一輪の白い薔薇
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「うーん、でも、やっぱり私は幼馴染って呼べるのかなって思っちゃう。だから、これからはあんまり景ちゃんとは話さないようにする」
唐突に、へらりと笑って琴璃はそんなことを言う。だがその笑顔の奥に何かを隠しているのを跡部は見抜いた。
「急に何だ。やっぱりアイツらに何か言われたんだろ」
「だって、景ちゃんモテるもん。景ちゃんを好きな女の子からしたら、私が仲良くしてるのって見てて嫌な気持ちになるでしょ?景ちゃんのことをひそかに異性として意識してる子が辛い思いするだろうし」
遠慮がちに笑いながら。笑ってるが、言ってることは貴方とは距離を取ります、という趣旨だ。何故だか、あの頃に半べそで花を毟っていた少女の面影が重なる。寂しそうに、でも決して寂しい気持ちを伝えようとはせずに。今の琴璃もそんな感じだ。発言と気持ちが合っていない。そして言った本人は自分の気持ちに気付いていない。
「別にそんな配慮をしなくても、幼馴染だからとか適当に言えばいい」
「ほんとに幼馴染、でいいのかな……私」
また寂しそうに笑う。切なそうに、泣きそうな顔をして。納得したというには程遠い表情で。ああ、そうか。やっと分かった。コイツは幼馴染が嫌なんだ。
「まぁ、でも、私たちクラスも違うからそんなに会うこともないんじゃないかな」
琴璃は自分の気持ちを振り切ろうとしている。幼馴染だなんて本当は言われたくないのだ。ほんの少しの共通の思い出を持っているだけで、それ以上にはなれない。勇気を出して跡部に告白してたあの女子や、琴璃に目を付けるくらい本気で跡部を好きでいる彼女達のようにはなれないのだ。それに気付いたから尚更幼馴染と言われるのが辛くなった。その繊細で複雑な琴璃の気持ちに、このまま黙っていられなくなった。
「いっそ俺と旧知の仲でなければ良かったのに。お前はそう思ってるんだろう」
「何それ。そんなことないよ。どうしてそう思うの?」
やれやれ、とだけ跡部は言う。気付いてないのか気付かないふりをしているのか。どちらにせよ琴璃は跡部と今以上の間柄を求めていない。幼馴染の辛さに耐えられないから、ただの顔見知り程度になりたいと言うのか。冗談じゃない、と思った。
駅のロータリーに着いてしまった。じゃあね、と琴璃は言うつもりだった。が、それより先に跡部に腕を掴まれる。
「景ちゃん、どうしたの」
「幼馴染と見られてるせいでお前が身動き取れないのなら、俺はお前をそうだと認めないぜ。それがお前の望みなんだろう?」
「何、言ってるの」
「自覚が無いのなら教えてやる。さっきお前が言ってた“俺をひそかに異性として意識してる子”はな。お前だよ、琴璃」
歩行者信号が点滅する。それでも跡部は琴璃を放さなかった。
「そもそも、俺はお前のことを幼馴染として認識してはいない。だがそれは付き合いの短さからじゃない。たとえ短い期間であってもお前と過ごした幼少期は今でも覚えてる」
「うん」
「そして13年経ってお前と再会した。この奇跡に感謝してる。お前は俺が変わったとかどうとか言っていたがあくまで外見の話だろうが。さっきも言ったが、俺にも変わらないものがある。それを1週間以上お前に避けられたことで再認識した」
風がまた少し強く吹いた。信号は再び青へと変わる。何人もの人が2人を追い越してゆく。
「口実や理由が無くてもお前に会いたい。お前の側にいるのは誰よりも俺でいたい。あの時も、今もだ。この意味が分かるか?」
琴璃は答えられなかった。あまりに色んなことを言われすぎて。思考回路が止まったように茫然となる。
「お前を幼馴染や友人という位置にカテゴライズするつもりはない。この2つでないならお前は、俺の何に当たるのか、分かるか?」
跡部は捕まえていた琴璃の腕をゆっくり引き寄せた。そのまま優しく抱きすくめる。風に乗ってふわりといい匂いがした。そこではっと琴璃は思い出した。別れを告げた日も、跡部はこんなふうに抱きしめてくれた。ただ、あの時とは全く違う。あの時はこんなに力のある腕と広い胸ではなかった。
