ジェームズのショートショート
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ジェームズの部屋
ジェームズのショートショート
金持ちは慈悲深い
浅い同情よりもずっと深い
~「慈悲」~
20xx年、9月末のこと。
1人の青年が四畳半ほどのアパートで首吊り自殺をしようとしていた。
もう思い残すことはないと、己に言い聞かせ、天井からぶら下がる貧相な縄を首にかける。
嘆いていた自分を思い返し、やっとこさ楽になれると椅子を恐る恐る足でずらしていく。
もうすぐ地面とお別れだ。
青年の名はダージリン。
彼の少年時代は幸せの絶頂期だったに違いない。
彼には2人の兄弟がいた。
いずれも同じ時刻に生まれた三つ子であった。
彼らのことを思うと気がかりだが、きっとおそらく幸せに暮らしているのだ。
このように不甲斐ない兄ですまないと消え入りそうな声で呟いた。
彼には数少ない友人がいた。
友人の名はピエール。
今は父親の財産を受け継ぎ、会社の経営を任されている。
まさしく世の中の勝ち組といえる存在だった。
会社の責任者となった今では、忙しいのか当時のようにあまり会ってはくれなくなった。
連絡もここ数年途絶えたままだ。
もはや、ダージリンという存在を忘却の彼方へと追いやってしまったのかもしれない。
仕方のないことだと彼は頭を振った。
足元の椅子をあと数センチほどずらすと、走馬灯のように友人との少年の頃の思い出が駆け巡った。
彼は少し、いや結構面白い奴だった。
たまにむかつくこともあったけど、なぜか憎めなかった。
ちょうど9月の今頃、彼と海に行った思い出がある。
海水浴場だったが夏の面影は薄れていた。
代わりに秋の肌寒さが身にしみた。
海に来た理由なんて得に何もなかった。
2人が行きたいと思ったから。むしろピエールが一方的に言ってきたのかもしれない。
ダージリンは苦笑を浮かべながら、どっちが先に言ったか思い出そうとした。
そうしている間に時間はやけに早く過ぎていった。
彼は思い出の中にいた。
そしてポケットの中にある携帯を取り出す。
最後に友人が元気にやってるかどうか、聞いてからにしよう。
そう思い、番号をかけた。
しばらく呼び出し音が鳴り響く。
長い。
この時ダージリンは思った。
永遠にかけ続けたって、出ないかもしれないと。
不安は彼の心に闇を落とした。
もう諦めて切ろうとした瞬間、呼び出し音が途絶え、人の声が聞こえてきた。
「「もしもし、どなたですか。」」
電話の主は低く、くぐもった中年男性の声だった。
「・・・・・。」
嫌な予感がした。これは彼の携帯電話の番号のはずだった。
番号を変えてしまったのかもしれない。
もう数年経っているのだから不思議なことではない。
「もしもし?誰ですか、あれ?」
いくら返事を待ってもないので相手はシビレを切らし、電話を切った。
しばらく、ツーツーと虚しく音が部屋中に響いた。
ダージリンは携帯を床に力なく落とすと、そのまま椅子をずらした。
カタン・・・と鈍く木が床にあたる音がした。
―とある場所にて
「ねえ、これ見て。自殺ですって。まだお若いのに。」
「本当だわ。どうして、これからだっていうのに。」
「なんでも、両親からの圧力があったらしくて、それでかもしれないって・・・」
ダージリンは病院にいた。あの後、結局自殺できなかったのだ。
病院にいるのは、神経系の持病が悪化したためだ。
向かい側で新聞を読んでいる人たちが先程から噂している記事をダージリンも
読んでいた。
無気力な眼差しの先には、会社の責任者が自殺をしたと載っていた。
その会社は、彼の記憶に新しい。そして古くから知っている。
情けない気持ちで押しつぶされそうだった。
自分を恥じた。
そして
なぜ、自分ではなくて彼が死ななければならなかったのか、
何度考えても憂鬱の迷宮にのまれだけであった。
ダージリンのやせ細った手から、離れた新聞紙はスルリと音をたてて滑り、ベッドの上で少し散らばった。
~「慈悲」~完・・・?