真昼の月
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ドラッグストアで生理用品と痛み止めの薬を買い、コンビニをはしごして30分以内で帰宅した。家に戻ると琴璃は風呂から出ていて、髪の毛をひとつにまとめてソファの隅に座っていた。さっき渡した自分の部屋着を着ている。サイズがちっとも合っていない上下グレーの部屋着。裾を幾重にも折っている。もうちょっとマシなのあったかな、と今さらながらに思った。
「おかえりなさい」
「大丈夫?なんか不便なことあった?」
「ううん、シャワーだけいただきました」
「あれ、風呂沸いとらんかった?」
「沸いてるよ。でも、先に入るのもなんか悪いかなって」
部屋の主でもない上に生理だから、と。彼女は俯いて言った。未だに凄く気にしているのだ。今夜だけ突然居候させてもらうことに。
「別にええのに。まぁでも、風呂浸かるんはどっちみちその足じゃしんどいか」
「うん」
「薬局で買うてきたんやけど、とりあえずこんなんでええかな」
忍足から受け取ったビニール袋の中身を見て、琴璃はまたありがとうと言った。
「先生は、こういうの買うのに抵抗ない人?」
「別に、ないかなぁ。姉ちゃんおるから、初めて見るもんでもないからな」
「……そっか」
「ほな、飯にしよ。こっちも分からんから、なんや目についたもん適当に買うてきたわ」
そうやって、何てことのないように言ったけど。
実際のところは初めてだった。過去に付き合っていた相手と一緒に買い物に行った時に買ったりしたけど、それは2人でいたからであって。今日のように男1人で生理用品を買いに行くのは生まれて初めての体験だった。だからと言って別に物怖じなんてしないのだが。とりあえず、種類が多くて良く分からないで適当に買ってきたけど、これで良かったのかも未だに分からない。
夕飯にしても、せめて何か好物でも聞いてから買い物に行けば良かったと今更思う。けどさっきの自分は、僅かであれ気が急いていた。いきなりお詫びに“奉仕”するとか言われたら、最初からそんな気など無くとも挙動がおかしくなる。
「なんか食べれそうなもんあればええんやけど」
リビングのテーブルの上に買ってきたものを並べる。あれこれ買ったせいでどう見ても2人分の量じゃない。
「すごい、いろいろある」
と言って、琴璃は物珍しそうな目で冷凍の鍋焼きうどんを手に取った。
「それ、俺のおススメね。初めて食べた時、コンビニもここまで来たんかって思ったくらい感動したわ。こんな安いのにしっかり出汁がきいてん」
「へー」
じゃあこれ、と言ったので、受け取ってレンジの中に入れる。
「聞かないの?私のこと」
レンジが動き出すと、背後から声がかけられた。振り返ると、悲しげな顔をした琴璃と目が合った。
「歳のこと、嘘ついてごめんなさい。学生だってばれたら、強制的に親とかに連絡されちゃうと思ったから」
「それをされると不味いん?」
「……あんまり迷惑かけたくないから」
「けど、このままでおるのはあかんとちゃう?」
「うん、分かってる。でも、心配しなくて大丈夫だから。……もう会うこともないだろうし」
琴璃はどこか遠い目をして言った。言わずもがな、暴力をふるってきた相手を思い浮かべている。
「そうなん?一緒に住んどるわけやないの?」
「住んでないよ。もう別れるってとこまで話が進んでて、今日最後にうちに来て逆ギレされたの。その時に、こうなっちゃった」
と言って、琴璃は自分の足を指さした。
「お前なんかこっちから願い下げだ、って怒鳴られたから、もう私の前に現れることもないよ」
未練などない口調だった。ただただ、疲れ切っていた。
「そっか」
「ほんとにいろいろごめんなさい。明日は大学行くようだから、ここからそのまま向かうね」
「俺は別にかまへんけど。多分、俺のほうが出んの早いんちゃうかな」
「そうなの?」
「明日は早出やからなぁ」
明日は上級医について回る日だ。他にもカンファレンスがあったりカルテを確認したり。まだまだ勉強中の自分には、通常業務以外にも様々な仕事が用意されている。
「お医者さんって大変なんだね」
「そーかな」
わざと、とぼけてみた。この子も色々と大変であろうに。まだ若いのに誰にも頼らずに生きていこうとしている。この年で誰からの力も借りずにいろいろな選択をしていくなんて、それはけっこう難しいことだ。
自分の学生時代はどうだったか。親の影響もあってか、ぼんやりと中学生くらいの時には自分は医者になると決めていた。中学高校大学とエスカレーター式だったから、進学することに苦悩したことはない。でもいざ、学生という立場を終えて社会の中に紛れてみてからは。より広い人間関係になったし、逆にそれで迷うこともあった。ただでさえ選んだ道は難しいのに、壁に幾重にも立ちはだかってきた。大したことないと思っていたことに悩まされたりもした。今まで通用してきたものがうまくいかないこともあったりした。今となっては、それらも総て成長の糧になっているけれど。
そんな、自分の若かりし頃を琴璃を見ながら思い返していたら、ふいに彼女が言った。
「おいしいね、これ」
「せやろ?」
鍋焼きうどんをすすりながら琴璃は笑った。おいしいものを食べると笑顔になれる。そんな、人間らしい一面を見ることができて少しほっとした。
