ジェームズのショートショート


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ジェームズの部屋
ジェームズのショートショート

快楽は毒の味に似ている

一度味わえば、二度と

正気には戻れない・・・



~「それは劇薬のごとく」~




水滴が滴り落ちる音がする。


手足は麻痺して動かない。


先程から、繰り返し行われた行為。


激しい情動に駆られ、成すがままにされた体はもう悲鳴をあげていた。


逃げ出したいのに、重りを乗せられたかのように、体が動かない。


私の瞼は殴られでもしたのかというくらい、腫れぼったかった。


こうして、もう何日も食事をしていない。
いや、与えてくれないのだ。
「彼」が・・・!


もう一度眠ろうと再び瞼を閉じたときだった。


彼が来たのだ。新しい薬を右手に持ち、静かに微笑んでいた。


「天龍さん、目が覚めまシたか?」


「・・・・。」


私は何も答えられなかった。
私が何かを言ったところで、彼を喜ばすだけなのだ。


これから、彼は私に残酷極まりないことをする。


この優しい微笑みが示していることだ。


「お疲れデしょうか、無理もありませんネ。昨日はあれだけ悶え苦しんだノですから。」


私は小さく呻いた。
なぜなら、彼の指先が下腹部にかけてなぞるように撫でたからだ。


「うぅ・・・。」


「もう一度・・・シたいですか・・?あなたのここが、よく反応していらっしゃいマす。ふふ・・・。」


「春花・・・。」


私がようやく口にしたのは彼の名前だった。


全身を巡るものは、戦慄なのだろうか。
それとも・・・


「ワタクシはあなたのその顔を見る度に、心安らか二なります。そして、」


私は触れられる度に体をよじらせた。


抵抗ではない。


それは反射的な反応のように思える。


彼の目つきはやけに妖艶で、爬虫類に特有の鋭さを兼ね揃えていた。


「壊してやりたクなリます。」


彼は覆いかぶさり、耳元でそれを囁いた。


「・・・なにを・・・する。」


耳たぶを齧られた。鋭い牙が食い込んでいく。



長い髪が私の頬を擽り、甘い香りが鼻腔を支配した。


「はぁ・・・ん・・・ふふふ・・・」


荒くも色のついた息遣い。


舌の先端が徐々に頬の方へと這っていく。


「ん・・・んぅ・・・はぅ・・・んっ」


唇を重ね、中の舌を絡ませ合う。
ねっとりとした互の唾液をはしたない音をたてて交わせた。


息が詰まるほどに長い時間、そうしていたのであろう。


狂った時間感覚の中、さらに狂気的な言の葉が降りかかってきた。


「はぁ・・・天龍さん?あなたをもっと、壊したイ・・・。」


そういって、右手に持っていた薬を私の口元に押し当てた。


「さあ、飲んでくだサい。」


嬉しそうに、粘着した声色で言った。


「うっ・・・ううぐ・・!」


今まで飲まされ続けた薬。
苦いが、どこか甘く快楽的な味をしている。


私は拒んだ。


しかし体はこの薬を求めていた。


飲めば、今までに感じたことのない快楽を得られるからだ。


しかし、それだけではない。


全ての感覚が麻痺し、意識を保つことすら、ままならなくなる。


恐ろしく、享楽の限りをつくすための毒薬。


拒む私の姿に満足したのか、それともしびれを切らしたのか、
黒緑の小瓶を口元から離してくれた。


私はそのなりを静かに見守った。


不思議と恐怖は湧いてこない。


脳内で鳴らされるべき警報の鐘さえ、鳴らない。完全にトチ狂ってしまったのだろうか、私は。
相手は瞼をゆっくりと閉じると、おもむろに小瓶を自分の口元に運んだ。


「・・・なっ」


私は目を疑った。


彼は自分で、その毒を口に含んだのだ。


なにを考えているのだろうか。


「あ、あぁ・・・なにを・・・」


かすれ切った私の疑問の言葉なんかをよそに、
彼は涼しい顔でこちらを覗き込んだ。


接近する顔。


病的な視線。


ニヤリと笑んだ、その瞬間。



私は接吻されていた。
これほどまでにないほど、激しく。激しく。


「ん、んん・・・!?」


口内に違和感を感じた。


彼の唾液の他に、ほろ苦く、甘美な何かがじんわりと広がっていく。


「・・・げっほ!げほ!ぐぁあ・・・!」


咳き込むが、すでに喉元を通るところだった。


「嬉しいデすか?あなたはこうしてキスをされる方が好きだと思っタのですが、
やはり好きなノですね・・・ふふふ。」


「ちゅ・・・ふぁん・・・。」


「それから、もう一つ、今日の薬は特別なンですよ?いつもより、濃度をあげテみたのです。
致死量ギリギリまで、あなたが下手したら死んでしまうくらい。」


「はぁ・・・はぁ・・・!頼む・・やめ・・て・・」


「でも、大丈夫・・・。私の言う通りにしてくれれバ、死にませんから。」


そう言って、私の顕になった胸元を撫でた。


彼の長い爪が引っかかる。


徐々に熱を帯びていく首元に噛み付いた。


そこから血が滲み出る。


痛くて、苦しくてどうしようもないのに、私の体は快楽に蝕まれていく。


「いいです、いいですヨ・・・あなたの表情。愛おしい・・・」


私の手首を掴んでいた左手が、するすると下半身へと伸びていく。


こんな状況だというのに、触られたところが気持ちいい。


「あっ・・・あぁ・・・んぁ・・ああ!」


そこを思いのままに弄ばれ、喘いでしまった。


もはや、元の私に戻ることなどできないのかもしれない。


死と快楽の狭間に、私は身悶え、苦悩した。


そのうちに思考することをやめてしまった。


彼が言われたことをしていれば、
気持ちよくなれる。死なないで済む。


これは幸福なのだ。


愛なのだ。


そんな思考が私を支配し始めた。





そうなると残るは、欲望だけ。


どろどろの愛に包まれて、いつか訪れる甘き絶息を待つのみ。




~「それは劇薬のごとく」~【完】

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