恋情アンチノミー
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今日は隔週に行われる生徒総会の日だった。先月の決算報告やらこれから催される行事についてやら、集まってあれこれ会議をするのだ。
生徒会の中にもそりゃ跡部のファンがいた。琴璃よりも学年が上の彼女は常に会長ばかり見つめている。話の内容が頭に入ってるのかと思うくらい、うっとり顔で跡部のことを毎度眺めている。誰がどう見ても真面目に取り組む姿勢ではない。完全に私情の域だ。なのに、どうしてこの人は解雇されないのかと疑問に思う。跡部だって、彼女が真面目にやっていないことなどとっくに気が付いているはず。ちなみに琴璃はこの先輩が好きではない。
会議が終わった後は、今日の決定事項を書記の琴璃がノートに記録しておく。最近はパソコンにも記録をしているから、はっきり言って琴璃の仕事はもうあまり必要とされていないのかもしれない。そう思ったこともあった。そしてそのことを指摘したのが先ほどの、跡部のファンである彼女だった。書記の仕事が少ないから居ても居なくても変わりないんじゃないかという提案をしたのだ。琴璃が彼女を嫌う所以はこれである。
だが、彼女の提案は採用されず今までどおり変わらず琴璃の仕事内容はそのままになった。琴璃の字の丁寧さと要約の仕方を跡部は評価してくれた。自分の意見が通らなかったせいで、琴璃は彼女に物凄く睨まれた。いい迷惑だと思った。どうしてあなたよりも仕事をしている私が責められる必要があるのかと思ったりもしたけど、この人もきっと何らかの形で生徒会に貢献しているのだろう。だから跡部も彼女のことを罷免しないのだ。あまり関わるとろくなことなんてないから、これ以上は触れなかった。
他の人達は帰り、琴璃はいつものように1人残り記録をする。不意に、窓の外から笑い声が聞こえてきたので顔を上げた。5,6人の女子生徒達が集まって何やら楽し気に話している。いつも跡部のことを追っかけまわしている人達だった。
あの人達を見てると思う。恋愛って本当は、相手のことが好きというより、自分に酔っているだけだと思う。見ていると苛立ちが募る。いつも賑やかにして自分の存在をアピールして、はっきり言って喧しい。周りに迷惑をかけてまで、好きな人を追うのがどうしても許せない。恋する気持ちは、ひと様に迷惑をかけてまで貫くべきものなのだろうか。あの人達は、一方的に自己満足に押し付けているだけな気がする。現に跡部はちっとも相手にしてはいない。それでも“恋愛”の一括りにされてしまうのなら、琴璃にとっては決して受け入れがたいものだ。ひとりでに溜息が出る。琴璃は再び手元のノートに視線を戻した。
「何か言いたげだな」
はっとして声のするほうを向く。今日は珍しく跡部も残っていた。こちらを観察していただんて思ってもみなかった。不意を突かれて琴璃は見つめ返すことしかできない。
「お前は議論をまとめるのは上手いが、自分からはあまり発言したりしねぇな」
「私はそんな発言権がある位置じゃないと思います。それに、まだ1年ですし」
それを聞いた跡部は盛大に溜息を吐いた。
「お前のことを少々過大評価しすぎていたようだ」
「え」
「じゃあ聞くが、お前の考えている“発言権がある位置と学年”とは何だ?まさか俺様より上の位置、だなんて考えちゃいねぇだろうな?」
「そうなんじゃ、ないんですか」
生徒会長が生徒達の代表で、皆のことを束ねるのだからそう思っていたけど。琴璃の反応に跡部は分かりやすく眉根を寄せる。
「だとしたら、氷帝には教師以外俺に意見を言える者なんざいねぇってことになるだろうが」
「まぁ……そうですよね」
「そんなことが罷り通るのなら、この学校は終わったも同然だな」
トップだからと言って、権力を振りかざすのは愚かなことだと言いたいらしい。この人もわりと真っ当なことを言うんだな、と思った。琴璃は今まで跡部に対して偏見に近いものをもっていたかもしれない。派手好きで目立ちたがりだから、専横的な感覚の人なのかと思っていた。琴璃は心の中で跡部に謝罪した。ちゃんと声に出して謝るのは、なんだか気まずくてできなかった。