「俺はお前が好きだ」
「う、うそだ」
「あん?この期に及んでそんなことを言うか」
「だ、だって信じられないよ。景ちゃんはとっても格好良くて皆から凄い人気で、何でもできるし大人っぽいし。私なんか到底……届かなくて」
幼かった頃は同じ目線で過ごせた。けれど時が経てばそれは変わってゆく。跡部と再び会って、嬉しさよりも琴璃はそのギャップに戸惑ってしまったせいだ。
「やれやれ。そんな物憂げな言い方じゃ褒められた気がしねぇな」
「景ちゃん、」
「届かないだとか釣り合わないなんて下らねぇ。俺に相応しい女は俺が決める」
2人の前で信号がもう何度目かの赤に変わる。跡部が放してくれるまで琴璃は動けなかった。心臓が早鐘のように打っている。やがて腕が解かれて互いの目が合う。跡部は優しげに笑っていた。何か返さないと。まさか告白されるなんて思いもしなかった。だから琴璃の頭の中は真っ白に近かった。必死に自分の思いを言葉にしようとする。何か言わなきゃ、と。でもそれより先に跡部が琴璃の手を引いた。
「そろそろ帰らないとだろ」
「あ、うん」
まだ少し混乱したまま琴璃は足を動かす。横断歩道を渡り駅前のロータリーに着くと、ひっそりと1台の車が停まっていた。車体が黒いのと夜のせいもあって、近づくまでそれが跡部の迎えの車だと気付かなかった。運転席から誰かが出てくる。と、同時に跡部が言った。
「お前の家まで送ってやるから乗れ」
運転手の男性がにこりと笑った。琴璃も慌てて会釈をする。後部座席の扉を開け乗るように促され乗り込む。やがて車はゆっくりと発進した。
「なんか、やっぱり景ちゃんってお坊ちゃまだったんだね」
「何を今さら言ってんだ」
イギリスの家も大きかったし彼のそばにはいつも使用人らしき人が居た。だからなんとなくそんなふうには認識していたけど改めて実感したのだ。
「別に、今日のところはここまで話すつもりはなかった」
「え」
隣で頬杖をつきながら跡部が言う。視線は窓の外に向けながら。口調が少しだけ投げやりにも感じられた。別に怒っているわけじゃないけれど、どこか分が悪いような声音。
「お前が俺から逃げる上に、逆にジローと仲良くするからだ」
「え、だって、ジローくんはクラス一緒だから話す機会が多くなるだけだし」
「けど俺を避けてたのは紛れもなく事実だろ?」
「う。ごめん、なさい」
「別に。それに対して怒ってるわけじゃねぇよ。お前からのシカトに痺れを切らした俺の方から無理矢理会いに来ただけだからな」
跡部は意地悪そうに口元をあげる。琴璃は冗談と受け取れずに戸惑ってしまう。
「景ちゃんに……どうしても会いたくなかったんだよ。なんだか頭の中パンクしそうで。景ちゃんの顔も、姿もできるだけ見たくなかったの。ごめんね」
「酷い言われようだな」
「でも、でも今は違うから。もうそんなふうに思ってない」
「じゃあどう思ってるんだ?」
跡部がニヤリと笑っている。真っ赤な顔をした琴璃を見て多少満足感を覚えた。まあ今日のところはいいか。これ以上苛めるとまたコイツは気持ちと裏腹な態度を取るかもしれないから。
「お前は天の邪鬼なヤツだな。いや、単なる不器用か」
幼馴染が嫌だと言えなくて、それが辛くて跡部から逃げようとした。多分、跡部が会いに来なければずっとこのままだった。それで果たして琴璃は楽になれたのだろうか。そんなわけがねぇだろ、と跡部は1人思う。
「ま、俺が言うつもりなかったんだからお前もさぞ驚いただろう」
「そ、そりゃあ驚いたよ。驚いてるよ……今も」
跡部は自身の手を琴璃のそれに伸ばす。薄暗い車内で2人の手が重なる。ずっと前から知ってたはずなのに。こんなに景ちゃんは格好良いんだな、と琴璃は改めて思う。懐かしさと新鮮な感覚が頭の中で混ざり合って。心臓の音がやたらうるさい。ゆっくりと、記憶の一片が蘇ってくる。あの頃も、彼は琴璃の手を捕まえて握ってくれた。ずっとずっと、泣き止むまで待っていてくれた。今は別に泣いてないけど、ふとあの頃が懐かしいと思った。
