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雨降りの夕暮れ時、
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帰路に就こうと病院の玄関ホールで佇む看護師のサクラを見つけた。
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雨空を見上げる小柄なその姿に、静かに歩み寄る。
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ユヅキ
今日はもう上がりなんだね、お疲れ様。
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サクラ
あ!
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サクラ
ユヅキ――、…先生、
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ユヅキ
ふふ。
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ユヅキ
一応ここは病院だから、先生って呼ぶのは仕方ないか。
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そっと眦を歪めて笑いかけた。
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私がこの大学病院に勤務することになった際、
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同世代のサクラはすでに看護師として働いていて、出会ってすぐ意気投合し、友達になった。
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ユヅキ
雨だね。
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サクラ
うん…。
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ユヅキ
いきなり降り出して、
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ユヅキ
傘がないからどうしたものかと困ってる子を発見したんだ。
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サクラ
…え?
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ユヅキ
はい、これ。
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一本の傘を手渡すと、
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サクラは驚いて恐縮しながら、受け取れないといった風に手を振った。
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サクラ
これはユヅキ先生の傘なんじゃ…、
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ユヅキ
私は車だから大丈夫。
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ユヅキ
バス停まではちょっと距離があるし、使いなよ。
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サクラ
駐車場までだって結構距離があるよ?
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サクラ
先生だって濡れちゃう。
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ユヅキ
私が帰る頃には止んでるよ。
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ユヅキ
…でも今は、なかなかの大粒の雨だ。
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傘を押し戻そうとするサクラをさらりと交わして、降りしきる雨を手のひらで受けた。
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ユヅキ
冬の雨って冷たいなあ。
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ユヅキ
バス停まで傘がなかったら、確実に風邪引くよ。
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サクラ
小走りで行くから大丈夫だよ。
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ユヅキ
もしも滑って転んだら、それこそ大変だ。
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サクラ
でも、
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ユヅキ
医師命令です。傘を使うように。
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冗談めいて、それでいて凛と告げれば、
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サクラ
……、
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サクラ
…分かりました。
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サクラ
ありがとう、ユヅキ先生。
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サクラは諦めたように、けれど嬉しそうに小さく頷いた。
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