誰かの何かになれたなら
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「その後、ど?うまく使いこなせてる?」
部活が終わり、ロッカーの前で着替えをしていたら隣から丸井に話しかけられた。なんのことか最初はすぐ分からなかったけど、丸井に直近で世話になったことといえばたった1つしかない。
「うん。気まぐれに、自由に撮った写真を投稿してるよ」
「そーそー、それでいーんだよ」
「ねぇ。相手が友達じゃなくてもコンタクトってとれるの?」
「おー、できるぜ?DM送ればいいんだよ」
「DM」
「ダイレクトメールの略っスよ」
横から切原がにゅっと顔を出す。「英語苦手なくせにそーゆうのは覚えてるんだよな、お前」と丸井は呆れた。幸村も同感だった。流行が絡むと途端に赤也は強いな、と。
「いいじゃないっスか。あーあ、こーゆうのがテストに出たら一発で分かるのになー」
「略語の問題なんて英語のテストにでるわけねーだろぃ。ええと、なんだっけ?DMのやり方知りたいの?幸村くん」
「うん」
「アドレスとか連絡先知らなくても、相手に直接メッセージ送れるんだよ。……あれ、けど幸村くん、別に友達いらねーっつってなかったっけ?」
「そうなんだけど、ちょっと気になる人がいて。多分知らない人だと思うんだけど」
「ふーん」
丸井たちには曖昧な答え方をしておいた。そもそも相手のことで幸村が分かっていることなんて1つも無いのだが。ただ唯一確信できたのは、“琴璃”という相手は、どうやら女性らしい。SNSの中での雰囲気でしか掴めないけど、間違いなさそうだった。
彼女の投稿する写真画像には人物が1つも映っておらず、そのどれもが風景とか植物だった。幸村の知っている花の写真も沢山あった。あまり写真の撮り方に詳しくないけれど、彼女の写真は撮り方が上手だと思った。光と影が綺麗に映っている。最新のアップは昨日だった。どこかの道端のタンポポとシロツメクサの写真。ありふれた、何の変哲もない風景。これもきっと丸井から言わせれば“面白味のない”ものなんだろうけど、幸村はそれがとても春らしくて好きだった。彼女が押してくれたように、幸村もその投稿にイイネを押した。他の写真にも、全てには無理だが直近の画像たちにイイネの跡をつけた。
俺の桜を見てくれたように、俺もキミの写真を見たよ。そういう意思表示のつもりで押した。SNSを始めてから1週間くらいが経ったけど、彼女もまた、幸村が気まぐれに投稿するすべての写真にイイネをくれた。幸村が投稿するのも彼女と同じように自然や外の風景ばかりだった。自分で撮っておいてなんだが、実に平凡な写真だなあと思う。撮る瞬間はきっとなにか感性が呼び起こされたから写真を撮るのに、投稿するとその熱量はどこかにいってしまうのが不思議だった。
さて、DMの送り方を教わったはいいが、実際になんと送ればいいのか。方法を知ったというのに、翌日も、そのまた翌日も結局DMを送れずにいた。今日の練習中の合間の休憩時間もずっと携帯と睨めっこしていた。こんな状況になったことがないからうまい言葉が見つからない。顔も名前も知らない相手にコンタクトをとることは、こんなにもハードルが高いのだと思い知る。要件は端的に、でも礼儀は忘れてはいけない。それを守ればいいと思うのだけど。困ったな、と思いながら画面を見つめる。
“俺の写真、見ていて楽しいですか?”
こんなネガティブなこと送られたら、折角イイネをしてくれた相手に申し訳ない。
“あなたは誰ですか?”