それでも、今日初めて知ったことがある。たとえばこんなに跡部の手は大きくて温かいこと。こんなに琴璃を好きでいたこと。
唐突に、へらりと笑って琴璃はそんなことを言う。だがその笑顔の奥に何かを隠しているのを跡部は見抜いた。
「急に何だ。やっぱりアイツらに何か言われたんだろ」
「だって、景ちゃんモテるもん。景ちゃんを好きな女の子からしたら、私が仲良くしてるのって見てて嫌な気持ちになるでしょ?景ちゃんのことをひそかに異性として意識してる子が辛い思いするだろうし」
遠慮がちに笑いながら。笑ってるが、言ってることは貴方とは距離を取ります、という趣旨だ。何故だか、あの頃に半べそで花を毟っていた少女の面影が重なる。寂しそうに、でも決して寂しい気持ちを伝えようとはせずに。今の琴璃もそんな感じだ。発言と気持ちが合っていない。そして言った本人は自分の気持ちに気付いていない。
「別にそんな配慮をしなくても、幼馴染だからとか適当に言えばいい」
「ほんとに幼馴染、でいいのかな……私」
また寂しそうに笑う。切なそうに、泣きそうな顔をして。納得したというには程遠い表情で。ああ、そうか。やっと分かった。コイツは幼馴染が嫌なんだ。
「まぁ、でも、私たちクラスも違うからそんなに会うこともないんじゃないかな」
琴璃は自分の気持ちを振り切ろうとしている。幼馴染だなんて本当は言われたくないのだ。ほんの少しの共通の思い出を持っているだけで、それ以上にはなれない。勇気を出して跡部に告白してたあの女子や、琴璃に目を付けるくらい本気で跡部を好きでいる彼女達のようにはなれないのだ。それに気付いたから尚更幼馴染と言われるのが辛くなった。その繊細で複雑な琴璃の気持ちに、このまま黙っていられなくなった。
「いっそ俺と旧知の仲でなければ良かったのに。お前はそう思ってるんだろう」
「何それ。そんなことないよ。どうしてそう思うの?」
やれやれ、とだけ跡部は言う。気付いてないのか気付かないふりをしているのか。どちらにせよ琴璃は跡部と今以上の間柄を求めていない。幼馴染の辛さに耐えられないから、ただの顔見知り程度になりたいと言うのか。冗談じゃない、と思った。
駅のロータリーに着いてしまった。じゃあね、と琴璃は言うつもりだった。が、それより先に跡部に腕を掴まれる。
「景ちゃん、どうしたの」
「幼馴染と見られてるせいでお前が身動き取れないのなら、俺はお前をそうだと認めないぜ。それがお前の望みなんだろう?」
「何、言ってるの」
「自覚が無いのなら教えてやる。さっきお前が言ってた“俺をひそかに異性として意識してる子”はな。お前だよ、琴璃」
歩行者信号が点滅する。それでも跡部は琴璃を放さなかった。
「そもそも、俺はお前のことを幼馴染として認識してはいない。だがそれは付き合いの短さからじゃない。たとえ短い期間であってもお前と過ごした幼少期は今でも覚えてる」
「うん」
「そして13年経ってお前と再会した。この奇跡に感謝してる。お前は俺が変わったとかどうとか言っていたがあくまで外見の話だろうが。さっきも言ったが、俺にも変わらないものがある。それを1週間以上お前に避けられたことで再認識した」
風がまた少し強く吹いた。信号は再び青へと変わる。何人もの人が2人を追い越してゆく。
「口実や理由が無くてもお前に会いたい。お前の側にいるのは誰よりも俺でいたい。あの時も、今もだ。この意味が分かるか?」
琴璃は答えられなかった。あまりに色んなことを言われすぎて。思考回路が止まったように茫然となる。
「お前を幼馴染や友人という位置にカテゴライズするつもりはない。この2つでないならお前は、俺の何に当たるのか、分かるか?」
跡部は捕まえていた琴璃の腕をゆっくり引き寄せた。そのまま優しく抱きすくめる。風に乗ってふわりといい匂いがした。そこではっと琴璃は思い出した。別れを告げた日も、跡部はこんなふうに抱きしめてくれた。ただ、あの時とは全く違う。あの時はこんなに力のある腕と広い胸ではなかった。
「俺はお前が好きだ」
「う、うそだ」
