レモングラスヴァーベナ
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憧れの人がいる。別に、両思いになりたいとか、恋人同士の関係になりたいだなんて思っていない。もしそうなったらとても幸せなんだとは思う。もっと近くで彼女の事を見ていられるだろうから。でもそれはちょっと我が儘な願いだな、と鳳は思った。彼女は皆にとっても大事な存在だから、自分だけが独り占めしてはいけない気がする。今の雰囲気を壊す様なことを自分がしてはいけないから。
「でね、こないだ新発売のやつ思いきって買っちゃったの。……聞いてる?鳳くん」
「え?あ、ごめん。なんだっけ」
今は放課後。日直当番なので教室の掃除をしている。同じく当番の女子生徒がしきりに話しかけてきてた。だが鳳はほとんどその内容を聞いていなかった。名前を呼ばれてようやく我にかえる。
「どうしたの?なんかぼーっとしてたよ」
「あ、いやちょっと」
「もしかして頭痛いとか?いっしょに保健室行く?」
「いや大丈夫だよ、ありがとう」
彼女が前のめりに次々話しかけてくる。それをやんわり断り作業を続けた。でも手を止める事はなくても心ここに在らず。今日はどんな練習メニューで何を話せるだろうか。そんな事ばかり考えている。
「ーーーで、そのあと駅ビルに帰りに寄ったんだー」
彼女のおしゃべりが再開する。鳳と日直当番になって喜びを隠せない。勢いは止まることなく、自分の話を聞かせるのに夢中だ。鳳はそれを聞きながら黙々と掃除をする。さっき、聞いてる?なんて聞かれてしまったから今度は時々相づちを交ぜながら。机を拭いて植木に水をやり黒板を綺麗にしてゆく。どう見ても彼女のほうはぺらぺらと口を動かすだけで何もしていない。
「じゃーんっ」
鳳が席について日誌を開いた時、彼女が目の前に両手を突き出してきた。
「えと、なんだろ」
「ネイルだよ!かわいいでしょ?昨日やってもらったんだ」
10本の爪が光沢のあるピンク色に施されていた。ラインストーンがごてごてくっついている。かわいいか、と聞かれて素直に頷けないのは鳳の性分だ。かわいいというよりはどこまでも派手な印象だった。けれど彼女はそんなのお構い無しに話を続ける。
「鳳くんて、手の綺麗な子がタイプなんでしょ?」
「え、そんな事言ったかな」
「えー?嘘ぉ。だってそういう情報流れてたんだよ」
出所は知った事ではないが、本人が否定しているのだ。彼女は残念そうに自分の両手を見た。鳳の為にネイルをしたなんて、殆ど嘘だ。話のきっかけにしたかったのだろう。
「よし、終わった」
「ありがとー」
無駄話の相手をしながらも日誌をさっさと書き終えた。本当に全部1人でやったようなものだ。別に彼女に文句を言うつもりないけれど。自分も大して話を聞いてなかったので責める気もなかった。そんな事よりとにかく今は早く部活に行きたい。机の上とペンを片付け、テニスバッグを持つ。
「待って!」
立ち去ろうとする鳳の腕を彼女が慌てて掴んだ。
「鳳くんのこと好きなの。付き合ってくれないかな?」
いきなりそんな事を言われて鳳は驚く。突然の告白。でも答えは決まっている。彼女の正面に体を向き直して、深呼吸して、申し訳なく呟いた。
「……ごめん」
手の綺麗な人がタイプだなんて。誰が流した情報だろう。部室に向かいながら今更疑問に思った。確かに手が綺麗な人のほうが好感が持てる。あながち間違いじゃない、けど好みのタイプとして挙げる点ではない。
それにしてもさっきの彼女の手は、はたして綺麗の部類に入るのだろうか。爪はかなりの長さに伸びていた。あれで人を傷つけたりしないのかと思うほどに。
「おーす長太郎」
テニスコートが見えてきて、鳳の姿をとらえた宍戸が手を降ってきた。
「宍戸さん。すいません、日直で遅れました」
「あー知ってる。アップしとくから着替えたら来いよ」
「はいっ」
会釈をして部室まで小走りに向かう中、お疲れ様、と声を掛けられた。
「!琴璃先輩、お疲れ様です」
鳳に手を振って琴璃は奥のコートに行ってしまった。つまり宍戸のいたコートだ。自分も早く着替えて向かおうと急いで部室に入った。
