放電彼女
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「なあ日吉。電気を操るハイパー人間みたいな、オカルト話ないかな」
「何言ってんですかいきなり」
聞かれたのが日吉でなくともおそらく皆そう思う。朝練終了の時間になり、日吉は散らばったボールを拾っていた。不意に忍足が話しかけてきたわけだが、内容がそれで引いた。何だこの人。先輩とか関係なく、ちょっと距離をとりたいと思った。冷たい視線を向けてくる後輩だが忍足は平然と続ける。
「なんかこう、例えばピカチュウみたいに電気を操れる人間とか」
「ますます分からないですよ。ていうかそんな事を知って何になるんですか」
こんな馬鹿げた話をしてくるなんて珍しいから思わず聞き返した日吉に、忍足はへらりと笑った。
「まー、うちのオカンが静電気激しすぎて困ってんのや。せやからなんか、特別なもん持ってんのちゃうかなーって」
「はあ……。体内に電気を溜めやすい性質の人もいるみたいですよ」
そういう体質みたいですけどね、とだけ言って日吉は行ってしまった。体質とは、生まれつきみたいなものなのかと疑問に思う。だけど琴璃は異性に対してのみだから該当しない。男性が怖いからああなるのだ。それなら克服すれば治る余地はある。言うのは簡単だが彼女にとっては大変な問題なはずだ。
「それができてれば、あんなに苦労せえへんな」
「おーい侑士、行こうぜ」
コートから上がる階段で岳人が呼んでいる。それに手を上げ返事をする。その向こう側から、日吉はまだ変なものを見るかのように忍足に視線を向けていた。今更、無意味な質問をしたと思った。聞かなきゃよかったと後悔しつつテニスコートを後にする。
「あ。琴璃ちゃんや」
「ん?誰だそれ」
「ほらあの子」
忍足達が居る場所から数十メートル先にもテニスコートがある。女子テニス部も朝練をしていたらしい。部員が集まるその中に琴璃が混じっているのを見つけた。
「アイツじゃん。テニス部に入ったのか?つか、なんで侑士知ってんだよ」
「なんでって、友達やから」
「は?……うっそだろ」
琴璃は部員達と笑っている。本当に心の底から楽しそうに。女子の輪の中にいるなら普通の女の子。彼女の自然な笑顔を見て忍足は安心した。彼女にも居場所が出来そうで良かった、と。
「なんで侑士がアイツと知り合ったわけ?やっぱ変な女だったろ?」
「あのな、アイツとか変とか、そんな言い方したら可哀想やんか。あの子は転校してきてまだ氷帝に慣れなくて大変なんやで。岳人も優しくせな」
「だって、俺が話しかけたって顔がひきつってんだぜ。次の移動教室教えてやっただけなのによ」
それは単純に困っていたんだろう。岳人はついノリで女子にも肩に触れたりするから。悪気はないスキンシップのようなもの。
琴璃のよそよそしさが誤解を招いてしまう。でも、秘密を岳人に打ち明けるのはどうなのかとも忍足は思った。知ったら岳人に限らず、皆が彼女を特別扱いするんじゃないか。琴璃はきっとそれは望んでいない。ただ普通に、話をしたりご飯を食べたり宿題を相談できるような環境になりたい。それが望みなら、男性が苦手ですとわざわざ打ち明ける必要はない。
普通だと思っている事が、彼女からしたら難しい。それをうまくできないのは、なかなか辛いものだと思った。
よろしく、と男性と握手したのは、琴璃にとってはもう何年ぶりかの出来事だった。男の人の手って大きいな、と思ってしまった。不安だらけの新生活でめでたく初めての友達ができた。忍足くん、って呼んでみたら、友達なんやから侑士くんにしてや、なんてユーモア混じりに言われた。不思議な人だな、と琴璃は思った。不思議で面白くて優しい人。琴璃の苦手な異性なのに。
そのまま流れで連絡先も交換してしまった。
これってどういう時に連絡すればいいんだろうか。彼の名前と連絡先を知ったわけだが、それ以外は何も知らない。また中庭に行けば会えるだろうか。でもあの時は昼休みだった。今はもう放課後。明日なんとなく通りがかってみようかな、と思っていたら昇降口前の広間でばったり会った。
「琴璃ちゃんやん。今、帰るとこ?」
