レモングラスヴァーベナ
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「跡部くん、お願いがあるんだけど」
練習後、部員たちが着替え終えたのを見計らって琴璃が奥の部屋から顔を出す。そして帰ろうとしていた跡部に声をかけた。
「今日少し残ってもいいかな。鍵はわたしがかけるから」
「理由は?」
「データの整理が終わったから、これを棚にしまっちゃいたいの」
琴璃は自身の後ろにある段ボール箱を指差して言った。中身は今までの他校との練習試合や大会で記録したディスクの山だった。それらが綺麗にファイリングされている。
「まだ全部終わったわけじゃないんだけど、整理できたものから閉まっちゃいたくて」
「そんなの部活中にやればいいだろが」
「それはそう……なんだけど」
尤もな事を言われて琴璃は黙る。そこにささやかな助け船が出される。飛び込んできたのは岳人だった。
「琴璃は他にもいろんな仕事があるんだよ!暇みたいに言うんじゃねぇっ」
「そーだそーだっ」
岳人に続けとジローも入ってきた。鳳もその通りだと内心で思っていた。決して部長を前にしてそんな口は利けないが。
「べつに琴璃が暇してるだなんて言ってねぇだろが。まぁいい。施錠を忘れるなよ。それと、残ったとしても8時前にはあがれ」
「うん、ありがとね」
跡部は琴璃に鍵を渡そうとしたが、流石に彼女の手に気づいた。
「お前、どうしたそれ」
「あ、これは今日の体育でちょっと」
「そんなんで残って作業できんのかよ。急ぎのものでもねぇだろ」
「うーん、そうなんだけどできるうちにやっとくと後で楽かなって」
「その右手で、今ができるうちだと言いたいのか?」
「できるよ、大丈夫」
跡部を相手に一歩も退かない。部長と対等にここまで話せる女子はきっとこの人ぐらいなんだろうな、と鳳は思った。若干、勢いで言ってる所もあるけど。跡部に立ち向かう琴璃をいけいけ、とジローが応援してる。この2人が話し合う時はいつだって琴璃の味方をする。それは日頃、跡部に勝てない彼の小さな反撃だった。跡部本人はそんな事ちっとも気にしていないのだが。
「ったく仕方ねぇな。お前の熱意に免じて許可してやる」
「やった!ありがと」
「その代わり、誰か残らせるからソイツとやれ。いいな?」
「え、でも悪いよ」
「悪くはねぇだろ。そのデータの山は俺たちの試合記録なんだから無関係なわけがない。それに、どのみちお前の身長じゃあそこの棚にはぎりぎり届くかってところだろう。しかもお前は右手を負傷している」
琴璃は今度は何も言い返せなかった。跡部の的確な指摘に返す言葉なんてない。データのディスクたちをしまいたい棚の位置は琴璃の頭2つ分ほど上にある場所だった。背伸びして、4本指になった右手を使っての作業は誰がどう見ても危なっかしい。
「あの、俺が残ります」
気づいたら声を出していた。挙手までして発言した鳳に全員の視線が集中する。
「鳳?」
「誰か残るなら俺が残ります。俺、2年で後輩ですから」
「そういう見解なら俺も残る対象だ」
と言って、奥から日吉が姿を現した。
「あ、でも高い場所だから身長ある俺が残るよ」
すごく爽やかに言われても、日吉には嫌味以外の何でもなかった。は?、と鳳に向かってガン飛ばす。それを宍戸が宥めつつ、笑いを必死に圧し殺していた。日吉だって決して小さくはないのに。180センチ以上ある人間に言われたらどうしようもない。
「……ウス」
今度は樺地が跡部の背後から一歩前に出てきた。琴璃の後輩でもありレギュラー陣で最も高身長の持ち主。道理にかなっている。
「でも……そうだ、樺地は跡部さんの護衛があるだろうし」
ぶっは、と誰かが盛大に吹いた。でも鳳は笑っていなかった。樺地は何も言わない。笑ったのは忍足だった。琴璃はおろおろしている。はぁ、と跡部がため息を吐いた。
「琴璃、鳳が残ると言うから手伝ってもらえ」
「え、いいの?鳳くん」
「熱烈なラブコールだからお前が気にする事はねぇだろ。なぁ?」
「あ、や……、はいっ、自分が責任持ってお手伝いします」
急に跡部にふられて焦る。しどろもどろの鳳の背を忍足がたたいた。
「よう勝ち取ったわぁ。ほな、俺ら帰るで」
「あ、はい、お疲れ様です」
ぞろぞろと皆が部室から出ていく。日吉は最後にもう一度鳳をひと睨みしてきた。宍戸と岳人は何やらにやにやしながら元気に出ていった。跡部から鍵を受け取り、あっという間に2人だけが残された。
「ごめんね、鳳くん……」
後ろから弱々しい声がした。琴璃の眉が綺麗にハの字に下がっている。
