一輪の白い薔薇
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「琴璃ちゃん、聞いてる?」
ハッとして隣を見るとジローが自分に話しかけていた。口をへの字に曲げて琴璃を睨んでいる。
「ジローくん。どうかした?」
「もう。やっぱ聞いてなかった」
「ごめん、もう1回言って。ちょっとぼーっとしちゃってた」
「ちょっとじゃないよ、今日ずーっとぼーっとしてるよ、琴璃ちゃん。ずーっと、ぼーっと」
ジローから指摘された通りで、今日のことがすぐに思い出せなかった。何の授業でお昼に何を食べたのか。たった数時間前のことなのに気付いたら1日が終わっていた。無意識に帰る準備をしていて、鞄に手を突っ込んでいるところをジローに話しかけられたのだ。
「落ち込んでるとかじゃないよね?もしかして」
「違うよ、全然そんなんじゃないの」
下から顔を覗き込んでくるジロー。本気で心配している。琴璃は返答に困る。心ここにあらずの理由は自分でも分かっていた。昨日の出来事を思い出しては考え、戸惑い、心がふわふわしてしまう。
「じゃー、その逆?なんか良いことあった?」
その言葉に琴璃の顔が見る見る赤くなる。ジローはニコッと笑って琴璃の頭を軽く撫でた。
「琴璃ちゃん、かわいいなあ」
「ジ、ジローくん」
スカートのポケットから振動を感じた。取り出して見たスマホの画面に今度こそ持つ手が震える。
「……景ちゃんだ」
昨日の別れ際に連絡先を交換した。ジローにはとっくに教えてたんだな、という小言付きで。
今日はまだ跡部と会っていなかった。避けてなくても、クラスも選択授業も被らなければ普通のことだ。逆に避けていた時のほうが、余計に意識したせいであんなに姿を目撃したのかもしれない。
一瞬電話に出るか躊躇った。ジローが画面を見て嬉しそうにまた笑う。
「跡部じゃん」
「そうだね」
「なんで出ないの?」
「あ、うん。出ようかな」
ちらりとジローを見る。ここから消えるつもりはないらしい。目が早く出なよと言っている。
「も、しもし」
『今どこだ?』
「え?教室だけど、もう帰るとこだよ」
『そうか。この後何か予定あるのか』
「特にないけど、図書館に寄ろうと思ってた」
『それは別に今日でなくともいい用件だな?』
「うん、まぁ、そうだけど」
どうでもいい用事というわけではないけれど。今日じゃなくてもいいことかと聞かれればそうなる。
「この後俺に付き合え」
電話の声と肉声がぴったり重なった。直後に女子生徒達の小さな悲鳴。琴璃は思いきり振り向いた。教室の扉に跡部がもたれ掛かっている。左耳には携帯を押し当てて。
「琴璃。帰るぜ」
それだけ言って、他の生徒には目もくれずもうここから去ろうとする。
「ジローくんごめんね、話、明日聞くから」
「別にいいよ、また明日ねー」
暢気に手を振るジローと適当な別れをして慌てて鞄を掴む。少し先を歩く跡部に追いついた。隣には並ばずに、やや斜め後ろにつくように歩く。
「わざわざ教室まで来るならなんで電話してきたの?」
「取り敢えず捕まえておかないと、さっさと帰るかもしれなかっただろ、お前は」
たまたま今日は残っていたが、跡部の言うとおりバイトがあればとっくに帰っていた。それを予見して電話をかけてきたらしい。それにしても何に付き合えと言うのだろう。跡部が琴璃の教室までやって来るなんて初めてのことだった。ジローに用があって来たことはあるかもしれないけど、琴璃のために来たのは今までにない。
やがて、歩いていても何処からか刺すような視線が飛んでくる。ヒソヒソと気分の良くない話し声も耳に届いてきた。こういう注目のされ方は良いもんじゃない。琴璃は気にしないふりをして歩き続ける。
「それなら、電話で呼び出せば良かったんじゃんないの?」
わざわざ迎えに来なくとも。皆の目に触れずに落ち合う方法はあるのに。こうしてまた名前も知らない女子達に目の敵にされている。琴璃はそれが嫌で仕方ない。
「そうだな。お前の言うとおりだ」
「だったら……」
「お前を目的に他のクラスに行くのはどんな気持ちになるのか、感じてみたかった。結果、なかなか良い気分になるんだと分かったぜ」
予期せぬことをさらりと言われて。昨日と同じく顔の温度が一気に上がる。前を歩く跡部の顔は琴璃には見えない。でも、なんとなく笑ってるような気がした。
