一輪の白い薔薇
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もし、学園内のどこかですれ違うようなことがあれば跡部に挨拶でもしようかと思っていた。最初のうちは密かな期待も持ってみた。でも多分無理だろうな、と思った。何せ琴璃も名前を聞くまで確信が持てなかったくらいだから。たった半年間のことなんて彼はきっと忘れているだろう。
結局今日までに跡部の姿を見たのは始業式きりだった。クラスも違えば合同授業も被らない。何の接触もないままあっという間に半月程が経った。
「琴璃ちゃん、一緒に帰ろ」
放課後、前の席の子に声をかけられる。4月も半ばで少しずつ新生活に慣れて友達もできた。琴璃はこの4月から氷帝に在籍しているが、転入生だからと言って特にクラスで浮いてたりしてはいない。転入生は琴璃の他にも居たり新学期はクラス替えがあった。これだけのマンモス校だと、在校生同士で3年時に初めて知り合うのも普通のことだった。
教室を出て昇降口に来たところで外の天気に気が付いた。
「わ、雨降ってる」
「ほんとだ。傘持ってる?」
鞄の中を探してみる。普段入れてる折り畳み傘がそこには無かった。
「教室に傘置きっぱなしかも。見てくるね 」
友達を待たせてもと来た道を戻る。ほとんどの生徒が下校したか部活動へ向かったようで、教室に戻るまで誰にも会わなかった。3年のクラスの階へ上がった時、初めて誰かの声がした。
「待ってください」
反射的に足を止める。振り向いても誰もいなかった。声の出所は琴璃のクラスとは別の教室からだった。扉が半分だけ開いている。だが中を覗くようにしないと見えない。琴璃はそっとすき間に顔を近づけた。覗き見なんて無粋だと分かってる。それでもそうしたのは、さっきの声が泣いているようだったから。
「話があるんです」
中に女子生徒がいて本当に泣きそうな顔をしていた。琴璃の知らない子だった。でもその他にもう1人いて、その人物を琴璃は知っていた。
「それは人の貴重な時間を潰してまで話したい事なのか?」
跡部が居た。彼女を見つめてそんなことを言う。どちらかと言うと睨んでいる。室内にはこの2人だけだった。話があると言った彼女はただ立っているだけで完全に怯んでいる。数秒間の沈黙があって跡部が溜め息を吐いた。時間を気にするように時計を見ている。
「俺はお前と付き合う気はない」
言葉に冷たさがあった。彼女を軽蔑するように、冷たくて、怖い。琴璃が言われた訳でもないのに、胸が締め付けられるような気持ちになる。女子生徒がぽろぽろ涙を流しているのが見えた。いきなり扉が全開になって彼女は走って出ていった。すぐそこにいた琴璃の存在など気付く余裕もなく。その直後に跡部も教室から出て来る。
「いくらなんでも、あんな態度は酷いと思う」
跡部の眼が廊下に立っている琴璃を捕らえた。
「なんだお前。さっきのヤツの友人か?」
ああやっぱり。もう私を覚えてないんだな、と分かった瞬間だった。もしかしたら、なんて微かな期待も消え失せた。彼の中ではもう、琴璃は他人と認識されているのだ。けれどそんなのは寂しくも何ともなかった。今は許せない気持ちでどうしようもない。
「盗み聞きしておいて説教しようってのか」
「ごめんなさい、そんなつもりなかったんです。……でもあの言い方はちょっと酷いと思う。あの子はあなたに告白しようとしてたんでしょ?」
「だったら何だよ」
「一生懸命思いを伝えようとしてたのに、話をする前からあんなふうに言うなんてかわいそうだよ」
まさかそんなことを言われるとは思ってなかったので跡部は琴璃を凝視した。そして鼻で笑った。
「答えが出ているのに時間を割くほど暇じゃない。俺に文句を言ってる暇があったら、さっさと追い掛けて慰めてやった方がいいんじゃねぇのか?」
唖然とした。あの子の気持ちも琴璃の怒りも、自分に向けられているというのによくそんな他人事のように言えるなと思った。
「私はあの子と友達じゃない。だけど、ちょっとだけあの子の気持ちを考えてみてよ。気持ちを伝えようとしているのに、言う前からあんな迷惑そうな顔されたらつらいよ。付き合う気がなくても、せめて優しく聞いてあげてもいいんじゃないの?」
