放電彼女
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レジは女性店員を選んで並んだり、美容室は必ず行きつけの女性店長にお願いしたり。
本当はそんなふうに気をつかうのを辞めたい。もっと自由に過ごしたいのに。
過去に乱暴されたとかじゃない。男友達と呼べる存在も居た。でも男の人は怒ると怖いし力も強いから。その記憶だけがいつまでも消えない。小学校の時の担任がそうだった。別に自分に対して怒ってきたのではない。クラスメイトが罵声を浴びながら立たされている光景が見てて不快だった。その子が可哀想という気持ちもあったけど、頭の大半はなんでこんなふうに大きな声で叱るんだろうという気持ちだった。終いに担任は真っ赤な顔をしてその子の胸ぐらを掴んだ。その記憶が何年経っても消えない。先生にあんなに怒られるのだから、クラスメイトもそれなりに悪いことをしたのだろう。でもそんなことを考える余裕があの時の琴璃にはなかった。
昔から周りからは穏やかな子だと言われていた。親に怒られたことは勿論あったけど、怒鳴られる事がなかったからかもしれない。比較的両親も声を張ったりしないから、あの時の、大声を出す大人の男性が怖くて仕方なかった。
そうしたら、男だと認識するだけで身体中が痺れ出すようになった。気付いたら、少しぶつかるのも受け入れられなくなった。ほんの些細な、スキンシップみたいなものも受け付けなくなった。
このまま一生悩んでいかなくちゃいけないのかな、と諦めていたら親に別の環境に変えてみたらと提案された。正直、今までの学校は男子の割合がやたら多くて困っていたから新しい世界へ飛び込む事を決めた。それでも女子高を選ばなかったのは、頭の中でこのままじゃいけないと思ったから。親は心配したけど、克服しないと変わらない。いつまでも男性がレジにいる店には行けないし、満員電車に乗る機会があったらどうにもできない。自分のために、琴璃は氷帝を選んだ。けれどいざ新しい環境に入ると、やっぱり不安に押し潰されそうになる。異性に緊張する以前に、学校生活もがらりと変わる。名門校にパスできたのは一生懸命勉強したからだ。だが入学してからも変わらず努力をしないとあっという間に置いていかれそうになる。人の名前だって最初から覚えなくちゃいけない。こんな引っ込み思案な性格でいつになったらクラスに溶け込めるのか不安だらけだった。でも、ここに来たからには何かを変えなくちゃ駄目だと思った。何か部活にでも属そう。そう考えて歩いてたら、 知らない男子生徒に捕まった。2人はサッカー部のマネージャーを探している、と琴璃に話しかけてきた。臨時でもいいから、次の大きな大会まで手を貸してくれないか。そう頼んできたのはサッカー部の部長と副部長だった。琴璃と同じクラスらしいが、今日初めて会ったばかりなので全然覚えていなかった。2人から迫られて琴璃はどうしていいか分からなかった。というより怖かった。少しずつ克服していこうと決心したのにいきなり高度なものを突きつけられた気がした。男子しかいない運動部のマネージャーなんて今の琴璃には無理だ。困って途方にくれて、泣きそうになった。そんな時突然現れた男子生徒。独特の喋り方が印象で、あっさりと、琴璃をその場から引き離してくれた。彼が助けてくれなかったらどうなってたか分からない。琴璃は物凄く感謝した。
その彼が、昼休みの中庭にいた。
最初は自分1人だけかと思ったが、誰かがベンチで本を読んでいた。さりげなく見ると彼だと分かった。助けてもらったのに名前も知らない。氷帝に来てから自分の秘密を初めて打ち明けた人。先生にも言ってないし、気味悪がられると思って言うつもりなんてなかった。けれど何故か彼に言ってしまった。彼はなんとなく、受け入れてくれるような雰囲気だった。打ち明けたら突き放されるんじゃないか、と怖かったけど、実際話すと驚きながらも聞いてくれた。
