一輪の白い薔薇
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1週間寝坊をしないで毎日朝練に来れたら1セット付き合ってやる。
跡部にそう言われたらしい。とは言え今朝のはかなりアウトに近かったんじゃないか。それに1週間という期限付きにも不思議に思った。部活の朝練に出るなんて普通のことなのに。
そんな琴璃に気付いてか、
「俺ねーすぐ寝ちゃうの。朝も授業中も。だから1週間でも超しんどいの」
呑気にジローは言った。授業が終わり、朝と同じように2人はテニスコートへ向かって歩いている。俺と跡部の一騎打ち見においでよ、とジローに言われて悩むことなくついてきた。跡部がテニスする姿を見たい。と言うか、また彼に会いたいと思ったから。
「なんで琴璃がいるんだ」
跡部は先にコートに居た。言われて琴璃は一瞬ドキリとした。なんとなく、歓迎されてない気がしたから。別に嫌味のこもった言い方ではなく、跡部は純粋にそう思っただけなのだが。彼はジャージ姿でベンチに足を組んで座っていた。それが余計に琴璃には威圧的に見えた。
「琴璃ちゃんは俺のサポーターだよ、今着替えてくるー」
2人を残してジローは部室の中へ消えた。広いコートの中には跡部以外に他の部員の姿は無かった。
「今日の午後はオフだ」
琴璃の疑問に答えるように跡部が言う。ちょうどグリップテープを巻き直していた。
「ごめんね、私が勝手についてきたの。その、景ちゃんがテニスしてるとこ見たくて」
ゆっくりと跡部の視線がグリップから琴璃へと移る。
「そうか」
切れ長の目が近づいてくる。怒られる、と反射的に思ったのも束の間。ポンと何かが頭の上に乗る。それはすぐにバランスを失って足元に落ちた。テニスボールだった。
「ジローが来るまでウォーミングアップに付き合えよ」
琴璃は耳を疑う。ここに居るのは自分だけなのに。しかもド素人。慌てる琴璃に構わず、跡部は手にしていたラケットとは別にベンチにもう1本立て掛けられていたものを琴璃に寄越す。ボールを拾ったかと思うとそれを壁に向かって緩やかに打ち上げた。琴璃の遥か頭上でバウンドする。
「ほら、来るぜ」
「え、そんな、無理だよ」
と言いつつも一心不乱に振ったラケットに球が当たった。さっきと様変わりしてヘロヘロになったボールが、辛うじて壁に当たりとんでもない方向へ飛んでゆく。
「なんだ、打てるじゃねぇか」
跡部の声がしてすぐにボールが戻ってくる。あんなどうしようもない打球を見事に繋げたのだ。それはまた緩やかな弧を描いて壁にぶつかる。
「そら、また来たぜ」
お前の番だと言うように球は琴璃の立っているすぐ側に戻ってきた。今度も当たった。だがまたあらぬ方向へ飛んでゆく。それを正確に跡部が拾う。だからラリーが成立している。お陰で初めてなのに10往復も続いた。
「あー俺もやる!」
着替えてきたジローが駆け寄ってきた。やれやれ、と跡部がジャージを脱いで半袖のユニフォーム姿になる。ふわっといい香りがした。図書館で嗅いだのと同じもの。琴璃の胸が高鳴る。
「んじゃ、しっかり応援してやれよ。ジローのサポーター」
そう言って、ニヤリと笑みを見せる。余裕があるからそんなことが言えるのだ、彼は。
跡部は琴璃からラケットを受け取りジャージと共にベンチに置く。そして、愉しそうに待ち構えているジローのほうへ行った。跡部がライン上に立つのを見計らってジローはサーブを放った。瞬間、土を蹴ってジローが勢いよく前進してくる。跡部も強いリターンを打ち返す。動きも打球もさっきまでとまるで違う。結構なスピードの球が2人の間を行き交う。さっきのはどう見たってウォーミングアップになってない。お遊び感覚で琴璃の相手をしてくれたに過ぎなかったのだと知る。2人の激しいラリーを琴璃は黙って見ていた。跡部の放ったスマッシュが綺麗にきまる。拾い損ねたジローはバランスを崩して尻餅をついた。
「ちくしょーっ」
「おいおいみっともねぇな。サポーターが見てるぜ」
「そうだった、琴璃ちゃん、こっから挽回するから応援しててね!」
