一輪の白い薔薇
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部屋の中はカーテンが閉められ薄暗かった。雨のせいで湿気った感じがする。
「なんでお前がこんなもの運んでたんだよ」
琴璃からとった荷物を机の上に積みながら跡部は聞いた。
「たまたま職員室に行ったら頼まれちゃって」
「要するにパシられたんだな」
ふと思い出す。そういえば琴璃のクラスはジローと同じで担任が社会科担当だった、と。その教師は跡部のクラスの歴史を受け持っていたことも。
「なるほどあのヒゲ眼鏡か」
その教師の顔を思い浮かべる。どうせ琴璃が断れないのをいいことに雑用を頼んだんだろうと推測した。
「ああ、そういやお前ジローと隣の席になったんだってな」
昼休みに学食で屯していたテニス部メンバーを見かけた。そこで跡部は、ジローに見つかりまた試合しろとせがまれたのと、琴璃と席が隣になったと要らぬ報告を受けたのだ。
「アイツは殆ど寝てるだろう。後でノート見せて欲しいとか頼んできても甘やかさなくていい」
「うん」
「けど悪いヤツじゃねぇから、何か困ったら頼っても平気だ」
「そうだね、じゃあ」
ありがとね、と琴璃が言う。そのまま踵を返そうとする彼女の腕を跡部は掴んだ。
「何」
「お前がどうした」
「なんにもないよ」
「ならどうして俺の顔を見ない」
掴んでいた琴璃の腕がぴくりと動いた。
「何かあったのか」
「だからなんにもないってば」
琴璃は頑なに話をしようとしない。この場から、跡部の前から去りたいと思っている。そんなのお見通しだから跡部は腕を放さない。
「困るよ、こんなの。さっきの子に……見られたら」
「さっきの子?」
「さっきまた告白されてたでしょ?私と会う前」
生徒会室で楽しそうに談笑する姿がよぎる。もし彼女ならこんな現場は見たくないに決まってる。
「なんだあれか、見てたのか」
さらりと跡部は言った。別に気にする素振りもない。
「いい加減こっち向け」
琴璃の両肩を押さえて視線を合わそうとする。伏せられてした睫毛がゆっくりと上に向いた。唇は微かに開いていたが、琴璃は特に何も言おうとしなかった。彼女の肩に触れて跡部も思う。もう十数年以上も経ったんだな、と。あの時とは違う。触れている肩も睫毛も唇も、跡部の知らない女っぽさを持ったものだった。
再会した最初の日こそ彼女に気付かなかった。でもその後琴璃だと認識してからは当時の記憶がだんだん思い出されてきた。ゆっくりと氷が溶け出すように2人の思い出が甦る。たった半年間だったけど跡部にとっては印象の強いものだった。今でこそ自分は様々な経験をしてきたけれど、当初はまだ4歳で何でも吸収しやす時期。ぽつんと日本人の女の子が花を毟っていたのは、それなりにインパクトが大きかった。興味本位で話しかけたものなら、彼女はとても寂しかったのだと知った。それからは色んな話をした。彼女はよく笑った。いつでも彼女は自分の邸の庭で嬉しそうに花を眺めていたのが印象的だった。そして最後の日に跡部が花をあげたこと。琴璃はそれを覚えているだろうか。いつかは聞いてみたい。でも今じゃないと思った。今は、琴璃の瞳が不安で揺れている。
「今日は部活に行かないからこの後送ってやる。こんな天気じゃ、電車も煩わしいだろ?」
昼過ぎからの雨は次第に強くなっていた。
「会議はもうすぐ終わるから待ってろよ」
「会議?」
「ああ。生徒会の会議だ」
生徒会室で集まっていたのはその為だった。小休憩になり廊下に出たらふらふら歩く人影が見えた。跡部はそれが荷物を抱えた琴璃だと分かって抜け出してきたのだ。
「お前がさっき見たってのは生徒会の誰かだろうな」
琴璃が困っているのはさっきの女子を勘違いしてるからだと跡部は思っていた。けれどいつまでも彼女は浮かない顔をしている。何か不満があるのだという表情。でも話そうとしない。女とは面倒くさい生き物だな。普段ならそう思う。でも琴璃に対してそういう感情は沸かなかった。
「下で待ってろ、いいな」
言いたいことは後でゆっくり聞いてやるか。廊下に出て施錠をする琴璃の背に言う。
なのに、
「いいよ、そんなことしてもらう義理なんてないから」
顔を背けながら琴璃が言う。雨音が2人以外は誰も居ない廊下に響いている。
「琴璃」
「もういいから。もう、なんでもないから」
「だったら何でもないって顔しろよ」
何が気に入らないんだ。言いたいことがあるならはっきり言え。そう言おうとした時。
「跡部くんには、関係ない」
ボソッと小さな声で。悲しい顔をして琴璃は呟いた。いつもと違う、他人行儀の呼び方で。
