一輪の白い薔薇
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珍しく夢を見た。昨日あんなことがあったせいだ。昔の夢だった。景ちゃん、と呼んで一緒に遊んでいた頃の夢。
あの頃よく跡部の家に遊びに行っていた。家と言ってもそこはイギリスにある彼の別荘だった。広い庭には沢山の花が咲いていて、まるで絵本の世界のようだった。彼の家にはメイドが常駐していて、いつも琴璃が帰る時には土産に花を切って持たせてくれた。琴璃はそれが嬉しくて跡部と会うのが楽しみだった。
琴璃は親の都合だったが、跡部はキングスプライマリースクールに通うための準備期間で渡英していた。予定の無い日は気が済むまで庭を歩かせてくれた。彼に出会わなかったら、琴璃はきっとあの半年間は1人のままだったと思う。だからすごく感謝してるし、あの時のことをずっと覚えていた。けれど昨日の彼はもう琴璃の知っている跡部ではなかった。当たり前だけど10年以上も経てば人は変わってしまう。それでも、あんなふうに冷たい眼で見下ろされて寂しかった。
もう戻れないんだな。まるでドラマのワンシーンみたいなことを考える。戻ったとして、どうしたいのだろう。あの頃みたいにはしゃいで走り回るなんて無理だ。別にそんなのやりたくないけれど。ただもう少し良い形で再会したかったな。クラスは違うけど今は同じ高校に通っている。それもまだ新学期が始まったばかり。琴璃だってそれなりに氷帝での新生活を楽しみにしていた。なのに昨日のあれで複雑な気持ちになってしまっていた。
放課後になり、琴璃は図書館を訪れた。
氷帝には広くてまだまだ知らない施設がある。図書館もその1つでとても気になっていた。
中は広くてさすが私立名門校と言うべきなのか、様々な書物が保管されている。生徒もそれなりにいた。読書か勉強をしているかだから、広いけれど静かな空間だった。琴璃は手頃な本をいくつか選別して窓際の席で読み出す。しばらくして誰かが隣に座った。席は沢山空いているのにわざわざそこに座るのか。その謎は顔を上げたら解決した。
「心外だな」
隣にいる跡部がそう言う。腕を組み視線は前を向いて。声には少しトゲがあった。ぎょっとする琴璃を気にすることもなく言葉を続ける。
「たった昨日しかまともに会話してねぇのに、俺がもう優しくない男だとか言ってたな」
「……言った、と思う」
1日経って琴璃も冷静になった。さすがにあれは言いすぎたかもと自分でも思ったのだ。彼が告白を受けるかどうかにしても琴璃は部外者だ。それを今更ながら自覚した。
「ごめんなさい、昨日は、その、言いすぎたと思う。何も知らないのにひどいこと言ってごめんね」
跡部がようやく顔を琴璃のほうへ向ける。何を考えているのか読めない表情だった。数秒の沈黙の後、
「フン、許してやる。俺は優しい男だからな、今も昔も」
わざとらしく最後を強調して。跡部はそう言って少し笑った。おかげで琴璃の緊張もようやく解ける。正直怒られるんじゃないかと思っていたから。だから心底ほっとした。
「久しぶりだな、琴璃」
覚えてくれていた。改めて名前を呼ばれて、自分のことを認識してくれたのが分かって素直に嬉しくなる。やっぱり、見た目は成長しても彼は同一人物だ。自分の知ってる景ちゃんがそこにいる。月日がたったのにこうして並んで話をしている。未だに半分くらいは信じられない。
「景ちゃんこんなに格好良くなってるなんてびっくりしたよ」
「それは昔からだろ」
「うーん、昔はどっちかって言うと、かわいい、とかじゃない?」
改めて跡部を見る。昨日はそれどころじゃなかったから、ちゃんと。やっぱり格好良いな。それでいて綺麗だなと思った。男なのに、肌も髪も瞳も何もかもが綺麗だ。今さらだけど高校生で、しかも自分と同い年には見えない。
「お前は変わらねぇな」
「そうかな?でも変わってないなら昨日少しくらい気づいてくれてもよかったのに」