「じゃあお前はどうなんだよ」
「え?」
「名前も知らない男からいきなり好意を告げられても、何の疑いも持たずに優しく対応できるのか?」
「それは、多少は疑いはするかもだけど、あんなふうに相手が言う前からきっぱり断ることはしないよ」
「けど実際は断るんだろ。なら最初から余計な情けをかける必要はない」
跡部はもう琴璃に背を向け歩き出そうとしてきた。もしかして人違いじゃないだろうか。完全に自分の知っている跡部はそこには居ない。思いやりも優しさもまるで見えない。こんな人だっただろうか。
「琴璃ちゃーん」
声がした。遅い琴璃に痺れを切らした友達が迎えに来たのだ。もう行かなくちゃと、跡部と反対方向に歩こうとしたその瞬間、強い力で引っ張られた。突然のことだった。跡部が、琴璃を捕まえて再び教室の中に押し込めたのだ。
「……お前、琴璃か?」
真っ直ぐ強い眼差しが琴璃を刺す。さっきの女子を睨んでいた時とはまた別で、強烈すぎて目を逸らせない。けれど行く手を阻まれて動くこともできない。
「琴璃なのか」
もう一度聞かれて、琴璃は小さく頷いた。跡部も琴璃の正体に気付いて、琴璃も本当に彼が跡部だと再確認した瞬間だった。
「いつからだ?最初から氷帝に居たわけじゃねぇよな」
「……4月から。転入してきたの」
一応答えた。でも今は自分の事情を話す気になんてなれない。胸の中ではまだ余憤が収まらない。琴璃はキッと跡部を睨んだ。
「景ちゃん変わったね。昔はつまんないことでも笑ってくれて、とっても優しかった」
十数年ぶりに呼んだ彼の仇名。それに跡部も反応した。証拠に眉がぴくりと動く。
「そりゃどうも」
「でも、もう私の知ってる景ちゃんじゃないって分かった。久しぶりに会えて……ちょっと、嬉しかったのに」
自分で言ってて悲しくなる。そんなこと言っても何も変わらないのに。
「お前な、いくつの時の話してるんだよ」
「……嬉しかったのに」
言葉が止まらず溢れてくる。懐かしさと今の苛立ちが混ざり合って、恨み辛みのように口から出てくる。
「私は、いつも優しくて笑ってくれて、お花をくれる景ちゃんが好きだったのに」
跡部の胸を突き飛ばす。所詮は女の力なのであまり効果はなかった。けれどわずかに隙ができ、琴璃は逃げるように教室から出ていった。
結局今日までに跡部の姿を見たのは始業式きりだった。クラスも違えば合同授業も被らない。何の接触もないままあっという間に半月程が経った。
「琴璃ちゃん、一緒に帰ろ」
放課後、前の席の子に声をかけられる。4月も半ばで少しずつ新生活に慣れて友達もできた。琴璃はこの4月から氷帝に在籍しているが、転入生だからと言って特にクラスで浮いてたりしてはいない。転入生は琴璃の他にも居たり新学期はクラス替えがあった。これだけのマンモス校だと、在校生同士で3年時に初めて知り合うのも普通のことだった。
教室を出て昇降口に来たところで外の天気に気が付いた。
「わ、雨降ってる」
「ほんとだ。傘持ってる?」
鞄の中を探してみる。普段入れてる折り畳み傘がそこには無かった。
「教室に傘置きっぱなしかも。見てくるね 」
友達を待たせてもと来た道を戻る。ほとんどの生徒が下校したか部活動へ向かったようで、教室に戻るまで誰にも会わなかった。3年のクラスの階へ上がった時、初めて誰かの声がした。
「待ってください」
反射的に足を止める。振り向いても誰もいなかった。声の出所は琴璃のクラスとは別の教室からだった。扉が半分だけ開いている。だが中を覗くようにしないと見えない。琴璃はそっとすき間に顔を近づけた。覗き見なんて無粋だと分かってる。それでもそうしたのは、さっきの声が泣いているようだったから。
「話があるんです」
中に女子生徒がいて本当に泣きそうな顔をしていた。琴璃の知らない子だった。でもその他にもう1人いて、その人物を琴璃は知っていた。
「それは人の貴重な時間を潰してまで話したい事なのか?」
跡部が居た。彼女を見つめてそんなことを言う。どちらかと言うと睨んでいる。室内にはこの2人だけだった。話があると言った彼女はただ立っているだけで完全に怯んでいる。数秒間の沈黙があって跡部が溜め息を吐いた。時間を気にするように時計を見ている。