「で。お前の抱えてる問題はなんだ」
「問題というか……いいんです、生徒会の仕事とは全然関係ないことなので」
「いいから言ってみろ。目の前でそんなしけたツラされて、聞かないほうがどうかしてる」
悩み相談を請け負おうとでも思っているのか。よく分からないけど、こちらの話を聞く姿勢でいてくれるなら言ってしまえ。琴璃は窓から視線だけ向けた。
「会長は、あの人たちをどう思ってるんですか」
視線の先にはさっきの跡部のファン達がいた。彼女らは帰る様子もなく、相変わらず仲良くオシャベリに花を咲かせている。
「特に何も思わねぇな。無に等しい」
「無、ですか」
嬉しいとか迷惑とか、そういう答えを予想していたのに。まぁ、嬉しいとは言わないだろうなとは思っていたけれど、それにしても無関心だとは思わなかった。
「あんなふうに毎日付きまとわれてるのに?」
「流石に俺様の日常に支障をきたすレベルになったら黙って放っておいたりしねぇよ」
「では、今の時点では支障をきたしていないんですね」
「まぁ、そういうことになるな」
言い方がほぼ他人事の温度だった。鬱陶しいとか煩わしいとか、そういうわけでもないんだ、と思った。
「けど……馬鹿みたいだと思いませんか。あんなふうにぎゃあぎゃあ騒いで、自分の気持ちを一方的に押し付けて。受け取る側の会長はこんなにも冷めている。なのに、それでもめげずに毎日変わらず奇声をあげてる」
本人たちが聞いたら憤慨すること間違いない。でも、今ここには2人しかいないから何も怖くはないのをいいことに、琴璃は淡々と言ってのける。跡部はじっと琴璃を見据えてから、喉を鳴らすような笑い方をしてみせた。
「……すいません、口がすぎました。会長がどうとも思っていないのに、私がとやかく言う必要ないですよね」
「全くだ。お前が俺に嫉妬でもしていない限り、あの連中に怒る理由が分からねぇな」
「会長に嫉妬。……私が、ですか」
「お前の話を聞いてる限り、てっきりそういうことなのかと思ったぜ。俺を見て騒いでいる女どもを見てると反吐が出るってことは、お前は俺様に気がある。つまりはそういうことだろ?」
「そういうことではないです」
「ククク」
ちったぁ冗談にのれよ、と笑いながら跡部が言う。
「じゃあ、お前が言いたいことは何だよ。一体何に不満がある?あいつらの行動が、目に余るほど不愉快か?」
「不愉快というか……届くことのない気持ちを、あんなふうに周りからも見られるような伝え方をしている。恥ずかしいし時間の無駄だと思います」
「成る程?だからお前は、何もせずに影からコソコソ見つめていたのか」
「はい?」
「別に。なんでもねぇよ」
やれやれ、と言いながら跡部が長い足を組み直す。
「届くことがないだなんてな、そんなのは最初から決めつけてる時点で終わってんだよ」
「でも」
「解釈の角度は違うが、それは今日の会議にも言えることだ。声をあげなきゃ相手には理解されない。ただ黙っているだけで自分の意思は相手に伝わるだなんて、そんな非現実的なことができるわけがねぇだろが。表立って言えねぇやつが影でコソコソ否定を述べたところで、なんとも無様なもんだぜ」
あの、琴璃のことを面白く思ってない女の先輩のことを思い出した。彼女も、言いたいことは腹の中に潜めずに言った1人だ。あの人のほうが正しいと言いたいのか。声をあげようとしない自分が間違っているのか。
琴璃はもう何も言わず、残りのノートをさっさとまとめると生徒会室を出た。
跡部の言うことは真っ当だった。真っ当過ぎて何も言い返せない。琴璃が投げた正論のような持論を、彼もまた正論じみた持論で打ち返してきた。そのせいで後味が悪かった。
時刻はもうすぐ18時を回ろうとしている。グラウンドにいるサッカー部の人達が片付け作業をしているのを横目で見ながら歩き続ける。テニスコートの前にさしかかった。彼らもまた片付けをしている様子だった。知ってる人は誰もいない。知ってるのは、あの人だけだから。だけど、彼の姿は見つからなかった。いつの間にか足が止まっていた。知らぬうちに彼の姿を探していた。
