一輪の白い薔薇
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「続きまして生徒会長の言葉です」
氷帝学園の始業式。司会進行の教師が言った言葉に琴璃は反応した。同時に登壇した人物を見て目を見開く。知ってる人に似ている。でももうずいぶんと会っていないから人違いかもしれない。この世に自分と似た人は2人はいるらしいから。
けれど次に彼の名前が出た時に、それは確信へと変わった。
「生徒会長、跡部景吾」
やっぱり。琴璃が思い浮かべた人で間違いなかった。指名された後、1人の生徒がマイクの前に立つ。ここからまあまあ距離はあるのに、整った顔つきだと分かるほどだった。
千人以上もの生徒の前で彼は堂々と式辞を述べている。特定の誰に目を向けるわけでもなく。ただ真っ直ぐとホールの入口の方を見つめて。そう言えば周囲の雰囲気も変わった。殆どの生徒が初めから退屈そうにしていた始業式だったのに、彼が姿を現してからは一切の私語が聞こえない。皆が彼に注目している。琴璃もその1人だった。目が離せないでいた。何故なら昔、彼に会った事があるから。向こうはもう覚えていないかもしれないけど。でもまさか転入した高校の生徒会長だなんて思いもしなかった。
式辞は10分くらい続いた。琴璃はその間もずっと跡部を見つめていた。彼は今この場にいる全ての視線を独占している。だから琴璃がいくら見つめ続けても当然気付かない。生徒代表として挨拶と抱負を流暢に話している。
跡部を見つめながらあの頃のことを思い出していた。彼は昔から誰よりも目立っていた。育ちの良い雰囲気を存分に纏って。頭も良くて容姿も整っていて、同い年の子供達に紛れても一際目立っていた。あの時から既に出来上がった人だったんだな。琴璃はぼんやり当時を思い出す。面影こそあるけどすっかり大人びている印象。無理もないと思った。あの頃からもう十数年は経っているのだから。
父親の仕事の都合で度々転勤があった。その度に家族で転居をしていたが、4歳の時初めて海外赴任を下された。初めての海外生活になった。行先はイギリス。でも異例の海外赴任だったのでその生活はわずか半年間だった。その時に跡部と出会った。琴璃が滞在したアパートメントの近くに跡部は住んでいて、彼も親の都合でイギリスに来ていたようだった。近くには公園があって周辺の子供達が遊びに来ていた。琴璃は花壇で花を眺めてた。現地の子供と馴染めなくて、でも仲間に入れて欲しくて。それでも言い出せなくてひたすら綺麗に咲いた花の花弁をむしっていた。
「オロカな遊びだな」
吐き捨てられるように言われて一瞬固まった。自分を見下ろすように少年が立っていた。“オロカ”ってどういう意味だろう。幼い琴璃はその意味を知らなかったから、当時そこまで嫌な印象を持たなかった。それどころか少しほっとした。当たり前に外国語が飛び交う環境で、親以外に初めて日本語で話しかけられたから。
「花が嫌いなのか」
「ううん、大好き」
「ならなんでそんなことするんだよ」
「え……なんで、だろう」
理由なんてよく分からない。そんなものを考えて行動するには幼かった。ただ目に映った花が綺麗で、家に持って帰りたくて手を伸ばした。そうしたら花弁をちぎる動作をしていた。もしかしたら寂しかったのかもしれない。不思議な行動をとれば注目されるかも。気にかけてもらえるかも、と。でも少年に言われてやっと、自分は花を苛めているんだと分かった。これがオロカなことなんだなと気付いたら涙が勝手に落ちていた。頭上で短い舌打ちが聞こえた。印象はそこまで悪くないと言ったが良くはない。見下ろされて睨み付けられたら小さい琴璃じゃなくとも相手のことを好意的には見れない。怖くて顔をあげられなかった。
「花が好きならもっとすごいの、見せてやるよ」
目線の高さに少年の手が入り込んできた。反射的にそれを掴むと無理矢理立ち上がらせられる。そこで初めてちゃんと少年の顔を見た。やっぱり笑ってはいなくて、でも怒ってるふうにも見えなかった。
「オレの家にはもっとすごいのが咲いてるんだぜ。見にくるか?」
「……うん」
琴璃の返事に少年は誇らしげに笑みを浮かべた。繋いだ手を引かれ、琴璃は彼と一緒に公園を後にする。大人ではない同じ目線の子と日本語で会話ができた。もう涙は止まっていた。あんなに不安でいっぱいだったのにわくわくしている。彼に会わなかったらこんなふうになれなかった。きっと日が暮れるまで延々と花壇の花をむしる遊びをしていただろう。不思議な子だなと思った。子供なのに妙に堂々としていた彼。
