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菫の花と悠久の雫

第四幕

ガク「…すみません、驚かせて…落ち着きましたか…?」

ミク「はい…。ごめんなさい。会えたと思ったら涙が出ちゃって…もしも再会できたら、また褒めてもらえるような自分でいようと思ったのに…」



ガク「そんないつまでも変わらない清らかで素晴らしい心を持つミクさんへ…violettaヴィオレッタです。アルコール度数が低く、口当たりが良いロゼワインです」

ミク「ありがとうございます。いただきます…。わぁ…。美味しいです!」

ガク「それは良かった。飲み過ぎないようにしてくださいね」

ミク「はい…!香りがとっても素敵…!」

ガク「…貴女が言っていた通り、私はガクです。…とは言ってもその名前は捨ててしまいましたが…。Crazy∞nighT終演後に残した【私は満足しました】という言葉は本当です。それは皆さんの絆を見れたからという理由でもあり…私自身が、ビュルレ座の役者としての目的を達成できただろうと感じたからだったんです」

ミク「ビュルレ座の役者になった…目的、ですか?」

ガク「私の目的は…ビュルレ座を復興させることでした。私も、ミクさんと同じであの舞台をとても愛していましたから…。そして、Crazy∞nighTが終わった時、私は本当に満足したんです。どんな未来が待っていようとも、ビュルレ座はここから復興していく、と…。そう思ったら、私にとって役者をする理由が消えてしまったんです。このまま流浪人のように舞台に立ち続けるより、皆さんの紡ぐ未来を、客席から見ていたくなりました。」

ミク「それで…ビュルレ座を辞めたんですね」

ガク「えぇ。もう役者になることもないでしょう。それほどに私は、幸せだった。…役者を辞めてからは、新たな目的を探すため…というよりは自分を見つめ直したくて、少しの間旅をしていました。色々な国を回った後、このエレインに辿り着き、ずっと趣味だった葡萄の栽培とワインの醸造も始めて…。その傍ら、ミクさんや皆さんの舞台を観に行ったこともあったんですよ」

ミク「え?!そうなんですか?!私全然気づかなくて…!!」

ガク「客席は暗いですからね。舞台から、しかも上演中に見つけるなんて至難の業でしょう。私も貴女方を陰から見守りたかったから、声をかけることもしなかったんですよ。…この10年近く、ミクさんの演技を観てきましたが…会う度に素晴らしいと思ったのです。今までのように粘り強さで積み重ねた努力が滲み出るダンス、歌、演技力。それだけではない。役者に必要な洞察力に加え、物語の世界を…虚像の世界を、人物を自身に投影し、まるで本物のように魅せる…はっきり言ってしまえば、それはミクさんの才能です。まるで小さな菫の蕾が成長し、やがて色褪せることのない美しい花を咲かせるように…本当に、成長しましたね。」

ミク「ガクさん…ありがとう、ございます…!」

ガク「おやおや、素晴らしい顔が台無しですよ?」

ミク「だ、だってぇ…!」

ガク「ふふ。必要であれば使ってください」

ミク「…これ…」

ガク「?どうか、しましたか?」

ミク「いえ!綺麗なハンカチだったので使うのを躊躇ってしまって…!でも大丈夫です!」

ガク「そうですか。何かあれば遠慮なく。このバーにいる限り、貴女はお客様ですから」

ミク「ありがとうございます…!そういえばさっき、旅をした後にエレインに戻って葡萄の栽培をしたって言ってましたよね?バーを開く時もそうですけど、自分の農場があるウエストエンドに戻ろうとは思わなかったんですか?」

ガク「そうですね…。ウエストエンドに戻れば、また皆さんにも会えるでしょうし、ソムリエとしても充分生きられるでしょう。ですが…戻る気にはなれませんでしたね。それはウエストエンドが嫌いだから、というわけではなく…ワインの葡萄がなる木の寿命はおよそ15年から20年と言われています。その後になる実はどれも渋くなりすぎてしまい、ワインには向かないんです」

ミク「それで、ウエストエンドには戻らずに…?」

ガク「はい。ちょうど寿命が来ておりましたので…。それに、私はワインを作るならいつかこのエレインで。と考えていたんです。暖かな日差し、優しい空気、穏やかな町、葡萄が彩る美しい緑と紫、そしてその色をより美しく魅せるかのような素晴らしい人…。私はこの町で、ここの方と共に、バーを開いて自分の作ったワインを振る舞いたいとずっと想っていました」

ミク「…それが、愛する人と語った夢だから、ですか?」

ガク「え…?」

ミク「…」

ガク「どうしたんですか、ミクさん?急に…私の恋愛など、人に話したことはなかったはずですが…」



ガク「…綺麗な手帳ですね。それは…?」

ミク「私の祖母の手帳です…。一昨日、ザクリー村にある祖母の墓前に置いてありました。誰かが偽装したのかと思ったんですけど…筆跡や内容は、祖母と私しか知り得ないものでした。私が初めてビュルレ座の舞台を観劇した時に祖母が貸してくれた手作りのハンカチのことも…ガクさんが出してくれたそれのことも、書いてありました」



ミク「ハンカチともう一つ。手帳には「貴方の形見を貰って喜ぶミク」と書かれていました。でも私は祖父の形見なんて貰ったこと、一度もありません。貰ったのは1つだけ…ビュルレの形見とされたブレスレットだけなんです」

ガク「…!」

ミク「この手帳に出てきた祖父は…いつか、このエレインでワインのお店を開くことが夢でした。祖母と何度も語り合っていたそうです。その祖父は…私が産まれてすぐにいなくなってしまいました。だけど祖母の手記にはいつまでも変わらない祖父を見て、いつか別れが来ることを予想していた、と書かれていました。そんな祖父のたった1枚の自画像はとある人と瓜二つ…いえ、同一人物でした。幼い頃、Crazy∞nighT初日の朝、8年前に出会った方、劇作家ビュルレ…そして、ガクさんです」

ガク「私、と…」

ミク「…8年前に会った方…幼少期の私とも会ったことがあるその方の名前は分かりませんが、話し方や考え方の癖がガクさんと酷似していました。あの時は考えすぎだとも思いましたが…。私の祖父は…まだ生きている。生きて、容姿や名前を変えて…かつて一つの文化を築いたビュルレという名前も、名役者と評されたガクという名前も捨てて。天涯孤独になった…いいえ、孤独になったと思っている私のそばにいる…」

ガク「…」

ミク「…なんて。流石にありえないですよね!仮にこれが本当なら、その人はもう150年は生きていることになりますから…!すみません変なこと言って。酔ってるのかな?あはは…」

ガク「酔ってなどいませんよ、貴女は」

ミク「…え?」

ガク「…その仮説は…全て正解です。私は以前から貴女に何度も出会っている。それだけではない…血がつながっているんですよ。ミクさんと、私は。」

ミク「嘘…そんな、こと…」

ガク「…ちょうど、ワインもなくなったようですし、新しい物をお注ぎしますよ。ここからは、長い、とても長い、話になりますから…」



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