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キザキ
今日は寒いから、
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キザキ
暖かくしてねユヅキちゃん。
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ユヅキ
見送らなくていいですから、ちゃんと寝てください。
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玄関先で、ショートブーツにつま先を通しながら窘めた。
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サラサラの栗色の髪が寝癖で乱れたパジャマ姿のキザキさんは、
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覇気も薄く、気の毒なくらいボサッとしている。
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病人だからそれは仕方ないし、むしろパリッとしていたら仮病を疑う。
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…それにしても。
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ユヅキ
(イケメンって、)
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ユヅキ
(どんな格好になっても、やっぱりイケメンなんだな…)
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端正な顔立ちが白いマスクで大きく隠れているのを見ると
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キザキさんの顔が思ってた以上に小さいのだと気付いて、
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全身のバランスから考えても、やっぱりモデル職でもいけるよ…とこっそり思う。
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ユヅキ
……
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ユヅキ
(…いやいや、病人相手に余計な妄想はやめよう…)
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不謹慎な思考を蹴散らすように、内心で頭をプルプルと振った。
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キザキ
…っ、コホッ…、
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ユヅキ
ほら、もう部屋に戻ってください。
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キザキ
ん、平気…、コホッ、
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前髪の隙間から覗く切れ長の整った瞳は、熱のせいか少し潤んでいるようにも見えて。
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父から借りたという半纏の袖を口元に当てて軽く咳き込む様子に、
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いつもとは違う儚さを感じて少し胸が痛む。
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ユヅキ
悪化したら大変ですから。
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キザキ
コホッ…、っ、
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キザキ
大丈夫だよ、見送りぐらいはできるから。
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ユヅキ
医師命令です、早く寝なさい。
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キザキ
はは、怒られちゃった。
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ユヅキ
当たり前です。
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キザキ
……、
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キザキ
ねえ、ユヅキちゃん。
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ユヅキ
なんです?
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キザキ
いつもかわいいけど…、
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キザキ
今日はとっても綺麗だね。
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ユヅキ
いきなり何を言ってるんですか…、
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ユヅキ
どうやら熱が上がってきたみたいですね…、
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ユヅキ
コレ、何本に見えます?
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照れることなく、無表情のままキザキさんに向き直るようにして、
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右手を目の前にVサインをして見せた。
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キザキ
…なにそれ。
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キザキ
本当のことを言っただけなのに。
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おそらく今、彼はマスクの裏でぷくっと頬を膨らませているに違いない。
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あからさまに吐き出した溜め息に呟きを添えたキザキさんは、
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さらに拗ねた様子で口をモゴモゴさせる。
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キザキ
…なんだか、妬ける。
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ユヅキ
『妬ける』?
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キザキ
だって、
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キザキ
ユヅキちゃんが、
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キザキ
みんなのところへ行っちゃうから。
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ユヅキ
大袈裟ですよ、
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ユヅキ
みんなところって、ただの同窓会なのに。
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小さく吹き出して下から見上げれば、
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キザキさんは納得した表情をするどころか、その双眸には明らかな翳りが差し込んだのが分かった。
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けれど。
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キザキ
行ってらっしゃい…、
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キザキ
気を付けてね。
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結局、マスク越しに届いた声音は、いつもと変わらなくて。
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ユヅキ
うん、行ってきます。
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そんな様子にやれやれと安心しつつ、
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半ば振り切るようにしてドアノブに手をかけた。
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ユヅキ
(…わ、結構寒い…)
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開いた玄関ドアのわずかな隙間から入り込んだ冷たい冬の風に、気になって背後を一瞥すると、
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キザキ
……
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ユヅキ
…、
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想像通りというか。
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取り残された子どものように無言で立ち尽くすキザキさんの姿が視界を埋めた。
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このままだと、どうにも気になって立ち去れない。
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ユヅキ
あの…、
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ユヅキ
寒いですから、早く部屋に戻ってください。
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キザキ
……、
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キザキ
うん…、戻るよ。
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ユヅキ
……、
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ユヅキ
(これは、思ってた以上に後ろ髪を引かれる…)
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このやり取り、
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このままだと無限ループに陥るかもしれない。
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肩を落として嘆息してから
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再びキザキさんに振り向いて目の前まで歩み寄ると、
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コートのポケットに手を突っ込んで、取り出した小さなメモを手渡した。
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ユヅキ
…はい。
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キザキ
え?
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キザキ
なに、コレ…
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ユヅキ
私の携帯の番号です。
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ユヅキ
もしも、体が辛くなったら電話してください。
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キザキ
えっ…、いいの?
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ユヅキ
病人のことは心配するので。
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キザキ
ユヅキちゃん…。
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三日月のように細くなった瞳は、
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マスクの内側で満面の笑みが刻まれていることを示しているのだろう。
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ユヅキ
ちゃんと良い子で寝るように。
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ユヅキ
でなきゃ、怒ります。
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キザキ
うん、分かった、ちゃんと寝る…、
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キザキ
ありがとう…
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ユヅキ
ほんとにちゃんと寝てくださいよ?
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眉間にちょっぴり縦皺を作ってぶっきら棒に言ってみたけれど、
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上気したようなキザキさんの声色からは、嬉しさが伝わるようで。
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キザキ
うん、寝る。
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ユヅキ
…、
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ユヅキ
(そんなに喜んでくれるなんて、ちょっと嬉しいじゃん…)
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そんなことを思いながら。
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こっそり用意していたメモを渡せたことに安堵した私は、
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キザキさんに小さく微笑みかけてから玄関を後にした。
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