウ・ソウマです。
今日はよろしくお願いします」
「……」
キャスパリーグ伯からの主命とはいえ、許嫁とか嫌だ、面倒だ。しかもソウマの人間なんか、と、散々文句を言って逃げ回っていたロクロウ。
シグレに首根っこを掴まれて放り込まれるように渋々部屋に入ったロクロウは、ぽかん、と、目の前の少女を見つめて呆けてしまい、シグレが吹き出す声で我に返るが遅かった。
相変わらず無駄に大きな声で、うるさい笑い声をあげて、ロクロウの背中をバシバシ叩き出す。
「別嬪が来てくれて良かったなぁ?」
「うるせぇ!叩くんじゃねぇよ!」
シグレに揶揄われ、再び癇癪を起こしたロクロウは、その手を叩き落として部屋から出ようとしたが。
「あ、待って……」
鈴を転がすような声とはよく言ったものだ。
声量は大きくないが、よく通る高い声で呼び止められた。
眉を下げて、何も掴めない宙を彷徨う白い小さな手があまりにも寂しそうで、バツが悪くなったロクロウは、部屋の中に戻って座り込んだ。
何やら大人達で難しい話をしているが、お互い、その言葉に良くない感情がこもっていることだけはわかる。
そのうち、子供同士で向こうに行っていろ、と言われて外に出されてしまったが、何処で何をしていればいいかわからなくて、横に視線をやる。
キキョウというソウマ家の少女は、庭に目を向けて視線だけで何かを追っていた。
長兄も時々似たようなことをしているので、どうせはぐらかされるとは思いながらも、何を見ているのかと尋ねてみた。
「はんなりしてる子がいました」
「はんなり……?俺には見えない……」
「はい。見える人と見えない人がいます。
父は見えないからいつも私はおかしい、気持ち悪いって」
予想外に正直な答えが返ってきてしまい、ロクロウは呆気に取られる。
しかも、見えないものが見えるということよりも、かなり衝撃的なことをなんてことのないように言ってきたことに、面食らってしまった。
「気持ち悪くはないだろ」
咄嗟に言葉が出るも、すぐにおかしい、の方も否定してやるべきだったと後悔する。
けれど、キキョウは目を大きく見開いてロクロウを見つめたあと、花のように柔らかく微笑んだ。
「ありがとう」
その笑顔を真っ直ぐ見られなくて、顔を横に逸らしてしまった。
ロクロウの兄弟はみな男ばかりだ。
一番身近な女であった母など、兄達に輪をかけて厳しく、叱られてばかりで畏怖すら感じていた。
そんなロクロウにとって、キキョウはあまりにも大人しく、穏やかで、普通の女の子で、どう接すればいいのかわからなかった。
とりあえず、キキョウだけはソウマ家の人間だからと冷たくするのはやめよう、と思うが何を話せばいいのか。
いっそ稽古にでも誘おうかと考えたが、他所行きの着物を汚すようなことをすればきっとキキョウが叱られる。
「ロクロウ様」
「お、おう」
「断っていいですからね」
「え……」
「うちのご当主様と父の言うことは気にしないでください。
キャスパリーグ様も口出ししてくるかもしれないけど、みんなランゲツのお家に迷惑をかけるようなことしか望んでないから」
花のような笑顔から一転して、人形のように意思の感じられない無表情で、何もかも諦めきった声でそんなことを言うものだから。
「お前はどうなるんだよ」
そう聞いてしまった。
傍目にはわからないが、立ち上がる時に脇腹を庇うような動きをしていた、それもひどく慣れた様子で。
自分が何の為にランゲツに嫁がされようとしているか、今回の話が失敗に終わったら何をされるかもわかった上で、断ってもいい、と、ロクロウに告げた少女は笑った。
「大丈夫」
全然、大丈夫そうに見えなかった。
だから、自分より白くて小さい、でも自分と同じぐらい剣を握ってるとわかる少し硬い手を握った。
「ソウマの奴らは嫌いだけど、お前のことは嫌いじゃない。
俺が守ってやるよ」
今度は真っ赤な顔で、キキョウは目の端に涙を浮かべて笑った。