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ひとやまアンソロ企画 Wer ist der wahre Teuful

会議を終えた村人が思い思いの場所に散っていく中、ガクは葬儀場の入口に腰かけて過ごしていた。今日は会議だけではなくリンの埋葬とエンバーミングをしたため少し疲れていた。

惡魔など、非科学的…。そう言いながらも、救済が止められない事にガクは気付いていた。しかし恐ろしいだとか、惡魔に復讐してやるだとか、そういった気持ちは彼の心には無かった。それどころか死体を愛し、自分の手でエンバーミング出来たことに喜びを覚えていた。
他人から見たら狂人だと思われてしまうだろうが、仕方がないだろう。焦点が合わず、光がともることのない瞳、血が止まった白く美しい肌、死者の証ともいえる冷たい身体…。全てがガクにとって「幸せ」ともいえるものだった。例えそれに魅了されたがために死体しか愛せなくなったとしても構わなかった。が、

「…心配だな…。」

ガクは自分の右手を見つめて静かに呟いた。
ガクが心配していること…それはカイトのことだった。彼は自ら騎士であることをカミングアウトし、皆を守ると宣言したのだ。あまりの馬鹿さ…いや純粋さに呆れ、会議後に忠告したのだ。止めておけ。間違いなく今夜お前は殺される。何故名乗り出た…。しかしカイトは半分怒っているようなガクに対して笑顔で言ったのだ。
「惡魔に殺されるかもしれないなんて僕が一番分かっていたよ。でもね、ガク。それでも僕は皆を守りたいんだ。皆を守れるなら…不安を取り除けるなら、それでよかったんだ…。分かってよ、ガク。」
分かるかそんなこと、とカイトに言い返すことは出来なかった。何故なら自分の肩に置いてきた手が、異様に冷たく、震えていたからだ。彼も救済とはいえ、死ぬことは怖かったのだろう。

カイトのことは昔から心配だった。すぐにドジをやるし、空気は読めないし、騎士の割には力だってそこまで強く無かった。危なっかしくてしょうがなかった。それなのに、葬儀屋という人から敬遠されるような仕事に就いているガクにも分け隔てなく接していた。最初は鬱陶しかったがこんな日常も悪くない…。そう思っていたのに…。

「残酷だな…運命というものは…。」

ガクはぽつりと呟いた後、そろそろ寝ようかと思って立ち上がった。その刹那、かすかではあるが何か異様な匂いがした。鉄のような、鼻を抜けていくツンとした香り。あぁ、そうだこれは…。

「血の…匂いだ…。」

今この瞬間、誰かが悪魔によって救済されたのだろう。匂いがするのは墓地の方だからおそらく…いや、間違いなく騎士だろう。ガクは彼の怪我の手当てもしたことがあったから直感で感じてしまう。これは、カイトの、血の匂いだ。

「ふふ…ははは…。」

不意にガクから乾いた笑いがこぼれた。心を開きかけた彼の死は鋭く、辛い痛みのはずなのに、今はそれよりも高揚感を感じる。おかしい。どうしてだろう。目からは涙が溢れてくるというのに。だが己の涙を舌で拭った瞬間、真実に辿り着いた。
そう、そうだ。僕は、ガクは。死体のプロ葬儀屋死体かれらしか愛せないだけ。そして僕の心を奪っていったカイトは今、間違いなく僕が心から愛してやまない姿になっているに違いない。この世界で誰よりも美しい姿に…。

「あぁ…早く夜が明ければいいのに…。」

誰もいない葬儀場でガクは独り、微笑みを浮かべながら泣き続けた。
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