Vol. 6 Step by Step ・7

  • ユヅキ

    私は、K医大救命救急センターで医師をしています。

  • ユヅキ

    おそらくお子さんのこの症状は、高熱による熱性痙攣だと考えられます。

  • ユヅキ

    今までに、お子さんの熱性痙攣の発作を経験したことはありますか?

  • *

    い、いえ、

  • *

    今回が初めてで…、

  • ユヅキ

    熱性痙攣は、単純性のものであれば大体は5分以内で治まって、その場合は予後も心配ありませんが、

  • ユヅキ

    今の時期、ウイルスによる風邪が原因で、髄膜炎を引き起こす可能性も否めません。

  • ユヅキ

    一度診察を受けたほうがいいので、救急車を手配しますから、

  • ユヅキ

    到着までの間、お母さんはお子さんの体をできるだけ横に向けて抱いていてあげてください。

  • *

    …はいっ、分かりました…!

  • まるで繊細な宝物を扱うように、女性は子どもを大切に抱き抱える。

  • ユヅキ

    …、

  • その様からは、深淵のような情愛が伝わるようで。

  • ユヅキ

    …今回、初めてのことでとても驚いたと思いますが、

  • ユヅキ

    お子さんが心から頼れる存在は、今ここに、あなたしかいません。

  • *

    …は、はいっ、

  • ユヅキ

    先程の、私の叱咤に気を引き締めたあなたはとても立派で、強い母親です。

  • *

    …――!

  • ユヅキ

    これからも、お子さんをしっかり守ってあげてください。

  • *

    …っ、

  • *

    あ…ありがとうございます…、

  • *

    ほんとに、ありがとうございます…!

  • もう恐れなど感じさせない、母親としての強い煌めきを湛えながらの温かな破顔。

  • その微笑に、私も応えるように頷き返した。

  • キザキ

    ユヅキちゃん、

  • キザキ

    もう救急車の手配してるから。

  • ユヅキ

    さすがっ、仕事が早いっ、

  • ユヅキ

    助かります!

  • 気遣うように会話に入ったキザキさんにも、こればかりは心から謝意を示して頭を下げ、

  • 広がる笑顔を向けた。



  • 程なくして救急車が到着し、救命士に概要を告げて少女の搬送を見届けた後、

  • 救急車が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。

  • 次第に痙攣も治りを見せ始めていたから、おそらく予後も問題はないだろう。

  • ユヅキ

    ……

  • 安堵感からか、少し脱力して。

  • 横に並んで立つキザキさんをチラリと見遣ると、

  • すでにこちらを向いていてちょっぴりビクッとなる。

  • ユヅキ

    …ど、どうかしました?

  • キザキ

    お医者さんのユヅキちゃん、

  • キザキ

    ヒーローみたいだった。

  • ユヅキ

    別に…、

  • ユヅキ

    医者ならみんな同じことをしますよ。

  • キザキ

    あの子、大丈夫だといいね。

  • ユヅキ

    痙攣も落ち着いてきたのでおそらく大丈夫だと思います。

  • キザキ

    そっか、良かった。

  • ユヅキ

    …ええ。

  • キザキ

    さっきユヅキちゃんが怒った時、

  • キザキ

    ちょっとかっこいいなって思っちゃった。

  • ユヅキ

    ぜんっぜん!

  • ユヅキ

    むしろ怒ったりしてみっもともなかったなと…。

  • ユヅキ

    ただ、

  • ユヅキ

    真剣度合いが増しちゃって、ああなっちゃうときがあって…、

  • キザキ

    …うん。

  • ユヅキ

    いつも思うんです、

  • ユヅキ

    せっかく助かる命を絶対に取りこぼしたくないって…。

  • キザキ

    うん…そうだよね。

  • キザキ

    …、

  • ユヅキ

    …なんですか?

  • キザキ

    うん?

  • キザキ

    なんでもないよ。

  • ユヅキ

    なんていうか、

  • ユヅキ

    何か言おうとしませんでした?

  • キザキ

    ……、

  • キザキ

    教えて欲しい?

  • ユヅキ

    ……、

  • ユヅキ

    欲しくない。

  • 遠回しな口振りに、敢えて無関心な素振りで短く答える。

  • けれど、

  • キザキさんはそれに気後れするどころか、感慨深げに目を細めて言葉を紡ぎ始めた。

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