優しい雨
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ここ数日、毎日のように来ている。相変わらず、広い部室だ。
「使え」
と言われて大きめのタオルを渡された。ふわふわでいい匂いがした。彼がつけてる香水と同じだと知ってまた涙が込み上げてくる。
「琴璃。腕見せてみろ」
跡部の手には救急箱があった。テニス部のものだ。雨で水分を吸った包帯は衛生的にもよくない。向かい合うように座ると琴璃の手首から包帯を剥がし、新しいのを巻き直してくれた。
「ありがとう」
「ちゃんと拭け、まだ濡れてる」
タオルを頭に被せられる。タオル越しに跡部の手の熱を感じる。この優しさがずっと続いて欲しい。彼の優しさに触れて素直に思ってしまう。自分のエゴがすごい勢いで成長してゆく。
「馬鹿だね、私。どうせ治ったら、もう話すこともないのに」
「何の話だ」
「跡部くんの話……だよ」
雨音が分かるくらい静かだった。言うつもりなかったのに。琴璃は自分を落ち着かせるために深呼吸をする。
「女子テニの部長さんから聞いた?」
「ああ」
「……そっか」
「何だお前。それを気にしてたのか」
「それもあるけど……」
琴璃の声が微かに震える。跡部はそれに気付いた。彼女の頭を撫でるように拭いてやった。替えたばかりの包帯にぽたぽた染みができてゆく。
「跡部くん、私ね、怪我したことで跡部くんと話せて嬉しかった。送り迎えしてもらったり、一緒に駅まで歩けたことも全部嬉しかった。最初は申し訳ないと思ったけど、いつの間にか今日も帰ってくれるかな、て思うようになっちゃった。いつの間にか……このまま治らなくてもいいかも、なんて不謹慎なこと、思っちゃった……」
たとえ気持ちを伝えられてもやっぱり彼は普通の生徒と違うから。自分みたいな人間と並ぶような人ではない。根拠も無しにそう思ってしまうのは自分に自信がない表れだと思った。それでもひとときの夢のような時間が楽しくて仕方なかった。自分なんかに目を向けてくれたことがこんなに幸せだと感じられた。
「治ったらもう跡部くんと関わることもないんだな、って思ったら寂しくなったの。お医者さんにはあと4週間って言われてるけど、明日からはもう自分で氷帝に通いたい。せっかく朝迎えに来てくれてるのに、ごめんね」
残りの4週間も幸せな日を送ると最後の日が物凄く辛くなってしまうだろうから。それなら今のうちから彼から離れよう。それが琴璃の切なる願いだった。
「全く馬鹿げた考えだな」
跡部は真っ直ぐ見つめている。涙でぐしゃぐしゃの琴璃を。馬鹿だと言ったのにその瞳はとても優しかった。
「そんなものはお前のマイナス思考が生んだ思い込みに過ぎない。まさかもう約束を忘れたのか?」
「え……」
「頼んできたお前からすっぽかす気か?」
もちろん覚えていた。治ったら跡部くんにお肉をご馳走してもらえる、テニスを教えてもらえる。とびきりの接点が持てた。でもそれを楽しみに待つ気持ちになれなかった。時間の浪費を避ける跡部が、自分の為に時間を割いてくれると思えなかったから。心のどこかでは期待よりも諦めが強かったと言える。だから琴璃は約束をあまり期待してなかった。どうせ叶わないと思っていた。でも跡部はそんなふうに思ってはいなかった。また琴璃は涙を隠せなくなる。
「お前が簡単に約束を破るような人間だとは思えないが?」
「う、あ……うん」
「にしても、俺に会えなくなるのをそんなに悲しんでたなんてな」
跡部は笑っている。とても嬉しげに。琴璃の頬へ指を滑らすと涙を拭ってやった。
「こんな、この世の終わりみてぇな顔して何を言うかと思ったら」
「そ、そんな顔してた?」
「ああ、してたぜ?俺が好きで困ってますって顔だ」
まだちゃんと伝えたわけじゃないのに本人に言い当てられ狼狽える。驚きで涙も退いてしまった。あんなに不安だったのに今はもうとにかく、恥ずかしい。
「琴璃、悪いがお前の申し出は断ろう。それはお前の本心じゃない。明日もお前は俺様と登校するんだ。いいな?」
