一輪の白い薔薇
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ジローは本当によく寝るのだなと実感した。
新学期が明けて1ヶ月、琴璃のクラスは席替えが行われた。くじを引いて、琴璃は窓際の席になったのだがその反対隣をジローが引き当てた。琴璃は知ってる子が隣になってホッとした。テニス部ではあんなに元気なジローは教室にいる時では比較的大人しい様子だった。そして、席替えをしたその日に琴璃は目の当たりにしたのだ。今のところ彼は朝からほぼずっと眠っている。授業が終わって休み時間になってもそのまま机に突っ伏している。
よく寝ちゃうんだよね、と自分で言っていたが流石にここまでとは思わなかった。体育や実習授業以外の殆どを寝ている。確かにこれでは朝練に1週間続けて来るのも大変なわけだなと琴璃は思った。
「ジローくん」
午前中最後の授業が終わった。突っ伏して寝ているジローに琴璃は呼びかける。
「授業終わったよ、もうお昼だよ」
「うー……」
ジローはくせ毛の頭を掻きながら身体を起こす。
「ふああああ。あり?もう休み時間?」
「そうだよ、昼休みに入ったよ」
「うわやっべー、岳人たちと学食で食べるんだった」
起きた途端に慌ただしく教室から出ていった。オンとオフの切り替えが凄まじい。
琴璃も購買へ飲み物を買いに行くことにした。教室を出て階段を降り、サロンの方へ向かう廊下を歩く。角を曲がった辺りで2人組の女子生徒とぶつかりそうになった。彼女らを除けて進もうとしたが、何故か琴璃の行く手を阻むように立っている。後ろにはまた別の女子生徒が2人ほどいた。どこから集まってきたのか琴璃を囲むように立つ。真ん中の女子が1歩前に出て口を開いた。
「藤白さんてこの4月から氷帝に入ったんでしょ?なのに跡部くんと親しそうだなぁ、って」
張り付けた笑顔でそんなことを言う。どうして跡部の名前が出てくるのか、琴璃は分からなかった。 琴璃のことを知ってるふうだが、逆に琴璃は彼女たちの誰1人も知らなかった。
「景ちゃんとは幼馴染なんです」
言った瞬間、彼女の顔がわずかに引き攣った。
「へぇー、そうなの。それっていつ頃の話?」
「えっと、4歳くらいの頃かな」
「ふぅん。じゃあもう13年の仲なんだ」
別の女子が話に入ってくる。上から下まで琴璃をなめ回すような目つきで。
「あ、いえ4歳の時だけなんです。親の仕事の都合で、私はすぐにまた転勤になっちゃって」
正確には、4歳の年のそれも半年間だけ。でもそこまでは教えなかった。この人たちにこれ以上教えなくてもいい。何故だかそう直感した。
「え?……じゃあ、氷帝で跡部くんと会うまではずっと会ってなかったってこと?」
「そう、なります」
どうして、ずっと敬語で話しているんだろうか。相手は年上というわけではないのに、不思議とそういう空気にさせられる。威圧のある聞き方だからだろうか。琴璃と仲良くなりたいという雰囲気ではないことはよく分かる。彼女たちが興味があるのは自分ではなく跡部だ。それってさぁ、と、最初の真ん中の女子が口を開く。
「幼馴染っていうか、ただの顔見知りってレベルじゃないの?だって幼馴染ってもっと長い付き合いでしょ」
「あはは、もしかしてそれ、自分だけの思い込みってやつ?」
冷や水を浴びせられたような感覚。笑い飛ばされながら今の今まで心の中で気にしていたことを言われた。やっぱりそうだよな。自分達の付き合いに幼馴染という言葉は相応しくない。琴璃も引っ掛かっていたから素直にそう思えた。幼馴染なら友人以上な気がして。幼馴染と呼ばれるだけで仲が良いんだと見られる。それが嬉しかったからそうやって思い込んでいた。
「ってことだからさぁ、その馴れ馴れしい呼び方、辞めてくれない?」
目の前の彼女が言う。笑っているのは口元だけで、目はちっとも笑っていなかった。
「跡部くんはあなただけのものじゃないの。私たちより先に知り合ったからって、図々しい態度取らないでほしいな」
言われた瞬間は頭がぼーっとしてしまった。息を吸うのを忘れてかけていたほど。幼馴染を名乗っただけで、図々しいと言われてしまうのか。初対面の彼女らにこんなにも睨まれ疎まれてしまうのか。なんでそんなことを言われなくちゃいけないんだろうか。普通だったら真っ先に思うのに何も言い返せなかった。その通りだ、と琴璃も思ったから。
格好良くなった景ちゃんを見て、覚えててもらって話ができて。少なからず舞い上がっていた。氷帝の生徒会長でテニス部の部長で、みんなにモテる彼と普通に話せることで微かな優越感もあったかもしれない。跡部は自分の知ってる景ちゃんだけど、この学園にいる彼はもう“景ちゃん”ではない。だからもう、昔のように接してはいけないんだ。琴璃はそれを彼女達に思い知らされた。
