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残り香のような甘美な恍惚をすぐさま打ち消して、
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俺は脱ぎ捨てた服を淡々と身につける。
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アイリへの想いが膨らめば膨らむほど、どうでもいい女と体を重ねてしまう自分に、
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内心で溜め息をつきながら。
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ねえ、また会わない?
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レン
……
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乱れたベッドの上からいくら艶めいた声で誘われようが、
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軽く受け流しながら帰り支度を済ませてドアまで歩を進める。
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ねえってば、
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レン
悪いが、次はねーよ。
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レン
それが約束だったよな?
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*
……
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嘲笑気味に告げても、
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女はスルーを決め込んで強請るような眼差しを寄越す。
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*
お願い、もう一度だけ…、いいでしょ?
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レン
…、
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緩く口角を持ち上げた笑みだけを残して立ち去ろうとする俺は、
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その纏わりつくような視線をあからさまに無視して。
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あいつ以外の女は、行き場のない想いを発散させるための道具にすぎない。
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…胸内でそんなことを考えてる俺は、
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反吐が出るほどに、とんでもなく悪い男だろう。
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・
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・
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・
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ホテルを出て足早に向かった先は、コンビニだった。
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レン
あいつが好きそうなもの…、
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レン
これがいいな、これにするか。
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アイリからの電話で頼まれた買い物を済ませるためだ。
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…
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アイリ
《お兄ちゃん、残業まだ続いてる?》
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ちょうどホテルの前に着いたときに鳴り響いた着信音は、アイリからのもので。
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広がる背徳心を抑えて平静を装いながら、スマホを握り直して取り繕った。
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レン
《…残業は終わったんだが、まだ少しだけ時間がかかる》
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レン
《そう遅くはならねーが…どうした?》
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アイリ
《……》
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レン
《なんかあったか?》
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アイリ
《…ううん、なにもないよ。ただ、》
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アイリ
《疲れてるところ悪いんだけど、》
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アイリ
《帰りに、プリンとかゼリーを買ってきてくれないかな?》
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レン
《ああ、それは構わねーが…、》
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レン
《珍しいな、おまえが急にそんなお使い頼むなんて》
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アイリ
《…そうかな》
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レン
《普段あまりそんなものを買ってこいって言わねーからさ》
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アイリ
《……》
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レン
《アイリ?》
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アイリ
《…さっき、テレビでスイーツの特集やってて、なんだか食べたくなっちゃったんだよね》
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クスッと小さな笑みを零したのが電話越しに伝わる。
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レン
《……そっか、分かった。買って帰るよ》
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アイリ
《ごめん、お願いね》
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レン
《ああ》
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俺はそのとき、二の句に快諾を乗せつつ、
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惜しむようにアイリとの通話を終えたのだった。
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…
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アイリが好みそうなプリンやゼリーを幾つか買い込んだ俺は、急ぎ早に家路に就く。
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梅雨がまだ明けない夏間近の夜はじっとりと蒸し暑くて、
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ふと仰いだ真っ暗な夜空は、水煙を含んだようにどこか潤んで見えた。
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レン
……
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そこにアイリの笑顔が揺らめくように重なれば、つい口端を上げた微笑が広がる。
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レン
……ったく…、
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いつだって、ふと考えるのはアイリのことだという事実は、
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自分の中では誤魔化しが効かない。
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レン
(だからこそ、あいつにそれを悟られねーように…)
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レン
…、
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そう思えば、滲ませた笑みはすぐに引っ込んで、
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代わりに重い溜め息が空に溶けた。
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