「……うん」
雨はまだまだ止みそうになかった。もう心は泣いてないのに絶えず降り頻る。でももう琴璃にはどうでも良かった。雨が降ろうが止もうが。どっちでもいい。どっちであっても理由がなくても、好きな人に会えるのだから。
試験最終日を終え琴璃は病院に来ている。診察が終わりロビーへ戻ると、待っていたジローが手を降って自分の存在を教えた。
試験も通院も今日で最後。包帯が取れた手首はすっきりと見える。まだ若干の青白さはまとっているが、何かで固定されなくなったのはとても快適だ。
「琴璃ちゃん良かったねー。今日でビョーイン卒業!おめでと」
「ありがとう。試験も終わったしすっごく身軽になった気分だよ」
「うーっし、またゲームできる!」
ここまでは跡部の送迎車で連れてきてもらった。彼は電話をかけに席を外している。ジローが買っておいてくれたジュースを2人で飲みながら戻りを待つ。
「部活は明日から?」
「そ。今ね、また明日からテニスできるーって気持ちと、明日から始まるのかーって気持ちが頭の中で格闘してる」
明日からテニス部は通常の活動が始まる。跡部はまた忙しない日常になるのだろう。でも試験期間中であろうと、彼はそれほど暇をもて余してるわけではなかった。いつもどこで息抜きしているのか、琴璃は不思議に思った。
「でもやっぱテニスできるのは楽しーな。琴璃ちゃんもやってみれば?」
「実は今度跡部くんに教えてもらえるの」
「跡部?マジ?跡部が教えてやる、って言ったの?」
「うん。わたし全くのど素人だけど。ジローくんも良かったら教えてね」
聞いたジローは信じられないといった様子。口を半開きにして動かずにいたが、次第にニマニマと顔を緩めた。
「なんか、うん、良かったなーうまくいって。やっぱしオレじゃ勝てないよね」
「試合の話?」
「ううん、何でもない。でさ、結局いつから好きだったのかね。聞いてみた?」
「え?」
「ん?」
「……えーと。誰が誰の事を?」
「跡部が、琴璃ちゃんを」
「え?」
「ん?」
言い間違いではないかと思った。耳を疑う。同じやり取りを2度繰り返してもジローはにこにこしたままだ。
「え、その……逆、だよね?今の」
「もしかして琴璃ちゃん、気付いてなかったの?跡部の気持ち」
てっきり自分の恋心がジローにバレていたのかと思ったのに。そんな事実をカミングアウトされて琴璃は動揺が隠せない。
「そ、そんなの知るわけ……ないよ。だって跡部くんとは怪我するまでは何の接点もなかったんだよ?」
「まー確かにそうだけどさ」
「それに跡部くんは凄い人で、女子から人気絶大でなんでも完璧な人なんだよ?だから、」
「だから?」
「だから……」
「私なんか相応しくない、とでも言いたいのか?」
いつの間にか跡部が戻ってきていた。電話は終ったらしい。琴璃たちの話をどこから聞いていたかは謎である。
「迎えが到着した。行くぞ」
「へーい。あ、でもいいよオレんちここから近いし歩いて帰るねー」
「ジローくん?」
「そのほうが跡部も喜ぶからさ。じゃね、琴璃ちゃん」
最後ににかっと笑って。琴璃が引き留める間もなくジローは行ってしまった。
「アイツにしては気の利いたことするもんだな」
「跡部くん、あの……さっきの話なんだけど」
「なんだ」
「……その、本当なのかなって」
跡部はスマホを胸ポケットにしまうと琴璃の隣に腰を降ろした。
「お前はこの前、怪我のお陰で俺の傍にいられると思ったことを責めたと言っていたな。大したヤツだと思うぜ」
怪我を口実に跡部に会えるのは単なる下心だ。そう思って琴璃は自分を責めていた。泣いて跡部に話した。彼女は素直な人間なのだと跡部は思った。
「逆に俺は、そうは思わなかった。お前の怪我を理由に毎日迎えに行った。わざわざそこまでする必要なんて無いのに」
「それ、どーゆう……」
「お前が思うほど俺は完璧じゃない。俺だって普通の思考回路の持ち主だぜ」
雨を喜んでいたのも、約1ヶ月続いた送迎を幸せと感じていたのも、テニスの約束を楽しみに待つのも。総て琴璃だけではなかった。
