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第零話 夜明けの晩


あの夏の日は私を掴んで離さない。


その日私は最寄り駅からいつも使っている路線とは逆の電車に乗った。5駅分揺られて○○駅に降りた。○○駅に降りたとき、時計の針はちょうど七時半をさしていた。駅から出ると、むっとした生暖かい風が私の頬をかすめた。
目的の場所に向かおうと歩き出したとき、ポツポツと雨が降ってきた。私は急いで約束の場所に向かうため、走り出した。
今日は私がいつも見ているオカルト好きが集まる掲示版『赫イ優曇華』のオフ会だ。今回のオフ会はいつもと違って百物語を行う。オフ会の参加者は一人一人とっておきの怪談、都市伝説………などを持ち寄り披露するという。

10分ほど走っただろうか、薄暗い視界の中からひとつだけぼんやりと明かりがついている建物を見つけた。それは古びた公民館だった。オレンジ色の古びた蛍光灯が私を誘っているようだった。私は誘われるまま中へ入っていった。
中に入ると、玄関にはハイヒール、スニーカー、革靴などたくさんの靴が丁寧に並べられていた。私はわずかな隙間で靴を脱いでいると奥から一人の女が出迎えてくれた。うすい青色の浴衣が妙に似合う黒髪の若い女だった。
「こんばんは。今日のイベントの参加者の方でよかったですか?」
「………あっ、はい。掲示版の告知を見て来ました。えっと、掲示版では金烏(きんう)ってハンドルネームで………」
「………! 金烏さんですか!たまに怖い話を投稿していますよね? あっ、私は玉兎(ぎょくと)っていいます」
「えっ………玉兎ってあの玉兎さん?私、玉兎さんの書く怖い話大好きで………いつも見てます!」
「………そんな風に言ってもらえるなんて、嬉しいです」
彼女は私の手を握り、少し頬を赤く染めて微笑んだ。にぎりしめたその手は氷のように冷たかった。

私達は世間話をしながら、奥の部屋に入っていった。部屋は学校の教室ぐらいの大きさで、外から直接出入りできるほどの大きな窓があった。部屋にはたくさんの参加者でごった返していた。私と玉兎さんは入口付近に座った。
しばらくすると、ボーンボーンと古びた時計が8時を知らせた。急に電気が消され視界が真っ暗になった。部屋のあちこちから小さい悲鳴やどよめきが聞こえた。すると、窓の方からろうそくをもった人影が部屋に入って来るのが見えた。人影は上座に座った。
「みなさん、こんばんは。私が『赫イ優曇華』の管理人の極楽鳥花といいます」
ろうそくの明かりに照らされているが火が弱いためか顔がぼんやりとしか見えなかった。
管理人と名乗る人物はは落ち着いた声色で話し始めた。
「今日という日を私はとても楽しみにしていました」
火が暑いのかろうそくを持つ反対の左手で着物の襟から扇子を取り出し扇いだ。扇子の風でヒラヒラと灯火が揺れる様はとても幻想的だった。
一言二言挨拶を言って、管理人はろうそくを床に置き、凛と姿勢を正した。


「では、始めましょう。百物語を」



彦乃
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