また一段と強まる雨に琴璃の声はかき消されそうだ。それでもやたらはっきりと届いた。跡部は琴璃を凝視する。だがもう2度と目が合うことはなかった。小さな背中がゆっくりと跡部から離れていった。
「なんでお前がこんなもの運んでたんだよ」
琴璃からとった荷物を机の上に積みながら跡部は聞いた。
「たまたま職員室に行ったら頼まれちゃって」
「要するにパシられたんだな」
ふと思い出す。そういえば琴璃のクラスはジローと同じで担任が社会科担当だった、と。その教師は跡部のクラスの歴史を受け持っていたことも。
「なるほどあのヒゲ眼鏡か」
その教師の顔を思い浮かべる。どうせ琴璃が断れないのをいいことに雑用を頼んだんだろうと推測した。
「ああ、そういやお前ジローと隣の席になったんだってな」
昼休みに学食で屯していたテニス部メンバーを見かけた。そこで跡部は、ジローに見つかりまた試合しろとせがまれたのと、琴璃と席が隣になったと要らぬ報告を受けたのだ。
「アイツは殆ど寝てるだろう。後でノート見せて欲しいとか頼んできても甘やかさなくていい」
「うん」
「けど悪いヤツじゃねぇから、何か困ったら頼っても平気だ」
「そうだね、じゃあ」
ありがとね、と琴璃が言う。そのまま踵を返そうとする彼女の腕を跡部は掴んだ。
「何」
「お前がどうした」
「なんにもないよ」
「ならどうして俺の顔を見ない」
掴んでいた琴璃の腕がぴくりと動いた。
「何かあったのか」
「だからなんにもないってば」
琴璃は頑なに話をしようとしない。この場から、跡部の前から去りたいと思っている。そんなのお見通しだから跡部は腕を放さない。
「困るよ、こんなの。さっきの子に……見られたら」
「さっきの子?」
「さっきまた告白されてたでしょ?私と会う前」
生徒会室で楽しそうに談笑する姿がよぎる。もし彼女ならこんな現場は見たくないに決まってる。
「なんだあれか、見てたのか」
さらりと跡部は言った。別に気にする素振りもない。
「いい加減こっち向け」
琴璃の両肩を押さえて視線を合わそうとする。伏せられてした睫毛がゆっくりと上に向いた。唇は微かに開いていたが、琴璃は特に何も言おうとしなかった。彼女の肩に触れて跡部も思う。もう十数年以上も経ったんだな、と。あの時とは違う。触れている肩も睫毛も唇も、跡部の知らない女っぽさを持ったものだった。
再会した最初の日こそ彼女に気付かなかった。でもその後琴璃だと認識してからは当時の記憶がだんだん思い出されてきた。ゆっくりと氷が溶け出すように2人の思い出が甦る。たった半年間だったけど跡部にとっては印象の強いものだった。今でこそ自分は様々な経験をしてきたけれど、当初はまだ4歳で何でも吸収しやす時期。ぽつんと日本人の女の子が花を毟っていたのは、それなりにインパクトが大きかった。興味本位で話しかけたものなら、彼女はとても寂しかったのだと知った。それからは色んな話をした。彼女はよく笑った。いつでも彼女は自分の邸の庭で嬉しそうに花を眺めていたのが印象的だった。そして最後の日に跡部が花をあげたこと。琴璃はそれを覚えているだろうか。いつかは聞いてみたい。でも今じゃないと思った。今は、琴璃の瞳が不安で揺れている。
「今日は部活に行かないからこの後送ってやる。こんな天気じゃ、電車も煩わしいだろ?」
昼過ぎからの雨は次第に強くなっていた。
「会議はもうすぐ終わるから待ってろよ」
「会議?」
「ああ。生徒会の会議だ」
生徒会室で集まっていたのはその為だった。小休憩になり廊下に出たらふらふら歩く人影が見えた。跡部はそれが荷物を抱えた琴璃だと分かって抜け出してきたのだ。
「お前がさっき見たってのは生徒会の誰かだろうな」
琴璃が困っているのはさっきの女子を勘違いしてるからだと跡部は思っていた。けれどいつまでも彼女は浮かない顔をしている。何か不満があるのだという表情。でも話そうとしない。女とは面倒くさい生き物だな。普段ならそう思う。でも琴璃に対してそういう感情は沸かなかった。
「下で待ってろ、いいな」
言いたいことは後でゆっくり聞いてやるか。廊下に出て施錠をする琴璃の背に言う。
なのに、
「いいよ、そんなことしてもらう義理なんてないから」
顔を背けながら琴璃が言う。雨音が2人以外は誰も居ない廊下に響いている。
「琴璃」
「もういいから。もう、なんでもないから」
「だったら何でもないって顔しろよ」
何が気に入らないんだ。言いたいことがあるならはっきり言え。そう言おうとした時。
「跡部くんには、関係ない」
ボソッと小さな声で。悲しい顔をして琴璃は呟いた。いつもと違う、他人行儀の呼び方で。
また一段と強まる雨に琴璃の声はかき消されそうだ。それでもやたらはっきりと届いた。跡部は琴璃を凝視する。だがもう2度と目が合うことはなかった。小さな背中がゆっくりと跡部から離れていった。