カーテンコール
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「あーもぉ。全然うまくできないよ」
隣で溜息混じりの声が響く。友人はもうお手上げと言わんばかりに両手を広げてみせた。
「ちょっと貸して」
と、琴璃は彼女の手から布切れをとった。裁縫はわりと得意なほうだ。あっという間にミシンで縫い合わせると、ただの布切れが立派なテーブルクロスになった。さっきまで情けない声を出していた友人は「さすがあ」と感嘆した。
「これあと何枚くらい作るようなの?」
「10枚くらいかな」
無理ー、と言ってまたしても隣の彼女は天を仰ぐ。
最近の放課後は、来たる文化祭の準備に明け暮れている。琴璃のクラスは喫茶店をやることになった。何人かのグループに分かれて準備の分担をすることになり、琴璃はテーブルクロスやカーテンを作る担当になった。
今、琴璃の隣でミシンに嫌気がさしている彼女は、「琴璃がやるならあたしもやる」と言って同じグループに立候補した。けれど、蓋を開けてみれば彼女は裁縫なんてやったことのない子だった。手際よく布を断ち切る琴璃を見て狼狽えたのか、これまでに針と糸を手にしたことすら無いのだと早々に白状された。
「ごめんね。琴璃と一緒ならきっとなんとかなると思ったから……」
「大丈夫、このペースでやれば間に合うから」
彼女があまりにも申し訳なさそうに言うから、琴璃は呆れることもなく手を動かす。
それに、お嬢様の彼女が裁縫が出来ないであろうことは想定内だった。氷帝の生徒の中には、実家が名家や財閥といった家柄のいい子が一部いる。琴璃の友人である彼女も、それに当てはまる子だった。お嬢様だけど、彼女は出会った当初から琴璃と仲良くしてくれた。琴璃は特にいいところのお嬢さんなんかじゃない。平凡な家庭の娘だけど、それでも彼女は仲良くしてくれている。だからずっと大切な友達だと思っている。裁縫ができないくらいで呆れたりしない。
「残り私やっとくから、別の班のほう手伝いに行ってきていいよ」
「……大丈夫?あたし行っちゃったら、琴璃1人になっちゃうよ?」
「いいよ、今日明日くらいでだいたい目途がつきそうだから。大丈夫」
さっきと同じように大丈夫を繰り返す。本当のところはちょっと怪しいけど。そうでも言わないと彼女は気にしてしまう。琴璃がいってらっしゃいと手を振る。彼女は安心したようで、「教室のほう見てくるね」と言って家庭科準備室を後にした。
この作業担当の生徒は琴璃たち以外にもいるのだが、今日は運悪く委員会やら部活の集まりでどうしても行かなきゃいけないらしい。だからもう実質琴璃が1人で全てやっているようなもの。でも別に不満はない。黙々と手を動かしていたほうが余計なことを考えなくて済む。たとえば、文化祭とは関係ないこととか。最近頭を悩ませていることとか。もっと言うと、彼のこととか。
「1人でやってるのか。寂しいヤツだな」
思った矢先に、その張本人が現れた。跡部はつかつかと部屋に入り、当たり前に琴璃の隣の椅子に座る。優雅に足を組んで琴璃の作業を観察し始めた。
「仕事を押し付けられたのか」
「違うよ。さっきまで友達もいたよ。でも私1人でできるから、別のとこ手伝いに行ってもらったの」
彼女が裁縫に不得手なことは言ったりしない。そうしたらきっと、あの子が悲しむから。
跡部の質問には答えたけど、琴璃は顔を向けたりはしなかった。だってミシンを動かしてるんだから。よそ見なんてできやしない。それに見たら最後、絶対に彼のペースにさせられてしまう。それだけは避けたい。なのに、そんな琴璃の願いを嗤うかのように、跡部はぐっと体を近づけてくる。
「なんだ。てっきり俺と2人きりになりたいから1人で居るのかと思ったぜ」
「そんなわけないでしょ」
必死に平生を装う。だけどそんなことしたってこの人にはとっくにバレている。思ってること全てが、バレている。それでも、精一杯なんてことのないように琴璃は振る舞う。
「生徒会長さんで文化祭の実行委員長さんでもある人が、こんな所で油売ってていいの?」
「今の今まで動き回ってた。少しくらい休ませろ」
口を尖らせるように跡部は言った。学園のトップの彼は、文化祭の決定権と責任を担う役目も引き受けている。色々と忙しいから、琴璃と同じクラスであってもクラスの準備にはなかなか顔を出せずにいた。たまたま今は時間が空いたからクラスの様子を見にでも来たのだろう。でも彼は教室ではなくこの家庭科準備室に来た。琴璃がここで作業していることを知っていたからだ。尚且つ、琴璃が1人になったことで姿を見せた。あのまま友人がここに居たら絶対に現れなかった。ミシンを操作してなかったらもっと距離は近かったかもしれない。それを裏付けるかのように、隣から圧のある視線をさっきからひしひしと感じる。彼のつけている香水がほんのりと香る。今だって距離は限りなく近い。これ以上近づいたら――