忍足は一人だった。ちょっと安心した。琴璃はそうだよ、と言いながら近づく。友達だと認識するだけで、幾重にもある見えない壁が少しは薄くなった気がする。靴に履き替えて、自然と2人並んで昇降口を出る。
「部活、テニス部にしたんやね。朝に見たで。うちは女子もなかなか力あるから」
「女子“も”?」
忍足の言い方に琴璃は首をかしげる。
「俺もテニス部やねん」
そう言って忍足は背中を見せる。担いでるものがテニスのバッグだと、琴璃は今更気付いた。また1つ、彼の事を知った。
「琴璃ちゃんはテニス得意なん?」
「得意かどうかは分からないけど、小学生の頃やってたの。テニスで体を動かすことは好き、かな」
「うんうん。朝もみんなと楽しそうに話してたやん。仲良くなれたん?」
「テニス部の部長さんが同じクラスだったの。良かったら練習見に来てって言ってくれて、今朝は早く来たから寄ったの」
そしてそのまま今日は見学だけさせてもらった。少し推されたのもあるが、来週から正式に入部する事になったのだ。彼女の中で何かが変わりつつある。何か行動を起こそうとしている。それを報告してくれて忍足は単純に嬉しかった。
「でも、緊張するな」
「なんで?みんな楽しそうに笑ってたで」
「うん。でも、なんて言うか……既に創られた組織に飛び込む自分って、なんだか邪魔でしかない気がして」
忍足は気付いた。また、彼女の髪が不自然に広がっている。無意識のうちにそうなっている。不安になったり、気を使ったりすることが彼女にとって相当なストレスなんだと思う。
「琴璃ちゃんはハイセンシティブパーソンみたいや」
「?何、それ」
「んー、簡単に言うと、感受性が強くて繊細な子。性格みたいなもんかな」
「……それって、悪いもの?」
「ぜーんぜん。その人の個性みたいなもんやと俺は思うで。ま、そうと決まったわけでもないし」
正門を出て帰路を歩く。2人とも電車通学なので駅までは一緒に帰れる。忍足がゆっくり歩く隣を琴璃も同じ歩調で歩く。
「知らんうちに、相手のペースに巻き込まれて自分がいっぱいいっぱいになる。自分の主張より相手の気持ちを優先してまう。けどそれは、琴璃ちゃんが優しいからや。相手を思いやれる証拠」
「そうなの、かな」
「そう。せやからあんま考えすぎんで、自分が思っとるよりももっと適当に、図々しく生きてもええんとちゃうかな」
そこまで喋って忍足はなんとなく視線を感じた。横を見ると琴璃にじっと見つめられていた。ぺらぺら喋ったアドバイスを、一生懸命脳内で解読しようとしているようだ。
「って、口で言うように簡単にはいかんよなあ」
「……侑士くんは、どうしてそんなに、見方が広いっていうか、しっかりしてるの?」
「ん、俺?」
人を惹き付けたり核心をついたことを言ったり。自分にないものをいっぱい持ってるから。琴璃にとって忍足は“しっかりしてる”ように映る。
「なんでやろ。考えた事あらへん。実際そんなにしっかりしてへんで、俺」
「そうなの?」
「今でも電車乗り間違えるし、左右全く違う柄の靴下履いて夜まで気付かへんこともあるし。べったべたなボケばっかやらかすで」
「ふふ、何それ。流石に靴下はおっちょこちょいだよ」
琴璃が笑う。朝に見た笑顔と遜色無い笑い方だった。あんなに自分を拒否していたのが、たった数日でこんな笑顔を見せてくれるだなんてすごい進歩だと思う。
「今。俺と話しててつらい?」
「え?ううん」
「そか。良かった」
「友達になるには相手に興味を持つことだって、教えてくれたから。侑士くんの話が聞けて嬉しいよ。いろいろ教えてもらって、仲良くなれた……気がする」
「ははは。無理せんでええよ。でも、おおきに」
なんとなく。嬉しい筈がどこか引っ掛かった。
彼女は自分の事を異性と認識してるけど、友達というカテゴリに置いている。心を開いてくれたのは友達だと認識しているからなのだ。
「ほな、また」
「うん。じゃあね」
帰りの路線は違うため改札で別れた。忍足は琴璃の後ろ姿をぼんやり見送っていた。夕方になり人も増えてきた。だが琴璃は器用に避けて階段を上ってゆく。その顔は、どんな表情をしてるのだろう。後ろ姿で分からないけど、きっと必死なんだと思う。さっきの笑顔はもう、消えているんだろうと思う。
