放電彼女
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「そーいや、うちのクラスに転校生が来たんだよな」
岳人が紙パックのジュースを飲みながら思い出したように言った。
今は昼休み。テニス部の一部の面子が集まり学食にいる。いつも一緒に昼食をとっているわけではなく、今日たまたま居合わせたメンバーで集まっているだけ。
「へえ。どんな子?可愛い?」
「なんで女子確定なんだよ」
興味ありげに聞いてきた忍足の質問に宍戸の鋭いツッコミが飛ぶ。
「いやそれが、すっげえ変なヤツ」
だが岳人は気にせず眉根を寄せて淡々と答えた。女子なのは当たりらしい。
「俺の後ろの席なんだけどさ、授業中プリント配る時あったわけ。そしたらソイツ、なかなか受け取ろうとしねーの。それどころか自分の机指さして『ここに置いてください』って言ってきたんだぜ。は?受け取れよお前、って感じだろ」
「岳人に触られるのが嫌だったんじゃね?」
ジローがケタケタ笑いながら言う。
「ざけんなよ、俺はなんもしてねぇ!」
「じゃあ潔癖症とか?」
「知るかよっ」
機嫌を損ねた岳人はパンにかじりつく。横でジローが宍戸に潔癖症ってなぁに、と聞いている。
「にしても、こんな中途半端な時期に転校生なんて珍しいわなぁ」
「知らね。なんか前の学校で問題でもあったんじゃね?しっかし、あんなんじゃ友達なんてできねーな」
岳人はすっかりその転校生の事を敵視している。
「そう言わんで。その子にとっちゃ、誰も知り合いがおらんのやから」
「侑士も、氷帝に来た時は緊張したのか?」
「ちっとも」
「何だよそれっ」
自分が氷帝に入った時。実際はあんまり覚えてなかった、というのが正しい。友達ができるかという不安よりも、関西と違うことが山ほどあって気疲れしていた気がする。身近な食べ物から公共のルールまで。あらゆるものをひっくり返された感覚になった。それでもある程度経てば慣れてしまうから、人間とは凄いもんやな、と今は染々思う。
「まあ何にしても、慣れへん環境に飛び込むのはえらい疲れるわ」
そして最後の一口を啜った。食べていたのは関西風出汁のカップ麺。慣れ親しんだものはやはり一番受け入れやすいのである。
正レギュラーのメンバーとは誰とも同じクラスではない。なので忍足は大概一人で部活に向かう。放課後に下駄箱で靴を履き替え、コートに向かう道を歩いてゆく途中に何やら声が聞こえてきた。本館を抜け部室棟を抜けるいつもの道で。建物の角のほうで、ちょうど死角になりそうな所。覗き込むと男子生徒2人が、女子生徒と何か話してるのが見えた。話してるというより、迫っている。そう思えたのは、女子のほうがとびきり困った表情になっていたからだ。
「頼むよ、このとーり!」
「俺からも頼む」
カッコ悪。女の子1人に対して2人がかりで迫るなんて。必死な男子に憐れみを覚えた。流し目程度に見ていたが、女子生徒と眼が合ってしまった。彼女は忍足に眼で訴えていた。助けてくれ、と。
「しゃあないなあ」
よっこらせ、とテニスバッグを置く。これが男同士のしょーもない喧嘩やったら見て見ぬふりするんやろなあ。そんな事を呑気に考えながら彼女達に近づいていく。
「おー、いたいた。探したわ。はよせんと、委員会始まってまうで」
「お、忍足?」
急に現れた忍足に男子二人は驚く。何故か相手は此方を知っているみたいだが忍足は面識がなかった。もちろん女子生徒のほうも知らない。
「お取り込み中堪忍な。俺とその子、これから委員会なんや」
「え、そうなの?」
彼女は急いで首を縦に振る。忍足が、ほな行くで、と歩き出す。彼女は後ろに黙ってついてきた。男達が後ろで何か言っている。邪魔しやがって、とか聞こえる。一人で告白する度胸もないくせに言われたくない。でも結局二人がかりでも駄目だったわけで。どうしようもなくカッコ悪い奴らやなと他人事に思った。
「ありがとうございました」
初めて彼女の声を聞いた。控えめにお礼を言って忍足に頭を下げてきた。注意してないと聞こえないくらい。これでは男二人に取り囲まれて自分の力で逃げられないのも、仕方ないのかもと思う。
「ええて。ほな」
と、別れる時に。踵を返す彼女の足元で音がした。彼女の落としたペンが忍足のほうへ転がってくる。