「琴璃ちゃんやん」
まさか、背後から声をかけられるだなんて思わなかったので琴璃はびっくりした。勢いよく振り向く。テニス部のユニフォーム姿の忍足がいた。
「もう帰るん?」
「……どこから来たんですか」
「水道のほう行ってたん。そしたら、後ろ姿見つけたから追っかけてきたわけや」
「えと、なんでですか」
「ははは。面白いこと言う子やな。そんなん自分と話す為に決まっとるやん」
「話ってなんですか」
刺々しい返答なのは自覚していた。さっきの跡部の言葉が脳裏を掠めている。そのせいで、いつも以上に素直になれず嫌な印象を与えてる。せっかく話しかけてくれたのにこんな返しをしたら最悪じゃないか。琴璃はおずおずと忍足を見た。彼は少々困ったように眉を下げて笑みを浮かべていた。
「んー、なかなか難攻不落やな」
「え?」
「なんでもあらへん。ほな、気ぃつけて帰るんやで」
それだけ言って彼は踵をかえす。呼びとめてきたくせにそれだけかと思った。話をしたいんじゃなかったのか。話したいことがあるなら、続けてくれて構わなかったのに。でも、それも全ては自分のせいだ。自分がそうさせないような空気を作ってしまったから。跡部の言葉を聞いた今なら、分かる。自分はひねくれ者で理屈っぽい性格で、分かりやすく顔に出るくせに、言葉で感情を伝えようとしない。
――動物じゃあるまいし、何故言葉を使わない。言わなきゃ分からねぇだろ。言わずとも分かれだなんて考えは高慢この上ない。
生徒会室で、最後に跡部に言われた言葉が頭の中でリフレインする。言わなくても相手に伝わる。そんなふうに思っているわけじゃない。言わなくても、気持ちを分かってほしくて忍足のことを黙って見ていたわけでもない。そんな腹の探り合いみたいなこと、自分にできっこない。言わなかったのは、最初から届かぬ気持ちだと諦めていたからだ。ただ見てるだけでよかった。あの跡部ファンの女子たちを見て思ったのだ。気持ちをぶつけて断られて傷つくくらいなら、現状維持で充分だと。
あんなふうに好意をオープンにしても、結果的に跡部に受け取ってもらえない彼女たち。それが琴璃には惨めに見えた。自分もああなるのは嫌だった。だからただ見てるだけでよかった。でも、そんなのは詭弁だ。自分は結局傷つくのが怖くて逃げていただけ。毎日凹むことなく跡部に黄色い声を送る彼女たちを軽蔑していたけど、同時にきっと羨ましいとも思っていた。難しいことを考えず、“好き”という気持ちを惜しみなく出す彼女たちが。届かなくても伝える価値はあるのかもしれない。1ミリくらいは思ったりもした。けれど、忍足から「好きなら好きって言うたらええやん」なんて言われて。正直、馬鹿にされたと思ったし、なんでかショックだった。コソコソ見つめてくる自分が鬱陶しいから晒し者にしたいのかと思った。けど実際、彼はそういう人じゃなかった。体育の授業では助けてくれたし、謎に学食をご馳走してくれた。何よりも、今になっても自分の名前を憶えてくれている。親しみを込めて下の名で呼んでくれる。それだけでもう、琴璃にとっては充分すぎるくらいのものだった。先週よりも今週、昨日よりも今日。もう誤魔化せない。確実に、自分はあの人のことをどんどん好きになっていってる。
後ろを振り向く。忍足の背中はまだ射程圏内にあった。
「なんでっ」
琴璃はその場から声を張り上げた。忍足が振り向く。
「なんで……いちいちちょっかい出すんですか。やっぱり私のことからかってるんですか?私の気持ち知ってるからって、そうやっていじって遊んでるんですか?だったらもう話しかけたりしないでください。迷惑です」
大声で捲し立て、今度は彼の反応を待つことなく逃げるように走り出した。後ろなんて振り向かずに猛ダッシュをきめる。気持ちは最低に落ちていた。
違うのに。こんなことを言いたかったんじゃないのに。そんなこと、ちっとも思ってなんかいない。頭がおかしいくらいに正反対なことを言ってしまう。また自分が傷つく前に相手を傷つけてる。馬鹿みたい。最低最悪な性格だ。走り去りながら琴璃は自分のことを呪った。
