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【刀剣乱舞】おじいちゃんが闇堕ちする話

「まぁ良い…順に殺してやろう」

*****

「五月雨は 露か涙か 不如帰 我が名をあげよ 雲の上まで」
「……?」
三日月宗近は茶を一口飲むと、月を眺めながら歌を詠んだ。歴史に関する知識が乏しいため、何を言っているかはさっぱりわからない。ついでに言うと、私の国語の成績もかなり悪かった。…古文なんて目も当てられない。
「前の主の辞世の句だ」
前の主…と聞いて浮かんだのは長谷部だった。よく「あの男はこうだった」だの「そういうやつなんですよ…」と言っている。呆れながらも少し楽しそうなのだけれども。宗近も長谷部と同じ様に思い出とかあるのかな?
「前の主って?」
「足利義輝という男だ」
「あしかがよしてる……?」
「はっはっは、頭の上にくえすちょんまーくとやらが浮かんでおるぞ」
私を笑ってからかうと一息置いて、歴史の話をしてくれた。足利義輝という男の話。
彼は室町時代後期ーーー動乱の戦国時代に活躍した室町幕府第十三代征夷大将軍。幕府権力と将軍権威の復活を目指して、戦国大名との修好に尽力した人らしい。宗近の話を聞いていると流石戦国時代、○○の戦いとかそういう話が沢山出てきた。正直脳のキャパシティーは限界を超えそうです。
何度も眠気に襲われ、意識を失いかけたけど話を聞き続けることが出来た。なんとなく聞いていると疑問に思ったことが一つだけあった。
「そんな頑張ってた将軍様は何で亡くなってしまったの?」
「…暗殺」
「えっ……」
何度か話に登場してきた松永久秀という男と三好三人衆に殺されたという。
「本当に強い方だった。あの迷いのない太刀筋、武人という言葉が似合う男だったな」
将軍様って、私の想像では常にお城に居て家来たちが沢山護ってくれてのんびりしてるような感じだけど…そういうわけでもないのかな?
「宗近は、将軍様に刀を使ってもらって嬉しかった?」
「ああ、そうだな。ただ、心残りがあるとするなら…主を最期まで護りきれなかった事、か」
その後、三日月宗近は豊臣秀吉に献上されて、徳川家に贈られてからは所蔵されてたって…
どんな気持ちだったんだろう。主を殺されて、相手に持って行かれ次々持ち主を変えられ、足利家ではなく徳川家の手に渡ってしまった。三条宗近の傑作っていうのは知ってたけど…それは国宝としての飾り物?それとも他の刀たちと変わらない主の想いが詰まった一振りの刀?
「ははは、俺の昔話だと言うのに主が悲しむことはないだろう?」
宗近の大きな掌が私の頭を優しく撫でた。なんだろう…おじいちゃんに撫でられてるみたい(実際、おじいちゃんなのだけれど)。
「…孫というやつか」
「人の心を読まないで!!」
審神者の使命は歴史の改変を防ぐ事。なのに、私は話を聞いて、歴史を変えることが出来たら…なんて一瞬思ってしまった。私が審神者である以上、そのようなことは許されない。それ以外の手段で、私が刀たちに出来る事って何なんだろう。
私は冷めた茶を飲んで、空を見上げた。