それはいくらなんでもいきなりすぎやしないか。匿名利用が当たり前のSNSの世界で、敢えて聞くのはまずい気がする。
考えながら打ち込んで。消してはまた打ち直して。そんな動作を繰り返すこと十数分。コートのほうから真田の吠える声が聞こえる。空耳じゃなければ今、俺の名前を呼んでたな。幸村ァ、休憩はもう終わったぞどうしたのだ早く来んか。そんなようなことをすごい大声で叫び散らしている。
「うるさいなぁ、気が散るじゃないか……あ」
思わず、送信をタップしてしまった。あろうことか消し残った“誰”という文字だけが相手にいってしまった。絵文字も疑問符もない、たったの一文字だけが。
「うわー……」
こんなメッセージ、俺だったら絶対もらいたくない。“今のは間違いですごめんなさい”と弁明を送ろうとした。けれど、とうとう真田が幸村のもとに来て、「何をしているのだ」と囃し立てるものだから、携帯をいじる時間はもう無くなってしまった。
そして、部活終了後にようやく携帯を触り確認すると、なんとあの誤爆したメッセージに既読の表示がついていた。
ああ、やってしまった。釈明文を送らないうちに相手に確認されてしまったのだ。
「……もう、いいか」
送ってしまったものはもうどうすることもできない。幸村は深く考えるのをやめた。別に何か問題が生じるわけでもない。だがもう今日は、何の写真もアップロードする気になれなかった。
今週から春休みに突入した。だからと言ってテニス部は毎日練習があるのであまり変わらない。今日もいつもどおり朝から部活がある。桜はいよいよ満開を迎えた。例年よりも少し早いらしい。
来週は荒れ模様の天気でしょう――朝の天気予報でそんなことを聞いた。せっかく満開に咲いても、春の天候は崩れやすいから綺麗に見られるのもあと何日もない。それを思うと少し残念に思ってしまう。
テニスコートのすぐそばに、わりと大きな桜の樹がある。幸村は休憩中にその樹の前まで行き、写真を撮ってみた。代り映えしない桜の写真コレクションがまた1枚増えた。それでも今しか撮れないものだからと懲りずに桜を撮ってしまう。年中咲いていたら、きっとこんなにも美しいとは思えなかったのかもしれない。
SNSを開いた。今撮った写真を投稿する。すると間もなくして反応が来た。幸村は思わず「あ」と声を出してしまった。あの彼女が、また自分の写真を見てイイネを押したのだ。即座に彼女のページを開くと、彼女もまた、数分前に投稿していた。写真画像はミモザの樹だった。椅子か何かに座りながら撮ったアングルに見える。
「これ……」
駅から立海に歩いてくる途中の喫茶店にある風景と似ている。いや、似ているのではなく、これはその場所で間違いない。店の看板が画像の端っこにわずかに映っていたのだ。ちょうど今日も、立海に来るまでに通った場所だ。
「……へ?幸村くん?」
丸井に話しかけられても幸村は止まらなかった。真田からの「どこに行くのだ幸村」という大声を浴びながらも、無視してそのままコートを飛び出した。立海の敷地内を駆け抜け、正門から出て、全速力で駅の方面へと走ってゆく。目的の喫茶店は走れば5分圏内で着く場所にあった。
気になって、気になって仕方がなかった。本当に今から行く場所に居るのなら、どんな人なのか見てみたかった。会って、聞いてみたかった。俺の写真を、キミはどういう気持ちで見ていてくれていたのか。まだ彼女がいると決まったわけでもないのに、幸村は春の湘南の道を突っ走った。
部活が終わり、ロッカーの前で着替えをしていたら隣から丸井に話しかけられた。なんのことか最初はすぐ分からなかったけど、丸井に直近で世話になったことといえばたった1つしかない。
「うん。気まぐれに、自由に撮った写真を投稿してるよ」
「そーそー、それでいーんだよ」
「ねぇ。相手が友達じゃなくてもコンタクトってとれるの?」
「おー、できるぜ?DM送ればいいんだよ」
「DM」
「ダイレクトメールの略っスよ」
横から切原がにゅっと顔を出す。「英語苦手なくせにそーゆうのは覚えてるんだよな、お前」と丸井は呆れた。幸村も同感だった。流行が絡むと途端に赤也は強いな、と。
「いいじゃないっスか。あーあ、こーゆうのがテストに出たら一発で分かるのになー」
「略語の問題なんて英語のテストにでるわけねーだろぃ。ええと、なんだっけ?DMのやり方知りたいの?幸村くん」
「うん」
「アドレスとか連絡先知らなくても、相手に直接メッセージ送れるんだよ。……あれ、けど幸村くん、別に友達いらねーっつってなかったっけ?」
「そうなんだけど、ちょっと気になる人がいて。多分知らない人だと思うんだけど」
「ふーん」
丸井たちには曖昧な答え方をしておいた。そもそも相手のことで幸村が分かっていることなんて1つも無いのだが。ただ唯一確信できたのは、“琴璃”という相手は、どうやら女性らしい。SNSの中での雰囲気でしか掴めないけど、間違いなさそうだった。
彼女の投稿する写真画像には人物が1つも映っておらず、そのどれもが風景とか植物だった。幸村の知っている花の写真も沢山あった。あまり写真の撮り方に詳しくないけれど、彼女の写真は撮り方が上手だと思った。光と影が綺麗に映っている。最新のアップは昨日だった。どこかの道端のタンポポとシロツメクサの写真。ありふれた、何の変哲もない風景。これもきっと丸井から言わせれば“面白味のない”ものなんだろうけど、幸村はそれがとても春らしくて好きだった。彼女が押してくれたように、幸村もその投稿にイイネを押した。他の写真にも、全てには無理だが直近の画像たちにイイネの跡をつけた。
俺の桜を見てくれたように、俺もキミの写真を見たよ。そういう意思表示のつもりで押した。SNSを始めてから1週間くらいが経ったけど、彼女もまた、幸村が気まぐれに投稿するすべての写真にイイネをくれた。幸村が投稿するのも彼女と同じように自然や外の風景ばかりだった。自分で撮っておいてなんだが、実に平凡な写真だなあと思う。撮る瞬間はきっとなにか感性が呼び起こされたから写真を撮るのに、投稿するとその熱量はどこかにいってしまうのが不思議だった。
さて、DMの送り方を教わったはいいが、実際になんと送ればいいのか。方法を知ったというのに、翌日も、そのまた翌日も結局DMを送れずにいた。今日の練習中の合間の休憩時間もずっと携帯と睨めっこしていた。こんな状況になったことがないからうまい言葉が見つからない。顔も名前も知らない相手にコンタクトをとることは、こんなにもハードルが高いのだと思い知る。要件は端的に、でも礼儀は忘れてはいけない。それを守ればいいと思うのだけど。困ったな、と思いながら画面を見つめる。
“俺の写真、見ていて楽しいですか?”
