放電彼女
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「クソクソ!あのハゲ教師め!」
誰の事かと忍足は思った。放課後にテニス部の部室へ向かうまでの道。岳人が息巻いて悪口を言っている相手は担任の数学教師だった。
「俺にばっか当てやがるんだよ。もうこれで3日連続だぜ?」
そんなに当たるのが分かってるならちゃんと準備してくればいい話だ。そこまで目を付けられているのも気の毒だが。
「でも今日は助かったんだよ。琴璃が助けてくれた」
「琴璃ちゃんが?」
すっかり彼女と仲良くなったらしく岳人は普通に下の名で呼んでいる。
「席が俺の後ろだからさ、答えこっそり教えてくれたんだよ。マジ危なかった」
「自分、女の子に助けてもらって恥ずかしくないん」
「しょうがねえだろ、まさか今日も当てられるなんて思ってなかったんだからよ!」
痛いところをつかれて岳人は動揺した。
「あいつ頭いいんだな。ノートびっちり書き込まれてたぜ?」
「そら、岳人と比べたら失礼やろ」
「あんだと!」
ぎゃあぎゃあ煩い相棒にお構いなしで、忍足はふと思った。氷帝に編入できるくらいなのだから琴璃は頭が良いに違いない。財閥の息子だったり資産家の娘などがここには多く在籍している。でも見たところ、琴璃はお金持ちのお嬢様といったようではない。正真正銘の実力で入ってきたのだろう。
「ま、俺や岳人やジローや宍戸なんかもおるから、決してそうとも言いきれんけどな」
「あ?何言ってんだ、侑士」
「何でもあらへん。せやかて、そろそろ期末試験の時期やん。ちゃんと勉強せな、また赤点騒ぎになるで」
「ちぇ。嫌な事思い出させんなよ……」
岳人が明らかに不機嫌になる。今回の試験は、岳人とジローのどちらが勝つのだろう。テニス部の中でほぼ2人は横並びである。毎回、似たり寄ったりで進歩がないから、どうせ今回もそんなところだろうと忍足は思った。
「うわー、すげえ暗いな。昼間あんなにいい天気だったのにな」
「せやな」
雲が広がってきたのはほんの数分前。みるみる内に空が暗い色へと変わっていった。やがてゴロゴロと嫌な音が聞こえ出す。
「雷じゃん。げえーっ、これ、降るぜ?どうすんだろな練習。また中で筋トレか?」
「せやなあ」
岳人が靴に履き替えながらため息を吐く。天候によっては屋内で練習になるのだが、大会前でなければ大方筋トレメニューをこなすが、岳人にとってはそれがあまり好きではなかった。しぶしぶ言いながらも部室への道を2人で歩く。その時、一瞬眩しくなり騒しい音が間近で鳴った。
「うおっ、落ちた!どこだ、あれ」
「交友棟のほうやな」
綺麗に1本の光の線が氷帝の建物に落ちた気がした。周りにいた生徒が騒ぎだす。氷帝は広いから避雷針も備わっているのに。何故あんな方面に落ちたのか。なんとなく、嫌な予感がした。自分の荷物を岳人に押し付ける。
「すまん岳人、先行っといてくれや」
「な、ちょっ、またかよっ」
あの時みたいに全速力で走った。もう辺りは暗い。何人かの生徒を抜き去った時、誰かに呼ばれた気がする。でも返事はできなかった。広場を抜け校舎に入り、やがてホールのような場所についた。
「琴璃ちゃん」
琴璃は階段下の死角になるような場所にいた。まるで誰かから隠れるように。座り込んで、泣いていた。慌てて目を擦ったようだがすぐ分かった。まさか雷呼んだのはこの子なのかと思ったけど、今朝の天気予報で夕方から雨模様だと言っていたのを今更思い出した。偶々だったんだろう。今の天気と彼女の状態があまりに一緒なのは。
何を言うわけもなく、忍足は琴璃の隣に座り込んだ。そのまま話してくれるのをじっと待った。