昨日は取り乱していて逃げたような別れになってしまった。何も言えずの別れだったから、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。近付いて話しかけようと、足を動かした時。
「おーい侑士、買ってきたぜ」
琴璃より一歩早く友人らしき生徒が彼に近寄る。よく見ると同じクラスの男子だった。自分の前の席。それくらいしか分からない。興味がないから彼の名前すら知らない。
「おー、おおきに」
「くそくそっ、なんだって俺がパシリなんだよーあーちくしょ」
「何言うてんねん。教科書貸したげた恩人やろ」
「忍足、何読んでんのー?」
また別の友人が彼のそばに寄ってきた。隣に座って、本を覗き込む。
「ん?これはな、乱世に引き裂かれた2人が、巡り巡って果敢な道を選んだ末にまた再会して」
「あーもういいわ、いただきまーす」
「何やねん、それ」
見る見るうちに彼の周りに人が集まってくる。
彼には友達が沢山いる。みんな楽しそうに話して笑顔で昼食をとっている。和やかな時間。彼は、人を惹き付ける力がある。バリアを張ってしまう自分とは違う。琴璃は切なくなった。だから声はかけずに、その場を去った。
岳人とちょうど昇降口で会ったので、一緒に部活に向かう放課後。不意に忍足は琴璃の事を思い出した。
「なあ岳人、転校生、どした?」
「あ?何がだよ」
「や、こないだあんなに怒っとったから。その後どうなったんやろ、って」
「別に。今日は何の絡みもなかったぜ」
きっと彼女は誰にも打ち明けてないのだと思った。でなきゃあんなふうに怯えていたりしない。岳人に不親切に映ってしまったのもそれ故である。このままバレないように過ごすのは難しいんじゃないかと思った。どんなに注意して生活したとて、昨日のように予期せぬ事も起こるのだから。岳人はもうその話題に興味ないようで昨日見たテレビの話をしだした。忍足は適当に相槌しながら交友棟のほうを何気なく見た。誰かが走ってゆく。それを二度見してしまった。紛れもなく、昨日の彼女だったのだ。
「岳人、先、行ってて」
「あ?おい、侑士っ」
「バッグ頼むわ」
岳人のオイコラという怒鳴り声はあっという間に遠くに聞こえた。見間違いじゃなければ。彼女はまた悲しい表情をしていた。それを見たら、追いかけずにはいられなかった。
「ちょお、止まって、えーっと」
名前を岳人に聞いておけば良かった。にしてもなかなか足の速い子やな、なんて感心しながら追いかける。それでもやはり性別の差もあれば、伊達にテニス部レギュラーになったわけじゃない。あっという間に彼女との距離を詰めた。必死で走る彼女に忍足の呼び声は全く届いていない。意を決して、その細い手首を捕まえた。
「うおっ!」
「きゃっ」
瞬間、身体中を電流が走った。まるで科学の実験を見ているような。はっきりとした稲光が見えた。腕を引っ張られた琴璃はびっくりして足を止めた。
「いきなり堪忍な」
まだ掌が僅かに痺れている。身体に異常をきたすほどではない。だが電気マッサージというほど気持ちいいものでもない。まるで歩くスタンガンやな、と忍足は思った。
「いやー、すまんすまん。ものすごい形相で走ってくから。髪の毛も、凄いことになってたし」
言われて琴璃は自分の頭を触って確かめた。
「あ……静電気」
恥ずかしそうに琴璃は俯いて、広がった髪を手で直した。
「なんか、あった?」
数十秒の沈黙。何かあったんだろう。でなきゃあんな勢いで女子高生は走ったりしない。
「……日直の仕事を教えてもらってたら、手が、ぶつかっちゃって……急で、びっくりしちゃって、それで」
「気が動転してもうたんやな」
なんて不器用な子なんやろ、と思った。相手の男子も気の毒だとは思うけど。何もしてないのにいきなり逃げられたら誰だって不振に思う。こうやって知らず知らず彼女は浮いた存在になってゆくのか。
「よっしゃ。ええこと思いついた」