*****

心の中で嘘だと思っていた。破壊された刀が再び復活するなどあり得ない。しかし、目の前に立ち塞がった刀は誰がどう見ても三日月宗近だった。
「未練でもあって化けて出てきたか?」
仲間を庇うように鶴丸は前に立つ。宗近の強さを誰よりも知っているのは鶴丸だった。あの一太刀が短刀の愛染国俊にでも当たったら重傷、最悪破壊は免れない。
「長谷部と国広は俺の援護を。光忠、清光は愛染を頼む。…破壊なんてされたら主が泣くぜ」
鶴丸の指示に従いへし切長谷部と山姥切国広が後ろにつく。燭台切光忠と加州清光は愛染国俊を守るようにその前に立った。自分も暴れたいのに守られる側になった愛染は不満を顔に出していたが、鶴丸に直接言われずとも敵わないのはわかっていた。
「じいさん…」
国広が悔しそうに唇を噛んだ。信頼していた相手が敵になる事ほど堪えるものはない。それはこの場にいる全員がそうだった。風の音だけが聞こえる戦場。鶴丸と宗近が互いに構えたまま睨み合う。鶴丸が一歩踏み込んだその時、宗近が一瞬で間合いを詰めてきた。刀の切っ先が喉に当たる寸前で空を斬った。
「外れたか」
「ーーーーっ‼︎」
最初の一太刀で自分の首を獲ろうとしてきた躊躇いの無さと明確な殺意に血の気が引いた。思わず動揺して変な笑いが零れてしまう。
「ははっ…こりゃ驚いた」
想像していたよりずっと動きが素早かった。何とか反射で避けることが出来たが恐らく次はない。
「三人相手でもいいんだが」
宗近は落ちている無傷の太刀を数本拾い上げると自分の近くに突き刺した。
「そうさせてもらう。…あんたのそんな姿、これ以上見たくないからな」
「待て!国広!」
一人、斬りかかっていく国広の後をすかさず鶴丸が追った。宗近は自身の刀を地面に突き刺すと、先程の太刀を引き抜いて応戦した。
「何であんたが…こんなことに…‼︎」
激しく刀のぶつかり合う音が響いた。国広が一瞬体勢を崩すほどの重い一撃。何とか受け止め顔を上げた瞬間、彼の目の前には別の太刀が自分に向けて迫っているのが映った。状況が理解できず相手を見ると、国広が全力で斬りかかったのにも関わらず宗近は片手しか使っていなかった。
「危ない!」
宗近は薄笑いを浮かべると、容赦なく国広に向けて刀を突いた。
「させるかよ!」
刀が迫る寸前、鶴丸は国広を思い切り蹴り飛ばして宗近の太刀を受け止めた。しかし、片方の刀が鶴丸の腕を掠めた。白い着物に紅い血が滲んでいく。
「はぁ…はぁ…芸達者なじじいだぜ」
「やはりぬしは楽しませてくれるな、鶴丸よ」
「これで紅白に染まった俺を見れたんだ。冥土の土産には充分だろ…‼︎」

*****

「遅いなぁ…」
出陣した刀たちが中々帰ってこないことに違和感を感じていた。出陣前に知らされた、三日月宗近の情報。
もしそれが本当だとしたら…?色々考えてみるけれど、戦況がわからないためどうしようもない。いくらなんでも、使いくらい来てもいいと思うんだけど…
「審神者殿!ご報告がございます!!」
本丸に一人の兵士が駆け込んできた。
「た、只今…第一部隊が敵陣営と交戦中。相手は歴史修正主義者…三日月宗近と確認されました」
「今、誰が戦っているの!?」
「はい、鶴丸殿が戦っております…しかし、山姥切殿を庇った際に左腕を負傷。軽傷で依然変わらず奮闘しております」
どこかで聞いたことがあった。刀剣男士たちはそれぞれ重い過去を背負っているため、場合によっては歴史修正主義者たちのような姿に変わってしまうことがある、と。私たちが普段相手にしている刀たちも元は刀剣男士だったということになる。審神者は歴史修正主義者たちと戦うことの他に、これ以上彼らのような存在を作り出さないようにすることも役目の一つであると。
「審神者殿…?」
「あ、ごめんなさい。考え事をしていて…」
縁側に二人で腰をかけて話した時の事を思い出した。「主を最期まで護りきれなかったこと」をずっと悔やんでいるのかもしれない。でも、それなら私と出会った時からのはず。なら、どうして今更?
「…もしかして」
私は立ち上がると使いの者に告げた。
「私を、みんなのところへ連れて行ってください」
「いけません!時代を遡ることを許されているのは刀剣のみです。貴方を連れていくことはできません!」