それが、跡部景吾と初めて出会った記憶だった。
氷帝学園の始業式。司会進行の教師が言った言葉に琴璃は反応した。同時に登壇した人物を見て目を見開く。知ってる人に似ている。でももうずいぶんと会っていないから人違いかもしれない。この世に自分と似た人は2人はいるらしいから。
けれど次に彼の名前が出た時に、それは確信へと変わった。
「生徒会長、跡部景吾」
やっぱり。琴璃が思い浮かべた人で間違いなかった。指名された後、1人の生徒がマイクの前に立つ。ここからまあまあ距離はあるのに、整った顔つきだと分かるほどだった。
千人以上もの生徒の前で彼は堂々と式辞を述べている。特定の誰に目を向けるわけでもなく。ただ真っ直ぐとホールの入口の方を見つめて。そう言えば周囲の雰囲気も変わった。殆どの生徒が初めから退屈そうにしていた始業式だったのに、彼が姿を現してからは一切の私語が聞こえない。皆が彼に注目している。琴璃もその1人だった。目が離せないでいた。何故なら昔、彼に会った事があるから。向こうはもう覚えていないかもしれないけど。でもまさか転入した高校の生徒会長だなんて思いもしなかった。
式辞は10分くらい続いた。琴璃はその間もずっと跡部を見つめていた。彼は今この場にいる全ての視線を独占している。だから琴璃がいくら見つめ続けても当然気付かない。生徒代表として挨拶と抱負を流暢に話している。
跡部を見つめながらあの頃のことを思い出していた。彼は昔から誰よりも目立っていた。育ちの良い雰囲気を存分に纏って。頭も良くて容姿も整っていて、同い年の子供達に紛れても一際目立っていた。あの時から既に出来上がった人だったんだな。琴璃はぼんやり当時を思い出す。面影こそあるけどすっかり大人びている印象。無理もないと思った。あの頃からもう十数年は経っているのだから。
父親の仕事の都合で度々転勤があった。その度に家族で転居をしていたが、4歳の時初めて海外赴任を下された。初めての海外生活になった。行先はイギリス。でも異例の海外赴任だったのでその生活はわずか半年間だった。その時に跡部と出会った。琴璃が滞在したアパートメントの近くに跡部は住んでいて、彼も親の都合でイギリスに来ていたようだった。近くには公園があって周辺の子供達が遊びに来ていた。琴璃は花壇で花を眺めてた。現地の子供と馴染めなくて、でも仲間に入れて欲しくて。それでも言い出せなくてひたすら綺麗に咲いた花の花弁をむしっていた。
「オロカな遊びだな」
吐き捨てられるように言われて一瞬固まった。自分を見下ろすように少年が立っていた。“オロカ”ってどういう意味だろう。幼い琴璃はその意味を知らなかったから、当時そこまで嫌な印象を持たなかった。それどころか少しほっとした。当たり前に外国語が飛び交う環境で、親以外に初めて日本語で話しかけられたから。
「花が嫌いなのか」
「ううん、大好き」
「ならなんでそんなことするんだよ」
「え……なんで、だろう」
理由なんてよく分からない。そんなものを考えて行動するには幼かった。ただ目に映った花が綺麗で、家に持って帰りたくて手を伸ばした。そうしたら花弁をちぎる動作をしていた。もしかしたら寂しかったのかもしれない。不思議な行動をとれば注目されるかも。気にかけてもらえるかも、と。でも少年に言われてやっと、自分は花を苛めているんだと分かった。これがオロカなことなんだなと気付いたら涙が勝手に落ちていた。頭上で短い舌打ちが聞こえた。印象はそこまで悪くないと言ったが良くはない。見下ろされて睨み付けられたら小さい琴璃じゃなくとも相手のことを好意的には見れない。怖くて顔をあげられなかった。
「花が好きならもっとすごいの、見せてやるよ」
目線の高さに少年の手が入り込んできた。反射的にそれを掴むと無理矢理立ち上がらせられる。そこで初めてちゃんと少年の顔を見た。やっぱり笑ってはいなくて、でも怒ってるふうにも見えなかった。
「オレの家にはもっとすごいのが咲いてるんだぜ。見にくるか?」
「……うん」
琴璃の返事に少年は誇らしげに笑みを浮かべた。繋いだ手を引かれ、琴璃は彼と一緒に公園を後にする。大人ではない同じ目線の子と日本語で会話ができた。もう涙は止まっていた。あんなに不安でいっぱいだったのにわくわくしている。彼に会わなかったらこんなふうになれなかった。きっと日が暮れるまで延々と花壇の花をむしる遊びをしていただろう。不思議な子だなと思った。子供なのに妙に堂々としていた彼。
それが、跡部景吾と初めて出会った記憶だった。
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