「それもそうだな、訂正する。大きくなったじゃねぇか、琴璃」
「えー、なんかその言い方やだ、親戚のおじさんみたい」
「何だよ、嫌なのか。素直に聞き入れないのは昔と変わった所かもな」
跡部の言い草に笑ってしまった。図書館だから少し控えめに。
昔は素直だった、ということか。そんなことを言う跡部も、たった半年間の琴璃と遊んでいた頃を覚えていてくれてるのだ。
「あ、お父さんの仕事で春から関西から東京に移ってきたの。相変わらずうち、転勤族で」
「そうだったのか」
「都内の私立校いくつか薦められて氷帝にしたんだけど、まさか決めた学校に景ちゃんがいるなんてびっくりした」
「まぁな。にしても、さらっとお前は言ったが外部受験でウチに受かるなんて大したもんだな」
「いや、すごく難しかったよ。でも外国語はほぼミス無しだったから。もしかしたらそこに救われたのかも」
イギリスに居た経験もあったのが役立ったのかもしれない。あんな短期間でも、周囲の会話が英語だったせいか自然と耳に馴染むようになり、そこから英語だけは勉強を頑張っていた。
そう言えば、跡部はあの頃もう英語を話していたのを何となく思い出した。現地の子供達と違和感なく話していたが琴璃は全然意味が分かっていなかった。あの頃から彼は凄かったんだな、と改めて思う。
「あ、もうこんな時間だ。バイト行かなくちゃ」
「バイトしてるのか?」
「うん、じゃあ行くね」
図書館にはバイト前にふらっと寄るだけのつもりだったが、思いのほか楽しかった。今度は何も予定の無い日に来ようと思う。借りるつもりの数冊の本と鞄を抱え席から立つ。
「琴璃」
呼ばれて振り返ると跡部も席を立つところだった。
「何か困ったら言えよ」
「……うん」
そう言って。琴璃の横を通り過ぎて行ってしまった。すれ違った時にいい香りがした。あの頃は纏っていなかったもの。あの時の景ちゃんで間違いないのだけど、もうすっかり大人なのだ。
彼と別れてから思わず口元が緩む。それを一生懸命隠しながら、琴璃は貸出のカウンターへ向かった。
あの頃よく跡部の家に遊びに行っていた。家と言ってもそこはイギリスにある彼の別荘だった。広い庭には沢山の花が咲いていて、まるで絵本の世界のようだった。彼の家にはメイドが常駐していて、いつも琴璃が帰る時には土産に花を切って持たせてくれた。琴璃はそれが嬉しくて跡部と会うのが楽しみだった。
琴璃は親の都合だったが、跡部はキングスプライマリースクールに通うための準備期間で渡英していた。予定の無い日は気が済むまで庭を歩かせてくれた。彼に出会わなかったら、琴璃はきっとあの半年間は1人のままだったと思う。だからすごく感謝してるし、あの時のことをずっと覚えていた。けれど昨日の彼はもう琴璃の知っている跡部ではなかった。当たり前だけど10年以上も経てば人は変わってしまう。それでも、あんなふうに冷たい眼で見下ろされて寂しかった。
もう戻れないんだな。まるでドラマのワンシーンみたいなことを考える。戻ったとして、どうしたいのだろう。あの頃みたいにはしゃいで走り回るなんて無理だ。別にそんなのやりたくないけれど。ただもう少し良い形で再会したかったな。クラスは違うけど今は同じ高校に通っている。それもまだ新学期が始まったばかり。琴璃だってそれなりに氷帝での新生活を楽しみにしていた。なのに昨日のあれで複雑な気持ちになってしまっていた。
放課後になり、琴璃は図書館を訪れた。
氷帝には広くてまだまだ知らない施設がある。図書館もその1つでとても気になっていた。
中は広くてさすが私立名門校と言うべきなのか、様々な書物が保管されている。生徒もそれなりにいた。読書か勉強をしているかだから、広いけれど静かな空間だった。琴璃は手頃な本をいくつか選別して窓際の席で読み出す。しばらくして誰かが隣に座った。席は沢山空いているのにわざわざそこに座るのか。その謎は顔を上げたら解決した。
