神威がくぽ誕生祭2022短編集

夏のある日。村全体に太陽の光と熱が降り注ぐ昼時。仕事を終えたガクは玄関に座り込んだ。愛おしい死体を保管している地下室の方が涼しいがこの暑さでそこまで行く気力さえ彼にはなかった。
「…あ、暑い…。」
本来、葬儀屋の仕事は夕方から夜のことが多い。ましてや死体を愛する彼は一日のほとんどを地下室で過ごすこともあった。しかし、今朝村人のミクにドアの修理を依頼されたため炎天下で長い時間作業していた。ただでさえ夏が苦手…いやむしろ死体の劣化が早まるから嫌いだというのに。体力と気力を全て太陽に吸い取られてしまったのだ。一度座ってしまえばもう立ち上がることすら出来ない。
「今日の仕事…あぁ、無理…考えるだけで暑い…。」

「やっぱりここで力尽きてた」
そう言ってガクに近づいてきたのはカイトだ。ラフな格好で腰に剣を携え、大量の汗をかいているところから稽古終わりなのだろう。
「カイト…この暑い中よく稽古なんてするね…」
「騎士たるもの、常に研鑽を忘れるべからず。皆を守るために少しでも強くならないとね」
カイトはそう言ってガクに水筒を差し出してきた。中身は神官のルカから預かって来たアイスティーらしい。他人から受け取るものはあまり信用ならないが今はそんなことも考えられないくらい暑さが頭を占領していた。素直に受け取りアイスティーを飲む。爽やかなミントの香りをまとった冷たい液体が喉を流れていく。
「そうだ、ガク。もうすぐ誕生日だよね。少し早いけど、おめでとう」
「誕生日…もう、そんな時期になるのか。ありがとう」

誕生日。この世に生を受けたことを祝う大切な日。しかし常に「死」と共にある彼にとっては意味のない物に等しい。ましてや生命の誕生なんて心がざわついて仕方がない。たとえ、自分自身がその対象だったとしても。
「…誕生日なんて…僕は無縁だよ。僕は葬儀屋を生業にしている。仕事上、死が常に隣りあわせなんだ。それに…人は、いつか死ぬんだよ?死は平等に訪れる。運命は変わらないのに生を受けたことを祝う理由が…僕には、分からない。」
すまない、変なことを言ってとこぼし、ガクは再びアイスティーを口にする。しかし彼にとっては紛れもない本心だった。話を聞いたカイトはそうだね…。とこぼした後に語り始めた。
「確かに皆いつか死んでしまうのに、生まれたことを祝うのは違和感があるよね。でも僕にとって誕生日ってただ生まれたことを祝うだけじゃなくて、今までの感謝を伝える日でもあると思うんだよね。なかなか日常で感謝を口にすることって少ないだろうし…。それに、もしも君がこの世に生まれなくて誕生日を迎えていなかったら、僕はガクと出会うことどころか、こうして並んでアイスティーを飲みながら話すことも出来なかったんだから。だから誕生日って感謝を伝える日でもあると思うんだ。」
カイトは純粋な笑顔を浮かべて立ち上がった。そろそろ彼も稽古に戻る時間なのだろう。数歩踏み出した彼はガクの方に振り向き
「僕と出会ってくれてありがとう。ガク」
と言って走っていった。彼の笑顔は真夏の太陽そのものだった。カイトは葬儀屋という周りから距離を置かれるような仕事をしているガクに対しても偏見を持たず接してくれる。だからこそ先程の言葉はカイトからガクへの心からの祝福だったのだろう。ガクは全てを燃やすような光と熱を放つ太陽を見上げた。夏が嫌いで、暑さが苦手なガク。太陽は天敵だ…いや、天敵だった。先刻までは。


「たまには、こんな日も悪くないな」
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