「こないだの人達が、教室に残ってて話し声が聞こえたの。2人が……侑士くんの事悪く言ってた」
初日に教室で琴璃に言い寄っていた男子生徒の事だ。彼らは確か彼女と同じクラスだった、という事だけ知っていた。後になって琴璃から、サッカー部のマネージャーになってくれと迫られていた事実を聞いたのだが、忍足自身は本当に何の面識もないから悪口を言われる筋合いなんてない。
「あの日侑士くんが来てくれたからわたし助かったのに、それを邪魔とか空気読めないヤツとか、もっとひどい事も言ってたの。だから、そんな事ないって話に割り込んだの。そしたら、お前みたいな転校生に興味持つ時点であいつは可笑しいって、そう笑い飛ばしてきたの」
ちっさ。内心でそう思った。女の子1人にムキになるなんて。岳人でもせーへんわ、なんて思いながら何故か笑えてくる。
「琴璃ちゃんにフラれた負け惜しみやな」
彼女は勇気を振り絞ったのだ。勇気を出して意見をした。でも真っ当な事を言っても相手は2人。しかも男なら尚更弱気になる。
「琴璃ちゃんも、なんか言われたん?」
「ううん。侑士くんを、悪く言われたのが悲しかったの。だってこんなに優しいのに、知らないくせに……人の悪口を言うのが、許せないし……悔しい」
「もう泣かんといて」
伸ばしかけた手。だがすぐに引っ込める。俯く彼女の頭を撫でてあげたかった。自分のために勇気を出してくれた彼女に触れたいと思った。今の自分を、彼女は受け入れてくれるだろうか。
「琴璃ちゃん。頭、撫でてもいいかな」
「え……」
「イヤ?」
「ううん。嫌じゃないよ」
そっと彼女の頭に手を乗せる。パチッとした感触が指に伝わった。でもそれはもう痛くはなかった。最初の頃に比べたらなんて事ないものだ。
「琴璃ちゃん、そんなんいちいち相手にする必要ないで?俺全然気にしてへん。琴璃ちゃんが分かってくれてればそれでええし」
琴璃の真っ赤な目が忍足に向く。彼女が落ち着くようにと、忍足はへらりと笑ってみせた。
「ありがとう。大事な友達を悪く言われて、そのまま見過ごす事ができなかった」
「優しい子やね」
「ごめんね、迷惑ばっかりかけて」
「気にせんでええよ。……友達、やろ?俺たち」
気弱な彼女が。男子生徒に物申すまでになった。触れても怯えなくなった。忍足をしっかり友達だと認識しているからだ。琴璃の友達になった事で、彼女は出来なかった事が出来るようになった。それは嬉しい事。
だからもっと仲良くなれば、もっと色々な事に勇気を出してくれるかもしれない。
“友達”として、仲良くなれば。
琴璃と分かれて再びコートまでの道を歩く。随分泣き腫らしていた。一人で帰れるから大丈夫だよ、という彼女の言葉を信じて別れた。
この時間は確実に遅刻である。跡部にどやされるんかな、と頭の隅で思いながら到着した。サッカー部の部室前に。
「ごめんくださーい」
「はい?」
現れたのは恐らく1年の部員。見知らぬ男が訪ねてきたので不思議な顔をしている。
「部長さんと副部長さん、おる?」
「あ、えーと今ちょっと、顧問の先生の所に行ってるみたいでいないんですけど」
「あ、そう。……ほな、ええわ」
目的の人物が居なかった。忍足はあっさりと踵をかえす。もうここに居る意味はなかった。
相手が居たら自分は何と言うつもりだったのだろうか。あの子に近寄るな、なんて格好いい事を言えたとして。それは友人としての発言に過ぎない。お前は彼女の何なんだ、と聞かれたら友達だと答える。そうすれば向こうは、彼氏でもないくせに偉そうな事言うなとでも言ってきそうだ。そしたら何の対抗もできない。下手したら彼女が変な目で見られるかもしれない。どう転んだって、今の自分に何もできない。
「かっこ悪、俺」
彼女の友達でしかない。