「怪我が治って次にお前に会える口実を作っておくほど、俺はお前を側に置いておきたいらしい」
「う、そ」
「言葉にしなきゃ、分からねぇか」
跡部はふっと笑って、すっきりした琴璃の手首を優しく掴んだ。それを、自分のほうに近付けて静かにキスをした。その一連の動作がいちいち型にはまる。まるでお伽話のワンシーンのようだ。
「俺は、お前が好きみたいだぜ。俺が思っている以上にな」
琴璃は何も言えなかった。ぼんっ、と音が鳴りそうなくらい一気に顔が熱くなる。
「跡部くん。あの、その、私も……好きなの」
「ああ、知ってる」
自信たっぷりにそう答えるから琴璃はなんだかおかしくなった。
「ありがと」
「何がだ?」
「しあわせな時間をいっぱい与えてくれて」
「この程度で満足されたら困るな。俺といればこの先も幸せでいられることを約束してやる」
こんな台詞言えるのもこの人だけだな、と思う。その人が自分のことを想ってくれて、これ以上ない幸せだと琴璃は思った。病院を後にし、待機していた迎えの車に乗り込む。
「どこに行くの?」
「快気祝いだ。行きたい所に連れてってやる」
「お肉、お肉!」
「なんだお前、急に元気になったな」
跡部が運転手によく分からない建物の名を言った。琴璃はご機嫌で窓の外の景色を眺めている。子供のように見えるものにいちいち感動している。こんな小さなことで幸せを感じられる彼女は自分と違うと改めて思う。違うから惹かれたんだろう。いつから気に掛けるようになったなんてとっくに忘れた。いつもにこにこして穏やかな彼女。救急車に一緒に乗った時も「ごめんね」と言っていた。自分のことは後回しで。
「どんなお肉かな、テレビで見るような最高級のやつかな」
そうだな、と返事をし跡部は彼女の手をそっと握る。もっとその幸せそうな笑顔を見たいと思った。
跡部“様”ではなく跡部“くん”に甘やかされたい。ちょっとエセっぽくなっちやったけど
最後までお付き合いいただき有り難うございました^^
「使え」
と言われて大きめのタオルを渡された。ふわふわでいい匂いがした。彼がつけてる香水と同じだと知ってまた涙が込み上げてくる。
「琴璃。腕見せてみろ」
跡部の手には救急箱があった。テニス部のものだ。雨で水分を吸った包帯は衛生的にもよくない。向かい合うように座ると琴璃の手首から包帯を剥がし、新しいのを巻き直してくれた。
「ありがとう」
「ちゃんと拭け、まだ濡れてる」
タオルを頭に被せられる。タオル越しに跡部の手の熱を感じる。この優しさがずっと続いて欲しい。彼の優しさに触れて素直に思ってしまう。自分のエゴがすごい勢いで成長してゆく。
「馬鹿だね、私。どうせ治ったら、もう話すこともないのに」
「何の話だ」
「跡部くんの話……だよ」
雨音が分かるくらい静かだった。言うつもりなかったのに。琴璃は自分を落ち着かせるために深呼吸をする。
「女子テニの部長さんから聞いた?」
「ああ」
「……そっか」
「何だお前。それを気にしてたのか」
「それもあるけど……」
琴璃の声が微かに震える。跡部はそれに気付いた。彼女の頭を撫でるように拭いてやった。替えたばかりの包帯にぽたぽた染みができてゆく。
「跡部くん、私ね、怪我したことで跡部くんと話せて嬉しかった。送り迎えしてもらったり、一緒に駅まで歩けたことも全部嬉しかった。最初は申し訳ないと思ったけど、いつの間にか今日も帰ってくれるかな、て思うようになっちゃった。いつの間にか……このまま治らなくてもいいかも、なんて不謹慎なこと、思っちゃった……」
たとえ気持ちを伝えられてもやっぱり彼は普通の生徒と違うから。自分みたいな人間と並ぶような人ではない。根拠も無しにそう思ってしまうのは自分に自信がない表れだと思った。それでもひとときの夢のような時間が楽しくて仕方なかった。自分なんかに目を向けてくれたことがこんなに幸せだと感じられた。