ジローは素早く立ち上がりぶんぶんとラケットを振ってくる。琴璃も笑顔で返した。でも、最初からジローの応援なんてしてなかった。球の行き来を目で追うけど、それ以外は殆ど跡部ばかり見ていた。魅入ってしまった。テニスをする彼がこんなにも格好良いなんて。サーブもスマッシュもリターンも。素人の琴璃でも分かるくらい無駄の無い動き。それでいて強い。跡部がポイントを取る度に自然と心の中で喜んでいた。
ああやっぱり景ちゃんは凄いな。何においても、テニスであっても。彼はいつでも完璧な人なんだなと思った。
「ちぇーっ、1ゲームも取れなかった」
ジローが不満を漏らすように言う。1セットマッチのゲームは綺麗に跡部の独壇場だった。見ていて気持ちがいいくらいに打つ球が全てきまっていた。
「もっかいやろうよ、跡部」
「なら、これからも寝坊せずに朝練に来ることだな」
「うー……ん、分かった、あと1週間がんばる!」
「あのな、1週間だけ頑張るんじゃなくて毎日普通に来るんだよ」
だがジローにその声は届いていなかった。敗けても上機嫌で部室へ向かってゆく。あー楽しかった、と笑って汗だくの額を手の甲で拭って。すっかり跡部との試合で燃え尽きたようだった。反対に跡部の呼吸はちっとも乱れていない。
「あの、景ちゃん」
ジローにつづいて着替えに戻ろうとする跡部に、琴璃が後ろから声をかける。
「景ちゃん凄かったよ、強いんだねとっても。走るの速いしサーブもすごい勢いだったし」
ありふれた感想を両手で拳を作りながら琴璃は言う。上手いことは言えないけれど。跡部がラケットを振るのが、コートを駆ける姿が、どれもまだ鮮明に琴璃の脳に焼き付いている。この興奮を何とか本人に伝えたいけれど、専門知識の無い素人には良い言葉が出てこない。
「とにかくびっくりしたし、見てて楽しかった。もちろんジローくんも凄かったんだけど」
「そりゃ良かったな」
「うん、」
凄かったよ、強かったよ、でも何よりも。
「かっこよかったよ」
震え気味の声で。そう伝えたら。
「当然だな」
彼はさも当たり前のように、涼しい顔で返してきた。琴璃はもうそれ以上何も言えなかった。部室に颯爽と戻ってゆく後ろ姿を、ただただ見つめていた。
跡部にそう言われたらしい。とは言え今朝のはかなりアウトに近かったんじゃないか。それに1週間という期限付きにも不思議に思った。部活の朝練に出るなんて普通のことなのに。
そんな琴璃に気付いてか、
「俺ねーすぐ寝ちゃうの。朝も授業中も。だから1週間でも超しんどいの」
呑気にジローは言った。授業が終わり、朝と同じように2人はテニスコートへ向かって歩いている。俺と跡部の一騎打ち見においでよ、とジローに言われて悩むことなくついてきた。跡部がテニスする姿を見たい。と言うか、また彼に会いたいと思ったから。
「なんで琴璃がいるんだ」
跡部は先にコートに居た。言われて琴璃は一瞬ドキリとした。なんとなく、歓迎されてない気がしたから。別に嫌味のこもった言い方ではなく、跡部は純粋にそう思っただけなのだが。彼はジャージ姿でベンチに足を組んで座っていた。それが余計に琴璃には威圧的に見えた。
「琴璃ちゃんは俺のサポーターだよ、今着替えてくるー」
2人を残してジローは部室の中へ消えた。広いコートの中には跡部以外に他の部員の姿は無かった。
「今日の午後はオフだ」
琴璃の疑問に答えるように跡部が言う。ちょうどグリップテープを巻き直していた。
「ごめんね、私が勝手についてきたの。その、景ちゃんがテニスしてるとこ見たくて」
ゆっくりと跡部の視線がグリップから琴璃へと移る。
「そうか」
切れ長の目が近づいてくる。怒られる、と反射的に思ったのも束の間。ポンと何かが頭の上に乗る。それはすぐにバランスを失って足元に落ちた。テニスボールだった。
「ジローが来るまでウォーミングアップに付き合えよ」
琴璃は耳を疑う。ここに居るのは自分だけなのに。しかもド素人。慌てる琴璃に構わず、跡部は手にしていたラケットとは別にベンチにもう1本立て掛けられていたものを琴璃に寄越す。ボールを拾ったかと思うとそれを壁に向かって緩やかに打ち上げた。琴璃の遥か頭上でバウンドする。