相変わらず注がれる視線に萎縮しながら琴璃はせっせと歩く。彼女達は跡部の姿に喜び、オマケのように後ろをついて歩く琴璃に妬みの目を向ける。何あの子、と聞こえてくる。目の行き場に困って視線を伏せて歩いていたせいで何かにぶつかった。顔を上げると跡部がすぐ目の前に立っていた。青い瞳がこっちを見据えている。琴璃の手を掴むと再び前を向いて歩き出した。今度は否が応でも隣を歩くことになる。
「堂々としてろ」
「景ちゃん?」
「お前は何も悪くない。なのにそんな苦しそうな顔をするな」
そうだけど。女の嫉妬は怖いのだ。どんなにこっちが説明したって彼女たちは聞く耳を持ってくれないだろう。むしろ火に油を注ぐようなもの。何を言ったって無駄なんだろうなと、琴璃は諦めかけていた。
「跡部くん、その子誰」
けれど弁解しようがしまいが彼女たちは黙っていられないもので。琴璃たちの前に1人の女子が立ち塞がった。
「お前には関係ねぇな。そこに立たれると邪魔だ」
「答えてくれるまで退かない」
跡部は、ほう、と独りごちる。怯まずに対抗してきた態度が意外だった。涙目の彼女は跡部を見て、続いて琴璃に視線を向けた。その一瞬で瞳に恨みを宿す。
「あなた跡部くんの何なの?」
「私は、」
景ちゃんのただの幼馴染です。昨日までの自分ならそう答える。でももう違うから。そんなポジションにはもう頼らない。そんな関係欲しくない。
不意に思った。そもそも彼女たちに弁解する必要なんてない。彼女たちが思いを寄せている跡部に、自分だって恋をしている。なのに何を隠し立てする必要があるんだろう。好きな気持ちを彼女たちは大っぴらにしている。誰の目も気にせず、思いのままに。流石にここまで見せつけるような素振りなんてしたくないけど、琴璃にもその権利はある。跡部に焦がれている。もう、都合のいい幼馴染じゃ嫌だ。
「そうか、お前だったのか。コイツにくだらねぇ干渉してたのは」
「私は、別にそんなんじゃ、」
跡部に睨まれ焦る彼女。話しかけられた事実には嬉しいから複雑な顔つきで答える。ほんの微かな期待があったのに、次の跡部からの言葉で一気に失せた。
「2度とコイツに近付くな」
彼女は目を見開いて立ち尽くすだけだった。その横を跡部に手を引かれながら通り過ぎる。琴璃は下を向いていた。相手の表情がどんなのかなんて想像がつく。言い様のない気持ちで胸がいっぱいになる。悲しいような寂しいような気持ち。
彼女も自分と同じように跡部を好きだった。彼女どころか氷帝の沢山の女子達が好意を寄せている。だけど跡部景吾はたった1人しかいない。そして彼が選ぶのは彼女達の中のたった1人。報われない恋があるのも事実。それでも、好きな相手から振られるのは物凄く辛い。琴璃は複雑な気持ちになった。同情なんて酷い真似はしないけれど。でも彼女の痛みを思うと、どうしても笑えない。
1階まで降りそのまま直進すれば昇降口になる。そこに着く前に跡部は階段の踊り場で足を止めた。そして、琴璃と向き合い片腕で抱き寄せる。
「景ちゃん」
「お前と最初に会った時言ってたな。人からの好意はソイツと付き合う気が無くても優しく聞いてやれって」
反対の手を琴璃の顎に添える。青い瞳がどんどん近づいてくるのを琴璃はぼーっと見つめていた。
「悪いが俺は、好きな女と一緒に居るのに他の奴に気を利かすほど器用じゃねぇんだ」
唇が触れ合う。跡部の顔がすぐ目の前にある。長い睫毛とさらさらな前髪。ものの数秒間だったけど、それがすごく際立って見えた。
「お前な、キスしてる時は目を瞑るとかしたらどうだ」
「……へ」
「少しは元気になったか?」
何事も無かったかのように再び歩き出す。野次馬はもうどこにも居なかった。さっき琴璃に突っ掛ってきた女子が見せしめになったらしい。
「他のことに気を取られるなら、俺様で頭ん中満たしておけ」
琴璃がどこか後ろめたい気持ちを抱えているのが分かっているから。跡部はそう言ってキスをした。彼女がそんなこと思わなくていいのに。相手の気持ちまで考えて落ち込んでしまう。人が良いヤツだなと思う。そこにほんの少しの呆れもあるけど、優しい心の彼女に特別な感情が沸き上がる。
