レモングラスヴァーベナ
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白くて女の子らしい小さな手。当然こんなふうにまじまじと見たことがない。爪はきっちり短く切られ、でも寒さのせいか乾燥しているように見える。ささくれも目立つ。 もっとよく見れば、指先は小さなヒビもあった。
「あはは。がさがさで汚いね、わたしの手。なんか恥ずかしいな」
「いえ、そんな」
冗談でも綺麗だとは言えないけど。こんなに荒れるほどに毎日マネージャー業をしている証でもある。寒い日でも冷たい水を嫌がらず。自分達の為に働いてくれている。鳳はそれを知ってるから、汚いなんて一切思わない。小さくて冷たくて、それでいて柔らかい。自分の手ですっぽりと隠れてしまう。
「ありがたいし貴重な体験だよね。こんなふうに誰かにやってもらうなんてさ」
「そうですよね」
「ふふ。手から鳳くんの緊張が伝わってくる」
「えっ、うわ、すいません」
好きな人と居残って楽しく作業して優雅にティータイムまでして。とうとう彼女の手を掴んでいる自分が信じられない。今日1日で1年分の運を使い果たしたかもしれない。夢みたいだと思う。夢なんかじゃないよ、と言うかのように真正面にいる琴璃が微笑んでいる。紛れもない自分に。
「失礼します」
ひんやりしている彼女の手。自分の指の関節1つ分以上もサイズが違う。小さくて細いなあと思った。キャップを開けて指先にクリームを出す。シトラスの匂いがまた仄かにする。
「あ」
「へっ」
「いや、結構出すなあって思って」
「うわっ、すみません、加減がよく分からなくて」
普段、足首に塗る消炎鎮痛クリームの感覚で出してしまった。改めて見たら結構な量だ。琴璃は笑っている。鳳の慌てぶりがよほど可笑しかったのか、出しすぎたクリームを指差して楽しそうに。でも此方はそれどころじゃない。誰かの手にハンドクリームを塗るなんてしたことがない。相手の手に触れるだけじゃちゃんと塗ることは出来ない。こんなふうに彼女の手をとる日が来るなんて。動揺と緊張が止まらない。自分の手を重ねると彼女の右手はすっかり見えなくなる。小さいな、と改めて思った。ゆっくりと、撫でるように自分の手を滑らせた。すごく緊張している。相手が琴璃じゃなくとも平常心じゃできない。あんまり手を触ってたら勘違いされるんじゃないか。やらしい気持ちはないのに気を使いすぎてわけが分からなくなった。
「鳳くん」
「はいっ」
「あのね、とっても言いづらいんですが指の間にまだ残ってまして……」
彼女の手は肉眼で分かるほど白い膜がまだばっちり残っていた。
「す、すいません」
「大丈夫大丈夫、ティッシュで拭くから」
琴璃が笑ってテーブルのボックスティッシュに手を伸ばす。
「ごめんね、気、使ったよね」
「いえ、自分がやるって言ったんですから。言ったのに、その、すみません」
「そんなことない、どうもありがとね」
間違いなく微妙な空気になった。琴璃は優しいから何度も鳳に礼を言う。ありがとう助かったよ、と言う彼女の本心は分からない。もしかして余計なお世話でしかなかったのだろうか。悪いほうへとどんどん考えてしまう。彼女を想えば想うほど。自分が残って良かったんだろうか、本当に役に立ったのかとか、そんな事ばかり。
「さてと。帰ろうか」
手だけじゃなくて。この華奢な背中を後ろから抱きしめられたなら。そんな事をしたら彼女はびっくりするだろう。明日からギクシャクするかもしれない。もう話せなくなるかもしれない。想いが伝わらない事よりも、そっちのほうが鳳は怖いと思った。だからこのまま、何事もなく帰る。心臓が少しうるさいけれど、平然とした顔をしていれば気の乱れはバレないだろう。今日ここに居られただけで良かった。それ以上は望んではいけない。
「わー。外真っ暗」