「何言ってんですかいきなり」
聞かれたのが日吉でなくともおそらく皆そう思う。朝練終了の時間になり、日吉は散らばったボールを拾っていた。不意に忍足が話しかけてきたわけだが、内容がそれで引いた。何だこの人。先輩とか関係なく、ちょっと距離をとりたいと思った。冷たい視線を向けてくる後輩だが忍足は平然と続ける。
「なんかこう、例えばピカチュウみたいに電気を操れる人間とか」
「ますます分からないですよ。ていうかそんな事を知って何になるんですか」
こんな馬鹿げた話をしてくるなんて珍しいから思わず聞き返した日吉に、忍足はへらりと笑った。
「まー、うちのオカンが静電気激しすぎて困ってんのや。せやからなんか、特別なもん持ってんのちゃうかなーって」
「はあ……。体内に電気を溜めやすい性質の人もいるみたいですよ」
そういう体質みたいですけどね、とだけ言って日吉は行ってしまった。体質とは、生まれつきみたいなものなのかと疑問に思う。だけど琴璃は異性に対してのみだから該当しない。男性が怖いからああなるのだ。それなら克服すれば治る余地はある。言うのは簡単だが彼女にとっては大変な問題なはずだ。
「それができてれば、あんなに苦労せえへんな」
「おーい侑士、行こうぜ」
コートから上がる階段で岳人が呼んでいる。それに手を上げ返事をする。その向こう側から、日吉はまだ変なものを見るかのように忍足に視線を向けていた。今更、無意味な質問をしたと思った。聞かなきゃよかったと後悔しつつテニスコートを後にする。
「あ。琴璃ちゃんや」
「ん?誰だそれ」
「ほらあの子」
忍足達が居る場所から数十メートル先にもテニスコートがある。女子テニス部も朝練をしていたらしい。部員が集まるその中に琴璃が混じっているのを見つけた。
「アイツじゃん。テニス部に入ったのか?つか、なんで侑士知ってんだよ」
「なんでって、友達やから」
「は?……うっそだろ」
琴璃は部員達と笑っている。本当に心の底から楽しそうに。女子の輪の中にいるなら普通の女の子。彼女の自然な笑顔を見て忍足は安心した。彼女にも居場所が出来そうで良かった、と。
「なんで侑士がアイツと知り合ったわけ?やっぱ変な女だったろ?」
「あのな、アイツとか変とか、そんな言い方したら可哀想やんか。あの子は転校してきてまだ氷帝に慣れなくて大変なんやで。岳人も優しくせな」
「だって、俺が話しかけたって顔がひきつってんだぜ。次の移動教室教えてやっただけなのによ」
それは単純に困っていたんだろう。岳人はついノリで女子にも肩に触れたりするから。悪気はないスキンシップのようなもの。
琴璃のよそよそしさが誤解を招いてしまう。でも、秘密を岳人に打ち明けるのはどうなのかとも忍足は思った。知ったら岳人に限らず、皆が彼女を特別扱いするんじゃないか。琴璃はきっとそれは望んでいない。ただ普通に、話をしたりご飯を食べたり宿題を相談できるような環境になりたい。それが望みなら、男性が苦手ですとわざわざ打ち明ける必要はない。
普通だと思っている事が、彼女からしたら難しい。それをうまくできないのは、なかなか辛いものだと思った。
よろしく、と男性と握手したのは、琴璃にとってはもう何年ぶりかの出来事だった。男の人の手って大きいな、と思ってしまった。不安だらけの新生活でめでたく初めての友達ができた。忍足くん、って呼んでみたら、友達なんやから侑士くんにしてや、なんてユーモア混じりに言われた。不思議な人だな、と琴璃は思った。不思議で面白くて優しい人。琴璃の苦手な異性なのに。
そのまま流れで連絡先も交換してしまった。
これってどういう時に連絡すればいいんだろうか。彼の名前と連絡先を知ったわけだが、それ以外は何も知らない。また中庭に行けば会えるだろうか。でもあの時は昼休みだった。今はもう放課後。明日なんとなく通りがかってみようかな、と思っていたら昇降口前の広間でばったり会った。
「琴璃ちゃんやん。今、帰るとこ?」
