許さない怒り、許されていた罪
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ムルジムによって、シグレは本来の力を抑えていた。
カドニクス港でキキョウが対峙した時とは、比べ物にならない凄まじい剣気。
これだけの圧倒的な力があって、シグレが自分の何に期待していたのかがキキョウにはわからないが、今はそんな個人的な感傷は取るに足らないことだ。
全員でかかってこい、とシグレは言ったが、これはロクロウとクロガネの悲願を果たせるかどうかの戦い。
自分に向かってくる斬撃を防ぐことに尽力し、ロクロウの邪魔をしないように立ち回る。
永遠に続くかのように思われた戦いの中、やっとシグレが膝をついて、ロクロウ以外は後ろへ下がる。
甲高い鋼と鋼がかち合う音が響いて、シグレの號嵐とロクロウの小太刀二刀は宙へ投げ出される。
そしてガラ空きになったシグレを、クロガネの刃が深々と斬り裂いた。
ロクロウが勝てないだなんて、思わなかったわけではない。
それでも、あのシグレが斬り伏せられたその光景を目の当たりにしても、キキョウはどこかまだ、現実味が感じられずぼんやりと立ち尽くすばかりだ。
「キキョウ」
「っ!?はい……?」
そんな時だ。
シグレに声をかけられ、キキョウの意識が現実に引き戻されたのは。
シグレのそばに歩み寄り、傍らに膝をついて、その顔を覗き込む。
掠れ気味の声でシグレが告げた言葉は、思いもよらないものだった。
「お前には色々迷惑かけちまったな。悪かった……」
「!」
その声は、子供の頃に頭を撫でてくれた時と変わらず、優しい音をしていた。
けれど。
「っ、許し、ません……!」
「!」
「キキョウ……」
キキョウの口から出た言葉はシグレの謝罪を拒絶し、突っぱねるものだった。
「私、何度も言った、ロクロウ様に意地悪しないでって……!私を引き合いに出さないでほしかった……!
その後いつもロクロウ様と気まずくなるの嫌だった……!」
沸々と込み上げる怒り。
その様子に、ロクロウも、ベルベット達も、そして死際のシグレでさえも目を見開いて、キキョウを見る。
その視線を一身に受けても尚、キキョウは構うことなく、言葉を続けた。
「私に優しくしてくれても、ロクロウ様に意地悪して、ロクロウ様を傷つけてばかりの義兄様のそういうところ嫌いだった!
許さないっ!!」
血を吐くような、激しい怒りをキキョウはシグレに叫ぶ。
なんてひどい、死に逝く者を踏み躙る最低な言葉だろう。
優しくしてくれた。
生家では疎まれるばかりのキキョウの才を真正面から認めて、褒めてくれた大好きな兄であるのは今も変わらないのに。
それでも、悪かった、なんてたった一言で済まされたくなかった。
自己嫌悪と行き場を失った怒りで、ぼろぼろと涙を流し、嗚咽を漏らして、しゃくりあげるキキョウを見上げるシグレ。
彼は、この期に及んで、心底楽しそうに笑った。
「応。それでいいんだよ、それで」
「っ!」
「アルトリウスの石頭もそんな風に笑ったり、怒ったりすりゃいいのによ……」
その言葉を呟いてすぐ、シグレはこと切れた。
「あ、ああっ……うっ、うぁああああっ……」
許せなかった。
ロクロウを傷付けて、追い詰めるシグレへの怒りは、ずっとキキョウの胸の内で燃えていた。
けれど、実兄同然に慕い、剣を通して自分を鍛え、案じてくれたシグレの死を悼み、悲しむ気持ちもキキョウの中には同じだけあった。
その感情を吐き出すように、その遺体と魂をベルベットが喰らい、跡形もなくなっても、キキョウは暫くその場に蹲って泣き続けた。