午後からは急に雲が広がってきた。放課後にはやがて雨が窓を叩き出した。職員室に用事がありその時たまたま担任に捕まり“おつかい”を頼まれた。授業で使った資料達をもとの場所へ戻してくれないか、と。はっきり言えば雑用係だ。琴璃が承諾する前に、分厚い本たちと社会科準備室の鍵を渡されてしまった。
文句なんて言えるわけなく、前が見えなくなるほどの荷物を抱えて歩いている。廊下の先に誰かが見えた。そこは生徒会室の前だった。誰かの正体は跡部だった。知らない女子と話している。跡部は背を向けて立っているので表情までは分からない。いつかの時みたいに告白を受けているのだろうか。でも相手の女子は楽しそうだった。何か紙を跡部に渡していた。話し終わった跡部がこっちに気付きそうだったので急いで角を曲がる。この間は女の子に冷たい態度を取る跡部に怒りさえ湧いたのに、今日は見なければ良かったと思ってしまう。だって今日は相手の子が楽しそうだったから。楽しそうなら良いじゃないか。明らかに矛盾している。
私も幼馴染でなければあんなふうに馴れ馴れしくしてもいいのかな。
不意にそんなことを考える。そもそも幼馴染なんかじゃないんだ。勝手な思い込みなんだと今日指摘されたばかり。昼休みの彼女たちの言葉が脳内に響いて押し潰されそうになる。
「それで前が見えるのか?」
いつの間にか、隣に跡部がいる。琴璃はびっくりして手が震えた。そのせいで本がばさばさと地に落ちる。
「わ、わ、」
結局両手に抱えていた荷物全てを床にぶちまけた。慌ててしゃがんで揃える琴璃。同じように跡部も側に屈んで拾い集める。
「い、いいよ大丈夫。1人で片付けられるから」
遠慮しているうちに跡部はさっさと本たちをまとめてしまった。
「ありがとう、もう、大丈夫だから」
「どこに持ってくんだ、これ」
「……社会科講義室」
威圧に負けて素直に答えてしまった。
「そうか。お前は鍵だけ持て」
「いいの、本当に大丈夫だから」
正直手伝ってもらいたくないのに。またあの人たちに見られたら。跡部と一緒にいたら疎まれるし、思い込みの女だと馬鹿にされる。自分のせいで彼に迷惑をかけるのも嫌だ。
「ねぇ、景――」
呼ぼうとして辞めた。もう、呼べない。自分が呼ぶと馴れ馴れしいから。自分は彼の何でもないのだから。前を歩く跡部の背中を見ながら、どうしようもない寂しさでいっぱいになった。
新学期が明けて1ヶ月、琴璃のクラスは席替えが行われた。くじを引いて、琴璃は窓際の席になったのだがその反対隣をジローが引き当てた。琴璃は知ってる子が隣になってホッとした。テニス部ではあんなに元気なジローは教室にいる時では比較的大人しい様子だった。そして、席替えをしたその日に琴璃は目の当たりにしたのだ。今のところ彼は朝からほぼずっと眠っている。授業が終わって休み時間になってもそのまま机に突っ伏している。
よく寝ちゃうんだよね、と自分で言っていたが流石にここまでとは思わなかった。体育や実習授業以外の殆どを寝ている。確かにこれでは朝練に1週間続けて来るのも大変なわけだなと琴璃は思った。
「ジローくん」
午前中最後の授業が終わった。突っ伏して寝ているジローに琴璃は呼びかける。
「授業終わったよ、もうお昼だよ」
「うー……」
ジローはくせ毛の頭を掻きながら身体を起こす。
「ふああああ。あり?もう休み時間?」
「そうだよ、昼休みに入ったよ」
「うわやっべー、岳人たちと学食で食べるんだった」
起きた途端に慌ただしく教室から出ていった。オンとオフの切り替えが凄まじい。
琴璃も購買へ飲み物を買いに行くことにした。教室を出て階段を降り、サロンの方へ向かう廊下を歩く。角を曲がった辺りで2人組の女子生徒とぶつかりそうになった。彼女らを除けて進もうとしたが、何故か琴璃の行く手を阻むように立っている。後ろにはまた別の女子生徒が2人ほどいた。どこから集まってきたのか琴璃を囲むように立つ。真ん中の女子が1歩前に出て口を開いた。
「藤白さんてこの4月から氷帝に入ったんでしょ?なのに跡部くんと親しそうだなぁ、って」
張り付けた笑顔でそんなことを言う。どうして跡部の名前が出てくるのか、琴璃は分からなかった。 琴璃のことを知ってるふうだが、逆に琴璃は彼女たちの誰1人も知らなかった。
「景ちゃんとは幼馴染なんです」
言った瞬間、彼女の顔がわずかに引き攣った。
「へぇー、そうなの。それっていつ頃の話?」
「えっと、4歳くらいの頃かな」
「ふぅん。じゃあもう13年の仲なんだ」
別の女子が話に入ってくる。上から下まで琴璃をなめ回すような目つきで。
「あ、いえ4歳の時だけなんです。親の仕事の都合で、私はすぐにまた転勤になっちゃって」