忍足は一人だった。ちょっと安心した。琴璃はそうだよ、と言いながら近づく。友達だと認識するだけで、幾重にもある見えない壁が少しは薄くなった気がする。靴に履き替えて、自然と2人並んで昇降口を出る。
「部活、テニス部にしたんやね。朝に見たで。うちは女子もなかなか力あるから」
「女子“も”?」
忍足の言い方に琴璃は首をかしげる。
「俺もテニス部やねん」
そう言って忍足は背中を見せる。担いでるものがテニスのバッグだと、琴璃は今更気付いた。また1つ、彼の事を知った。
「琴璃ちゃんはテニス得意なん?」
「得意かどうかは分からないけど、小学生の頃やってたの。テニスで体を動かすことは好き、かな」
「うんうん。朝もみんなと楽しそうに話してたやん。仲良くなれたん?」
「テニス部の部長さんが同じクラスだったの。良かったら練習見に来てって言ってくれて、今朝は早く来たから寄ったの」
そしてそのまま今日は見学だけさせてもらった。少し推されたのもあるが、来週から正式に入部する事になったのだ。彼女の中で何かが変わりつつある。何か行動を起こそうとしている。それを報告してくれて忍足は単純に嬉しかった。
「でも、緊張するな」
「なんで?みんな楽しそうに笑ってたで」
「うん。でも、なんて言うか……既に創られた組織に飛び込む自分って、なんだか邪魔でしかない気がして」
忍足は気付いた。また、彼女の髪が不自然に広がっている。無意識のうちにそうなっている。不安になったり、気を使ったりすることが彼女にとって相当なストレスなんだと思う。
「琴璃ちゃんはハイセンシティブパーソンみたいや」
「?何、それ」
「んー、簡単に言うと、感受性が強くて繊細な子。性格みたいなもんかな」
「……それって、悪いもの?」
「ぜーんぜん。その人の個性みたいなもんやと俺は思うで。ま、そうと決まったわけでもないし」
正門を出て帰路を歩く。2人とも電車通学なので駅までは一緒に帰れる。忍足がゆっくり歩く隣を琴璃も同じ歩調で歩く。
「知らんうちに、相手のペースに巻き込まれて自分がいっぱいいっぱいになる。自分の主張より相手の気持ちを優先してまう。けどそれは、琴璃ちゃんが優しいからや。相手を思いやれる証拠」
「そうなの、かな」
「そう。せやからあんま考えすぎんで、自分が思っとるよりももっと適当に、図々しく生きてもええんとちゃうかな」
そこまで喋って忍足はなんとなく視線を感じた。横を見ると琴璃にじっと見つめられていた。ぺらぺら喋ったアドバイスを、一生懸命脳内で解読しようとしているようだ。
「って、口で言うように簡単にはいかんよなあ」
「……侑士くんは、どうしてそんなに、見方が広いっていうか、しっかりしてるの?」
「ん、俺?」
人を惹き付けたり核心をついたことを言ったり。自分にないものをいっぱい持ってるから。琴璃にとって忍足は“しっかりしてる”ように映る。
「なんでやろ。考えた事あらへん。実際そんなにしっかりしてへんで、俺」
「そうなの?」
「今でも電車乗り間違えるし、左右全く違う柄の靴下履いて夜まで気付かへんこともあるし。べったべたなボケばっかやらかすで」
「ふふ、何それ。流石に靴下はおっちょこちょいだよ」
琴璃が笑う。朝に見た笑顔と遜色無い笑い方だった。あんなに自分を拒否していたのが、たった数日でこんな笑顔を見せてくれるだなんてすごい進歩だと思う。
「今。俺と話しててつらい?」
「え?ううん」
「そか。良かった」
「友達になるには相手に興味を持つことだって、教えてくれたから。侑士くんの話が聞けて嬉しいよ。いろいろ教えてもらって、仲良くなれた……気がする」
「ははは。無理せんでええよ。でも、おおきに」
なんとなく。嬉しい筈がどこか引っ掛かった。
彼女は自分の事を異性と認識してるけど、友達というカテゴリに置いている。心を開いてくれたのは友達だと認識しているからなのだ。
「ほな、また」
「うん。じゃあね」
帰りの路線は違うため改札で別れた。忍足は琴璃の後ろ姿をぼんやり見送っていた。夕方になり人も増えてきた。だが琴璃は器用に避けて階段を上ってゆく。その顔は、どんな表情をしてるのだろう。後ろ姿で分からないけど、きっと必死なんだと思う。さっきの笑顔はもう、消えているんだろうと思う。