と、明るいトーンで言って、忍足は眼鏡を掛け直す。度の入ってない眼鏡。話を切り出す時の癖でつい、触ってしまう。
「俺と友達にならへん?」
言葉の意味は分かる。けど思ってもなかった事をいきなり言われて琴璃はぽかんとした。
「友達になるっちゅー事は、相手に興味を持つ事。とりあえず、キミの名前は?」
「藤白、琴璃」
「琴璃ちゃんね。俺、忍足侑士。よろしゅう」
「……よろしく」
「ん」
琴璃の前に忍足が右手を差し出す。
「友達になった挨拶で握手しとこ」
「でも、」
「大丈夫、大丈夫。勇気だして」
“大丈夫”ではないのは分かりきっている。まだ自身に纏わりつく静電気を琴璃は感じていた。また怪我をさせてしまうかもしれない。吃驚させてしまうかもしれない。それを恐れた。
でも、この人なら、となんとなく思った。この人なら何でか分からないけど大丈夫な気がした。握手ではなく、そっと彼の指先に触れる。瞬間、やっぱり痺れた。
「おっ」
「ごめんなさい!」
「ははは、ええって。あれかな、お笑い番組で芸人がビリビリ椅子やっとんのって、こんな感じなんかなー」
怯むのでも顔をしかめるのでもなく。笑ってそんな事を言う忍足を琴璃は理解できずにいた。
「どうしてそんなに優しくしてくれるの?」
同じクラスでもないし面識もない。それでも彼は優しい。氷帝に来て間違いなく1番喋っている。
「転校生ってだけで囃し立てられて疲れるよなあ。よう分かるわ、俺もそうやった」
自分も、関西から来た当初は無駄に注目されていたのを思い出す。テニス関係でなら話は別だが、方言やら食べ方やらで注目されて嬉しいわけがなかった。物珍しそうに周りから見られて。周りと違うだけで笑われたりして。馬鹿にされたような気分になった。見に覚えが忍足にもあったから。同じように他校から来た身として、慣れない環境で苦労する気持ちが分かる。この子はこのままにしたらあかん。そう思った。
「キミの克服したい気持ち、大事にせんと」
にこりと忍足が笑う。琴璃は目をぱちくりさせている。克服したい気持ち。叶うのかな、なんて、どこか頭の角で弱気になりながら忍足を見ていた。
本当はそんなふうに気をつかうのを辞めたい。もっと自由に過ごしたいのに。
過去に乱暴されたとかじゃない。男友達と呼べる存在も居た。でも男の人は怒ると怖いし力も強いから。その記憶だけがいつまでも消えない。小学校の時の担任がそうだった。別に自分に対して怒ってきたのではない。クラスメイトが罵声を浴びながら立たされている光景が見てて不快だった。その子が可哀想という気持ちもあったけど、頭の大半はなんでこんなふうに大きな声で叱るんだろうという気持ちだった。終いに担任は真っ赤な顔をしてその子の胸ぐらを掴んだ。その記憶が何年経っても消えない。先生にあんなに怒られるのだから、クラスメイトもそれなりに悪いことをしたのだろう。でもそんなことを考える余裕があの時の琴璃にはなかった。
昔から周りからは穏やかな子だと言われていた。親に怒られたことは勿論あったけど、怒鳴られる事がなかったからかもしれない。比較的両親も声を張ったりしないから、あの時の、大声を出す大人の男性が怖くて仕方なかった。
そうしたら、男だと認識するだけで身体中が痺れ出すようになった。気付いたら、少しぶつかるのも受け入れられなくなった。ほんの些細な、スキンシップみたいなものも受け付けなくなった。
このまま一生悩んでいかなくちゃいけないのかな、と諦めていたら親に別の環境に変えてみたらと提案された。正直、今までの学校は男子の割合がやたら多くて困っていたから新しい世界へ飛び込む事を決めた。それでも女子高を選ばなかったのは、頭の中でこのままじゃいけないと思ったから。親は心配したけど、克服しないと変わらない。いつまでも男性がレジにいる店には行けないし、満員電車に乗る機会があったらどうにもできない。自分のために、琴璃は氷帝を選んだ。けれどいざ新しい環境に入ると、やっぱり不安に押し潰されそうになる。