「許されている…ということは不可能ではないんですよね?」

「違反にはなりますが、可能ではあります…しかし!」
審神者である私にしか出来ない役目。私にしかない特別な能力。
「三日月宗近が敵となった今、一刻も早く対処しなければなしません。…一つだけ可能性があります。私はそれに賭けてみたい」
苦しみに囚われた宗近を解放することが出来るのは多分、私しかいない。審神者として彼をこの時代に呼んだのだから…見送ることも出来るはずだ。
「…わかりました。ただし、無理はなさらぬようお願いします」
「はい。無理だとわかった場合は、撤退します」
審神者本人が直接戦場に赴くなど本来はあってはいけないことだ。もしかしたら、斬られて死ぬかもしれない。そんな危ない所へ向かっているというのに、何故か心は落ち着いていた。何がそこまで落ち着かせているのか、自分でもまだわかっていない。

*****

冷え切った茶を飲み終えた彼女は突然何かを思いついたように俺に言った。
「私は宗近を残して消えたりしないからね」
審神者としての役目を果たすために自分と接しているこの人間が自ら消えないと約束をした。役目を終えればきっとこの者は元の生活に戻ってしまうのだろう。付喪神として姿がある俺たちも同じく消えてしまうのだろう。もしかしたら記憶も消えてしまうかもしれない。歴史を変えようとする輩の目論見を止めるべく俺は主の指示に従い様々な時代で刀を振るった。役目を終えて共に消えるのであれば本望であったが、天下五剣と謳われるこの三日月宗近はそれを果たすことなく塵となって消えてしまった。

(歴史を変えてしまえばいい)

どこからかそんな声が聞こえた。直接語りかけてくる、酷く耳障りな声。歴史を変えるなど、許されないと頭ではわかっていた。しかし、かつて目の前で主を失った時よりも遙かに上回る強い後悔の念が襲いかかってきた。目に焼き付いて離れない、主の亡骸と彼女の泣き顔。気がつけば彼女の約束の言葉と負の感情が俺を縛りあげ、異形の者へと姿を変えていた。


「油断は禁物だぜ!!」
「…まだやるか」
全身傷だらけになった鶴丸が宗近に斬りかかった。真剣必殺を使ったものの、戦闘不能にさせることが出来ず劣勢であることに変わりはなかった。三日月宗近は第一部隊では隊長であったし、強かったのは事実だ。しかし鶴丸とここまで差が開くほどズバ抜けていたわけでもなかった。呼吸を整えながら状況を確認すると、これ以上戦闘を継続するのは不可能なことはすぐにわかった。今すぐにでも撤退したいが簡単に退かせてくれないところが実に厄介である。
(どうすりゃあいいんだ…?)
「俺の前で考え事とは余裕だな」
「やべっ」
咄嗟に屈み太刀を回避した。頭上で空を斬る音が聞こえ、立ち上がると同時に宗近に蹴りを入れた。そして再び互いの刀がぶつかり合おうとしたその時、