「俺はお前と付き合う気はない」
言葉に冷たさがあった。彼女を軽蔑するように、冷たくて、怖い。琴璃が言われた訳でもないのに、胸が締め付けられるような気持ちになる。女子生徒がぽろぽろ涙を流しているのが見えた。いきなり扉が全開になって彼女は走って出ていった。すぐそこにいた琴璃の存在など気付く余裕もなく。その直後に跡部も教室から出て来る。
「いくらなんでも、あんな態度は酷いと思う」
跡部の眼が廊下に立っている琴璃を捕らえた。
「なんだお前。さっきのヤツの友人か?」
ああやっぱり。もう私を覚えてないんだな、と分かった瞬間だった。もしかしたら、なんて微かな期待も消え失せた。彼の中ではもう、琴璃は他人と認識されているのだ。けれどそんなのは寂しくも何ともなかった。今は許せない気持ちでどうしようもない。
「盗み聞きしておいて説教しようってのか」
「ごめんなさい、そんなつもりなかったんです。……でもあの言い方はちょっと酷いと思う。あの子はあなたに告白しようとしてたんでしょ?」
「だったら何だよ」
「一生懸命思いを伝えようとしてたのに、話をする前からあんなふうに言うなんてかわいそうだよ」
まさかそんなことを言われるとは思ってなかったので跡部は琴璃を凝視した。そして鼻で笑った。
「答えが出ているのに時間を割くほど暇じゃない。俺に文句を言ってる暇があったら、さっさと追い掛けて慰めてやった方がいいんじゃねぇのか?」
唖然とした。あの子の気持ちも琴璃の怒りも、自分に向けられているというのによくそんな他人事のように言えるなと思った。
「私はあの子と友達じゃない。だけど、ちょっとだけあの子の気持ちを考えてみてよ。気持ちを伝えようとしているのに、言う前からあんな迷惑そうな顔されたらつらいよ。付き合う気がなくても、せめて優しく聞いてあげてもいいんじゃないの?」
「じゃあお前はどうなんだよ」
「え?」
「名前も知らない男からいきなり好意を告げられても、何の疑いも持たずに優しく対応できるのか?」
「それは、多少は疑いはするかもだけど、あんなふうに相手が言う前からきっぱり断ることはしないよ」
「けど実際は断るんだろ。なら最初から余計な情けをかける必要はない」
跡部はもう琴璃に背を向け歩き出そうとしてきた。もしかして人違いじゃないだろうか。完全に自分の知っている跡部はそこには居ない。思いやりも優しさもまるで見えない。こんな人だっただろうか。
「琴璃ちゃーん」
声がした。遅い琴璃に痺れを切らした友達が迎えに来たのだ。もう行かなくちゃと、跡部と反対方向に歩こうとしたその瞬間、強い力で引っ張られた。突然のことだった。跡部が、琴璃を捕まえて再び教室の中に押し込めたのだ。
「……お前、琴璃か?」
真っ直ぐ強い眼差しが琴璃を刺す。さっきの女子を睨んでいた時とはまた別で、強烈すぎて目を逸らせない。けれど行く手を阻まれて動くこともできない。
「琴璃なのか」
もう一度聞かれて、琴璃は小さく頷いた。跡部も琴璃の正体に気付いて、琴璃も本当に彼が跡部だと再確認した瞬間だった。
「いつからだ?最初から氷帝に居たわけじゃねぇよな」
「……4月から。転入してきたの」
一応答えた。でも今は自分の事情を話す気になんてなれない。胸の中ではまだ余憤が収まらない。琴璃はキッと跡部を睨んだ。
「景ちゃん変わったね。昔はつまんないことでも笑ってくれて、とっても優しかった」
十数年ぶりに呼んだ彼の仇名。それに跡部も反応した。証拠に眉がぴくりと動く。
「そりゃどうも」
「でも、もう私の知ってる景ちゃんじゃないって分かった。久しぶりに会えて……ちょっと、嬉しかったのに」
自分で言ってて悲しくなる。そんなこと言っても何も変わらないのに。
「お前な、いくつの時の話してるんだよ」
「……嬉しかったのに」
言葉が止まらず溢れてくる。懐かしさと今の苛立ちが混ざり合って、恨み辛みのように口から出てくる。
「私は、いつも優しくて笑ってくれて、お花をくれる景ちゃんが好きだったのに」
跡部の胸を突き飛ばす。所詮は女の力なのであまり効果はなかった。けれどわずかに隙ができ、琴璃は逃げるように教室から出ていった。