隣を歩く琴璃が白い息を吐きながら空を見上げる。いくつかの星も見える。それ以外はどこまでも黒い。室内で暖まってた体も次第に外の寒さに熱を奪われてゆく。鳳は自分の手を見つめる。指先は少し冷たくなってきていた。けれどそこにはまだ、ほんのりと好きな香りが残っている。なんとなく、隣を歩く琴璃の手に目をやる。同じ香りがする彼女の手。怪我をしていないほうの手だった。今は手袋に護られている。ふと、鳳は疑問に思った。それを確かめるべく、ほんの少し歩調を緩める。斜め後ろから覗き見た琴璃の反対の手。やはり、手袋はしていなかった。包帯が今さら痛々しい。
「さむーい」
と、まるで彼女は鳳を促すように呟く。だから、あともう1回、彼女の役に立ちたい。
「琴璃先輩」
「なに?」
「俺、もしかしたら先輩を困らせてしまうかもしれない事をします」
反対側に回り込んで、肩に担いでたテニスバッグを反対の手に持ち替えて、その空いた手で琴璃の手を捕まえる。怪我の手だからそれなりに優しく。やっぱり、かなり冷えきっていた。そして自分のジャージのポケットの中へ導く。
「鳳くん」
「すいません、その、お役に立ちたくて、嫌なら離します」
それは賭けに近かった。琴璃に拒否されるかどうか。不安を抱きながら、でもどうにか伝えたくて。好きという気持ちを、言葉以外で。
「ううん、嬉しいよ。ありがとね」
ポケットの中で、琴璃の手がもぞもぞ動く。正常に曲がる指が、鳳の指に絡んでくる。あっという間に暖かくなった。
「鳳くんは優しいんだね」
「先輩が、」
「うん?」
「……いえ。いつも頑張りすぎなんで。先輩」
好きだからですよ、とは言わなかった。彼女が自分に笑いかけてくれる。今はそれだけで幸せだから。この人の役に立てたのなら、それでいい。微かに手を握り返して。レモンの香りを冬の空に漂わせながら、肩を並べて帰路を歩いてゆく。あったかいね、と笑う彼女を見て、鳳はどうしようもなく嬉しくなった。
両思いがハッピーエンドと呼べるんだろうけど、いつも控えめに見守ってくれるような鳳がいいなあ
「あはは。がさがさで汚いね、わたしの手。なんか恥ずかしいな」
「いえ、そんな」
冗談でも綺麗だとは言えないけど。こんなに荒れるほどに毎日マネージャー業をしている証でもある。寒い日でも冷たい水を嫌がらず。自分達の為に働いてくれている。鳳はそれを知ってるから、汚いなんて一切思わない。小さくて冷たくて、それでいて柔らかい。自分の手ですっぽりと隠れてしまう。
「ありがたいし貴重な体験だよね。こんなふうに誰かにやってもらうなんてさ」
「そうですよね」
「ふふ。手から鳳くんの緊張が伝わってくる」
「えっ、うわ、すいません」
好きな人と居残って楽しく作業して優雅にティータイムまでして。とうとう彼女の手を掴んでいる自分が信じられない。今日1日で1年分の運を使い果たしたかもしれない。夢みたいだと思う。夢なんかじゃないよ、と言うかのように真正面にいる琴璃が微笑んでいる。紛れもない自分に。
「失礼します」
ひんやりしている彼女の手。自分の指の関節1つ分以上もサイズが違う。小さくて細いなあと思った。キャップを開けて指先にクリームを出す。シトラスの匂いがまた仄かにする。
「あ」
「へっ」
「いや、結構出すなあって思って」
「うわっ、すみません、加減がよく分からなくて」
普段、足首に塗る消炎鎮痛クリームの感覚で出してしまった。改めて見たら結構な量だ。琴璃は笑っている。鳳の慌てぶりがよほど可笑しかったのか、出しすぎたクリームを指差して楽しそうに。でも此方はそれどころじゃない。誰かの手にハンドクリームを塗るなんてしたことがない。相手の手に触れるだけじゃちゃんと塗ることは出来ない。こんなふうに彼女の手をとる日が来るなんて。動揺と緊張が止まらない。自分の手を重ねると彼女の右手はすっかり見えなくなる。小さいな、と改めて思った。ゆっくりと、撫でるように自分の手を滑らせた。すごく緊張している。相手が琴璃じゃなくとも平常心じゃできない。あんまり手を触ってたら勘違いされるんじゃないか。やらしい気持ちはないのに気を使いすぎてわけが分からなくなった。
