恋情アンチノミー
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今日の体育は屋外授業だった。クラスの男女を半分に割ってこれからサッカーのミニゲームをするのだという。
「さむっ」
忍足は、ジャージを上下着用してなるべく目立たないように、グラウンドの隅のほうに突っ立っていた。腕組をしている手にはこっそり手袋まで装着していて、まるでやる気がない。何が楽しくてこんな寒空の下でサッカーせなあかんねん、と思ってしまう。
氷帝のグラウンド面積は広く、複数のクラスが被ることがあっても問題ない。今の時間、広いグラウンドのもう半分は別のクラスが使っていた。ハードルを運んでくる生徒たちが見える。
「あの子やん」
思わず声に出てしまった。琴璃を見るのは久しぶりな気がした。つい4、5日前までは毎日のように自分のそばに気配があったのに。あれから全く気配を見せなくなっていた。どうやら彼女のクラスもこの時間は体育の授業らしい。
琴璃は忍足の存在には気が付いていないようだった。真面目に授業を受けている。彼女のクラスはハードル競走をやるようで、生徒たちがレーンにハードルを並べ置いていた。そんな様子を、忍足は自身のサッカーチームに混ざることなくぼんやりと眺めていた。うっかり怪我でもしたらテニスができなくなってまうから、とか適当な言い訳をしてずっとベンチのほうにいた。サッカーは足を使うスポーツなのに、誰もそんな言い訳に気が付かないから、構わずそのまま隣でやっているハードル走をぼけーっと見ていた。サッカーの試合よりもすぐに結果が分かる競走のほうがどうしても目に留まる。
琴璃の番がきた。ホイッスルに合わせて勢いよく駆け出す。出だしは良かった。結構脚は早いようだ。いよいよ最初のハードルに迫った時。なんと、彼女は飛び越えるのではなくそのまま障害物へ突っ込んだ。誰かの「きゃあ」が聞こえた。忍足も、その場で「うそぉ」と声に出してしまった。琴璃はハードルを倒し、自分も盛大にすっ転んだのだ。途端に周りの女子から悲鳴と騒めきが生まれ、一時的に騒々しくなる。
「藤白さん、大丈夫?」
倒れた琴璃の周りにクラスメイトたちがわらわらと群がってくる。
「保健室行かなきゃだよね」
「立てる?歩ける?」
生徒達は声をかけるものの、誰も手を貸そうとしない。突然のことでみんな軽くパニックになっていた。やがて琴璃は自力でむくりと上体を起こす。擦りむいた両膝と両腕からは血が出ていた。
「はいはい、ちょお、通してーな」
え、と言う顔をしてその場にいた者達が忍足に視線を向けてきた。皆いきなり現れた3年の先輩にびっくりしている。
「自分らの担任の先生、おらんの?」
「あ、先生はさっき職員室から呼び出しきたみたいで……」
そばの女子生徒が質問に答える。けれど相変わらずなんだこの人みたいな顔をして忍足の顔をちらちら見ている。忍足は気にせずに琴璃に近寄った。しゃがんで目線を合わせ声を掛ける。
「琴璃ちゃん。大丈夫?」
琴璃と目が合った。はじめは痛そうな表情をしていたが、現れたのが忍足だと分かった途端に完全に警戒の色へと変わった。
「大丈夫……なわけないよなぁ。こんな、血ィ流してんのに」
「……」
「ほな、保健室行こか。暴れんといてな?」
そう言って、琴璃の身体を横抱きにして軽々と抱え上げた。琴璃じゃない女子がきゃっと弾んだ声を漏らした。さっきの、琴璃が転んだ時の悲鳴とは180度違う。歓喜の色だった。その子に向かって忍足は告げる。
「この子保健室連れてくから、センセー来たら言うといてな」
「あ、はいっ」
歩き出したのも束の間、琴璃が抗う態度を見せる。
「いや、あの、平気ですからおろしてください」
「暴れんといてって言うたやん」
「でも、自分で歩けますっ」
「そうすると血が垂れて靴が汚れてまう」
「じゃあ、裸足になるんで――」
「ええから。こっちのほうが明らか早いんやから。頼むから、今は言うこときいてぇな」
それきり琴璃は黙ってしまった。身をなるべく縮こませて、全身で忍足に触れられるのを拒絶の姿勢を見せている。あれ、この子俺のこと好きやったよな、と再確認したくなるほどに拒否られている。でもそれは今聞くことじゃない。聞いたら今度こそ彼女はこの腕から脱走しかねない。
――けど、おもろ。