琴璃は鳳の1つ上の学年でマネージャー業を担っている。鳳が高等部に上がってテニス部に入った時には既に彼女はいた。いつも宍戸と仲良く話している。同じクラスでもあるからだろう。宍戸鳳ペアの特訓を一生懸命サポートしてくれる。鳳が宍戸に言いづらい事があっても、その思いを汲んで琴璃が代わりに伝えてくれた事も。とにかく良く気が利く人だなと思う。誰からも好かれ仕事もできる、レギュラー陣にとって大切な存在。
猛スピードで着替えてコートに着くと、いつものように2人は話をしていた。何やら琴璃が話しているのを宍戸が聞いて時々笑ったりなんかもしている。端から見たらとても楽しそうに映る。だからほんの少しだけ、心がざわついた。その理由を鳳は自覚している。
「お、はえーな。んじゃやるか。今日はシングルス形式で打ち合おうぜ」
「はい」
「あ、鳳くんちょっと待って」
コートに入ろうとした鳳を琴璃が呼び止める。
「シューズの紐、ほどけそう。ラケット持ってるから結び直してね」
「あ……すみません」
差し出された琴璃の掌を見た時に異変に気づいた。
「どうしたんですか、その手」
「あはは、実は今日の体育の授業で突き指しちゃって」
琴璃の右手の5本指のうち、2本が包帯でぐるぐる巻きにされていてそれが1本の指になっている。それでも器用に鳳のラケットを受け取った。反対の手はスコアブックとストップウォッチで塞がっていたので使えないようだ。
「大袈裟だよね保健の先生の巻き方」
「でも、すごく痛そうです。どうしてそんな事に……」
「バレーだったんだけど、トスきめようとしたら変な方向に曲がっちゃったの。骨には異常ないから大丈夫でしょ」
さらりと他人事のように琴璃が言うから、どう返していいか一瞬分からなかった。一緒になって笑うべきか、でも怪我をしているんだから笑ったら失礼じゃないかとか。色々考えてるうちに向こうで宍戸がいくぞー、と叫んだ。
琴璃からラケットを受け取る。その時わずかに手が触れた。自分よりもずっと小さい彼女の手。爪には何も装飾されてない。それくらいしか分からなかったけど、とにかく冷たかった。寒さで指先まで冷えてしまっている。
反対に自分は今、熱を帯びていた。掌がやたら熱い。
「がんばってね」
「ありがとう、ございます」
だから琴璃の冷たさが心地よかった。もう少し触れていられたら、なんてらしくない考えを起こしたほどに。
「でね、こないだ新発売のやつ思いきって買っちゃったの。……聞いてる?鳳くん」
「え?あ、ごめん。なんだっけ」
今は放課後。日直当番なので教室の掃除をしている。同じく当番の女子生徒がしきりに話しかけてきてた。だが鳳はほとんどその内容を聞いていなかった。名前を呼ばれてようやく我にかえる。
「どうしたの?なんかぼーっとしてたよ」
「あ、いやちょっと」
「もしかして頭痛いとか?いっしょに保健室行く?」
「いや大丈夫だよ、ありがとう」
彼女が前のめりに次々話しかけてくる。それをやんわり断り作業を続けた。でも手を止める事はなくても心ここに在らず。今日はどんな練習メニューで何を話せるだろうか。そんな事ばかり考えている。
「ーーーで、そのあと駅ビルに帰りに寄ったんだー」
彼女のおしゃべりが再開する。鳳と日直当番になって喜びを隠せない。勢いは止まることなく、自分の話を聞かせるのに夢中だ。鳳はそれを聞きながら黙々と掃除をする。さっき、聞いてる?なんて聞かれてしまったから今度は時々相づちを交ぜながら。机を拭いて植木に水をやり黒板を綺麗にしてゆく。どう見ても彼女のほうはぺらぺらと口を動かすだけで何もしていない。
「じゃーんっ」
鳳が席について日誌を開いた時、彼女が目の前に両手を突き出してきた。
「えと、なんだろ」
「ネイルだよ!かわいいでしょ?昨日やってもらったんだ」
10本の爪が光沢のあるピンク色に施されていた。ラインストーンがごてごてくっついている。かわいいか、と聞かれて素直に頷けないのは鳳の性分だ。かわいいというよりはどこまでも派手な印象だった。けれど彼女はそんなのお構い無しに話を続ける。
「鳳くんて、手の綺麗な子がタイプなんでしょ?」
「え、そんな事言ったかな」
「えー?嘘ぉ。だってそういう情報流れてたんだよ」