「やめて!!!」
戦場に高い声が響いた。宗近は声の主を睨むと、刀を収めて鶴丸から距離をとった。馬から降りた彼女は落ち着いた様子で刀剣男士たちに刀を収めるように命じた。
「しかし…!!」
「大丈夫だから、私に任せてください」
審神者が戦場に現れたことに誰もが動揺を隠せなかった。彼女がいなくなれば刀剣男士も消えてしまう。歴史修正主義者たちにとって一番の標的は審神者なのだから。彼女は彼らの横を通り過ぎ、三日月宗近の前に立った。宗近は彼女の首に刀を突き付けたが、彼女は微動だにしなかった。
「怖くないのか」
「怖いよ。私こんな目に遭ったことないからすごく怖い。けどね、私の知ってる宗近は主に刃を向けるような人じゃないって知ってるから、少し怖くないの」
手が震える。心臓が煩い。彼女は強張った顔で無理やり笑顔を作った。すると宗近はそんな笑顔を見てふっと笑い、再び刀を収めると優しく彼女の頭を撫でた。
「はっはっは…ぬしは甘いな」
彼女を殺してしまおうか悩んだ。審神者を始末してしまえば歴史修正は容易になる。かつての主を救いたいという気持ちはあった。しかし今は、
「気が変わった。ぬしの未来が見たい」
「私の未来?」
「今という時を生きている、ぬしの生き様を眺めていたい。じじいが歴史を変えるなど…活躍した偉人達の顔に泥を塗るようなものだ」
細かい光の粒子が三日月宗近を包むと、元の姿へと戻った。その姿は全身傷だらけで、破壊され消滅する寸前のあの姿だった。どうやら歴史修正主義者の力によってボロボロの体を無理やり保っていたらしい。
「頼みがある」
宗近はそう言うと、腰の刀を私に差し出した。審神者には刀を鍛刀される以前の姿へと戻す力がある。彼女の手によって消えたいという頼みであった。
「…わかったよ」
刀を握ると淡い光が集まり、三日月宗近の姿が少しずつ消え始めた。涙を流しながら力を込めた。
「泣くな。誰も二度と会えないとは言っていない。……俺を残して消えたりはしないのだろう?」
「ははっ…そうだね」
宗近の半分以上が消えかかっていた。これ以上話すと別れが辛くなるから私は黙って俯いていた。
「鶴よ、彼女を頼んだぞ……」
「あぁ、勿論だ」
鶴丸がニィと笑うと、宗近は満足そうに消えていった。

やっと…終わった…
全身から力が抜けて倒れかけたところと、国広が支えてくれた。みんな全身傷だらけなのにすごく私を心配していた。早く本丸に戻らないとね。
「俺に掴まってろ、本丸まで危ないからな」
「ありがとう、国広」
「べ、別に、礼なんかいらないっ」
「光忠~、腹が減って死にそうだぜ…」
「鶴ちゃんは食事より先に手入れだね」
「主!俺の手入れ時間はどれくらいだい?」
「十時間以上かな」
「退屈で死んでしまいそうな時間だぜ……」

*****

あれからまた数か月が経った。また会えるみたいな事言ってたけど、我が家に三日月宗近は来ない。資材の配分を考えながら鍛刀しているけど、流石レアなだけあって中々作れない。
「主も諦め悪いよねー。今日で何日目?」
「…五十日過ぎてから数えるのやめたー」
「それでもそんなに数えたんだ」
そういえば、そろそろ資材調達に行った第二部隊が帰ってくる時間だったっけ…。もう諦めたほうがいいのかなぁ…
「他のみんなは何してるの?」
「んー、光忠は夕飯の支度で、愛染と鶴丸なら庭掃除サボって蹴鞠して遊んでるよ」
「蹴鞠!?」
急いで立ち上がって庭を見ると…
「まだまだぁ~!愛染明王の加護ぞあらん!!」
「遅い遅い!ガラ空きだぜ!!」
ただのサッカーじゃん…とか思いつつ呆れると
「怠慢は許さんぞ…?」
馬の世話を終えて、遊んでる二人を見て鬼の形相をしている長谷部が隣にいた。それを見た愛染が固まり、容赦なく鶴丸の蹴った鞠が愛染の顔面にクリーンヒットした。
「いだっ」
「どうだ!驚い……………」
「鶴丸殿…?」
次の瞬間、鶴の叫び声が響いたのは言うまでもなく。
再び部屋に戻って、今日最後の鍛刀をしようと資材を分けた。この数字で出来るかなぁ?
そんなことを考えながら、手伝い札と同時に出した。

出来上がった刀を見た。
細見で反りが大きく、鍔元の幅が広くて切っ先の幅は狭い美しい太刀。一度手に取ったことがある刀を見て、私は言葉が出なかった。目の前には付喪神として姿を現した刀剣男士が立っている。

「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。泣いて迎えるな、戻ってきたぞ」


END
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