「ちょお待ち、落ちたで」
忍足が屈んで拾おうとしたその時。
「触らないで!」
なかなかボリュームのある声で。さっきの印象で勝手に大人しそうと決めつけいたせいか、ギャップに驚いた。
「ごめんなさい、自分で拾います」
あ、もしかして。忍足はなんとなく思った。
「あー……自分、もしかして転校生の子?」
彼女はびくりとして動作を止めた。代わりに忍足がそのペンを拾う。
「キミの前の席、俺の友達なんや。仲良くしたって、ええヤツやから」
はい、とペンを差し出したが彼女はなかなか受け取ろうとしない。ほんまに潔癖症なんか、と疑った。
「ごめんなさい」
「なんで謝んの?」
「酷いことしたと、思ってるから」
「……えーと、何かワケあり?」
俯く彼女。忍足は肯定と捉えた。彼女の顔は青白かった。具合が悪いのだろうかと思わせるほど。彼女はゆっくり顔を上げて忍足を見つめる。
「ん?なに?」
それが20秒くらい続いて、そろそろ話しかけようかと思った時。一歩近付いて彼女はペンを忍足の手から引き抜いた、瞬間の出来事だった。
「おわっ!」
肉眼でも見れるほどの電光が走った。バチッと凄い音もした。忍足は自分の掌を見る。何も残ってないが、指先にじんじん痺れた感覚がある。一瞬静電気かと思ったが、さすがにここまでにはならない。
「男の人が……苦手なの。だからこうなるの」
“こう”、とは。今起きた現象の事を言っている。こんなオカルトみたいな出来事が。目の前で起きたから少なくとも平常心でいられない。でも忍足は別に騒がない。疑いもしなかった。彼女の悲しげな顔を見たらそんな気になれなかった。
「……それは、対人恐怖症みたいなもんなんかな」
「女の子には、そんなにならない。……ごめんなさい、びっくりさせて」
「いやそれはこっちのセリフ」
「え?」
「なんや、もしかして嫌な記憶とか思い出させたかなぁって」
「……ううん。大丈夫」
とてもそういうふうには見えない。まるで忍足から逃げるように彼女は行ってしまった。残された忍足は自分の掌をまた見つめる。何もない。痺れももう消えていた。何もなかったかのように、跡形もなく。
岳人が紙パックのジュースを飲みながら思い出したように言った。
今は昼休み。テニス部の一部の面子が集まり学食にいる。いつも一緒に昼食をとっているわけではなく、今日たまたま居合わせたメンバーで集まっているだけ。
「へえ。どんな子?可愛い?」
「なんで女子確定なんだよ」
興味ありげに聞いてきた忍足の質問に宍戸の鋭いツッコミが飛ぶ。
「いやそれが、すっげえ変なヤツ」
だが岳人は気にせず眉根を寄せて淡々と答えた。女子なのは当たりらしい。
「俺の後ろの席なんだけどさ、授業中プリント配る時あったわけ。そしたらソイツ、なかなか受け取ろうとしねーの。それどころか自分の机指さして『ここに置いてください』って言ってきたんだぜ。は?受け取れよお前、って感じだろ」
「岳人に触られるのが嫌だったんじゃね?」
ジローがケタケタ笑いながら言う。
「ざけんなよ、俺はなんもしてねぇ!」
「じゃあ潔癖症とか?」
「知るかよっ」
機嫌を損ねた岳人はパンにかじりつく。横でジローが宍戸に潔癖症ってなぁに、と聞いている。
「にしても、こんな中途半端な時期に転校生なんて珍しいわなぁ」
「知らね。なんか前の学校で問題でもあったんじゃね?しっかし、あんなんじゃ友達なんてできねーな」
岳人はすっかりその転校生の事を敵視している。
「そう言わんで。その子にとっちゃ、誰も知り合いがおらんのやから」
「侑士も、氷帝に来た時は緊張したのか?」
「ちっとも」
「何だよそれっ」
自分が氷帝に入った時。実際はあんまり覚えてなかった、というのが正しい。友達ができるかという不安よりも、関西と違うことが山ほどあって気疲れしていた気がする。身近な食べ物から公共のルールまで。あらゆるものをひっくり返された感覚になった。それでもある程度経てば慣れてしまうから、人間とは凄いもんやな、と今は染々思う。
「まあ何にしても、慣れへん環境に飛び込むのはえらい疲れるわ」
そして最後の一口を啜った。食べていたのは関西風出汁のカップ麺。慣れ親しんだものはやはり一番受け入れやすいのである。