「いつ終わるんだそれは」
「あと10枚作ったら」
「そんなにあるのかよ」
「手伝ってくれるなら、もっと早く終わると思うよ」
「……それは嫌味か」
彼に出来やしないと知ってるから言える。さっきの友人も彼も、こういう作業に向いてない。そういう人達だから。自分とは、なんというかちょっと違うから。変な劣等感を感じている。やっぱり自分の入る隙なんてないのかも。そんなことを考えながら、しきりに手元を動かしている。
「なら、大人しくお前の作業を見守っていてやろう」
手伝う気など無い。ここを出ていくつもりもまた無いらしい。
「なにそれ、いいよ。そろそろ戻りなよ」
本当は、居てもいいけど。でもそんなこと言えやしない。もう何百回、こうやって本音を言わずに飲み込んだか。
ダダダダ、と規則的なミシンの音が響く。琴璃の心臓も今、ここまでは速くないけれど、いつもよりかは確実に速い速度を刻んでいる。この時間がもう少し続いてもいいかも。そう思った時だった。
「琴璃ー、ポスター完成したって。私これから貼って……って、うそ、跡部様」
さっきの彼女が勢いよく戻ってきた。同時にそばで小さな舌打ちが聞こえた。当然琴璃にしか聞こえていない。
「どうしたの?跡部様がこんなところに来るなんて。なんかうちらに用事?」
「別に。生徒会室から灯りがついているのが見えたから、消し忘れかと思って見に来ただけだ」
それだけ言って跡部はあっさりと出て行ってしまった。
「ね、ね。本当にそれだけかな?」
「え?」
「だって、生徒会室のある棟からこっちの棟までかなり遠回りだよ?消し忘れの確認だけでわざわざ来る?」
「さあ、どうだろう」
「……もしかしてうちらの進み具合を見に来てくれたのかな。ほら、跡部様は実行委員長だからなかなかクラスのほうの準備に顔を出せないじゃん?気をつかって、うちらのこと見に来てくれたんじゃない?」
彼女が嬉しそうに言う。跡部がここに現れたことに期待をしている。教室行くんじゃなかったー、と、この場を離れたことを悔やんでいる。
だけど琴璃は、ちがうよ、と内心で否定する。
彼は作業の進捗を確認しにきたんじゃない。私に会いに来たんだよ。
ひっそりと思いながら、陽気になる恋する彼女の横顔を眺めていた。
隣で溜息混じりの声が響く。友人はもうお手上げと言わんばかりに両手を広げてみせた。
「ちょっと貸して」
と、琴璃は彼女の手から布切れをとった。裁縫はわりと得意なほうだ。あっという間にミシンで縫い合わせると、ただの布切れが立派なテーブルクロスになった。さっきまで情けない声を出していた友人は「さすがあ」と感嘆した。
「これあと何枚くらい作るようなの?」
「10枚くらいかな」
無理ー、と言ってまたしても隣の彼女は天を仰ぐ。
最近の放課後は、来たる文化祭の準備に明け暮れている。琴璃のクラスは喫茶店をやることになった。何人かのグループに分かれて準備の分担をすることになり、琴璃はテーブルクロスやカーテンを作る担当になった。
今、琴璃の隣でミシンに嫌気がさしている彼女は、「琴璃がやるならあたしもやる」と言って同じグループに立候補した。けれど、蓋を開けてみれば彼女は裁縫なんてやったことのない子だった。手際よく布を断ち切る琴璃を見て狼狽えたのか、これまでに針と糸を手にしたことすら無いのだと早々に白状された。
「ごめんね。琴璃と一緒ならきっとなんとかなると思ったから……」
「大丈夫、このペースでやれば間に合うから」
彼女があまりにも申し訳なさそうに言うから、琴璃は呆れることもなく手を動かす。
それに、お嬢様の彼女が裁縫が出来ないであろうことは想定内だった。氷帝の生徒の中には、実家が名家や財閥といった家柄のいい子が一部いる。琴璃の友人である彼女も、それに当てはまる子だった。お嬢様だけど、彼女は出会った当初から琴璃と仲良くしてくれた。琴璃は特にいいところのお嬢さんなんかじゃない。平凡な家庭の娘だけど、それでも彼女は仲良くしてくれている。だからずっと大切な友達だと思っている。裁縫ができないくらいで呆れたりしない。
「残り私やっとくから、別の班のほう手伝いに行ってきていいよ」
「……大丈夫?あたし行っちゃったら、琴璃1人になっちゃうよ?」
「いいよ、今日明日くらいでだいたい目途がつきそうだから。大丈夫」
さっきと同じように大丈夫を繰り返す。本当のところはちょっと怪しいけど。そうでも言わないと彼女は気にしてしまう。琴璃がいってらっしゃいと手を振る。彼女は安心したようで、「教室のほう見てくるね」と言って家庭科準備室を後にした。
