一輪の白い薔薇
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琴璃は都内でバイトをしている。わりと神奈川寄りの、自宅からはそう遠くないカフェ。学校帰りに週に何度かの割合で通っている。あまり都心部だと氷帝の生徒に会いそうなので立地的にちょうど良かったのだ。
そう思っていたのに。
「あれ?あれれ?」
注文の品を客席まで運ぶと2人の青年が座っていた。1人が琴璃の顔を覗き込んで何故かニコニコしている。氷帝の制服、ふわふわの髪。
「ジローくん。びっくりした」
「なーんか見たことあると思ったら琴璃ちゃんじゃん。もしかしてここでバイトしてんの?」
「何、ジロ君の知り合い?」
ジローに答えるより先に連れの青年が話しかけてきた。
「んっと、クラスメイト。でもって隣の席の子。あー、あと跡部の幼馴染」
「へーえ、あの跡部のかよ」
珍しいというような反応をしつつ赤髪の青年は琴璃に軽く会釈する。琴璃は何も言わず少しだけ笑って返した。正直今は跡部とのことをあんまり深掘りされたくなかった。
「俺、今日ここに初めて来たんだー。丸井君に連れられて」
ジローがもう1人の青年に目を向ける。丸井と呼ばれた彼は氷帝の制服ではなかった。席に深く座る彼の隣にテニスバッグがある。
「琴璃ちゃん、前に俺のリストバンド拾ってくれたでしょ?あれ丸井君から貰ったやつなんだ」
「は?おい、俺がやったヤツ失くしかけたのかよ。あんなに欲しがったくせによっ」
「なはは、ごめんて」
詰め寄る丸井を気にせずジローはジュースを飲んでいる。2人は仲良しなんだなと琴璃は思った。そして、このメニューは2人が頼んだものなのかと疑う。オーダーどおり琴璃が運んできたものは、フルーツサンドと店で一番大きいパフェだった。
「ここのデラックスストロベリーパフェは俺的にかなり上位なんだよ。1人でたまーに来てるんだぜ。俺のこと、見たことない?」
「そうですね……、残念ながら今日がはじめましてです」
「なーんだ、そっか」
丸井はその大きな生クリームいっぱいのパフェを食べ始めた。こんな目立つ髪の若い男が、1人でパフェを食べていたら絶対に気付くだろう。けれど琴璃はバイトを始めてまだ1ヶ月そこらだったので知るはずもなかった。
2人の男子高校生が結構なボリュームのスイーツを平らげようとしている。甘い物が好きな琴璃ですら食べきるのか危うい量だ。
「今度あいつらとも一緒に来ようかなー。跡部呼んだら奢ってもらえるから」
「あ、あのさ。跡部くんには黙っておいてくれるかな。お願いします」
「跡部に?なんで?」
「うーんと、ここでバイトしてるの知られたくないって言うか」
「なんで?」
「それは、」
次の言葉が出なかった。跡部にだけは知られるのが嫌だから。やっぱりちょっと会いたくない。でも素直に言ったらジローからもっと質問攻めにあいそうだ。彼の友人に要らぬ不審感も持たれたくない。
「おいおい困ってんじゃん、彼女。こーゆう時は何も聞かずに、うん分かった、って言っとくんだよ」
丸井がパフェに刺さっていたポッキーを咥えながら言う。予期せぬ助け船に琴璃は内心でほっとした。単純なジローは、そっか、と言うと再びサンドイッチにかぶり付いた。もう興味を失くしたようだった。
別に疚しいことなんてない。それにバイトをしていることは図書館で話した日に教えている。勝手に琴璃が避けてるだけだ。こちら側が意識してるだけで向こうは何とも思ってないのだ。こんな態度を取って何やってるんだろうと思う。
別に、親の転勤で色んな環境を渡り歩いてきた琴璃にはあれくらいの意地悪は気にならなかった。でも、彼女らに言われたことは正しいと思った。何でも出来てしまう跡部はなんと言うか、遠い存在なんだと思い知らされた。今の彼はもうあの頃の景ちゃんではないんだ、と。そう思った。同じように接してはいけない。幼馴染という間柄を武器にして不用意に彼に近付くのは違うと思った。だから彼女たちの忠告に素直に従った。