だけど、このままじゃ駄目なんだ。そのことだけは、痛いほど分かった。
生徒会の中にもそりゃ跡部のファンがいた。琴璃よりも学年が上の彼女は常に会長ばかり見つめている。話の内容が頭に入ってるのかと思うくらい、うっとり顔で跡部のことを毎度眺めている。誰がどう見ても真面目に取り組む姿勢ではない。完全に私情の域だ。なのに、どうしてこの人は解雇されないのかと疑問に思う。跡部だって、彼女が真面目にやっていないことなどとっくに気が付いているはず。ちなみに琴璃はこの先輩が好きではない。
会議が終わった後は、今日の決定事項を書記の琴璃がノートに記録しておく。最近はパソコンにも記録をしているから、はっきり言って琴璃の仕事はもうあまり必要とされていないのかもしれない。そう思ったこともあった。そしてそのことを指摘したのが先ほどの、跡部のファンである彼女だった。書記の仕事が少ないから居ても居なくても変わりないんじゃないかという提案をしたのだ。琴璃が彼女を嫌う所以はこれである。
だが、彼女の提案は採用されず今までどおり変わらず琴璃の仕事内容はそのままになった。琴璃の字の丁寧さと要約の仕方を跡部は評価してくれた。自分の意見が通らなかったせいで、琴璃は彼女に物凄く睨まれた。いい迷惑だと思った。どうしてあなたよりも仕事をしている私が責められる必要があるのかと思ったりもしたけど、この人もきっと何らかの形で生徒会に貢献しているのだろう。だから跡部も彼女のことを罷免しないのだ。あまり関わるとろくなことなんてないから、これ以上は触れなかった。
他の人達は帰り、琴璃はいつものように1人残り記録をする。不意に、窓の外から笑い声が聞こえてきたので顔を上げた。5,6人の女子生徒達が集まって何やら楽し気に話している。いつも跡部のことを追っかけまわしている人達だった。
あの人達を見てると思う。恋愛って本当は、相手のことが好きというより、自分に酔っているだけだと思う。見ていると苛立ちが募る。いつも賑やかにして自分の存在をアピールして、はっきり言って喧しい。周りに迷惑をかけてまで、好きな人を追うのがどうしても許せない。恋する気持ちは、ひと様に迷惑をかけてまで貫くべきものなのだろうか。あの人達は、一方的に自己満足に押し付けているだけな気がする。現に跡部はちっとも相手にしてはいない。それでも“恋愛”の一括りにされてしまうのなら、琴璃にとっては決して受け入れがたいものだ。ひとりでに溜息が出る。琴璃は再び手元のノートに視線を戻した。
「何か言いたげだな」
はっとして声のするほうを向く。今日は珍しく跡部も残っていた。こちらを観察していただんて思ってもみなかった。不意を突かれて琴璃は見つめ返すことしかできない。
「お前は議論をまとめるのは上手いが、自分からはあまり発言したりしねぇな」
「私はそんな発言権がある位置じゃないと思います。それに、まだ1年ですし」
それを聞いた跡部は盛大に溜息を吐いた。
「お前のことを少々過大評価しすぎていたようだ」
「え」
「じゃあ聞くが、お前の考えている“発言権がある位置と学年”とは何だ?まさか俺様より上の位置、だなんて考えちゃいねぇだろうな?」
「そうなんじゃ、ないんですか」
生徒会長が生徒達の代表で、皆のことを束ねるのだからそう思っていたけど。琴璃の反応に跡部は分かりやすく眉根を寄せる。
「だとしたら、氷帝には教師以外俺に意見を言える者なんざいねぇってことになるだろうが」
「まぁ……そうですよね」
「そんなことが罷り通るのなら、この学校は終わったも同然だな」
トップだからと言って、権力を振りかざすのは愚かなことだと言いたいらしい。この人もわりと真っ当なことを言うんだな、と思った。琴璃は今まで跡部に対して偏見に近いものをもっていたかもしれない。派手好きで目立ちたがりだから、専横的な感覚の人なのかと思っていた。琴璃は心の中で跡部に謝罪した。ちゃんと声に出して謝るのは、なんだか気まずくてできなかった。
「で。お前の抱えてる問題はなんだ」
