一輪の白い薔薇
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朝はまだ空気がひんやりしていた。すっかり葉桜になった道を歩いている。なんとなく今朝は早めに登校してみたのだが、早い時間帯でもそれなりに生徒の姿があった。部活に向かう者や、昨日の琴璃のように図書館へ入っていく者もいる。昇降口まであと数十メートルという所で、不意に横から誰かが飛び出してきた。
「きゃっ」
「うわっ」
危うくぶつかるすれすれの所で、相手が反応して一歩飛び退いた。多分、相手の運動神経が良くなければ衝突していた。琴璃も咄嗟のことだったので思わず声が出た。
「ごめーん、大丈夫?ケガとかしてない?」
「あ、はい」
くせ毛のようなふわふわの髪をした男子生徒だった。ジャージ姿だけど学校指定のそれではない。リュックを背負って身軽な出で立ちだった。
「良かった。じゃ、オレ、急いでるから」
「あ、あの」
声をかけた時もう既に彼の姿は遥か遠く。全速力で走ってゆく後ろ姿を見るしかなかった。彼が消えた代わりに黒い何かが落ちている。間違いなく彼の落とし物だった。琴璃は急いで後を追う。もうとっくに姿は見えないから取りあえず道なりに進む。突き当たりにテニスコートがあった。コート内では練習に励んでいる部員たちの姿が見える。その中にぶつかったあの子がいた。
そしてすぐそばに、
「琴璃じゃねぇか」
「景ちゃん」
「あれ?さっきの子じゃん」
さっきのふわふわ頭の彼も気付いたようで琴璃の側に駆け寄ってくる。その後ろから跡部もやって来た。フェンス1枚挟んで琴璃と対面する。彼らは同じジャージを着ていた。見れば他の部員も同じものを身に着けている。
「なんだお前ら、知り合いだったのか」
「んーん、知らない子。だけど俺が朝急いでたらこの子にぶつかりそうになった」
琴璃は慌ててポケットからさっきの物を取り出して見せる。
「これ、落として行っちゃったから追いかけてきたの」
「あー俺のリストバンド!ありがと、これ失くしてたらマジでヤバかった。待ってて、今そっち行くから!」
そう言ってぐるりとコート出口のほうへ走ってゆく。琴璃がいるフェンスの外まで回って来るつもりだ。
「ったく。悪かったな琴璃」
「ううん。景ちゃんテニス部なんだね」
コートの中も外も、沢山の部員の姿がある。こんなに部員がいるのに琴璃は誰ひとりも知らない。きっと同じクラスの人もいるんだろうけど、近くの席の子以外はまだ顔と名前を覚えられていなかった。
「昔教えてやっただろ、テニス」
「へ?誰が?誰に?」
「俺が、お前に」
「……そうだっけ」
そう言われるとそうだったかもしれない。でも多分そんなに沢山した覚えはない。だったらちゃんと覚えているはず。
「ったく。俺の放ったサーブを頭で受け止めて泣いてたのはどこのどいつだよ」
琴璃の反応に跡部は少し呆れたように笑った。そこまで言われても全然思い出せない。自分が覚えていなくて跡部が覚えていることもあるんだ、と少しびっくりした。
「なになに、跡部と知り合いなの?」
2人が話しているのを見てさっきの彼が小走りでやって来た。ありがとう、と嬉しそうに琴璃からリストバンドを受け取る。
「小さい頃にイギリスで一緒に遊んだことがあって」
「へー、じゃあ幼馴染ってやつか」
と、言われたが果たしてそれに当たるのか。琴璃は内心困る。そこまで長く一緒に居たわけじゃない。たった半年くらい。幼馴染の定義が分からないけど疑いたくなるほどの期間だ。
琴璃はちらりと跡部の顔を伺った。否定する様子もなく、むしろそんなことはどうでも良いと思っているように見えた。だから琴璃もわざわざ言い直さなかった。
「ジロー。明日は遅れるなよ」
跡部はコートへ戻って行く。ジローと呼ばれたふわふわの彼は慌てて跡部の背に向かって叫ぶ。
「跡部!放課後忘れんなよー」
跡部は振り返らず片手を上げた。そのままコートの部員たちに何かの指示を出している。