出所は知った事ではないが、本人が否定しているのだ。彼女は残念そうに自分の両手を見た。鳳の為にネイルをしたなんて、殆ど嘘だ。話のきっかけにしたかったのだろう。
「よし、終わった」
「ありがとー」
無駄話の相手をしながらも日誌をさっさと書き終えた。本当に全部1人でやったようなものだ。別に彼女に文句を言うつもりないけれど。自分も大して話を聞いてなかったので責める気もなかった。そんな事よりとにかく今は早く部活に行きたい。机の上とペンを片付け、テニスバッグを持つ。
「待って!」
立ち去ろうとする鳳の腕を彼女が慌てて掴んだ。
「鳳くんのこと好きなの。付き合ってくれないかな?」
いきなりそんな事を言われて鳳は驚く。突然の告白。でも答えは決まっている。彼女の正面に体を向き直して、深呼吸して、申し訳なく呟いた。
「……ごめん」
手の綺麗な人がタイプだなんて。誰が流した情報だろう。部室に向かいながら今更疑問に思った。確かに手が綺麗な人のほうが好感が持てる。あながち間違いじゃない、けど好みのタイプとして挙げる点ではない。
それにしてもさっきの彼女の手は、はたして綺麗の部類に入るのだろうか。爪はかなりの長さに伸びていた。あれで人を傷つけたりしないのかと思うほどに。
「おーす長太郎」
テニスコートが見えてきて、鳳の姿をとらえた宍戸が手を降ってきた。
「宍戸さん。すいません、日直で遅れました」
「あー知ってる。アップしとくから着替えたら来いよ」
「はいっ」
会釈をして部室まで小走りに向かう中、お疲れ様、と声を掛けられた。
「!琴璃先輩、お疲れ様です」
鳳に手を振って琴璃は奥のコートに行ってしまった。つまり宍戸のいたコートだ。自分も早く着替えて向かおうと急いで部室に入った。
琴璃は鳳の1つ上の学年でマネージャー業を担っている。鳳が高等部に上がってテニス部に入った時には既に彼女はいた。いつも宍戸と仲良く話している。同じクラスでもあるからだろう。宍戸鳳ペアの特訓を一生懸命サポートしてくれる。鳳が宍戸に言いづらい事があっても、その思いを汲んで琴璃が代わりに伝えてくれた事も。とにかく良く気が利く人だなと思う。誰からも好かれ仕事もできる、レギュラー陣にとって大切な存在。
猛スピードで着替えてコートに着くと、いつものように2人は話をしていた。何やら琴璃が話しているのを宍戸が聞いて時々笑ったりなんかもしている。端から見たらとても楽しそうに映る。だからほんの少しだけ、心がざわついた。その理由を鳳は自覚している。
「お、はえーな。んじゃやるか。今日はシングルス形式で打ち合おうぜ」
「はい」
「あ、鳳くんちょっと待って」
コートに入ろうとした鳳を琴璃が呼び止める。
「シューズの紐、ほどけそう。ラケット持ってるから結び直してね」
「あ……すみません」
差し出された琴璃の掌を見た時に異変に気づいた。
「どうしたんですか、その手」
「あはは、実は今日の体育の授業で突き指しちゃって」
琴璃の右手の5本指のうち、2本が包帯でぐるぐる巻きにされていてそれが1本の指になっている。それでも器用に鳳のラケットを受け取った。反対の手はスコアブックとストップウォッチで塞がっていたので使えないようだ。
「大袈裟だよね保健の先生の巻き方」
「でも、すごく痛そうです。どうしてそんな事に……」
「バレーだったんだけど、トスきめようとしたら変な方向に曲がっちゃったの。骨には異常ないから大丈夫でしょ」
さらりと他人事のように琴璃が言うから、どう返していいか一瞬分からなかった。一緒になって笑うべきか、でも怪我をしているんだから笑ったら失礼じゃないかとか。色々考えてるうちに向こうで宍戸がいくぞー、と叫んだ。
琴璃からラケットを受け取る。その時わずかに手が触れた。自分よりもずっと小さい彼女の手。爪には何も装飾されてない。それくらいしか分からなかったけど、とにかく冷たかった。寒さで指先まで冷えてしまっている。
反対に自分は今、熱を帯びていた。掌がやたら熱い。
「がんばってね」
「ありがとう、ございます」
だから琴璃の冷たさが心地よかった。もう少し触れていられたら、なんてらしくない考えを起こしたほどに。
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