異性に緊張する以前に、学校生活もがらりと変わる。名門校にパスできたのは一生懸命勉強したからだ。だが入学してからも変わらず努力をしないとあっという間に置いていかれそうになる。人の名前だって最初から覚えなくちゃいけない。こんな引っ込み思案な性格でいつになったらクラスに溶け込めるのか不安だらけだった。でも、ここに来たからには何かを変えなくちゃ駄目だと思った。何か部活にでも属そう。そう考えて歩いてたら、 知らない男子生徒に捕まった。2人はサッカー部のマネージャーを探している、と琴璃に話しかけてきた。臨時でもいいから、次の大きな大会まで手を貸してくれないか。そう頼んできたのはサッカー部の部長と副部長だった。琴璃と同じクラスらしいが、今日初めて会ったばかりなので全然覚えていなかった。2人から迫られて琴璃はどうしていいか分からなかった。というより怖かった。少しずつ克服していこうと決心したのにいきなり高度なものを突きつけられた気がした。男子しかいない運動部のマネージャーなんて今の琴璃には無理だ。困って途方にくれて、泣きそうになった。そんな時突然現れた男子生徒。独特の喋り方が印象で、あっさりと、琴璃をその場から引き離してくれた。彼が助けてくれなかったらどうなってたか分からない。琴璃は物凄く感謝した。
その彼が、昼休みの中庭にいた。
最初は自分1人だけかと思ったが、誰かがベンチで本を読んでいた。さりげなく見ると彼だと分かった。助けてもらったのに名前も知らない。氷帝に来てから自分の秘密を初めて打ち明けた人。先生にも言ってないし、気味悪がられると思って言うつもりなんてなかった。けれど何故か彼に言ってしまった。彼はなんとなく、受け入れてくれるような雰囲気だった。打ち明けたら突き放されるんじゃないか、と怖かったけど、実際話すと驚きながらも聞いてくれた。
昨日は取り乱していて逃げたような別れになってしまった。何も言えずの別れだったから、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。近付いて話しかけようと、足を動かした時。
「おーい侑士、買ってきたぜ」
琴璃より一歩早く友人らしき生徒が彼に近寄る。よく見ると同じクラスの男子だった。自分の前の席。それくらいしか分からない。興味がないから彼の名前すら知らない。
「おー、おおきに」
「くそくそっ、なんだって俺がパシリなんだよーあーちくしょ」
「何言うてんねん。教科書貸したげた恩人やろ」
「忍足、何読んでんのー?」
また別の友人が彼のそばに寄ってきた。隣に座って、本を覗き込む。
「ん?これはな、乱世に引き裂かれた2人が、巡り巡って果敢な道を選んだ末にまた再会して」
「あーもういいわ、いただきまーす」
「何やねん、それ」
見る見るうちに彼の周りに人が集まってくる。
彼には友達が沢山いる。みんな楽しそうに話して笑顔で昼食をとっている。和やかな時間。彼は、人を惹き付ける力がある。バリアを張ってしまう自分とは違う。琴璃は切なくなった。だから声はかけずに、その場を去った。
岳人とちょうど昇降口で会ったので、一緒に部活に向かう放課後。不意に忍足は琴璃の事を思い出した。
「なあ岳人、転校生、どした?」
「あ?何がだよ」
「や、こないだあんなに怒っとったから。その後どうなったんやろ、って」
「別に。今日は何の絡みもなかったぜ」
きっと彼女は誰にも打ち明けてないのだと思った。でなきゃあんなふうに怯えていたりしない。岳人に不親切に映ってしまったのもそれ故である。このままバレないように過ごすのは難しいんじゃないかと思った。どんなに注意して生活したとて、昨日のように予期せぬ事も起こるのだから。岳人はもうその話題に興味ないようで昨日見たテレビの話をしだした。忍足は適当に相槌しながら交友棟のほうを何気なく見た。誰かが走ってゆく。それを二度見してしまった。紛れもなく、昨日の彼女だったのだ。
「岳人、先、行ってて」