彼女の苦しみも笑顔も努力も知っているのに。
自分は琴璃の、ただの友達。
誰の事かと忍足は思った。放課後にテニス部の部室へ向かうまでの道。岳人が息巻いて悪口を言っている相手は担任の数学教師だった。
「俺にばっか当てやがるんだよ。もうこれで3日連続だぜ?」
そんなに当たるのが分かってるならちゃんと準備してくればいい話だ。そこまで目を付けられているのも気の毒だが。
「でも今日は助かったんだよ。琴璃が助けてくれた」
「琴璃ちゃんが?」
すっかり彼女と仲良くなったらしく岳人は普通に下の名で呼んでいる。
「席が俺の後ろだからさ、答えこっそり教えてくれたんだよ。マジ危なかった」
「自分、女の子に助けてもらって恥ずかしくないん」
「しょうがねえだろ、まさか今日も当てられるなんて思ってなかったんだからよ!」
痛いところをつかれて岳人は動揺した。
「あいつ頭いいんだな。ノートびっちり書き込まれてたぜ?」
「そら、岳人と比べたら失礼やろ」
「あんだと!」
ぎゃあぎゃあ煩い相棒にお構いなしで、忍足はふと思った。氷帝に編入できるくらいなのだから琴璃は頭が良いに違いない。財閥の息子だったり資産家の娘などがここには多く在籍している。でも見たところ、琴璃はお金持ちのお嬢様といったようではない。正真正銘の実力で入ってきたのだろう。
「ま、俺や岳人やジローや宍戸なんかもおるから、決してそうとも言いきれんけどな」
「あ?何言ってんだ、侑士」
「何でもあらへん。せやかて、そろそろ期末試験の時期やん。ちゃんと勉強せな、また赤点騒ぎになるで」
「ちぇ。嫌な事思い出させんなよ……」
岳人が明らかに不機嫌になる。今回の試験は、岳人とジローのどちらが勝つのだろう。テニス部の中でほぼ2人は横並びである。毎回、似たり寄ったりで進歩がないから、どうせ今回もそんなところだろうと忍足は思った。
「うわー、すげえ暗いな。昼間あんなにいい天気だったのにな」
「せやな」
雲が広がってきたのはほんの数分前。みるみる内に空が暗い色へと変わっていった。やがてゴロゴロと嫌な音が聞こえ出す。
「雷じゃん。げえーっ、これ、降るぜ?どうすんだろな練習。また中で筋トレか?」
「せやなあ」
岳人が靴に履き替えながらため息を吐く。天候によっては屋内で練習になるのだが、大会前でなければ大方筋トレメニューをこなすが、岳人にとってはそれがあまり好きではなかった。しぶしぶ言いながらも部室への道を2人で歩く。その時、一瞬眩しくなり騒しい音が間近で鳴った。
「うおっ、落ちた!どこだ、あれ」
「交友棟のほうやな」
綺麗に1本の光の線が氷帝の建物に落ちた気がした。周りにいた生徒が騒ぎだす。氷帝は広いから避雷針も備わっているのに。何故あんな方面に落ちたのか。なんとなく、嫌な予感がした。自分の荷物を岳人に押し付ける。
「すまん岳人、先行っといてくれや」
「な、ちょっ、またかよっ」
あの時みたいに全速力で走った。もう辺りは暗い。何人かの生徒を抜き去った時、誰かに呼ばれた気がする。でも返事はできなかった。広場を抜け校舎に入り、やがてホールのような場所についた。
「琴璃ちゃん」
琴璃は階段下の死角になるような場所にいた。まるで誰かから隠れるように。座り込んで、泣いていた。慌てて目を擦ったようだがすぐ分かった。まさか雷呼んだのはこの子なのかと思ったけど、今朝の天気予報で夕方から雨模様だと言っていたのを今更思い出した。偶々だったんだろう。今の天気と彼女の状態があまりに一緒なのは。
何を言うわけもなく、忍足は琴璃の隣に座り込んだ。そのまま話してくれるのをじっと待った。
「こないだの人達が、教室に残ってて話し声が聞こえたの。2人が……侑士くんの事悪く言ってた」