不謹慎にもそう思った。今だけは、何もできなくて大人しく自分に運ばれている。渋々顔が滑稽というべきか。否、それも彼女らしくて。なんだか可愛いもんだなと思ってしまうのだった。
「さむっ」
忍足は、ジャージを上下着用してなるべく目立たないように、グラウンドの隅のほうに突っ立っていた。腕組をしている手にはこっそり手袋まで装着していて、まるでやる気がない。何が楽しくてこんな寒空の下でサッカーせなあかんねん、と思ってしまう。
氷帝のグラウンド面積は広く、複数のクラスが被ることがあっても問題ない。今の時間、広いグラウンドのもう半分は別のクラスが使っていた。ハードルを運んでくる生徒たちが見える。
「あの子やん」
思わず声に出てしまった。琴璃を見るのは久しぶりな気がした。つい4、5日前までは毎日のように自分のそばに気配があったのに。あれから全く気配を見せなくなっていた。どうやら彼女のクラスもこの時間は体育の授業らしい。
琴璃は忍足の存在には気が付いていないようだった。真面目に授業を受けている。彼女のクラスはハードル競走をやるようで、生徒たちがレーンにハードルを並べ置いていた。そんな様子を、忍足は自身のサッカーチームに混ざることなくぼんやりと眺めていた。うっかり怪我でもしたらテニスができなくなってまうから、とか適当な言い訳をしてずっとベンチのほうにいた。サッカーは足を使うスポーツなのに、誰もそんな言い訳に気が付かないから、構わずそのまま隣でやっているハードル走をぼけーっと見ていた。サッカーの試合よりもすぐに結果が分かる競走のほうがどうしても目に留まる。
琴璃の番がきた。ホイッスルに合わせて勢いよく駆け出す。出だしは良かった。結構脚は早いようだ。いよいよ最初のハードルに迫った時。なんと、彼女は飛び越えるのではなくそのまま障害物へ突っ込んだ。誰かの「きゃあ」が聞こえた。忍足も、その場で「うそぉ」と声に出してしまった。琴璃はハードルを倒し、自分も盛大にすっ転んだのだ。途端に周りの女子から悲鳴と騒めきが生まれ、一時的に騒々しくなる。
「藤白さん、大丈夫?」
倒れた琴璃の周りにクラスメイトたちがわらわらと群がってくる。
「保健室行かなきゃだよね」
「立てる?歩ける?」
生徒達は声をかけるものの、誰も手を貸そうとしない。突然のことでみんな軽くパニックになっていた。やがて琴璃は自力でむくりと上体を起こす。擦りむいた両膝と両腕からは血が出ていた。
「はいはい、ちょお、通してーな」
え、と言う顔をしてその場にいた者達が忍足に視線を向けてきた。皆いきなり現れた3年の先輩にびっくりしている。
「自分らの担任の先生、おらんの?」
「あ、先生はさっき職員室から呼び出しきたみたいで……」
そばの女子生徒が質問に答える。けれど相変わらずなんだこの人みたいな顔をして忍足の顔をちらちら見ている。忍足は気にせずに琴璃に近寄った。しゃがんで目線を合わせ声を掛ける。
「琴璃ちゃん。大丈夫?」
琴璃と目が合った。はじめは痛そうな表情をしていたが、現れたのが忍足だと分かった途端に完全に警戒の色へと変わった。
「大丈夫……なわけないよなぁ。こんな、血ィ流してんのに」
「……」
「ほな、保健室行こか。暴れんといてな?」
そう言って、琴璃の身体を横抱きにして軽々と抱え上げた。琴璃じゃない女子がきゃっと弾んだ声を漏らした。さっきの、琴璃が転んだ時の悲鳴とは180度違う。歓喜の色だった。その子に向かって忍足は告げる。
「この子保健室連れてくから、センセー来たら言うといてな」
「あ、はいっ」
歩き出したのも束の間、琴璃が抗う態度を見せる。
「いや、あの、平気ですからおろしてください」
「暴れんといてって言うたやん」
「でも、自分で歩けますっ」
「そうすると血が垂れて靴が汚れてまう」
「じゃあ、裸足になるんで――」
「ええから。こっちのほうが明らか早いんやから。頼むから、今は言うこときいてぇな」
それきり琴璃は黙ってしまった。身をなるべく縮こませて、全身で忍足に触れられるのを拒絶の姿勢を見せている。あれ、この子俺のこと好きやったよな、と再確認したくなるほどに拒否られている。でもそれは今聞くことじゃない。聞いたら今度こそ彼女はこの腕から脱走しかねない。
――けど、おもろ。
不謹慎にもそう思った。今だけは、何もできなくて大人しく自分に運ばれている。渋々顔が滑稽というべきか。否、それも彼女らしくて。なんだか可愛いもんだなと思ってしまうのだった。