正レギュラーのメンバーとは誰とも同じクラスではない。なので忍足は大概一人で部活に向かう。放課後に下駄箱で靴を履き替え、コートに向かう道を歩いてゆく途中に何やら声が聞こえてきた。本館を抜け部室棟を抜けるいつもの道で。建物の角のほうで、ちょうど死角になりそうな所。覗き込むと男子生徒2人が、女子生徒と何か話してるのが見えた。話してるというより、迫っている。そう思えたのは、女子のほうがとびきり困った表情になっていたからだ。
「頼むよ、このとーり!」
「俺からも頼む」
カッコ悪。女の子1人に対して2人がかりで迫るなんて。必死な男子に憐れみを覚えた。流し目程度に見ていたが、女子生徒と眼が合ってしまった。彼女は忍足に眼で訴えていた。助けてくれ、と。
「しゃあないなあ」
よっこらせ、とテニスバッグを置く。これが男同士のしょーもない喧嘩やったら見て見ぬふりするんやろなあ。そんな事を呑気に考えながら彼女達に近づいていく。
「おー、いたいた。探したわ。はよせんと、委員会始まってまうで」
「お、忍足?」
急に現れた忍足に男子二人は驚く。何故か相手は此方を知っているみたいだが忍足は面識がなかった。もちろん女子生徒のほうも知らない。
「お取り込み中堪忍な。俺とその子、これから委員会なんや」
「え、そうなの?」
彼女は急いで首を縦に振る。忍足が、ほな行くで、と歩き出す。彼女は後ろに黙ってついてきた。男達が後ろで何か言っている。邪魔しやがって、とか聞こえる。一人で告白する度胸もないくせに言われたくない。でも結局二人がかりでも駄目だったわけで。どうしようもなくカッコ悪い奴らやなと他人事に思った。
「ありがとうございました」
初めて彼女の声を聞いた。控えめにお礼を言って忍足に頭を下げてきた。注意してないと聞こえないくらい。これでは男二人に取り囲まれて自分の力で逃げられないのも、仕方ないのかもと思う。
「ええて。ほな」
と、別れる時に。踵を返す彼女の足元で音がした。彼女の落としたペンが忍足のほうへ転がってくる。
「ちょお待ち、落ちたで」
忍足が屈んで拾おうとしたその時。
「触らないで!」
なかなかボリュームのある声で。さっきの印象で勝手に大人しそうと決めつけいたせいか、ギャップに驚いた。
「ごめんなさい、自分で拾います」
あ、もしかして。忍足はなんとなく思った。
「あー……自分、もしかして転校生の子?」
彼女はびくりとして動作を止めた。代わりに忍足がそのペンを拾う。
「キミの前の席、俺の友達なんや。仲良くしたって、ええヤツやから」
はい、とペンを差し出したが彼女はなかなか受け取ろうとしない。ほんまに潔癖症なんか、と疑った。
「ごめんなさい」
「なんで謝んの?」
「酷いことしたと、思ってるから」
「……えーと、何かワケあり?」
俯く彼女。忍足は肯定と捉えた。彼女の顔は青白かった。具合が悪いのだろうかと思わせるほど。彼女はゆっくり顔を上げて忍足を見つめる。
「ん?なに?」
それが20秒くらい続いて、そろそろ話しかけようかと思った時。一歩近付いて彼女はペンを忍足の手から引き抜いた、瞬間の出来事だった。
「おわっ!」
肉眼でも見れるほどの電光が走った。バチッと凄い音もした。忍足は自分の掌を見る。何も残ってないが、指先にじんじん痺れた感覚がある。一瞬静電気かと思ったが、さすがにここまでにはならない。
「男の人が……苦手なの。だからこうなるの」
“こう”、とは。今起きた現象の事を言っている。こんなオカルトみたいな出来事が。目の前で起きたから少なくとも平常心でいられない。でも忍足は別に騒がない。疑いもしなかった。彼女の悲しげな顔を見たらそんな気になれなかった。
「……それは、対人恐怖症みたいなもんなんかな」
「女の子には、そんなにならない。……ごめんなさい、びっくりさせて」
「いやそれはこっちのセリフ」
「え?」
「なんや、もしかして嫌な記憶とか思い出させたかなぁって」
「……ううん。大丈夫」
とてもそういうふうには見えない。まるで忍足から逃げるように彼女は行ってしまった。残された忍足は自分の掌をまた見つめる。何もない。痺れももう消えていた。何もなかったかのように、跡形もなく。
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