初日に教室で琴璃に言い寄っていた男子生徒の事だ。彼らは確か彼女と同じクラスだった、という事だけ知っていた。後になって琴璃から、サッカー部のマネージャーになってくれと迫られていた事実を聞いたのだが、忍足自身は本当に何の面識もないから悪口を言われる筋合いなんてない。
「あの日侑士くんが来てくれたからわたし助かったのに、それを邪魔とか空気読めないヤツとか、もっとひどい事も言ってたの。だから、そんな事ないって話に割り込んだの。そしたら、お前みたいな転校生に興味持つ時点であいつは可笑しいって、そう笑い飛ばしてきたの」
ちっさ。内心でそう思った。女の子1人にムキになるなんて。岳人でもせーへんわ、なんて思いながら何故か笑えてくる。
「琴璃ちゃんにフラれた負け惜しみやな」
彼女は勇気を振り絞ったのだ。勇気を出して意見をした。でも真っ当な事を言っても相手は2人。しかも男なら尚更弱気になる。
「琴璃ちゃんも、なんか言われたん?」
「ううん。侑士くんを、悪く言われたのが悲しかったの。だってこんなに優しいのに、知らないくせに……人の悪口を言うのが、許せないし……悔しい」
「もう泣かんといて」
伸ばしかけた手。だがすぐに引っ込める。俯く彼女の頭を撫でてあげたかった。自分のために勇気を出してくれた彼女に触れたいと思った。今の自分を、彼女は受け入れてくれるだろうか。
「琴璃ちゃん。頭、撫でてもいいかな」
「え……」
「イヤ?」
「ううん。嫌じゃないよ」
そっと彼女の頭に手を乗せる。パチッとした感触が指に伝わった。でもそれはもう痛くはなかった。最初の頃に比べたらなんて事ないものだ。
「琴璃ちゃん、そんなんいちいち相手にする必要ないで?俺全然気にしてへん。琴璃ちゃんが分かってくれてればそれでええし」
琴璃の真っ赤な目が忍足に向く。彼女が落ち着くようにと、忍足はへらりと笑ってみせた。
「ありがとう。大事な友達を悪く言われて、そのまま見過ごす事ができなかった」
「優しい子やね」
「ごめんね、迷惑ばっかりかけて」
「気にせんでええよ。……友達、やろ?俺たち」
気弱な彼女が。男子生徒に物申すまでになった。触れても怯えなくなった。忍足をしっかり友達だと認識しているからだ。琴璃の友達になった事で、彼女は出来なかった事が出来るようになった。それは嬉しい事。
だからもっと仲良くなれば、もっと色々な事に勇気を出してくれるかもしれない。
“友達”として、仲良くなれば。
琴璃と分かれて再びコートまでの道を歩く。随分泣き腫らしていた。一人で帰れるから大丈夫だよ、という彼女の言葉を信じて別れた。
この時間は確実に遅刻である。跡部にどやされるんかな、と頭の隅で思いながら到着した。サッカー部の部室前に。
「ごめんくださーい」
「はい?」
現れたのは恐らく1年の部員。見知らぬ男が訪ねてきたので不思議な顔をしている。
「部長さんと副部長さん、おる?」
「あ、えーと今ちょっと、顧問の先生の所に行ってるみたいでいないんですけど」
「あ、そう。……ほな、ええわ」
目的の人物が居なかった。忍足はあっさりと踵をかえす。もうここに居る意味はなかった。
相手が居たら自分は何と言うつもりだったのだろうか。あの子に近寄るな、なんて格好いい事を言えたとして。それは友人としての発言に過ぎない。お前は彼女の何なんだ、と聞かれたら友達だと答える。そうすれば向こうは、彼氏でもないくせに偉そうな事言うなとでも言ってきそうだ。そしたら何の対抗もできない。下手したら彼女が変な目で見られるかもしれない。どう転んだって、今の自分に何もできない。
「かっこ悪、俺」
彼女の友達でしかない。
彼女の苦しみも笑顔も努力も知っているのに。
自分は琴璃の、ただの友達。