「鳳くん」
「はいっ」
「あのね、とっても言いづらいんですが指の間にまだ残ってまして……」
彼女の手は肉眼で分かるほど白い膜がまだばっちり残っていた。
「す、すいません」
「大丈夫大丈夫、ティッシュで拭くから」
琴璃が笑ってテーブルのボックスティッシュに手を伸ばす。
「ごめんね、気、使ったよね」
「いえ、自分がやるって言ったんですから。言ったのに、その、すみません」
「そんなことない、どうもありがとね」
間違いなく微妙な空気になった。琴璃は優しいから何度も鳳に礼を言う。ありがとう助かったよ、と言う彼女の本心は分からない。もしかして余計なお世話でしかなかったのだろうか。悪いほうへとどんどん考えてしまう。彼女を想えば想うほど。自分が残って良かったんだろうか、本当に役に立ったのかとか、そんな事ばかり。
「さてと。帰ろうか」
手だけじゃなくて。この華奢な背中を後ろから抱きしめられたなら。そんな事をしたら彼女はびっくりするだろう。明日からギクシャクするかもしれない。もう話せなくなるかもしれない。想いが伝わらない事よりも、そっちのほうが鳳は怖いと思った。だからこのまま、何事もなく帰る。心臓が少しうるさいけれど、平然とした顔をしていれば気の乱れはバレないだろう。今日ここに居られただけで良かった。それ以上は望んではいけない。
「わー。外真っ暗」
隣を歩く琴璃が白い息を吐きながら空を見上げる。いくつかの星も見える。それ以外はどこまでも黒い。室内で暖まってた体も次第に外の寒さに熱を奪われてゆく。鳳は自分の手を見つめる。指先は少し冷たくなってきていた。けれどそこにはまだ、ほんのりと好きな香りが残っている。なんとなく、隣を歩く琴璃の手に目をやる。同じ香りがする彼女の手。怪我をしていないほうの手だった。今は手袋に護られている。ふと、鳳は疑問に思った。それを確かめるべく、ほんの少し歩調を緩める。斜め後ろから覗き見た琴璃の反対の手。やはり、手袋はしていなかった。包帯が今さら痛々しい。
「さむーい」
と、まるで彼女は鳳を促すように呟く。だから、あともう1回、彼女の役に立ちたい。
「琴璃先輩」
「なに?」
「俺、もしかしたら先輩を困らせてしまうかもしれない事をします」
反対側に回り込んで、肩に担いでたテニスバッグを反対の手に持ち替えて、その空いた手で琴璃の手を捕まえる。怪我の手だからそれなりに優しく。やっぱり、かなり冷えきっていた。そして自分のジャージのポケットの中へ導く。
「鳳くん」
「すいません、その、お役に立ちたくて、嫌なら離します」
それは賭けに近かった。琴璃に拒否されるかどうか。不安を抱きながら、でもどうにか伝えたくて。好きという気持ちを、言葉以外で。
「ううん、嬉しいよ。ありがとね」
ポケットの中で、琴璃の手がもぞもぞ動く。正常に曲がる指が、鳳の指に絡んでくる。あっという間に暖かくなった。
「鳳くんは優しいんだね」
「先輩が、」
「うん?」
「……いえ。いつも頑張りすぎなんで。先輩」
好きだからですよ、とは言わなかった。彼女が自分に笑いかけてくれる。今はそれだけで幸せだから。この人の役に立てたのなら、それでいい。微かに手を握り返して。レモンの香りを冬の空に漂わせながら、肩を並べて帰路を歩いてゆく。あったかいね、と笑う彼女を見て、鳳はどうしようもなく嬉しくなった。
両思いがハッピーエンドと呼べるんだろうけど、いつも控えめに見守ってくれるような鳳がいいなあ
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