「心外だな」
隣にいる跡部がそう言う。腕を組み視線は前を向いて。声には少しトゲがあった。ぎょっとする琴璃を気にすることもなく言葉を続ける。
「たった昨日しかまともに会話してねぇのに、俺がもう優しくない男だとか言ってたな」
「……言った、と思う」
1日経って琴璃も冷静になった。さすがにあれは言いすぎたかもと自分でも思ったのだ。彼が告白を受けるかどうかにしても琴璃は部外者だ。それを今更ながら自覚した。
「ごめんなさい、昨日は、その、言いすぎたと思う。何も知らないのにひどいこと言ってごめんね」
跡部がようやく顔を琴璃のほうへ向ける。何を考えているのか読めない表情だった。数秒の沈黙の後、
「フン、許してやる。俺は優しい男だからな、今も昔も」
わざとらしく最後を強調して。跡部はそう言って少し笑った。おかげで琴璃の緊張もようやく解ける。正直怒られるんじゃないかと思っていたから。だから心底ほっとした。
「久しぶりだな、琴璃」
覚えてくれていた。改めて名前を呼ばれて、自分のことを認識してくれたのが分かって素直に嬉しくなる。やっぱり、見た目は成長しても彼は同一人物だ。自分の知ってる景ちゃんがそこにいる。月日がたったのにこうして並んで話をしている。未だに半分くらいは信じられない。
「景ちゃんこんなに格好良くなってるなんてびっくりしたよ」
「それは昔からだろ」
「うーん、昔はどっちかって言うと、かわいい、とかじゃない?」
改めて跡部を見る。昨日はそれどころじゃなかったから、ちゃんと。やっぱり格好良いな。それでいて綺麗だなと思った。男なのに、肌も髪も瞳も何もかもが綺麗だ。今さらだけど高校生で、しかも自分と同い年には見えない。
「お前は変わらねぇな」
「そうかな?でも変わってないなら昨日少しくらい気づいてくれてもよかったのに」
「それもそうだな、訂正する。大きくなったじゃねぇか、琴璃」
「えー、なんかその言い方やだ、親戚のおじさんみたい」
「何だよ、嫌なのか。素直に聞き入れないのは昔と変わった所かもな」
跡部の言い草に笑ってしまった。図書館だから少し控えめに。
昔は素直だった、ということか。そんなことを言う跡部も、たった半年間の琴璃と遊んでいた頃を覚えていてくれてるのだ。
「あ、お父さんの仕事で春から関西から東京に移ってきたの。相変わらずうち、転勤族で」
「そうだったのか」
「都内の私立校いくつか薦められて氷帝にしたんだけど、まさか決めた学校に景ちゃんがいるなんてびっくりした」
「まぁな。にしても、さらっとお前は言ったが外部受験でウチに受かるなんて大したもんだな」
「いや、すごく難しかったよ。でも外国語はほぼミス無しだったから。もしかしたらそこに救われたのかも」
イギリスに居た経験もあったのが役立ったのかもしれない。あんな短期間でも、周囲の会話が英語だったせいか自然と耳に馴染むようになり、そこから英語だけは勉強を頑張っていた。
そう言えば、跡部はあの頃もう英語を話していたのを何となく思い出した。現地の子供達と違和感なく話していたが琴璃は全然意味が分かっていなかった。あの頃から彼は凄かったんだな、と改めて思う。
「あ、もうこんな時間だ。バイト行かなくちゃ」
「バイトしてるのか?」
「うん、じゃあ行くね」
図書館にはバイト前にふらっと寄るだけのつもりだったが、思いのほか楽しかった。今度は何も予定の無い日に来ようと思う。借りるつもりの数冊の本と鞄を抱え席から立つ。
「琴璃」
呼ばれて振り返ると跡部も席を立つところだった。
「何か困ったら言えよ」
「……うん」
そう言って。琴璃の横を通り過ぎて行ってしまった。すれ違った時にいい香りがした。あの頃は纏っていなかったもの。あの時の景ちゃんで間違いないのだけど、もうすっかり大人なのだ。
彼と別れてから思わず口元が緩む。それを一生懸命隠しながら、琴璃は貸出のカウンターへ向かった。