「全然気にしないでください!自分がすすんで残ると言ったので」
「ありがとね。……ふふっ」
「先輩?」
「だって、樺地くんは跡部くんの護衛だなんて、言うから、今さらおかしくて……あはは」
ボディーガードじゃあるまいし、と笑っている。
でも、ああでも言わなきゃ満場一致で樺地に決まりそうだったから。必死に思い付いたのがそれしかなかったのだ。跡部に意見するなんてそうそうない。あんな物言いをしたのを自分が一番驚いている。けど、今回はどうしても譲れなかった。
「本当に大丈夫?何か予定なかった?」
「大丈夫ですし何もないですよ」
むしろ感謝をしたい。自分が願った展開で、憧れの人と居られる時間が増えた事に。だが浮かれている場合ではなく残ったからには役に立たないと。
「これ向こうに運びますね」
「ありがとう。わたしが順番に並び替えるから、どんどんしまってっちゃってくれる?」
「分かりました」
琴璃では脚立を必要とする場所を、鳳はそんなもの必要とせず次々しまってゆく。作業をするとなると会話はほぼなかった。物がてきぱきと片付いてゆく。真面目なマネージャーと真面目な後輩。最後の段ボールの底が見えた頃には、作業を始めて1時間ほど経っていた。
「これで最後かな」
「はい」
琴璃からファイルの束を受け取った、その瞬間に、僅かに触れた彼女の手。
「あっ、すいません」
「ん?」
鳳は慌てて手を退ける。琴璃は何に謝られたのか分かっていないようだった。自分ばかりが意識している。少しだけもどかしい気持ちになった。でもこれ以上は望まない。一緒に居残れただけで奇跡的だったから、自分の気持ちを押し付けるのは違うと思った。
「鳳くんありがとう。おかげで助かったよ。やっぱりわたし1人じゃ今日中は無理だったな」
「この量をさすがに1人でやるのは大変だと思います」
時刻は夜の7時を過ぎる頃。跡部の言い付けどおり時間内に終わらせることができた。
「わぁー、外寒そう」
外気との温度差で曇った窓を琴璃が擦っている。外は真っ暗で何も見えない。他の部活動もとっくに練習を終えたようだ。
「鳳くん、帰る前に暖かいもの飲んで帰ろうよ」
「あ、でしたら自分買ってきますよ」
「ううん、ちょっと気になってたのがあるんだ」
そう言って部屋から出てゆく琴璃。鳳は不思議に思いながらそのあとをついていった。
練習後、部員たちが着替え終えたのを見計らって琴璃が奥の部屋から顔を出す。そして帰ろうとしていた跡部に声をかけた。
「今日少し残ってもいいかな。鍵はわたしがかけるから」
「理由は?」
「データの整理が終わったから、これを棚にしまっちゃいたいの」
琴璃は自身の後ろにある段ボール箱を指差して言った。中身は今までの他校との練習試合や大会で記録したディスクの山だった。それらが綺麗にファイリングされている。
「まだ全部終わったわけじゃないんだけど、整理できたものから閉まっちゃいたくて」
「そんなの部活中にやればいいだろが」
「それはそう……なんだけど」
尤もな事を言われて琴璃は黙る。そこにささやかな助け船が出される。飛び込んできたのは岳人だった。
「琴璃は他にもいろんな仕事があるんだよ!暇みたいに言うんじゃねぇっ」
「そーだそーだっ」
岳人に続けとジローも入ってきた。鳳もその通りだと内心で思っていた。決して部長を前にしてそんな口は利けないが。
「べつに琴璃が暇してるだなんて言ってねぇだろが。まぁいい。施錠を忘れるなよ。それと、残ったとしても8時前にはあがれ」
「うん、ありがとね」
跡部は琴璃に鍵を渡そうとしたが、流石に彼女の手に気づいた。
「お前、どうしたそれ」
「あ、これは今日の体育でちょっと」
「そんなんで残って作業できんのかよ。急ぎのものでもねぇだろ」
「うーん、そうなんだけどできるうちにやっとくと後で楽かなって」
「その右手で、今ができるうちだと言いたいのか?」
「できるよ、大丈夫」
跡部を相手に一歩も退かない。部長と対等にここまで話せる女子はきっとこの人ぐらいなんだろうな、と鳳は思った。若干、勢いで言ってる所もあるけど。跡部に立ち向かう琴璃をいけいけ、とジローが応援してる。この2人が話し合う時はいつだって琴璃の味方をする。それは日頃、跡部に勝てない彼の小さな反撃だった。跡部本人はそんな事ちっとも気にしていないのだが。
「ったく仕方ねぇな。お前の熱意に免じて許可してやる」
「やった!ありがと」
「その代わり、誰か残らせるからソイツとやれ。いいな?」
「え、でも悪いよ」
