真昼の月
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忍足は都内にある大学病院に勤務しており、そこから電車で何駅か移動したところの物件に1人暮らしをしている。
最寄り駅に着いた頃にはもう日付が変わっていた。街灯やコンビニの光があるからそこまで寂しくはないけれど、車の通りはめっきりと少ない。
「ここから5分ちょい歩くけど、大丈夫?」
「はい」
とは言うものの、彼女は足に怪我を負っている。先ほど自分が巻いた包帯が痛々しい。
「やっぱタクシーにしよ」
駅前のロータリーでタクシーを拾った。僅かな距離でも無理はさせないほうが良い。
「ほい」
「あ、りがとございます」
降りる際に、手を掴んで支えてやる。自分よりうんと細い手首と小さな背中。もしかしたら足以外も痛めているのかもしれない。こんな華奢な身体が暴行を受けていたなんて。なんとも言えない気持ちになった。
「あ、お金……」
「そんなんええから」
財布を取り出そうとする彼女の手を制して、ついでに荷物も持ってやった。マンションの目の前に停めてもらったので、入口にそのまま入る。
「ここね」
まだわりと新しめの1棟のマンション。セキュリティはきちんとしている。エントランスを抜けてエレベーターに乗る。もう遅い時間なので誰かと鉢合わせることもなかった。
「本当に、ごめんなさい」
小さな箱の中で琴璃が呟く。表情はどこまでも暗い。迷惑を掛けていることを申し訳なく思っている。
「自分、21っちゅーことは、大学生とか?」
忍足の質問に琴璃は頷いた。教えてくれた大学名は聞いたことがある女子大だった。確か都内で有数のお嬢様学校。
「お嬢様なんや」
「べつに、そうでもないけど……」
「今更やけど、大丈夫?親御さんとか心配してへん?」
「実家は地方だから、親はこのこと分からない」
「あ、1人暮らしなんや」
「うん。先生は?」
「ん?俺のこと?」
「先生じゃないの?」
琴璃はきょとんとした顔で聞き返す。
「あー、まあ先生か。まだ医者の卵やけど」
「どういうこと?」
「まだ研修医やさかい、本物のお医者さんって名乗るのもあれかなぁ、なんて。はは。で、なんやったっけ。俺が1人暮らしなのかって?」
「そう。だって……彼女がいたらまずいでしょ。私なんかが泊まったら」
心配してくれているらしい。自分のほうが色々と大変であるはずなのに。面白い子やなと思う。
「心配せんでも、独りもんやから」
「……モテそうなのに」
「おおきに」
鍵を開け、玄関の明かりをつける。外よりかはほんの少しだけ気温が高いけど、こんな時間帯だから肌寒さを感じた。
「散らかっとるけど、堪忍してな」
でも琴璃は靴を脱いだきり、その場に立ち尽くしたままだった。
「どしたん」
「……私、今あんまりお金持ってなくて」
「ええよ、別に。そこは気にせんといて」
「でも、迷惑かけたからできることします」
「できること?」
「だから、あるでしょ先生にも。性欲とか」
「は」
何を言い出すんだと思った。
「でも今生理だから、口でしかできないの。それで許してもらうならそうするつもりだったんだけど……」
「そーゆうこと考えんで…………って、生理なの?」
琴璃は小さく頷いた。
「さっき、先生待ってる間にトイレ行ったらなっちゃってた」
「え、そうなん。言うてくれたら買い物寄ったんに」
言えるわけがないか、とも思った。流石にあんな状況で、こんなことを名乗り出るのは抵抗があったかもしれない。
「そいや、メシは?」
「食べてない」
「ほんなら俺、食べるもんも含めて色々買うてくるわ。適当でええかな」
「え、あ、うん。ていうか私も一緒に――」
「ええから。あんまもう歩かんほうがええ。さっき風呂のスイッチ入れたから、そろそろ沸くんとちゃうかな。入ってて。あ、ちょお待って、足どうするかな……なんか濡れんようにせんと」
がたがたと部屋の中を探す。そこまで散らかってないけど、いざと言う時に必要なものが見つからない。探し回っていると洗面所の方から軽やかなメロディーが聞こえてきた。こんなことしている間に風呂が沸いてしまった。
ようやく使えそうな、そこそこ大きいビニール袋を見つけ出した。彼女の足をラップとビニール袋で濡れないように覆ってやる。細い足首だ。さっきと同様に複雑な気持ちになる。白くて細くて、痛々しい跡を残した彼女の足を目にして、果たして自分のやっていることは最善なことなのかとつい思ってしまう。
けれど今はとやかく考えている暇などない。
「タオルとかここね。あと適当に使ってくれてかまへんから」
「……ありがとう」
明かりの下で、琴璃の瞳が揺れていたのが分かった。気づかないふりをして忍足は家を出る。1人エレベーターに乗ると、今さっきの顔が思い浮かんだ。
彼女は、今にも泣き出しそうなほどのメンタル状態なのだ。それなのにお詫びに性的な奉仕をすると言った。普段からそういう仕打ちを受けているのだろうか。考えたら虫唾が走った。表情には決して出さないけれど、確実に顔も知らない相手に強い憤りを覚えた。
