レモングラスヴァーベナ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
給湯施設のある部屋で、琴璃は引き出しを漁って何やら探している。
「あった!これ」
「紅茶の瓶ですかね」
「すごいね鳳くん。見ただけで分かるなんて。わたし蓋あけて匂い嗅ぐまで分かんなかった」
ラベルは英語ではない外国語で書かれている。かろうじてスリランカという国名だけは分かった。何故こんなものが部室にあるのか。
「跡部さんのですね」
「あたり!こないだ掃除した時に見つけてずっと気になってたんだよね。絶対高いやつだから、いつかこっそり飲みたいなーって思ってさ。あ、一緒に飲んだら鳳くんも共犯だからね」
「分かりました。他言無用ですね」
それを聞いて琴璃が嬉しそうにポットに手を伸ばす。
「先輩、俺がやるんで座って休んでてください」
「そんな気使わなくて大丈夫だよ。手伝ってもらったお礼だから」
「でも怪我してる人にさせるわけには」
言われて琴璃は改めて自分の手を見る。瓶を開けるにも一苦労。さすがにこんな手じゃ覚束無い。お言葉に甘えて親切な彼にお願いすることにした。
「砂糖もミルクもレモンもないですね」
「いいよいいよ、そのままで。レモンなんて浮かべたらせっかくの風味が損われるじゃねぇの」
「えっ?」
「似てた?今の、跡部くんの真似」
聞くわりにはちっとも本人に寄せてない。けれど別に似てるかどうかなんて鳳はどうでもよかった。楽しそうに彼女が言うから。ただそれにつられて笑ってしまう。鳳が琴璃の前にティーカップを置く。これまたどこのものか分からないが確実に高いであろうカップ。完全に跡部の私物と見た。良い香りと湯気が室内にやんわり広がる。琴璃と向かい合うように腰掛けた。
「ありがとう。いただきまーす」
まだ少し熱い紅茶をゆっくりと飲む。こんなに近くにいる。憧れの先輩。毎日会うし、話もするけど、今この時間は普段とは全く違う。そう思うと途端に緊張してきた。先輩は今、自分といて楽しいだろうか。そんな余計な事まで頭に浮かぶ。
「落ち着くね」
「そうですね。飲みやすいですね、これ」
「紅茶もそうなんだけど、鳳くんといるとなんだか落ち着く」
「そう、ですか?」
「ふふ。だって、きっと亮ちゃんだったら紅茶を落ち着いて飲むイメージないし。跡部くんは逆にこっちが緊張しそう」
不意に出た2人の先輩の名前。鳳は不思議な感覚になった。自分も知ってる人たちなのに。彼女が言うと2人が別の誰かのように感じる。
彼女が宍戸を“亮ちゃん”と呼ぶのは長い付き合いからだし、跡部の紅茶を勝手に開けたのも彼女が信頼してるせいだ。そんなのは分かってる。分かっていても、それでも急に遠い存在に感じた。宍戸達は彼女と学年が一緒ということもあってそれなりに仲が良い。比べて自分と彼女はただ同じテニス部というだけ。それ以外に繋ぐものは何もない。
「……琴璃先輩は、先輩方と仲が良いですね」
「先輩方って?レギュラーのみんなのこと?」
「そう……、ですね」
「まぁマネージャーだからね、一応」
「そう……ですよね」
そんなの当たり前なのに。話題を作りたくて咄嗟に出た言葉。琴璃は特に何とも思ってないふうだった。自分だけが挙動不審になってる。一旦落ち着こうとカップに口をつけた。やや冷めた紅茶を飲んだ。
「でも、先輩方だけじゃないと思うけど?」
琴璃はもう紅茶を飲み終え、何やら自分の鞄の中を漁っていた。
「“後輩くん”たちとも、仲良しだと思ってるんだけどなあ」
「え」
「もしかして、わたしの思い上がりだったら申し訳ないんだけど」
「いえ、そんなことはありません、俺なんていつもお世話になってばかりで」
「ふふ。ありがとう」
満足そうに琴璃は笑う。鳳は恥ずかしくなった。先輩に少しでも嫉妬した事を。琴璃は自分たち2年のこともいつも一生懸命考えてくれている。やっぱり優しい人だなと思う。
不意に彼女が鞄からチューブ型の何かを取り出す。それはハンドクリームだった。キャップを開けて、それを怪我したほうの手の甲に少しだけ付ける。