「あ?おい、侑士っ」
「バッグ頼むわ」
岳人のオイコラという怒鳴り声はあっという間に遠くに聞こえた。見間違いじゃなければ。彼女はまた悲しい表情をしていた。それを見たら、追いかけずにはいられなかった。
「ちょお、止まって、えーっと」
名前を岳人に聞いておけば良かった。にしてもなかなか足の速い子やな、なんて感心しながら追いかける。それでもやはり性別の差もあれば、伊達にテニス部レギュラーになったわけじゃない。あっという間に彼女との距離を詰めた。必死で走る彼女に忍足の呼び声は全く届いていない。意を決して、その細い手首を捕まえた。
「うおっ!」
「きゃっ」
瞬間、身体中を電流が走った。まるで科学の実験を見ているような。はっきりとした稲光が見えた。腕を引っ張られた琴璃はびっくりして足を止めた。
「いきなり堪忍な」
まだ掌が僅かに痺れている。身体に異常をきたすほどではない。だが電気マッサージというほど気持ちいいものでもない。まるで歩くスタンガンやな、と忍足は思った。
「いやー、すまんすまん。ものすごい形相で走ってくから。髪の毛も、凄いことになってたし」
言われて琴璃は自分の頭を触って確かめた。
「あ……静電気」
恥ずかしそうに琴璃は俯いて、広がった髪を手で直した。
「なんか、あった?」
数十秒の沈黙。何かあったんだろう。でなきゃあんな勢いで女子高生は走ったりしない。
「……日直の仕事を教えてもらってたら、手が、ぶつかっちゃって……急で、びっくりしちゃって、それで」
「気が動転してもうたんやな」
なんて不器用な子なんやろ、と思った。相手の男子も気の毒だとは思うけど。何もしてないのにいきなり逃げられたら誰だって不振に思う。こうやって知らず知らず彼女は浮いた存在になってゆくのか。
「よっしゃ。ええこと思いついた」
と、明るいトーンで言って、忍足は眼鏡を掛け直す。度の入ってない眼鏡。話を切り出す時の癖でつい、触ってしまう。
「俺と友達にならへん?」
言葉の意味は分かる。けど思ってもなかった事をいきなり言われて琴璃はぽかんとした。
「友達になるっちゅー事は、相手に興味を持つ事。とりあえず、キミの名前は?」
「藤白、琴璃」
「琴璃ちゃんね。俺、忍足侑士。よろしゅう」
「……よろしく」
「ん」
琴璃の前に忍足が右手を差し出す。
「友達になった挨拶で握手しとこ」
「でも、」
「大丈夫、大丈夫。勇気だして」
“大丈夫”ではないのは分かりきっている。まだ自身に纏わりつく静電気を琴璃は感じていた。また怪我をさせてしまうかもしれない。吃驚させてしまうかもしれない。それを恐れた。
でも、この人なら、となんとなく思った。この人なら何でか分からないけど大丈夫な気がした。握手ではなく、そっと彼の指先に触れる。瞬間、やっぱり痺れた。
「おっ」
「ごめんなさい!」
「ははは、ええって。あれかな、お笑い番組で芸人がビリビリ椅子やっとんのって、こんな感じなんかなー」
怯むのでも顔をしかめるのでもなく。笑ってそんな事を言う忍足を琴璃は理解できずにいた。
「どうしてそんなに優しくしてくれるの?」
同じクラスでもないし面識もない。それでも彼は優しい。氷帝に来て間違いなく1番喋っている。
「転校生ってだけで囃し立てられて疲れるよなあ。よう分かるわ、俺もそうやった」
自分も、関西から来た当初は無駄に注目されていたのを思い出す。テニス関係でなら話は別だが、方言やら食べ方やらで注目されて嬉しいわけがなかった。物珍しそうに周りから見られて。周りと違うだけで笑われたりして。馬鹿にされたような気分になった。見に覚えが忍足にもあったから。同じように他校から来た身として、慣れない環境で苦労する気持ちが分かる。この子はこのままにしたらあかん。そう思った。
「キミの克服したい気持ち、大事にせんと」
にこりと忍足が笑う。琴璃は目をぱちくりさせている。克服したい気持ち。叶うのかな、なんて、どこか頭の角で弱気になりながら忍足を見ていた。