こんなネガティブなこと送られたら、折角イイネをしてくれた相手に申し訳ない。
“あなたは誰ですか?”
それはいくらなんでもいきなりすぎやしないか。匿名利用が当たり前のSNSの世界で、敢えて聞くのはまずい気がする。
考えながら打ち込んで。消してはまた打ち直して。そんな動作を繰り返すこと十数分。コートのほうから真田の吠える声が聞こえる。空耳じゃなければ今、俺の名前を呼んでたな。幸村ァ、休憩はもう終わったぞどうしたのだ早く来んか。そんなようなことをすごい大声で叫び散らしている。
「うるさいなぁ、気が散るじゃないか……あ」
思わず、送信をタップしてしまった。あろうことか消し残った“誰”という文字だけが相手にいってしまった。絵文字も疑問符もない、たったの一文字だけが。
「うわー……」
こんなメッセージ、俺だったら絶対もらいたくない。“今のは間違いですごめんなさい”と弁明を送ろうとした。けれど、とうとう真田が幸村のもとに来て、「何をしているのだ」と囃し立てるものだから、携帯をいじる時間はもう無くなってしまった。
そして、部活終了後にようやく携帯を触り確認すると、なんとあの誤爆したメッセージに既読の表示がついていた。
ああ、やってしまった。釈明文を送らないうちに相手に確認されてしまったのだ。
「……もう、いいか」
送ってしまったものはもうどうすることもできない。幸村は深く考えるのをやめた。別に何か問題が生じるわけでもない。だがもう今日は、何の写真もアップロードする気になれなかった。
今週から春休みに突入した。だからと言ってテニス部は毎日練習があるのであまり変わらない。今日もいつもどおり朝から部活がある。桜はいよいよ満開を迎えた。例年よりも少し早いらしい。
来週は荒れ模様の天気でしょう――朝の天気予報でそんなことを聞いた。せっかく満開に咲いても、春の天候は崩れやすいから綺麗に見られるのもあと何日もない。それを思うと少し残念に思ってしまう。
テニスコートのすぐそばに、わりと大きな桜の樹がある。幸村は休憩中にその樹の前まで行き、写真を撮ってみた。代り映えしない桜の写真コレクションがまた1枚増えた。それでも今しか撮れないものだからと懲りずに桜を撮ってしまう。年中咲いていたら、きっとこんなにも美しいとは思えなかったのかもしれない。
SNSを開いた。今撮った写真を投稿する。すると間もなくして反応が来た。幸村は思わず「あ」と声を出してしまった。あの彼女が、また自分の写真を見てイイネを押したのだ。即座に彼女のページを開くと、彼女もまた、数分前に投稿していた。写真画像はミモザの樹だった。椅子か何かに座りながら撮ったアングルに見える。
「これ……」
駅から立海に歩いてくる途中の喫茶店にある風景と似ている。いや、似ているのではなく、これはその場所で間違いない。店の看板が画像の端っこにわずかに映っていたのだ。ちょうど今日も、立海に来るまでに通った場所だ。
「……へ?幸村くん?」
丸井に話しかけられても幸村は止まらなかった。真田からの「どこに行くのだ幸村」という大声を浴びながらも、無視してそのままコートを飛び出した。立海の敷地内を駆け抜け、正門から出て、全速力で駅の方面へと走ってゆく。目的の喫茶店は走れば5分圏内で着く場所にあった。
気になって、気になって仕方がなかった。本当に今から行く場所に居るのなら、どんな人なのか見てみたかった。会って、聞いてみたかった。俺の写真を、キミはどういう気持ちで見ていてくれていたのか。まだ彼女がいると決まったわけでもないのに、幸村は春の湘南の道を突っ走った。
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