「問題というか……いいんです、生徒会の仕事とは全然関係ないことなので」
「いいから言ってみろ。目の前でそんなしけたツラされて、聞かないほうがどうかしてる」
悩み相談を請け負おうとでも思っているのか。よく分からないけど、こちらの話を聞く姿勢でいてくれるなら言ってしまえ。琴璃は窓から視線だけ向けた。
「会長は、あの人たちをどう思ってるんですか」
視線の先にはさっきの跡部のファン達がいた。彼女らは帰る様子もなく、相変わらず仲良くオシャベリに花を咲かせている。
「特に何も思わねぇな。無に等しい」
「無、ですか」
嬉しいとか迷惑とか、そういう答えを予想していたのに。まぁ、嬉しいとは言わないだろうなとは思っていたけれど、それにしても無関心だとは思わなかった。
「あんなふうに毎日付きまとわれてるのに?」
「流石に俺様の日常に支障をきたすレベルになったら黙って放っておいたりしねぇよ」
「では、今の時点では支障をきたしていないんですね」
「まぁ、そういうことになるな」
言い方がほぼ他人事の温度だった。鬱陶しいとか煩わしいとか、そういうわけでもないんだ、と思った。
「けど……馬鹿みたいだと思いませんか。あんなふうにぎゃあぎゃあ騒いで、自分の気持ちを一方的に押し付けて。受け取る側の会長はこんなにも冷めている。なのに、それでもめげずに毎日変わらず奇声をあげてる」
本人たちが聞いたら憤慨すること間違いない。でも、今ここには2人しかいないから何も怖くはないのをいいことに、琴璃は淡々と言ってのける。跡部はじっと琴璃を見据えてから、喉を鳴らすような笑い方をしてみせた。
「……すいません、口がすぎました。会長がどうとも思っていないのに、私がとやかく言う必要ないですよね」
「全くだ。お前が俺に嫉妬でもしていない限り、あの連中に怒る理由が分からねぇな」
「会長に嫉妬。……私が、ですか」
「お前の話を聞いてる限り、てっきりそういうことなのかと思ったぜ。俺を見て騒いでいる女どもを見てると反吐が出るってことは、お前は俺様に気がある。つまりはそういうことだろ?」
「そういうことではないです」
「ククク」
ちったぁ冗談にのれよ、と笑いながら跡部が言う。
「じゃあ、お前が言いたいことは何だよ。一体何に不満がある?あいつらの行動が、目に余るほど不愉快か?」
「不愉快というか……届くことのない気持ちを、あんなふうに周りからも見られるような伝え方をしている。恥ずかしいし時間の無駄だと思います」
「成る程?だからお前は、何もせずに影からコソコソ見つめていたのか」
「はい?」
「別に。なんでもねぇよ」
やれやれ、と言いながら跡部が長い足を組み直す。
「届くことがないだなんてな、そんなのは最初から決めつけてる時点で終わってんだよ」
「でも」
「解釈の角度は違うが、それは今日の会議にも言えることだ。声をあげなきゃ相手には理解されない。ただ黙っているだけで自分の意思は相手に伝わるだなんて、そんな非現実的なことができるわけがねぇだろが。表立って言えねぇやつが影でコソコソ否定を述べたところで、なんとも無様なもんだぜ」
あの、琴璃のことを面白く思ってない女の先輩のことを思い出した。彼女も、言いたいことは腹の中に潜めずに言った1人だ。あの人のほうが正しいと言いたいのか。声をあげようとしない自分が間違っているのか。
琴璃はもう何も言わず、残りのノートをさっさとまとめると生徒会室を出た。
跡部の言うことは真っ当だった。真っ当過ぎて何も言い返せない。琴璃が投げた正論のような持論を、彼もまた正論じみた持論で打ち返してきた。そのせいで後味が悪かった。
時刻はもうすぐ18時を回ろうとしている。グラウンドにいるサッカー部の人達が片付け作業をしているのを横目で見ながら歩き続ける。テニスコートの前にさしかかった。彼らもまた片付けをしている様子だった。知ってる人は誰もいない。知ってるのは、あの人だけだから。だけど、彼の姿は見つからなかった。いつの間にか足が止まっていた。知らぬうちに彼の姿を探していた。
「琴璃ちゃんやん」