「あ、俺ジロー。名字は芥川ね。えっと、琴璃ちゃんだっけ?3年?」
「あ、うん。C組なんだけど……」
「まじ?俺もC!なんだぁクラスメートじゃん」
「うそ、ごめんね、まだクラスの人覚えきれてないの」
「なんで謝んの?俺も知らなかったよ、琴璃ちゃんのこと」
ケラケラ笑ってジローが歩き出す。ぼーっとしてたら、早く、と言われた。
「同じクラスなら教室まで一緒に行こーよ」
「あ、うん」
ジローは手ぶらでなく、朝ぶつかった時のようにリュックを片手で担いでいた。リストバンドを受け取りに来る際に荷物をまとめてきたらしい。片付けとかしなくていいのかな。そう思ってコートの方を振り返った。そこにはもう跡部の姿もなくて、代わりに他の部員達がコート整備をしている。
「俺さ、授業中よく寝ちゃうからあんまクラスのこと分かってないの。でも琴璃ちゃんはもう覚えた、跡部の幼馴染ね、よろしく」
「うん、よろしく」
「ねー、小さい時の跡部ってどんなだった?やっぱりモテてた?」
やっぱり、ということは今もそうなのだろう。氷帝で初めて会った時も彼は女子生徒から告白を受けていた。
「景ちゃんは今も人気者なんだね」
「そーだよ、アイツのファンクラブなんてのもあるくらいだもん」
「えぇっ、芸能人みたい」
「そうなんだよー、誕生日とかバレンタインの日なんてマジで怖い」
それほどまでの人気ぶりなのは初耳だった。格好良くて何でもできれば好意を寄せられるのは自然なこと。琴璃だって、あの頃の跡部を格好良いと思ったし頼りになるから好きだった。でもその当時は恋愛感情の指すそれではなくて。ただ純粋に一緒に遊んで居たいという気持ちから来るものだ。
「ほんと、いいよなー跡部は。モテるし頭良いし金持ちだしテニス強ぇし」
ジローが羨む声をあげる。琴璃はさっきの跡部の言葉を思い出す。自分がテニスを教えてもらった事実。当時跡部が親切丁寧に教えてくれたのだろうか。あの歳でもう人間が出来ていた彼なら、きっと上手に教えてくれたはず。それをすっかり忘れてしまったなんて。漠然とした不足感を覚える。
「気になるの?」
「えっ、何が?」
ジローが琴璃の顔を覗き込んできた。
「気になるならさ、見においでよ。今日の放課後試合すんの、俺と跡部」
「きゃっ」
「うわっ」
危うくぶつかるすれすれの所で、相手が反応して一歩飛び退いた。多分、相手の運動神経が良くなければ衝突していた。琴璃も咄嗟のことだったので思わず声が出た。
「ごめーん、大丈夫?ケガとかしてない?」
「あ、はい」
くせ毛のようなふわふわの髪をした男子生徒だった。ジャージ姿だけど学校指定のそれではない。リュックを背負って身軽な出で立ちだった。
「良かった。じゃ、オレ、急いでるから」
「あ、あの」
声をかけた時もう既に彼の姿は遥か遠く。全速力で走ってゆく後ろ姿を見るしかなかった。彼が消えた代わりに黒い何かが落ちている。間違いなく彼の落とし物だった。琴璃は急いで後を追う。もうとっくに姿は見えないから取りあえず道なりに進む。突き当たりにテニスコートがあった。コート内では練習に励んでいる部員たちの姿が見える。その中にぶつかったあの子がいた。
そしてすぐそばに、
「琴璃じゃねぇか」
「景ちゃん」
「あれ?さっきの子じゃん」
さっきのふわふわ頭の彼も気付いたようで琴璃の側に駆け寄ってくる。その後ろから跡部もやって来た。フェンス1枚挟んで琴璃と対面する。彼らは同じジャージを着ていた。見れば他の部員も同じものを身に着けている。
「なんだお前ら、知り合いだったのか」
「んーん、知らない子。だけど俺が朝急いでたらこの子にぶつかりそうになった」
琴璃は慌ててポケットからさっきの物を取り出して見せる。
「これ、落として行っちゃったから追いかけてきたの」
「あー俺のリストバンド!ありがと、これ失くしてたらマジでヤバかった。待ってて、今そっち行くから!」
そう言ってぐるりとコート出口のほうへ走ってゆく。琴璃がいるフェンスの外まで回って来るつもりだ。