部屋に広がる紅茶の香りはほとんど消えて、代わりに広がるシトラスのような柑橘系の香り。鳳ははっとした。この匂いを嗅いだことがあったから。でも、いつも何の匂いか分からなかった。分からないけど、ふとした時にする香り。練習からあがって部室に戻った時。水を飲みに水道の方へ向かった時。何処となくほんのり漂っていたもの。いつもいい匂いだな、くらいにしか思ってなかった。まさかそれが彼女の使うハンドクリームだったとは思わなかった。怪我した手に塗り込んでいる琴璃。包帯部分に付かないように、慎重に。でもどこかやりづらそうだ。十数秒で終わることを彼女は1分ほどかけてしていた。その間、その細くて白い指を鳳は見つめていた。
ティータイムも終わって琴璃がそろそろ帰ろうか、と鳳を促す。
「あ、」
「どうしたんですか?」
「カップまだ洗ってないのにクリーム塗っちゃった」
「俺が片付けるんで大丈夫ですよ」
ごめんね、と言いながら琴璃が2つのカップを流しへ運ぼうとしたので、慌てて鳳がそれを受け取る。洗う間も申し訳なさそうに隣に立っていた。せめて拭くね、と鳳が洗ったカップを受け取り、丁寧に拭いてまたもとの棚へしまった。いたずらげに笑い、これで証拠隠滅だね、と言いながら。
琴璃は背を向けてマフラーを巻いている。鳳はさっきから気になっていることがあった。
「右手は塗らないんですか?」
彼女はさっき片手しかハンドクリームを塗ってなかった。 宍戸あたりはそんなのどうでもいいだろ、とか言いそうな事。宍戸に限らず誰もいちいち気にしないだろう。でも鳳はなんとなく気になってしまった。好きな香りをもう少し感じていたかったからかもしれない。
「え?あ、うん。流石にこれじゃ無理だから」
笑いながら琴璃は手を見せる。これでは塗り広げることはできない、と。そう言いたいようだ。
「あの。よければ、俺が」
「ん?」
「俺が、塗ります」
「え?」
何を言ってるんだろうと自分でも思う。彼女もそんな表情をしていた。じわじわこみ上げてくる気恥ずかしさ。顔が熱い。今日の自分は予期せぬことばかり言っている。気持ちが整う前に、言葉が先に出てしまうのだ。
「や、その、片手だけでは物足りないんじゃないかと、思いまして…… すみません」
琴璃は肩に掛けた鞄を再び机に置いた。中から先程の檸檬色のチューブを取り出す。それを鳳に渡して、
「ありがとう。じゃあ、お願いします」
机にそっと右手を置いた。
「あった!これ」
「紅茶の瓶ですかね」
「すごいね鳳くん。見ただけで分かるなんて。わたし蓋あけて匂い嗅ぐまで分かんなかった」
ラベルは英語ではない外国語で書かれている。かろうじてスリランカという国名だけは分かった。何故こんなものが部室にあるのか。
「跡部さんのですね」
「あたり!こないだ掃除した時に見つけてずっと気になってたんだよね。絶対高いやつだから、いつかこっそり飲みたいなーって思ってさ。あ、一緒に飲んだら鳳くんも共犯だからね」
「分かりました。他言無用ですね」
それを聞いて琴璃が嬉しそうにポットに手を伸ばす。
「先輩、俺がやるんで座って休んでてください」
「そんな気使わなくて大丈夫だよ。手伝ってもらったお礼だから」
「でも怪我してる人にさせるわけには」
言われて琴璃は改めて自分の手を見る。瓶を開けるにも一苦労。さすがにこんな手じゃ覚束無い。お言葉に甘えて親切な彼にお願いすることにした。
「砂糖もミルクもレモンもないですね」
「いいよいいよ、そのままで。レモンなんて浮かべたらせっかくの風味が損われるじゃねぇの」
「えっ?」
「似てた?今の、跡部くんの真似」
聞くわりにはちっとも本人に寄せてない。けれど別に似てるかどうかなんて鳳はどうでもよかった。楽しそうに彼女が言うから。ただそれにつられて笑ってしまう。鳳が琴璃の前にティーカップを置く。これまたどこのものか分からないが確実に高いであろうカップ。完全に跡部の私物と見た。良い香りと湯気が室内にやんわり広がる。琴璃と向かい合うように腰掛けた。
「ありがとう。いただきまーす」
まだ少し熱い紅茶をゆっくりと飲む。こんなに近くにいる。憧れの先輩。毎日会うし、話もするけど、今この時間は普段とは全く違う。そう思うと途端に緊張してきた。先輩は今、自分といて楽しいだろうか。そんな余計な事まで頭に浮かぶ。
「落ち着くね」
「そうですね。飲みやすいですね、これ」
「紅茶もそうなんだけど、鳳くんといるとなんだか落ち着く」
「そう、ですか?」