また歩き出したところでようやく、琴璃はキスをされた事実を認識して真っ赤な顔になる。その様子を見て跡部は満足気に笑った。
ハッとして隣を見るとジローが自分に話しかけていた。口をへの字に曲げて琴璃を睨んでいる。
「ジローくん。どうかした?」
「もう。やっぱ聞いてなかった」
「ごめん、もう1回言って。ちょっとぼーっとしちゃってた」
「ちょっとじゃないよ、今日ずーっとぼーっとしてるよ、琴璃ちゃん。ずーっと、ぼーっと」
ジローから指摘された通りで、今日のことがすぐに思い出せなかった。何の授業でお昼に何を食べたのか。たった数時間前のことなのに気付いたら1日が終わっていた。無意識に帰る準備をしていて、鞄に手を突っ込んでいるところをジローに話しかけられたのだ。
「落ち込んでるとかじゃないよね?もしかして」
「違うよ、全然そんなんじゃないの」
下から顔を覗き込んでくるジロー。本気で心配している。琴璃は返答に困る。心ここにあらずの理由は自分でも分かっていた。昨日の出来事を思い出しては考え、戸惑い、心がふわふわしてしまう。
「じゃー、その逆?なんか良いことあった?」
その言葉に琴璃の顔が見る見る赤くなる。ジローはニコッと笑って琴璃の頭を軽く撫でた。
「琴璃ちゃん、かわいいなあ」
「ジ、ジローくん」
スカートのポケットから振動を感じた。取り出して見たスマホの画面に今度こそ持つ手が震える。
「……景ちゃんだ」
昨日の別れ際に連絡先を交換した。ジローにはとっくに教えてたんだな、という小言付きで。
今日はまだ跡部と会っていなかった。避けてなくても、クラスも選択授業も被らなければ普通のことだ。逆に避けていた時のほうが、余計に意識したせいであんなに姿を目撃したのかもしれない。
一瞬電話に出るか躊躇った。ジローが画面を見て嬉しそうにまた笑う。
「跡部じゃん」
「そうだね」
「なんで出ないの?」
「あ、うん。出ようかな」
ちらりとジローを見る。ここから消えるつもりはないらしい。目が早く出なよと言っている。
「も、しもし」
『今どこだ?』
「え?教室だけど、もう帰るとこだよ」
『そうか。この後何か予定あるのか』
「特にないけど、図書館に寄ろうと思ってた」
『それは別に今日でなくともいい用件だな?』
「うん、まぁ、そうだけど」
どうでもいい用事というわけではないけれど。今日じゃなくてもいいことかと聞かれればそうなる。
「この後俺に付き合え」
電話の声と肉声がぴったり重なった。直後に女子生徒達の小さな悲鳴。琴璃は思いきり振り向いた。教室の扉に跡部がもたれ掛かっている。左耳には携帯を押し当てて。
「琴璃。帰るぜ」
それだけ言って、他の生徒には目もくれずもうここから去ろうとする。
「ジローくんごめんね、話、明日聞くから」
「別にいいよ、また明日ねー」
暢気に手を振るジローと適当な別れをして慌てて鞄を掴む。少し先を歩く跡部に追いついた。隣には並ばずに、やや斜め後ろにつくように歩く。
「わざわざ教室まで来るならなんで電話してきたの?」
「取り敢えず捕まえておかないと、さっさと帰るかもしれなかっただろ、お前は」
たまたま今日は残っていたが、跡部の言うとおりバイトがあればとっくに帰っていた。それを予見して電話をかけてきたらしい。それにしても何に付き合えと言うのだろう。跡部が琴璃の教室までやって来るなんて初めてのことだった。ジローに用があって来たことはあるかもしれないけど、琴璃のために来たのは今までにない。
やがて、歩いていても何処からか刺すような視線が飛んでくる。ヒソヒソと気分の良くない話し声も耳に届いてきた。こういう注目のされ方は良いもんじゃない。琴璃は気にしないふりをして歩き続ける。
「それなら、電話で呼び出せば良かったんじゃんないの?」
わざわざ迎えに来なくとも。皆の目に触れずに落ち合う方法はあるのに。こうしてまた名前も知らない女子達に目の敵にされている。琴璃はそれが嫌で仕方ない。
「そうだな。お前の言うとおりだ」
「だったら……」
「お前を目的に他のクラスに行くのはどんな気持ちになるのか、感じてみたかった。結果、なかなか良い気分になるんだと分かったぜ」
予期せぬことをさらりと言われて。昨日と同じく顔の温度が一気に上がる。前を歩く跡部の顔は琴璃には見えない。でも、なんとなく笑ってるような気がした。