「ったく。悪かったな琴璃」
「ううん。景ちゃんテニス部なんだね」
コートの中も外も、沢山の部員の姿がある。こんなに部員がいるのに琴璃は誰ひとりも知らない。きっと同じクラスの人もいるんだろうけど、近くの席の子以外はまだ顔と名前を覚えられていなかった。
「昔教えてやっただろ、テニス」
「へ?誰が?誰に?」
「俺が、お前に」
「……そうだっけ」
そう言われるとそうだったかもしれない。でも多分そんなに沢山した覚えはない。だったらちゃんと覚えているはず。
「ったく。俺の放ったサーブを頭で受け止めて泣いてたのはどこのどいつだよ」
琴璃の反応に跡部は少し呆れたように笑った。そこまで言われても全然思い出せない。自分が覚えていなくて跡部が覚えていることもあるんだ、と少しびっくりした。
「なになに、跡部と知り合いなの?」
2人が話しているのを見てさっきの彼が小走りでやって来た。ありがとう、と嬉しそうに琴璃からリストバンドを受け取る。
「小さい頃にイギリスで一緒に遊んだことがあって」
「へー、じゃあ幼馴染ってやつか」
と、言われたが果たしてそれに当たるのか。琴璃は内心困る。そこまで長く一緒に居たわけじゃない。たった半年くらい。幼馴染の定義が分からないけど疑いたくなるほどの期間だ。
琴璃はちらりと跡部の顔を伺った。否定する様子もなく、むしろそんなことはどうでも良いと思っているように見えた。だから琴璃もわざわざ言い直さなかった。
「ジロー。明日は遅れるなよ」
跡部はコートへ戻って行く。ジローと呼ばれたふわふわの彼は慌てて跡部の背に向かって叫ぶ。
「跡部!放課後忘れんなよー」
跡部は振り返らず片手を上げた。そのままコートの部員たちに何かの指示を出している。
「あ、俺ジロー。名字は芥川ね。えっと、琴璃ちゃんだっけ?3年?」
「あ、うん。C組なんだけど……」
「まじ?俺もC!なんだぁクラスメートじゃん」
「うそ、ごめんね、まだクラスの人覚えきれてないの」
「なんで謝んの?俺も知らなかったよ、琴璃ちゃんのこと」
ケラケラ笑ってジローが歩き出す。ぼーっとしてたら、早く、と言われた。
「同じクラスなら教室まで一緒に行こーよ」
「あ、うん」
ジローは手ぶらでなく、朝ぶつかった時のようにリュックを片手で担いでいた。リストバンドを受け取りに来る際に荷物をまとめてきたらしい。片付けとかしなくていいのかな。そう思ってコートの方を振り返った。そこにはもう跡部の姿もなくて、代わりに他の部員達がコート整備をしている。
「俺さ、授業中よく寝ちゃうからあんまクラスのこと分かってないの。でも琴璃ちゃんはもう覚えた、跡部の幼馴染ね、よろしく」
「うん、よろしく」
「ねー、小さい時の跡部ってどんなだった?やっぱりモテてた?」
やっぱり、ということは今もそうなのだろう。氷帝で初めて会った時も彼は女子生徒から告白を受けていた。
「景ちゃんは今も人気者なんだね」
「そーだよ、アイツのファンクラブなんてのもあるくらいだもん」
「えぇっ、芸能人みたい」
「そうなんだよー、誕生日とかバレンタインの日なんてマジで怖い」
それほどまでの人気ぶりなのは初耳だった。格好良くて何でもできれば好意を寄せられるのは自然なこと。琴璃だって、あの頃の跡部を格好良いと思ったし頼りになるから好きだった。でもその当時は恋愛感情の指すそれではなくて。ただ純粋に一緒に遊んで居たいという気持ちから来るものだ。
「ほんと、いいよなー跡部は。モテるし頭良いし金持ちだしテニス強ぇし」
ジローが羨む声をあげる。琴璃はさっきの跡部の言葉を思い出す。自分がテニスを教えてもらった事実。当時跡部が親切丁寧に教えてくれたのだろうか。あの歳でもう人間が出来ていた彼なら、きっと上手に教えてくれたはず。それをすっかり忘れてしまったなんて。漠然とした不足感を覚える。
「気になるの?」
「えっ、何が?」
ジローが琴璃の顔を覗き込んできた。
「気になるならさ、見においでよ。今日の放課後試合すんの、俺と跡部」