「悪くはねぇだろ。そのデータの山は俺たちの試合記録なんだから無関係なわけがない。それに、どのみちお前の身長じゃあそこの棚にはぎりぎり届くかってところだろう。しかもお前は右手を負傷している」
琴璃は今度は何も言い返せなかった。跡部の的確な指摘に返す言葉なんてない。データのディスクたちをしまいたい棚の位置は琴璃の頭2つ分ほど上にある場所だった。背伸びして、4本指になった右手を使っての作業は誰がどう見ても危なっかしい。
「あの、俺が残ります」
気づいたら声を出していた。挙手までして発言した鳳に全員の視線が集中する。
「鳳?」
「誰か残るなら俺が残ります。俺、2年で後輩ですから」
「そういう見解なら俺も残る対象だ」
と言って、奥から日吉が姿を現した。
「あ、でも高い場所だから身長ある俺が残るよ」
すごく爽やかに言われても、日吉には嫌味以外の何でもなかった。は?、と鳳に向かってガン飛ばす。それを宍戸が宥めつつ、笑いを必死に圧し殺していた。日吉だって決して小さくはないのに。180センチ以上ある人間に言われたらどうしようもない。
「……ウス」
今度は樺地が跡部の背後から一歩前に出てきた。琴璃の後輩でもありレギュラー陣で最も高身長の持ち主。道理にかなっている。
「でも……そうだ、樺地は跡部さんの護衛があるだろうし」
ぶっは、と誰かが盛大に吹いた。でも鳳は笑っていなかった。樺地は何も言わない。笑ったのは忍足だった。琴璃はおろおろしている。はぁ、と跡部がため息を吐いた。
「琴璃、鳳が残ると言うから手伝ってもらえ」
「え、いいの?鳳くん」
「熱烈なラブコールだからお前が気にする事はねぇだろ。なぁ?」
「あ、や……、はいっ、自分が責任持ってお手伝いします」
急に跡部にふられて焦る。しどろもどろの鳳の背を忍足がたたいた。
「よう勝ち取ったわぁ。ほな、俺ら帰るで」
「あ、はい、お疲れ様です」
ぞろぞろと皆が部室から出ていく。日吉は最後にもう一度鳳をひと睨みしてきた。宍戸と岳人は何やらにやにやしながら元気に出ていった。跡部から鍵を受け取り、あっという間に2人だけが残された。
「ごめんね、鳳くん……」
後ろから弱々しい声がした。琴璃の眉が綺麗にハの字に下がっている。
「全然気にしないでください!自分がすすんで残ると言ったので」
「ありがとね。……ふふっ」
「先輩?」
「だって、樺地くんは跡部くんの護衛だなんて、言うから、今さらおかしくて……あはは」
ボディーガードじゃあるまいし、と笑っている。
でも、ああでも言わなきゃ満場一致で樺地に決まりそうだったから。必死に思い付いたのがそれしかなかったのだ。跡部に意見するなんてそうそうない。あんな物言いをしたのを自分が一番驚いている。けど、今回はどうしても譲れなかった。
「本当に大丈夫?何か予定なかった?」
「大丈夫ですし何もないですよ」
むしろ感謝をしたい。自分が願った展開で、憧れの人と居られる時間が増えた事に。だが浮かれている場合ではなく残ったからには役に立たないと。
「これ向こうに運びますね」
「ありがとう。わたしが順番に並び替えるから、どんどんしまってっちゃってくれる?」
「分かりました」
琴璃では脚立を必要とする場所を、鳳はそんなもの必要とせず次々しまってゆく。作業をするとなると会話はほぼなかった。物がてきぱきと片付いてゆく。真面目なマネージャーと真面目な後輩。最後の段ボールの底が見えた頃には、作業を始めて1時間ほど経っていた。
「これで最後かな」
「はい」
琴璃からファイルの束を受け取った、その瞬間に、僅かに触れた彼女の手。
「あっ、すいません」
「ん?」
鳳は慌てて手を退ける。琴璃は何に謝られたのか分かっていないようだった。自分ばかりが意識している。少しだけもどかしい気持ちになった。でもこれ以上は望まない。一緒に居残れただけで奇跡的だったから、自分の気持ちを押し付けるのは違うと思った。
「鳳くんありがとう。おかげで助かったよ。やっぱりわたし1人じゃ今日中は無理だったな」
「この量をさすがに1人でやるのは大変だと思います」
時刻は夜の7時を過ぎる頃。跡部の言い付けどおり時間内に終わらせることができた。
「わぁー、外寒そう」
外気との温度差で曇った窓を琴璃が擦っている。外は真っ暗で何も見えない。他の部活動もとっくに練習を終えたようだ。
「鳳くん、帰る前に暖かいもの飲んで帰ろうよ」
「あ、でしたら自分買ってきますよ」
「ううん、ちょっと気になってたのがあるんだ」
そう言って部屋から出てゆく琴璃。鳳は不思議に思いながらそのあとをついていった。