「ほら、来るぜ」
「え、そんな、無理だよ」
と言いつつも一心不乱に振ったラケットに球が当たった。さっきと様変わりしてヘロヘロになったボールが、辛うじて壁に当たりとんでもない方向へ飛んでゆく。
「なんだ、打てるじゃねぇか」
跡部の声がしてすぐにボールが戻ってくる。あんなどうしようもない打球を見事に繋げたのだ。それはまた緩やかな弧を描いて壁にぶつかる。
「そら、また来たぜ」
お前の番だと言うように球は琴璃の立っているすぐ側に戻ってきた。今度も当たった。だがまたあらぬ方向へ飛んでゆく。それを正確に跡部が拾う。だからラリーが成立している。お陰で初めてなのに10往復も続いた。
「あー俺もやる!」
着替えてきたジローが駆け寄ってきた。やれやれ、と跡部がジャージを脱いで半袖のユニフォーム姿になる。ふわっといい香りがした。図書館で嗅いだのと同じもの。琴璃の胸が高鳴る。
「んじゃ、しっかり応援してやれよ。ジローのサポーター」
そう言って、ニヤリと笑みを見せる。余裕があるからそんなことが言えるのだ、彼は。
跡部は琴璃からラケットを受け取りジャージと共にベンチに置く。そして、愉しそうに待ち構えているジローのほうへ行った。跡部がライン上に立つのを見計らってジローはサーブを放った。瞬間、土を蹴ってジローが勢いよく前進してくる。跡部も強いリターンを打ち返す。動きも打球もさっきまでとまるで違う。結構なスピードの球が2人の間を行き交う。さっきのはどう見たってウォーミングアップになってない。お遊び感覚で琴璃の相手をしてくれたに過ぎなかったのだと知る。2人の激しいラリーを琴璃は黙って見ていた。跡部の放ったスマッシュが綺麗にきまる。拾い損ねたジローはバランスを崩して尻餅をついた。
「ちくしょーっ」
「おいおいみっともねぇな。サポーターが見てるぜ」
「そうだった、琴璃ちゃん、こっから挽回するから応援しててね!」
ジローは素早く立ち上がりぶんぶんとラケットを振ってくる。琴璃も笑顔で返した。でも、最初からジローの応援なんてしてなかった。球の行き来を目で追うけど、それ以外は殆ど跡部ばかり見ていた。魅入ってしまった。テニスをする彼がこんなにも格好良いなんて。サーブもスマッシュもリターンも。素人の琴璃でも分かるくらい無駄の無い動き。それでいて強い。跡部がポイントを取る度に自然と心の中で喜んでいた。
ああやっぱり景ちゃんは凄いな。何においても、テニスであっても。彼はいつでも完璧な人なんだなと思った。
「ちぇーっ、1ゲームも取れなかった」
ジローが不満を漏らすように言う。1セットマッチのゲームは綺麗に跡部の独壇場だった。見ていて気持ちがいいくらいに打つ球が全てきまっていた。
「もっかいやろうよ、跡部」
「なら、これからも寝坊せずに朝練に来ることだな」
「うー……ん、分かった、あと1週間がんばる!」
「あのな、1週間だけ頑張るんじゃなくて毎日普通に来るんだよ」
だがジローにその声は届いていなかった。敗けても上機嫌で部室へ向かってゆく。あー楽しかった、と笑って汗だくの額を手の甲で拭って。すっかり跡部との試合で燃え尽きたようだった。反対に跡部の呼吸はちっとも乱れていない。
「あの、景ちゃん」
ジローにつづいて着替えに戻ろうとする跡部に、琴璃が後ろから声をかける。
「景ちゃん凄かったよ、強いんだねとっても。走るの速いしサーブもすごい勢いだったし」
ありふれた感想を両手で拳を作りながら琴璃は言う。上手いことは言えないけれど。跡部がラケットを振るのが、コートを駆ける姿が、どれもまだ鮮明に琴璃の脳に焼き付いている。この興奮を何とか本人に伝えたいけれど、専門知識の無い素人には良い言葉が出てこない。
「とにかくびっくりしたし、見てて楽しかった。もちろんジローくんも凄かったんだけど」
「そりゃ良かったな」
「うん、」
凄かったよ、強かったよ、でも何よりも。
「かっこよかったよ」
震え気味の声で。そう伝えたら。
「当然だな」
彼はさも当たり前のように、涼しい顔で返してきた。琴璃はもうそれ以上何も言えなかった。部室に颯爽と戻ってゆく後ろ姿を、ただただ見つめていた。