そうしたら数日後にまた呼び出された。正直関わりたくないのに。何の用だろうと思ったら、『跡部くんと仲良くしないなら私達が仲良くしてあげるわよ』と言われた。完全に上から目線で。何様のつもりなんだろう、と思った。そんなものは当然こっちから願い下げだ。それを断るものならまたしても目を付けられてしまった。跡部景吾と仲良し気取りの変わった転校生みたいなレッテルを貼られて。でも琴璃はどうでもよかった。自分に注目する暇があるなら跡部に想いを告げたらいいのに、とさえ思った。
でもやっぱり跡部には申し訳なさもある。いきなり余所余所しい態度をとってしまった。昨日だって、せっかく親切にしてくれたのに酷い態度だったと思う。自分の子供っぽさにうんざりする。跡部はあんなにも大人になっていたのに。精神面でも発言にしても。余計に自分は変わってないんだと気付かされてしまう。
ジロー達は見事に完食し、また来るねー、と言って帰った。果たして黙っておいてくれる約束は守ってくれるだろうか。
そこから1時間ほどの勤務を終えて琴璃もバイトからあがった。最寄駅まではすぐなので歩いて向かう。夜でも駅周辺は活気があった。途中に1台のワゴン車が停まっているのを見つける。ただの車ではなく、両側のドアを全開にして1人の女性がいた。移動販売の車だった。そばに立てられたカフェ看板に“Florist”と書かれている。売っていたものは花だった。会社帰りのサラリーマンがミニブーケを買っていた。誰か大切な人に贈るのだろう。そんな気がした。花を贈る相手は、いつだってその人の大切な存在なのだから。
自分も昔に花を貰ったことがある。今は疲れているのか、その記憶はぼんやりとしか思い出せなかった。
女性店員が、いかがですか、と琴璃に話し掛けてくる。一瞬考える。でも笑顔で会釈してその場を後にした。考えた時の一瞬、彼のことが浮かんでいた。だけど気付かないふりをして駅に向かった。
そう思っていたのに。
「あれ?あれれ?」
注文の品を客席まで運ぶと2人の青年が座っていた。1人が琴璃の顔を覗き込んで何故かニコニコしている。氷帝の制服、ふわふわの髪。
「ジローくん。びっくりした」
「なーんか見たことあると思ったら琴璃ちゃんじゃん。もしかしてここでバイトしてんの?」
「何、ジロ君の知り合い?」
ジローに答えるより先に連れの青年が話しかけてきた。
「んっと、クラスメイト。でもって隣の席の子。あー、あと跡部の幼馴染」
「へーえ、あの跡部のかよ」
珍しいというような反応をしつつ赤髪の青年は琴璃に軽く会釈する。琴璃は何も言わず少しだけ笑って返した。正直今は跡部とのことをあんまり深掘りされたくなかった。
「俺、今日ここに初めて来たんだー。丸井君に連れられて」
ジローがもう1人の青年に目を向ける。丸井と呼ばれた彼は氷帝の制服ではなかった。席に深く座る彼の隣にテニスバッグがある。
「琴璃ちゃん、前に俺のリストバンド拾ってくれたでしょ?あれ丸井君から貰ったやつなんだ」
「は?おい、俺がやったヤツ失くしかけたのかよ。あんなに欲しがったくせによっ」
「なはは、ごめんて」
詰め寄る丸井を気にせずジローはジュースを飲んでいる。2人は仲良しなんだなと琴璃は思った。そして、このメニューは2人が頼んだものなのかと疑う。オーダーどおり琴璃が運んできたものは、フルーツサンドと店で一番大きいパフェだった。
「ここのデラックスストロベリーパフェは俺的にかなり上位なんだよ。1人でたまーに来てるんだぜ。俺のこと、見たことない?」
「そうですね……、残念ながら今日がはじめましてです」
「なーんだ、そっか」
