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アイリの大学の夏休みが終わってしばらく経った昨日。
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友達が、最近ストーカーまがいの男に付き纏われていると聞かされた。
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問題の男は、大学からの帰宅時に駅までの道のりの途中で、同じ場所で待ち伏せているらしいが、
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別に何かを仕掛けてくるわけでもなく、
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ただじっと、こちらの帰る姿をその場で佇んで見ている。
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ただそれだけのことだとしても、毎日のこととなると、さすがに気味悪く思うのは至極当然のことで。
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ある日、アイリが男の行動を咎めようと立ち向かったらしいが、
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結局は、暖簾に腕押しというか、
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その男は何も言うことなく俯いて無言を通すばかりで、
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いまいち効果が見られず、今も変わりなく待ち伏せされることが続いているらしい。
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レン
おまえみたいなのが無防備に突っかかっていくんじゃねーよ、危ねーだろうが。
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アイリ
で、でもさ、
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アイリ
きちんと言えば、待ち伏せするのを止めるかもって思ったし、
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アイリ
何もしないよりかはマシかなって…、
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レン
あのな…、
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レン
どんなに見た目が弱そうな奴だとしても、相手は男なんだ、
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レン
むしろ、これで済んで良かったんだぞ?
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さらに捲し立てようとしたが、思い留まって声を堰き止める。
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が、代わりにありありと不機嫌な視線を送りつけた。
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レン
(勇んで向き合って、)
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レン
(もしも、おまえの身に何かあったらどうするんだよ)
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後先考えずに安易なことをしたアイリを心配するのは、間違いではないはずだ。
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突拍子もない行動を叱るように、
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このときばかりは、コーヒーを飲み干したマグカップに苛立ちを込めて、テーブルにコツンと叩き付けた。
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アイリ
お兄ちゃん…、
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アイリ
もしかして、怒ってる…?
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レン
『もしかして』じゃなく、
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レン
マジで怒ってる。
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アイリ
相談もせずに、勝手なことしてごめん…。
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レン
…分かってんなら、もうこれ以上の無茶はするな。
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静かな低音ながらも強く釘を刺した俺に、
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アイリは気圧されつつも了承したように頷いた。
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︙
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そして、今日。
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アイリは、俺に向けて深々と頭を下げた。
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言いつけを守らずに何かやらかしたのかと心配で焦ったが、
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そうではなく、
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<お兄ちゃんに、友達の彼氏のフリをしてほしい>…と。
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一度、その男に友達と一緒に帰っているところを見せつけてやってもらえないかと、懇願されてしまった。
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レン
俺が…か?
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アイリ
うん。
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アイリ
お兄ちゃんなら、その男よりも背が高くて、ずっと強そうだし…、
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アイリ
っていうか、絶対に強いし。
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アイリ
その男が、お兄ちゃんのことを彼氏だって思い込んでくれたら、友達のこともさすがに諦めるかもしれないから。
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レン
…なるほどな。
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一瞬、俺なんかでいいのだろうかと躊躇ったが、
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不安な日々を送っているその友達のことを考えると、簡単に無視もできない。
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レン
(彼氏だとうまく思い込んでくれればいいが…)
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アイリ
お願い、お兄ちゃん、
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アイリ
うまくいくかどうかはやってみないと分からないけど、
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アイリ
試してみたいの。
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レン
…、
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杞憂は否めないが、やるしかなさそうだ。
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何より、今ここで俺が動いてやらないと、
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友達やアイリにもしものことがあれば、それこそ目も当てられない。
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レン
分かった、引き受けるよ。
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アイリ
ありがとう!お兄ちゃん!
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レン
その代わり、おまえは何もするなよ?
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レン
それが条件だ。
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アイリ
うん、分かった!
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レン
もしも、それで何も変わらなかったら、
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レン
ちょっとサクヤに動いてもらうか…。
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アイリ
キザキさんに?
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レン
ああ。
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レン
その時は、あいつに探り入れてもらって、男の居場所も突き止めて…、
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レン
まあ、そこまでのことにはならねーようにしたいけどな。
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アイリ
うん…、
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アイリ
ほんとごめんね、お兄ちゃん。
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レン
とりあえず、やれることをやってみようぜ。
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アイリ
うん!
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レン
…その子の名前は?
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アイリ
ハルカだよ、篠宮晴花。
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レン
…ハルカ、か。
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その名前に聞き覚えがあった。
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今までにも何回かうちに遊びに来たことがあって、挨拶を交わしたことがある。
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顔見知りなその子は、どちらかといえばおとなしく可憐な風采で。
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記憶には浅いが、ハルカの姿をうっすら回顧する俺に、
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アイリは続けて言葉を並べた。
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アイリ
ハルカ、最初からお兄ちゃんと二人きりだと緊張するって言うから、
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アイリ
途中まで私も付き合うね。
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レン
ああ、分かった。
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レン
とりあえず、恋人のフリをすればいいんだな?
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アイリ
うん、そう。
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アイリ
手を繋いで歩くとか、腕を組んで歩くとか…、
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アイリ
できるだけ、仲睦まじく、ね?
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レン
……、
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了承したものの、
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<恋人のフリ>のディティールを改めて口に出されると、いきなり気が重くなる。
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好きでもないヤツと、恋人のフリ。
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レン
(これは、まずサクヤに、)
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レン
(内偵とかで使う恋人のフリのレクチャーを受けたほうがいいかもな…)
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思わず大きな溜め息を吐き出して、取り繕った笑顔で頷いた。
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