「治ったらもう跡部くんと関わることもないんだな、って思ったら寂しくなったの。お医者さんにはあと4週間って言われてるけど、明日からはもう自分で氷帝に通いたい。せっかく朝迎えに来てくれてるのに、ごめんね」
残りの4週間も幸せな日を送ると最後の日が物凄く辛くなってしまうだろうから。それなら今のうちから彼から離れよう。それが琴璃の切なる願いだった。
「全く馬鹿げた考えだな」
跡部は真っ直ぐ見つめている。涙でぐしゃぐしゃの琴璃を。馬鹿だと言ったのにその瞳はとても優しかった。
「そんなものはお前のマイナス思考が生んだ思い込みに過ぎない。まさかもう約束を忘れたのか?」
「え……」
「頼んできたお前からすっぽかす気か?」
もちろん覚えていた。治ったら跡部くんにお肉をご馳走してもらえる、テニスを教えてもらえる。とびきりの接点が持てた。でもそれを楽しみに待つ気持ちになれなかった。時間の浪費を避ける跡部が、自分の為に時間を割いてくれると思えなかったから。心のどこかでは期待よりも諦めが強かったと言える。だから琴璃は約束をあまり期待してなかった。どうせ叶わないと思っていた。でも跡部はそんなふうに思ってはいなかった。また琴璃は涙を隠せなくなる。
「お前が簡単に約束を破るような人間だとは思えないが?」
「う、あ……うん」
「にしても、俺に会えなくなるのをそんなに悲しんでたなんてな」
跡部は笑っている。とても嬉しげに。琴璃の頬へ指を滑らすと涙を拭ってやった。
「こんな、この世の終わりみてぇな顔して何を言うかと思ったら」
「そ、そんな顔してた?」
「ああ、してたぜ?俺が好きで困ってますって顔だ」
まだちゃんと伝えたわけじゃないのに本人に言い当てられ狼狽える。驚きで涙も退いてしまった。あんなに不安だったのに今はもうとにかく、恥ずかしい。
「琴璃、悪いがお前の申し出は断ろう。それはお前の本心じゃない。明日もお前は俺様と登校するんだ。いいな?」
「……うん」
雨はまだまだ止みそうになかった。もう心は泣いてないのに絶えず降り頻る。でももう琴璃にはどうでも良かった。雨が降ろうが止もうが。どっちでもいい。どっちであっても理由がなくても、好きな人に会えるのだから。
試験最終日を終え琴璃は病院に来ている。診察が終わりロビーへ戻ると、待っていたジローが手を降って自分の存在を教えた。
試験も通院も今日で最後。包帯が取れた手首はすっきりと見える。まだ若干の青白さはまとっているが、何かで固定されなくなったのはとても快適だ。
「琴璃ちゃん良かったねー。今日でビョーイン卒業!おめでと」
「ありがとう。試験も終わったしすっごく身軽になった気分だよ」
「うーっし、またゲームできる!」
ここまでは跡部の送迎車で連れてきてもらった。彼は電話をかけに席を外している。ジローが買っておいてくれたジュースを2人で飲みながら戻りを待つ。
「部活は明日から?」
「そ。今ね、また明日からテニスできるーって気持ちと、明日から始まるのかーって気持ちが頭の中で格闘してる」
明日からテニス部は通常の活動が始まる。跡部はまた忙しない日常になるのだろう。でも試験期間中であろうと、彼はそれほど暇をもて余してるわけではなかった。いつもどこで息抜きしているのか、琴璃は不思議に思った。
「でもやっぱテニスできるのは楽しーな。琴璃ちゃんもやってみれば?」
「実は今度跡部くんに教えてもらえるの」
「跡部?マジ?跡部が教えてやる、って言ったの?」
「うん。わたし全くのど素人だけど。ジローくんも良かったら教えてね」
聞いたジローは信じられないといった様子。口を半開きにして動かずにいたが、次第にニマニマと顔を緩めた。
「なんか、うん、良かったなーうまくいって。やっぱしオレじゃ勝てないよね」
「試合の話?」
「ううん、何でもない。でさ、結局いつから好きだったのかね。聞いてみた?」
「え?」
「ん?」
「……えーと。誰が誰の事を?」
「跡部が、琴璃ちゃんを」
「え?」
「ん?」
言い間違いではないかと思った。耳を疑う。同じやり取りを2度繰り返してもジローはにこにこしたままだ。