相変わらず注がれる視線に萎縮しながら琴璃はせっせと歩く。彼女達は跡部の姿に喜び、オマケのように後ろをついて歩く琴璃に妬みの目を向ける。何あの子、と聞こえてくる。目の行き場に困って視線を伏せて歩いていたせいで何かにぶつかった。顔を上げると跡部がすぐ目の前に立っていた。青い瞳がこっちを見据えている。琴璃の手を掴むと再び前を向いて歩き出した。今度は否が応でも隣を歩くことになる。
「堂々としてろ」
「景ちゃん?」
「お前は何も悪くない。なのにそんな苦しそうな顔をするな」
そうだけど。女の嫉妬は怖いのだ。どんなにこっちが説明したって彼女たちは聞く耳を持ってくれないだろう。むしろ火に油を注ぐようなもの。何を言ったって無駄なんだろうなと、琴璃は諦めかけていた。
「跡部くん、その子誰」
けれど弁解しようがしまいが彼女たちは黙っていられないもので。琴璃たちの前に1人の女子が立ち塞がった。
「お前には関係ねぇな。そこに立たれると邪魔だ」
「答えてくれるまで退かない」
跡部は、ほう、と独りごちる。怯まずに対抗してきた態度が意外だった。涙目の彼女は跡部を見て、続いて琴璃に視線を向けた。その一瞬で瞳に恨みを宿す。
「あなた跡部くんの何なの?」
「私は、」
景ちゃんのただの幼馴染です。昨日までの自分ならそう答える。でももう違うから。そんなポジションにはもう頼らない。そんな関係欲しくない。
不意に思った。そもそも彼女たちに弁解する必要なんてない。彼女たちが思いを寄せている跡部に、自分だって恋をしている。なのに何を隠し立てする必要があるんだろう。好きな気持ちを彼女たちは大っぴらにしている。誰の目も気にせず、思いのままに。流石にここまで見せつけるような素振りなんてしたくないけど、琴璃にもその権利はある。跡部に焦がれている。もう、都合のいい幼馴染じゃ嫌だ。
「そうか、お前だったのか。コイツにくだらねぇ干渉してたのは」
「私は、別にそんなんじゃ、」
跡部に睨まれ焦る彼女。話しかけられた事実には嬉しいから複雑な顔つきで答える。ほんの微かな期待があったのに、次の跡部からの言葉で一気に失せた。
「2度とコイツに近付くな」
彼女は目を見開いて立ち尽くすだけだった。その横を跡部に手を引かれながら通り過ぎる。琴璃は下を向いていた。相手の表情がどんなのかなんて想像がつく。言い様のない気持ちで胸がいっぱいになる。悲しいような寂しいような気持ち。
彼女も自分と同じように跡部を好きだった。彼女どころか氷帝の沢山の女子達が好意を寄せている。だけど跡部景吾はたった1人しかいない。そして彼が選ぶのは彼女達の中のたった1人。報われない恋があるのも事実。それでも、好きな相手から振られるのは物凄く辛い。琴璃は複雑な気持ちになった。同情なんて酷い真似はしないけれど。でも彼女の痛みを思うと、どうしても笑えない。
1階まで降りそのまま直進すれば昇降口になる。そこに着く前に跡部は階段の踊り場で足を止めた。そして、琴璃と向き合い片腕で抱き寄せる。
「景ちゃん」
「お前と最初に会った時言ってたな。人からの好意はソイツと付き合う気が無くても優しく聞いてやれって」
反対の手を琴璃の顎に添える。青い瞳がどんどん近づいてくるのを琴璃はぼーっと見つめていた。
「悪いが俺は、好きな女と一緒に居るのに他の奴に気を利かすほど器用じゃねぇんだ」
唇が触れ合う。跡部の顔がすぐ目の前にある。長い睫毛とさらさらな前髪。ものの数秒間だったけど、それがすごく際立って見えた。
「お前な、キスしてる時は目を瞑るとかしたらどうだ」
「……へ」
「少しは元気になったか?」
何事も無かったかのように再び歩き出す。野次馬はもうどこにも居なかった。さっき琴璃に突っ掛ってきた女子が見せしめになったらしい。
「他のことに気を取られるなら、俺様で頭ん中満たしておけ」
琴璃がどこか後ろめたい気持ちを抱えているのが分かっているから。跡部はそう言ってキスをした。彼女がそんなこと思わなくていいのに。相手の気持ちまで考えて落ち込んでしまう。人が良いヤツだなと思う。そこにほんの少しの呆れもあるけど、優しい心の彼女に特別な感情が沸き上がる。
また歩き出したところでようやく、琴璃はキスをされた事実を認識して真っ赤な顔になる。その様子を見て跡部は満足気に笑った。