忍足が風呂から出るとリビングに琴璃の姿はなかった。もう1つの部屋から光が漏れている。ドアを少しだけ開けて中を覗く。さっき出してやった来客用の布団にくるまって琴璃は眠っていた。こっそり見たその寝顔は、やっぱりまだあどけなさが抜けきってなくて。色々と抱えてるんだろうなと、そんなふうにまた思ってしまった。電気を消し、そっと扉を閉めた。
「おかえりなさい」
「大丈夫?なんか不便なことあった?」
「ううん、シャワーだけいただきました」
「あれ、風呂沸いとらんかった?」
「沸いてるよ。でも、先に入るのもなんか悪いかなって」
部屋の主でもない上に生理だから、と。彼女は俯いて言った。未だに凄く気にしているのだ。今夜だけ突然居候させてもらうことに。
「別にええのに。まぁでも、風呂浸かるんはどっちみちその足じゃしんどいか」
「うん」
「薬局で買うてきたんやけど、とりあえずこんなんでええかな」
忍足から受け取ったビニール袋の中身を見て、琴璃はまたありがとうと言った。
「先生は、こういうの買うのに抵抗ない人?」
「別に、ないかなぁ。姉ちゃんおるから、初めて見るもんでもないからな」
「……そっか」
「ほな、飯にしよ。こっちも分からんから、なんや目についたもん適当に買うてきたわ」
そうやって、何てことのないように言ったけど。
実際のところは初めてだった。過去に付き合っていた相手と一緒に買い物に行った時に買ったりしたけど、それは2人でいたからであって。今日のように男1人で生理用品を買いに行くのは生まれて初めての体験だった。だからと言って別に物怖じなんてしないのだが。とりあえず、種類が多くて良く分からないで適当に買ってきたけど、これで良かったのかも未だに分からない。
夕飯にしても、せめて何か好物でも聞いてから買い物に行けば良かったと今更思う。けどさっきの自分は、僅かであれ気が急いていた。いきなりお詫びに“奉仕”するとか言われたら、最初からそんな気など無くとも挙動がおかしくなる。
「なんか食べれそうなもんあればええんやけど」
リビングのテーブルの上に買ってきたものを並べる。あれこれ買ったせいでどう見ても2人分の量じゃない。
「すごい、いろいろある」
と言って、琴璃は物珍しそうな目で冷凍の鍋焼きうどんを手に取った。
「それ、俺のおススメね。初めて食べた時、コンビニもここまで来たんかって思ったくらい感動したわ。こんな安いのにしっかり出汁がきいてん」
「へー」
じゃあこれ、と言ったので、受け取ってレンジの中に入れる。
「聞かないの?私のこと」
レンジが動き出すと、背後から声がかけられた。振り返ると、悲しげな顔をした琴璃と目が合った。
「歳のこと、嘘ついてごめんなさい。学生だってばれたら、強制的に親とかに連絡されちゃうと思ったから」
「それをされると不味いん?」
「……あんまり迷惑かけたくないから」
「けど、このままでおるのはあかんとちゃう?」
「うん、分かってる。でも、心配しなくて大丈夫だから。……もう会うこともないだろうし」
琴璃はどこか遠い目をして言った。言わずもがな、暴力をふるってきた相手を思い浮かべている。
「そうなん?一緒に住んどるわけやないの?」
「住んでないよ。もう別れるってとこまで話が進んでて、今日最後にうちに来て逆ギレされたの。その時に、こうなっちゃった」
と言って、琴璃は自分の足を指さした。
「お前なんかこっちから願い下げだ、って怒鳴られたから、もう私の前に現れることもないよ」
未練などない口調だった。ただただ、疲れ切っていた。
「そっか」
「ほんとにいろいろごめんなさい。明日は大学行くようだから、ここからそのまま向かうね」
「俺は別にかまへんけど。多分、俺のほうが出んの早いんちゃうかな」
「そうなの?」
「明日は早出やからなぁ」
明日は上級医について回る日だ。他にもカンファレンスがあったりカルテを確認したり。まだまだ勉強中の自分には、通常業務以外にも様々な仕事が用意されている。
「お医者さんって大変なんだね」
「そーかな」
わざと、とぼけてみた。この子も色々と大変であろうに。まだ若いのに誰にも頼らずに生きていこうとしている。この年で誰からの力も借りずにいろいろな選択をしていくなんて、それはけっこう難しいことだ。
自分の学生時代はどうだったか。親の影響もあってか、ぼんやりと中学生くらいの時には自分は医者になると決めていた。中学高校大学とエスカレーター式だったから、進学することに苦悩したことはない。でもいざ、学生という立場を終えて社会の中に紛れてみてからは。より広い人間関係になったし、逆にそれで迷うこともあった。ただでさえ選んだ道は難しいのに、壁に幾重にも立ちはだかってきた。大したことないと思っていたことに悩まされたりもした。今まで通用してきたものがうまくいかないこともあったりした。今となっては、それらも総て成長の糧になっているけれど。
そんな、自分の若かりし頃を琴璃を見ながら思い返していたら、ふいに彼女が言った。
「おいしいね、これ」
「せやろ?」
鍋焼きうどんをすすりながら琴璃は笑った。おいしいものを食べると笑顔になれる。そんな、人間らしい一面を見ることができて少しほっとした。
忍足が風呂から出るとリビングに琴璃の姿はなかった。もう1つの部屋から光が漏れている。ドアを少しだけ開けて中を覗く。さっき出してやった来客用の布団にくるまって琴璃は眠っていた。こっそり見たその寝顔は、やっぱりまだあどけなさが抜けきってなくて。色々と抱えてるんだろうなと、そんなふうにまた思ってしまった。電気を消し、そっと扉を閉めた。
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