「あん?この期に及んでそんなことを言うか」
「だ、だって信じられないよ。景ちゃんはとっても格好良くて皆から凄い人気で、何でもできるし大人っぽいし。私なんか到底……届かなくて」
幼かった頃は同じ目線で過ごせた。けれど時が経てばそれは変わってゆく。跡部と再び会って、嬉しさよりも琴璃はそのギャップに戸惑ってしまったせいだ。
「やれやれ。そんな物憂げな言い方じゃ褒められた気がしねぇな」
「景ちゃん、」
「届かないだとか釣り合わないなんて下らねぇ。俺に相応しい女は俺が決める」
2人の前で信号がもう何度目かの赤に変わる。跡部が放してくれるまで琴璃は動けなかった。心臓が早鐘のように打っている。やがて腕が解かれて互いの目が合う。跡部は優しげに笑っていた。何か返さないと。まさか告白されるなんて思いもしなかった。だから琴璃の頭の中は真っ白に近かった。必死に自分の思いを言葉にしようとする。何か言わなきゃ、と。でもそれより先に跡部が琴璃の手を引いた。
「そろそろ帰らないとだろ」
「あ、うん」
まだ少し混乱したまま琴璃は足を動かす。横断歩道を渡り駅前のロータリーに着くと、ひっそりと1台の車が停まっていた。車体が黒いのと夜のせいもあって、近づくまでそれが跡部の迎えの車だと気付かなかった。運転席から誰かが出てくる。と、同時に跡部が言った。
「お前の家まで送ってやるから乗れ」
運転手の男性がにこりと笑った。琴璃も慌てて会釈をする。後部座席の扉を開け乗るように促され乗り込む。やがて車はゆっくりと発進した。
「なんか、やっぱり景ちゃんってお坊ちゃまだったんだね」
「何を今さら言ってんだ」
イギリスの家も大きかったし彼のそばにはいつも使用人らしき人が居た。だからなんとなくそんなふうには認識していたけど改めて実感したのだ。
「別に、今日のところはここまで話すつもりはなかった」
「え」
隣で頬杖をつきながら跡部が言う。視線は窓の外に向けながら。口調が少しだけ投げやりにも感じられた。別に怒っているわけじゃないけれど、どこか分が悪いような声音。
「お前が俺から逃げる上に、逆にジローと仲良くするからだ」
「え、だって、ジローくんはクラス一緒だから話す機会が多くなるだけだし」
「けど俺を避けてたのは紛れもなく事実だろ?」
「う。ごめん、なさい」
「別に。それに対して怒ってるわけじゃねぇよ。お前からのシカトに痺れを切らした俺の方から無理矢理会いに来ただけだからな」
跡部は意地悪そうに口元をあげる。琴璃は冗談と受け取れずに戸惑ってしまう。
「景ちゃんに……どうしても会いたくなかったんだよ。なんだか頭の中パンクしそうで。景ちゃんの顔も、姿もできるだけ見たくなかったの。ごめんね」
「酷い言われようだな」
「でも、でも今は違うから。もうそんなふうに思ってない」
「じゃあどう思ってるんだ?」
跡部がニヤリと笑っている。真っ赤な顔をした琴璃を見て多少満足感を覚えた。まあ今日のところはいいか。これ以上苛めるとまたコイツは気持ちと裏腹な態度を取るかもしれないから。
「お前は天の邪鬼なヤツだな。いや、単なる不器用か」
幼馴染が嫌だと言えなくて、それが辛くて跡部から逃げようとした。多分、跡部が会いに来なければずっとこのままだった。それで果たして琴璃は楽になれたのだろうか。そんなわけがねぇだろ、と跡部は1人思う。
「ま、俺が言うつもりなかったんだからお前もさぞ驚いただろう」
「そ、そりゃあ驚いたよ。驚いてるよ……今も」
跡部は自身の手を琴璃のそれに伸ばす。薄暗い車内で2人の手が重なる。ずっと前から知ってたはずなのに。こんなに景ちゃんは格好良いんだな、と琴璃は改めて思う。懐かしさと新鮮な感覚が頭の中で混ざり合って。心臓の音がやたらうるさい。ゆっくりと、記憶の一片が蘇ってくる。あの頃も、彼は琴璃の手を捕まえて握ってくれた。ずっとずっと、泣き止むまで待っていてくれた。今は別に泣いてないけど、ふとあの頃が懐かしいと思った。
それでも、今日初めて知ったことがある。たとえばこんなに跡部の手は大きくて温かいこと。こんなに琴璃を好きでいたこと。