正確には、4歳の年のそれも半年間だけ。でもそこまでは教えなかった。この人たちにこれ以上教えなくてもいい。何故だかそう直感した。
「え?……じゃあ、氷帝で跡部くんと会うまではずっと会ってなかったってこと?」
「そう、なります」
どうして、ずっと敬語で話しているんだろうか。相手は年上というわけではないのに、不思議とそういう空気にさせられる。威圧のある聞き方だからだろうか。琴璃と仲良くなりたいという雰囲気ではないことはよく分かる。彼女たちが興味があるのは自分ではなく跡部だ。それってさぁ、と、最初の真ん中の女子が口を開く。
「幼馴染っていうか、ただの顔見知りってレベルじゃないの?だって幼馴染ってもっと長い付き合いでしょ」
「あはは、もしかしてそれ、自分だけの思い込みってやつ?」
冷や水を浴びせられたような感覚。笑い飛ばされながら今の今まで心の中で気にしていたことを言われた。やっぱりそうだよな。自分達の付き合いに幼馴染という言葉は相応しくない。琴璃も引っ掛かっていたから素直にそう思えた。幼馴染なら友人以上な気がして。幼馴染と呼ばれるだけで仲が良いんだと見られる。それが嬉しかったからそうやって思い込んでいた。
「ってことだからさぁ、その馴れ馴れしい呼び方、辞めてくれない?」
目の前の彼女が言う。笑っているのは口元だけで、目はちっとも笑っていなかった。
「跡部くんはあなただけのものじゃないの。私たちより先に知り合ったからって、図々しい態度取らないでほしいな」
言われた瞬間は頭がぼーっとしてしまった。息を吸うのを忘れてかけていたほど。幼馴染を名乗っただけで、図々しいと言われてしまうのか。初対面の彼女らにこんなにも睨まれ疎まれてしまうのか。なんでそんなことを言われなくちゃいけないんだろうか。普通だったら真っ先に思うのに何も言い返せなかった。その通りだ、と琴璃も思ったから。
格好良くなった景ちゃんを見て、覚えててもらって話ができて。少なからず舞い上がっていた。氷帝の生徒会長でテニス部の部長で、みんなにモテる彼と普通に話せることで微かな優越感もあったかもしれない。跡部は自分の知ってる景ちゃんだけど、この学園にいる彼はもう“景ちゃん”ではない。だからもう、昔のように接してはいけないんだ。琴璃はそれを彼女達に思い知らされた。
午後からは急に雲が広がってきた。放課後にはやがて雨が窓を叩き出した。職員室に用事がありその時たまたま担任に捕まり“おつかい”を頼まれた。授業で使った資料達をもとの場所へ戻してくれないか、と。はっきり言えば雑用係だ。琴璃が承諾する前に、分厚い本たちと社会科準備室の鍵を渡されてしまった。
文句なんて言えるわけなく、前が見えなくなるほどの荷物を抱えて歩いている。廊下の先に誰かが見えた。そこは生徒会室の前だった。誰かの正体は跡部だった。知らない女子と話している。跡部は背を向けて立っているので表情までは分からない。いつかの時みたいに告白を受けているのだろうか。でも相手の女子は楽しそうだった。何か紙を跡部に渡していた。話し終わった跡部がこっちに気付きそうだったので急いで角を曲がる。この間は女の子に冷たい態度を取る跡部に怒りさえ湧いたのに、今日は見なければ良かったと思ってしまう。だって今日は相手の子が楽しそうだったから。楽しそうなら良いじゃないか。明らかに矛盾している。
私も幼馴染でなければあんなふうに馴れ馴れしくしてもいいのかな。
不意にそんなことを考える。そもそも幼馴染なんかじゃないんだ。勝手な思い込みなんだと今日指摘されたばかり。昼休みの彼女たちの言葉が脳内に響いて押し潰されそうになる。
「それで前が見えるのか?」
いつの間にか、隣に跡部がいる。琴璃はびっくりして手が震えた。そのせいで本がばさばさと地に落ちる。
「わ、わ、」
結局両手に抱えていた荷物全てを床にぶちまけた。慌ててしゃがんで揃える琴璃。同じように跡部も側に屈んで拾い集める。
「い、いいよ大丈夫。1人で片付けられるから」
遠慮しているうちに跡部はさっさと本たちをまとめてしまった。
「ありがとう、もう、大丈夫だから」
「どこに持ってくんだ、これ」
「……社会科講義室」
威圧に負けて素直に答えてしまった。
「そうか。お前は鍵だけ持て」
「いいの、本当に大丈夫だから」
正直手伝ってもらいたくないのに。またあの人たちに見られたら。跡部と一緒にいたら疎まれるし、思い込みの女だと馬鹿にされる。自分のせいで彼に迷惑をかけるのも嫌だ。
「ねぇ、景――」
呼ぼうとして辞めた。もう、呼べない。自分が呼ぶと馴れ馴れしいから。自分は彼の何でもないのだから。前を歩く跡部の背中を見ながら、どうしようもない寂しさでいっぱいになった。