丸井はその大きな生クリームいっぱいのパフェを食べ始めた。こんな目立つ髪の若い男が、1人でパフェを食べていたら絶対に気付くだろう。けれど琴璃はバイトを始めてまだ1ヶ月そこらだったので知るはずもなかった。
2人の男子高校生が結構なボリュームのスイーツを平らげようとしている。甘い物が好きな琴璃ですら食べきるのか危うい量だ。
「今度あいつらとも一緒に来ようかなー。跡部呼んだら奢ってもらえるから」
「あ、あのさ。跡部くんには黙っておいてくれるかな。お願いします」
「跡部に?なんで?」
「うーんと、ここでバイトしてるの知られたくないって言うか」
「なんで?」
「それは、」
次の言葉が出なかった。跡部にだけは知られるのが嫌だから。やっぱりちょっと会いたくない。でも素直に言ったらジローからもっと質問攻めにあいそうだ。彼の友人に要らぬ不審感も持たれたくない。
「おいおい困ってんじゃん、彼女。こーゆう時は何も聞かずに、うん分かった、って言っとくんだよ」
丸井がパフェに刺さっていたポッキーを咥えながら言う。予期せぬ助け船に琴璃は内心でほっとした。単純なジローは、そっか、と言うと再びサンドイッチにかぶり付いた。もう興味を失くしたようだった。
別に疚しいことなんてない。それにバイトをしていることは図書館で話した日に教えている。勝手に琴璃が避けてるだけだ。こちら側が意識してるだけで向こうは何とも思ってないのだ。こんな態度を取って何やってるんだろうと思う。
別に、親の転勤で色んな環境を渡り歩いてきた琴璃にはあれくらいの意地悪は気にならなかった。でも、彼女らに言われたことは正しいと思った。何でも出来てしまう跡部はなんと言うか、遠い存在なんだと思い知らされた。今の彼はもうあの頃の景ちゃんではないんだ、と。そう思った。同じように接してはいけない。幼馴染という間柄を武器にして不用意に彼に近付くのは違うと思った。だから彼女たちの忠告に素直に従った。
そうしたら数日後にまた呼び出された。正直関わりたくないのに。何の用だろうと思ったら、『跡部くんと仲良くしないなら私達が仲良くしてあげるわよ』と言われた。完全に上から目線で。何様のつもりなんだろう、と思った。そんなものは当然こっちから願い下げだ。それを断るものならまたしても目を付けられてしまった。跡部景吾と仲良し気取りの変わった転校生みたいなレッテルを貼られて。でも琴璃はどうでもよかった。自分に注目する暇があるなら跡部に想いを告げたらいいのに、とさえ思った。
でもやっぱり跡部には申し訳なさもある。いきなり余所余所しい態度をとってしまった。昨日だって、せっかく親切にしてくれたのに酷い態度だったと思う。自分の子供っぽさにうんざりする。跡部はあんなにも大人になっていたのに。精神面でも発言にしても。余計に自分は変わってないんだと気付かされてしまう。
ジロー達は見事に完食し、また来るねー、と言って帰った。果たして黙っておいてくれる約束は守ってくれるだろうか。
そこから1時間ほどの勤務を終えて琴璃もバイトからあがった。最寄駅まではすぐなので歩いて向かう。夜でも駅周辺は活気があった。途中に1台のワゴン車が停まっているのを見つける。ただの車ではなく、両側のドアを全開にして1人の女性がいた。移動販売の車だった。そばに立てられたカフェ看板に“Florist”と書かれている。売っていたものは花だった。会社帰りのサラリーマンがミニブーケを買っていた。誰か大切な人に贈るのだろう。そんな気がした。花を贈る相手は、いつだってその人の大切な存在なのだから。
自分も昔に花を貰ったことがある。今は疲れているのか、その記憶はぼんやりとしか思い出せなかった。
女性店員が、いかがですか、と琴璃に話し掛けてくる。一瞬考える。でも笑顔で会釈してその場を後にした。考えた時の一瞬、彼のことが浮かんでいた。だけど気付かないふりをして駅に向かった。