「え、その……逆、だよね?今の」
「もしかして琴璃ちゃん、気付いてなかったの?跡部の気持ち」
てっきり自分の恋心がジローにバレていたのかと思ったのに。そんな事実をカミングアウトされて琴璃は動揺が隠せない。
「そ、そんなの知るわけ……ないよ。だって跡部くんとは怪我するまでは何の接点もなかったんだよ?」
「まー確かにそうだけどさ」
「それに跡部くんは凄い人で、女子から人気絶大でなんでも完璧な人なんだよ?だから、」
「だから?」
「だから……」
「私なんか相応しくない、とでも言いたいのか?」
いつの間にか跡部が戻ってきていた。電話は終ったらしい。琴璃たちの話をどこから聞いていたかは謎である。
「迎えが到着した。行くぞ」
「へーい。あ、でもいいよオレんちここから近いし歩いて帰るねー」
「ジローくん?」
「そのほうが跡部も喜ぶからさ。じゃね、琴璃ちゃん」
最後ににかっと笑って。琴璃が引き留める間もなくジローは行ってしまった。
「アイツにしては気の利いたことするもんだな」
「跡部くん、あの……さっきの話なんだけど」
「なんだ」
「……その、本当なのかなって」
跡部はスマホを胸ポケットにしまうと琴璃の隣に腰を降ろした。
「お前はこの前、怪我のお陰で俺の傍にいられると思ったことを責めたと言っていたな。大したヤツだと思うぜ」
怪我を口実に跡部に会えるのは単なる下心だ。そう思って琴璃は自分を責めていた。泣いて跡部に話した。彼女は素直な人間なのだと跡部は思った。
「逆に俺は、そうは思わなかった。お前の怪我を理由に毎日迎えに行った。わざわざそこまでする必要なんて無いのに」
「それ、どーゆう……」
「お前が思うほど俺は完璧じゃない。俺だって普通の思考回路の持ち主だぜ」
雨を喜んでいたのも、約1ヶ月続いた送迎を幸せと感じていたのも、テニスの約束を楽しみに待つのも。総て琴璃だけではなかった。
「怪我が治って次にお前に会える口実を作っておくほど、俺はお前を側に置いておきたいらしい」
「う、そ」
「言葉にしなきゃ、分からねぇか」
跡部はふっと笑って、すっきりした琴璃の手首を優しく掴んだ。それを、自分のほうに近付けて静かにキスをした。その一連の動作がいちいち型にはまる。まるでお伽話のワンシーンのようだ。
「俺は、お前が好きみたいだぜ。俺が思っている以上にな」
琴璃は何も言えなかった。ぼんっ、と音が鳴りそうなくらい一気に顔が熱くなる。
「跡部くん。あの、その、私も……好きなの」
「ああ、知ってる」
自信たっぷりにそう答えるから琴璃はなんだかおかしくなった。
「ありがと」
「何がだ?」
「しあわせな時間をいっぱい与えてくれて」
「この程度で満足されたら困るな。俺といればこの先も幸せでいられることを約束してやる」
こんな台詞言えるのもこの人だけだな、と思う。その人が自分のことを想ってくれて、これ以上ない幸せだと琴璃は思った。病院を後にし、待機していた迎えの車に乗り込む。
「どこに行くの?」
「快気祝いだ。行きたい所に連れてってやる」
「お肉、お肉!」
「なんだお前、急に元気になったな」
跡部が運転手によく分からない建物の名を言った。琴璃はご機嫌で窓の外の景色を眺めている。子供のように見えるものにいちいち感動している。こんな小さなことで幸せを感じられる彼女は自分と違うと改めて思う。違うから惹かれたんだろう。いつから気に掛けるようになったなんてとっくに忘れた。いつもにこにこして穏やかな彼女。救急車に一緒に乗った時も「ごめんね」と言っていた。自分のことは後回しで。
「どんなお肉かな、テレビで見るような最高級のやつかな」
そうだな、と返事をし跡部は彼女の手をそっと握る。もっとその幸せそうな笑顔を見たいと思った。
跡部“様”ではなく跡部“くん”に甘やかされたい。ちょっとエセっぽくなっちやったけど
最後までお付き合いいただき有り難うございました^^
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