「ふふ。だって、きっと亮ちゃんだったら紅茶を落ち着いて飲むイメージないし。跡部くんは逆にこっちが緊張しそう」
不意に出た2人の先輩の名前。鳳は不思議な感覚になった。自分も知ってる人たちなのに。彼女が言うと2人が別の誰かのように感じる。
彼女が宍戸を“亮ちゃん”と呼ぶのは長い付き合いからだし、跡部の紅茶を勝手に開けたのも彼女が信頼してるせいだ。そんなのは分かってる。分かっていても、それでも急に遠い存在に感じた。宍戸達は彼女と学年が一緒ということもあってそれなりに仲が良い。比べて自分と彼女はただ同じテニス部というだけ。それ以外に繋ぐものは何もない。
「……琴璃先輩は、先輩方と仲が良いですね」
「先輩方って?レギュラーのみんなのこと?」
「そう……、ですね」
「まぁマネージャーだからね、一応」
「そう……ですよね」
そんなの当たり前なのに。話題を作りたくて咄嗟に出た言葉。琴璃は特に何とも思ってないふうだった。自分だけが挙動不審になってる。一旦落ち着こうとカップに口をつけた。やや冷めた紅茶を飲んだ。
「でも、先輩方だけじゃないと思うけど?」
琴璃はもう紅茶を飲み終え、何やら自分の鞄の中を漁っていた。
「“後輩くん”たちとも、仲良しだと思ってるんだけどなあ」
「え」
「もしかして、わたしの思い上がりだったら申し訳ないんだけど」
「いえ、そんなことはありません、俺なんていつもお世話になってばかりで」
「ふふ。ありがとう」
満足そうに琴璃は笑う。鳳は恥ずかしくなった。先輩に少しでも嫉妬した事を。琴璃は自分たち2年のこともいつも一生懸命考えてくれている。やっぱり優しい人だなと思う。
不意に彼女が鞄からチューブ型の何かを取り出す。それはハンドクリームだった。キャップを開けて、それを怪我したほうの手の甲に少しだけ付ける。
部屋に広がる紅茶の香りはほとんど消えて、代わりに広がるシトラスのような柑橘系の香り。鳳ははっとした。この匂いを嗅いだことがあったから。でも、いつも何の匂いか分からなかった。分からないけど、ふとした時にする香り。練習からあがって部室に戻った時。水を飲みに水道の方へ向かった時。何処となくほんのり漂っていたもの。いつもいい匂いだな、くらいにしか思ってなかった。まさかそれが彼女の使うハンドクリームだったとは思わなかった。怪我した手に塗り込んでいる琴璃。包帯部分に付かないように、慎重に。でもどこかやりづらそうだ。十数秒で終わることを彼女は1分ほどかけてしていた。その間、その細くて白い指を鳳は見つめていた。
ティータイムも終わって琴璃がそろそろ帰ろうか、と鳳を促す。
「あ、」
「どうしたんですか?」
「カップまだ洗ってないのにクリーム塗っちゃった」
「俺が片付けるんで大丈夫ですよ」
ごめんね、と言いながら琴璃が2つのカップを流しへ運ぼうとしたので、慌てて鳳がそれを受け取る。洗う間も申し訳なさそうに隣に立っていた。せめて拭くね、と鳳が洗ったカップを受け取り、丁寧に拭いてまたもとの棚へしまった。いたずらげに笑い、これで証拠隠滅だね、と言いながら。
琴璃は背を向けてマフラーを巻いている。鳳はさっきから気になっていることがあった。
「右手は塗らないんですか?」
彼女はさっき片手しかハンドクリームを塗ってなかった。 宍戸あたりはそんなのどうでもいいだろ、とか言いそうな事。宍戸に限らず誰もいちいち気にしないだろう。でも鳳はなんとなく気になってしまった。好きな香りをもう少し感じていたかったからかもしれない。
「え?あ、うん。流石にこれじゃ無理だから」
笑いながら琴璃は手を見せる。これでは塗り広げることはできない、と。そう言いたいようだ。
「あの。よければ、俺が」
「ん?」
「俺が、塗ります」
「え?」
何を言ってるんだろうと自分でも思う。彼女もそんな表情をしていた。じわじわこみ上げてくる気恥ずかしさ。顔が熱い。今日の自分は予期せぬことばかり言っている。気持ちが整う前に、言葉が先に出てしまうのだ。
「や、その、片手だけでは物足りないんじゃないかと、思いまして…… すみません」
琴璃は肩に掛けた鞄を再び机に置いた。中から先程の檸檬色のチューブを取り出す。それを鳳に渡して、
「ありがとう。じゃあ、お願いします」
机にそっと右手を置いた。