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神威がくぽ誕生祭2022短編集

「おおぉ〜っ!今年も賑わってるね〜!」
私は某動画サイトで#神威がくぽ生誕祭の検索結果を見ていた。7月31日…今や男性ボーカロイドといえば彼、という程に有名になった神威がくぽの誕生日に合わせてたくさんのお祝い絵や動画が投稿されていた。がくぽが大好きな私にとってこの日は1年で1番大切で、特別な日だ。
「またそうやってパソコンにかじりついて…。目悪くなるでござるよ」
そう言って彼はビシッと私の頭を叩いてきた。真面目な性格もあって私の姿勢や食べ方を指摘してくることが多い。何も言い返せないことは悔しいが。
「だって今日は誕生日なんだよ?!一年に一度の大切な日!!パソコンにかじりついたって許され…」
「許されるわけなかろう?!マスターの目が悪くなったらどうするのだ!!」
全く…と呟きながら彼も画面をのぞき込んだ。しばらく眺めた後に呟いた。
「今年もオリジナル曲が目立つでござるな…。」
その一言を聞いて私は少しだけ胸が苦しくなった。彼の言う通り生誕祭の検索結果はがくぽのオリジナル曲やカバー曲がほとんどだ。新人ボカロPからがくぽの曲で有名なボカロPの曲まで投稿されている中で私があげたものはオリジナル脚本の朗読動画…いわばトークロイドに近いものになる。しかし、会話や漫才といった人との会話を基にしたトークロイドとはまた違うため、視聴回数も他と比べると伸びは良くなかった。弱気になった私は思わず呟いてしまう。
「ごめんね…。曲、作ってあげられなくて…。」

がくぽが大好きだった私は3年前に彼をお迎えしてボカロPとして活動を始めた。その目的は曲を作ること…ではなく朗読動画を作ることだった。もともと私は舞台に立つことや脚本を書くことが好きだった。役者になることが夢だった。しかし、容姿と才能が全ての世界でスランプになったことをきっかけに諦めざるを得なかった。一度は舞台と向き合うことから逃げていたが、その時にもがくぽは私を救ってくれた。曲調や世界観に合わせて様々な声を奏でる存在、カメレオンのように表情を変えた刹那、人々を魅了する…。いつか、彼の声を、神威がくぽを0番に立たせてあげたい。一握りの人しか立つことが許されない、かつて私が憧れた舞台の真ん中へ…。私は壊れた夢のかけらを、容姿と才能に恵まれた彼に託すことにしたのだ。たとえ、作曲の才能が無かったとしても。

不可能なことなんてない。彼の魅力は歌だけじゃない…。そう信じて活動してきたが、彼はどうなのだろうか。ボーカロイドとして生きていたのだから歌いたいのではないだろうか。もしかしたら私のところに来てがっかりしたかもしれない。私じゃなくて他の誰かが彼を迎えていたらもっと有名になって、出来ることもたくさんあったはずなのに…。一度考えてしまうとよくない方へ思考が沈んでいく。気付けば私は泣きながらごめん、ごめんね…。と謝り続けていた。突然こぼれた涙を見て慌てたがくぽはティッシュで頬を優しく押さえながら話し始めた。
「確かに…我はボーカロイドの神威がくぽとして生を受けた。歌の鍛錬もしてきたし歌えたら可能性も広がったのではないかと思う。しかし…今の我にはマスターのいない日々が想像出来ない。そなたが何も知らなかった我に教えてくれたのだ。自分には無限大の才能がある、と…。歌うことが出来ても話すことが苦手だった我に新たな可能性を見せてくれたのだ。こんなにも言葉に彩られる世界があるのかと最初は驚き、感動したものだ。たとえ歌うことが出来ても、有名になれたとしても、今から他のマスターのもとに行くことなぞ考えられない。むしろ嫌だ。我は今、マスターがくれた夢と可能性を見て紡いでいることが心から楽しいのだ。」
そう言ってがくぽはしばし待たれよ、と残して部屋を出ていった。数刻後戻って来たがくぽの手には小さな袋が握られていた。椅子に座っている私の前に座り、その袋を差し出してくる。
「今日が誕生日の我から渡すのは少し変かもしれぬが…これは我からの日頃の感謝を込めたものだ。受け取ってくれぬか?」
私は素直に受け取り、中を確認した。入っていたのは、バレッタだ。しかも、このデザインは…。
「がくぽの衣装についている装飾…よね?これ、どこで…」
「マスターの友達でアクセサリーを作っている者がおったであろう?その方の所にいる巡音殿に事情を話して依頼したのだ。」
まさか私の知らない所で準備していたとは。がくぽの衣装で使用されている装飾を組み合わせた紫と空色を基調としたデザイン。所々にクリスタルのような装飾もついている。
「嬉しい。ありがとうがくぽ…。今つけてみてもいい?」
「ああ、構わぬ」
感動と驚きで震えている手で髪にバレッタを付けた。鏡で確認するとバレッタについた装飾が揺れる。
「やはり、マスターの黒髪にはよく似合うな」
流石は我のセンスだ、といいながらうなづいている。それが何だかおかしくて思わず笑ってしまう。
「ありがとうね。大切にする…!」
「…うむ、マスターはその笑顔が一番素敵だ」
穏やかに笑うがくぽは私に向き直って言った。
「恥ずかしいから一度しか言わぬぞ…。マスター。我は今、ここで、マスターと共に新たな可能性を探していることが楽しく、幸せだ。だからどうか、笑っていてくれ。」
今が幸せ…。自信のない私にとっては一番嬉しくて幸せな言葉だった。
「ありがとう…ありがとう、がくぽ。頑張って…いつか必ず、貴方を舞台の真ん中に立たせて見せるから…!」
「ほう。それは楽しみだ。マスターが泣くほどの景色だ。きっと言葉にならないくらい美しいのだろうな」
「勿論!あの景色は立った人にしか分からないからね!」
笑い泣きながら、がくぽと夢を語り合った。
誰もが不可能と笑う夢であったとしても、きっと彼ならば…。私はもう、迷わない。



その後、ボーカロイドによる朗読劇が人気となり、とあるボーカロイドが主役として舞台で活躍するのは、まだ遠い、未来の話。
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