この作業担当の生徒は琴璃たち以外にもいるのだが、今日は運悪く委員会やら部活の集まりでどうしても行かなきゃいけないらしい。だからもう実質琴璃が1人で全てやっているようなもの。でも別に不満はない。黙々と手を動かしていたほうが余計なことを考えなくて済む。たとえば、文化祭とは関係ないこととか。最近頭を悩ませていることとか。もっと言うと、彼のこととか。
「1人でやってるのか。寂しいヤツだな」
思った矢先に、その張本人が現れた。跡部はつかつかと部屋に入り、当たり前に琴璃の隣の椅子に座る。優雅に足を組んで琴璃の作業を観察し始めた。
「仕事を押し付けられたのか」
「違うよ。さっきまで友達もいたよ。でも私1人でできるから、別のとこ手伝いに行ってもらったの」
彼女が裁縫に不得手なことは言ったりしない。そうしたらきっと、あの子が悲しむから。
跡部の質問には答えたけど、琴璃は顔を向けたりはしなかった。だってミシンを動かしてるんだから。よそ見なんてできやしない。それに見たら最後、絶対に彼のペースにさせられてしまう。それだけは避けたい。なのに、そんな琴璃の願いを嗤うかのように、跡部はぐっと体を近づけてくる。
「なんだ。てっきり俺と2人きりになりたいから1人で居るのかと思ったぜ」
「そんなわけないでしょ」
必死に平生を装う。だけどそんなことしたってこの人にはとっくにバレている。思ってること全てが、バレている。それでも、精一杯なんてことのないように琴璃は振る舞う。
「生徒会長さんで文化祭の実行委員長さんでもある人が、こんな所で油売ってていいの?」
「今の今まで動き回ってた。少しくらい休ませろ」
口を尖らせるように跡部は言った。学園のトップの彼は、文化祭の決定権と責任を担う役目も引き受けている。色々と忙しいから、琴璃と同じクラスであってもクラスの準備にはなかなか顔を出せずにいた。たまたま今は時間が空いたからクラスの様子を見にでも来たのだろう。でも彼は教室ではなくこの家庭科準備室に来た。琴璃がここで作業していることを知っていたからだ。尚且つ、琴璃が1人になったことで姿を見せた。あのまま友人がここに居たら絶対に現れなかった。ミシンを操作してなかったらもっと距離は近かったかもしれない。それを裏付けるかのように、隣から圧のある視線をさっきからひしひしと感じる。彼のつけている香水がほんのりと香る。今だって距離は限りなく近い。これ以上近づいたら――
「いつ終わるんだそれは」
「あと10枚作ったら」
「そんなにあるのかよ」
「手伝ってくれるなら、もっと早く終わると思うよ」
「……それは嫌味か」
彼に出来やしないと知ってるから言える。さっきの友人も彼も、こういう作業に向いてない。そういう人達だから。自分とは、なんというかちょっと違うから。変な劣等感を感じている。やっぱり自分の入る隙なんてないのかも。そんなことを考えながら、しきりに手元を動かしている。
「なら、大人しくお前の作業を見守っていてやろう」
手伝う気など無い。ここを出ていくつもりもまた無いらしい。
「なにそれ、いいよ。そろそろ戻りなよ」
本当は、居てもいいけど。でもそんなこと言えやしない。もう何百回、こうやって本音を言わずに飲み込んだか。
ダダダダ、と規則的なミシンの音が響く。琴璃の心臓も今、ここまでは速くないけれど、いつもよりかは確実に速い速度を刻んでいる。この時間がもう少し続いてもいいかも。そう思った時だった。
「琴璃ー、ポスター完成したって。私これから貼って……って、うそ、跡部様」
さっきの彼女が勢いよく戻ってきた。同時にそばで小さな舌打ちが聞こえた。当然琴璃にしか聞こえていない。
「どうしたの?跡部様がこんなところに来るなんて。なんかうちらに用事?」
「別に。生徒会室から灯りがついているのが見えたから、消し忘れかと思って見に来ただけだ」
それだけ言って跡部はあっさりと出て行ってしまった。
「ね、ね。本当にそれだけかな?」
「え?」
「だって、生徒会室のある棟からこっちの棟までかなり遠回りだよ?消し忘れの確認だけでわざわざ来る?」
「さあ、どうだろう」
「……もしかしてうちらの進み具合を見に来てくれたのかな。ほら、跡部様は実行委員長だからなかなかクラスのほうの準備に顔を出せないじゃん?気をつかって、うちらのこと見に来てくれたんじゃない?」
彼女が嬉しそうに言う。跡部がここに現れたことに期待をしている。教室行くんじゃなかったー、と、この場を離れたことを悔やんでいる。
だけど琴璃は、ちがうよ、と内心で否定する。
彼は作業の進捗を確認しにきたんじゃない。私に会いに来たんだよ。
ひっそりと思いながら、陽気になる恋する彼女の横顔を眺めていた。
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