まさか、背後から声をかけられるだなんて思わなかったので琴璃はびっくりした。勢いよく振り向く。テニス部のユニフォーム姿の忍足がいた。
「もう帰るん?」
「……どこから来たんですか」
「水道のほう行ってたん。そしたら、後ろ姿見つけたから追っかけてきたわけや」
「えと、なんでですか」
「ははは。面白いこと言う子やな。そんなん自分と話す為に決まっとるやん」
「話ってなんですか」
刺々しい返答なのは自覚していた。さっきの跡部の言葉が脳裏を掠めている。そのせいで、いつも以上に素直になれず嫌な印象を与えてる。せっかく話しかけてくれたのにこんな返しをしたら最悪じゃないか。琴璃はおずおずと忍足を見た。彼は少々困ったように眉を下げて笑みを浮かべていた。
「んー、なかなか難攻不落やな」
「え?」
「なんでもあらへん。ほな、気ぃつけて帰るんやで」
それだけ言って彼は踵をかえす。呼びとめてきたくせにそれだけかと思った。話をしたいんじゃなかったのか。話したいことがあるなら、続けてくれて構わなかったのに。でも、それも全ては自分のせいだ。自分がそうさせないような空気を作ってしまったから。跡部の言葉を聞いた今なら、分かる。自分はひねくれ者で理屈っぽい性格で、分かりやすく顔に出るくせに、言葉で感情を伝えようとしない。
――動物じゃあるまいし、何故言葉を使わない。言わなきゃ分からねぇだろ。言わずとも分かれだなんて考えは高慢この上ない。
生徒会室で、最後に跡部に言われた言葉が頭の中でリフレインする。言わなくても相手に伝わる。そんなふうに思っているわけじゃない。言わなくても、気持ちを分かってほしくて忍足のことを黙って見ていたわけでもない。そんな腹の探り合いみたいなこと、自分にできっこない。言わなかったのは、最初から届かぬ気持ちだと諦めていたからだ。ただ見てるだけでよかった。あの跡部ファンの女子たちを見て思ったのだ。気持ちをぶつけて断られて傷つくくらいなら、現状維持で充分だと。
あんなふうに好意をオープンにしても、結果的に跡部に受け取ってもらえない彼女たち。それが琴璃には惨めに見えた。自分もああなるのは嫌だった。だからただ見てるだけでよかった。でも、そんなのは詭弁だ。自分は結局傷つくのが怖くて逃げていただけ。毎日凹むことなく跡部に黄色い声を送る彼女たちを軽蔑していたけど、同時にきっと羨ましいとも思っていた。難しいことを考えず、“好き”という気持ちを惜しみなく出す彼女たちが。届かなくても伝える価値はあるのかもしれない。1ミリくらいは思ったりもした。けれど、忍足から「好きなら好きって言うたらええやん」なんて言われて。正直、馬鹿にされたと思ったし、なんでかショックだった。コソコソ見つめてくる自分が鬱陶しいから晒し者にしたいのかと思った。けど実際、彼はそういう人じゃなかった。体育の授業では助けてくれたし、謎に学食をご馳走してくれた。何よりも、今になっても自分の名前を憶えてくれている。親しみを込めて下の名で呼んでくれる。それだけでもう、琴璃にとっては充分すぎるくらいのものだった。先週よりも今週、昨日よりも今日。もう誤魔化せない。確実に、自分はあの人のことをどんどん好きになっていってる。
後ろを振り向く。忍足の背中はまだ射程圏内にあった。
「なんでっ」
琴璃はその場から声を張り上げた。忍足が振り向く。
「なんで……いちいちちょっかい出すんですか。やっぱり私のことからかってるんですか?私の気持ち知ってるからって、そうやっていじって遊んでるんですか?だったらもう話しかけたりしないでください。迷惑です」
大声で捲し立て、今度は彼の反応を待つことなく逃げるように走り出した。後ろなんて振り向かずに猛ダッシュをきめる。気持ちは最低に落ちていた。
違うのに。こんなことを言いたかったんじゃないのに。そんなこと、ちっとも思ってなんかいない。頭がおかしいくらいに正反対なことを言ってしまう。また自分が傷つく前に相手を傷つけてる。馬鹿みたい。最低最悪な性格だ。走り去りながら琴璃は自分のことを呪った。
だけど、このままじゃ駄目なんだ。そのことだけは、痛いほど分かった。