最寄り駅に着いた頃にはもう日付が変わっていた。街灯やコンビニの光があるからそこまで寂しくはないけれど、車の通りはめっきりと少ない。
「ここから5分ちょい歩くけど、大丈夫?」
「はい」
とは言うものの、彼女は足に怪我を負っている。先ほど自分が巻いた包帯が痛々しい。
「やっぱタクシーにしよ」
駅前のロータリーでタクシーを拾った。僅かな距離でも無理はさせないほうが良い。
「ほい」
「あ、りがとございます」
降りる際に、手を掴んで支えてやる。自分よりうんと細い手首と小さな背中。もしかしたら足以外も痛めているのかもしれない。こんな華奢な身体が暴行を受けていたなんて。なんとも言えない気持ちになった。
「あ、お金……」
「そんなんええから」
財布を取り出そうとする彼女の手を制して、ついでに荷物も持ってやった。マンションの目の前に停めてもらったので、入口にそのまま入る。
「ここね」
まだわりと新しめの1棟のマンション。セキュリティはきちんとしている。エントランスを抜けてエレベーターに乗る。もう遅い時間なので誰かと鉢合わせることもなかった。
「本当に、ごめんなさい」
小さな箱の中で琴璃が呟く。表情はどこまでも暗い。迷惑を掛けていることを申し訳なく思っている。
「自分、21っちゅーことは、大学生とか?」
忍足の質問に琴璃は頷いた。教えてくれた大学名は聞いたことがある女子大だった。確か都内で有数のお嬢様学校。
「お嬢様なんや」
「べつに、そうでもないけど……」
「今更やけど、大丈夫?親御さんとか心配してへん?」
「実家は地方だから、親はこのこと分からない」
「あ、1人暮らしなんや」
「うん。先生は?」
「ん?俺のこと?」
「先生じゃないの?」
琴璃はきょとんとした顔で聞き返す。
「あー、まあ先生か。まだ医者の卵やけど」
「どういうこと?」
「まだ研修医やさかい、本物のお医者さんって名乗るのもあれかなぁ、なんて。はは。で、なんやったっけ。俺が1人暮らしなのかって?」
「そう。だって……彼女がいたらまずいでしょ。私なんかが泊まったら」
心配してくれているらしい。自分のほうが色々と大変であるはずなのに。面白い子やなと思う。
「心配せんでも、独りもんやから」
「……モテそうなのに」
「おおきに」
鍵を開け、玄関の明かりをつける。外よりかはほんの少しだけ気温が高いけど、こんな時間帯だから肌寒さを感じた。
「散らかっとるけど、堪忍してな」
でも琴璃は靴を脱いだきり、その場に立ち尽くしたままだった。
「どしたん」
「……私、今あんまりお金持ってなくて」
「ええよ、別に。そこは気にせんといて」
「でも、迷惑かけたからできることします」
「できること?」
「だから、あるでしょ先生にも。性欲とか」
「は」
何を言い出すんだと思った。
「でも今生理だから、口でしかできないの。それで許してもらうならそうするつもりだったんだけど……」
「そーゆうこと考えんで…………って、生理なの?」
琴璃は小さく頷いた。
「さっき、先生待ってる間にトイレ行ったらなっちゃってた」
「え、そうなん。言うてくれたら買い物寄ったんに」
言えるわけがないか、とも思った。流石にあんな状況で、こんなことを名乗り出るのは抵抗があったかもしれない。
「そいや、メシは?」
「食べてない」
「ほんなら俺、食べるもんも含めて色々買うてくるわ。適当でええかな」
「え、あ、うん。ていうか私も一緒に――」
「ええから。あんまもう歩かんほうがええ。さっき風呂のスイッチ入れたから、そろそろ沸くんとちゃうかな。入ってて。あ、ちょお待って、足どうするかな……なんか濡れんようにせんと」
がたがたと部屋の中を探す。そこまで散らかってないけど、いざと言う時に必要なものが見つからない。探し回っていると洗面所の方から軽やかなメロディーが聞こえてきた。こんなことしている間に風呂が沸いてしまった。
ようやく使えそうな、そこそこ大きいビニール袋を見つけ出した。彼女の足をラップとビニール袋で濡れないように覆ってやる。細い足首だ。さっきと同様に複雑な気持ちになる。白くて細くて、痛々しい跡を残した彼女の足を目にして、果たして自分のやっていることは最善なことなのかとつい思ってしまう。
けれど今はとやかく考えている暇などない。
「タオルとかここね。あと適当に使ってくれてかまへんから」
「……ありがとう」
明かりの下で、琴璃の瞳が揺れていたのが分かった。気づかないふりをして忍足は家を出る。1人エレベーターに乗ると、今さっきの顔が思い浮かんだ。
彼女は、今にも泣き出しそうなほどのメンタル状態なのだ。それなのにお詫びに性的な奉仕をすると言った。普段からそういう仕打ちを受けているのだろうか。考えたら虫唾が走った。表情には決して出さないけれど、確実に顔も知らない相手に強い憤りを覚えた。
